少子化の新局面と家族・労働政策の対応に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300051A
報告書区分
総括
研究課題名
少子化の新局面と家族・労働政策の対応に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 重郷(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 樋口美雄(慶応義塾大学)
  • 安蔵伸治(明治大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、「日本の将来推計人口(平成14年1月)」において明らかにされた、1990年代から始まる出生率低下の新たな局面、すなわち結婚した夫婦の出生率低下傾向について、その動向と要因を探るとともに、今後の結婚や出生動向を社会学や経済学などの学問的な見地から解析するとともに自治体調査を実施し、それらの分析を通して少子化への対応について家族・労働政策の観点から、政策的含意を導き出すことを目的に実施した。
研究は具体的に、次の三つの研究を柱として実施した。
(1)結婚・出生行動の人口学的・社会経済学的研究
(2)女子労働と出生力の研究
(3)結婚・出生に関する国民意識の調査研究
研究方法
本研究プロジェクトで用いられた研究方法は以下の通りである。
(1)結婚・出生行動の人口学的・社会経済学的研究
①マクロデータに基づく計量経済学的モデル研究と②年齢別初婚率や年齢別出生率など人口学的マクロデータのモデル分析的研究、ならびに③国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査個票データに基づく多変量解析によって研究が進められた。
(2)女子労働と出生分析
自治体単位のデータベースを作成し、それぞれの自治体が独自に実施している少子化対策が実際の出生率に与えている効果の多変量解析、ならびに、実際に子どもを出産し、育児休業を取っている人にインタビュー調査を行う手法によって研究を実施した。
開発した少子化対策とその効果に関する自治体別データベースは、全国約3400自治体のうち、675市・東京23区についてデータを収集した。対象自治体選定にあたっては、各自治体の少子化対策の情報が必要なため、これが掲載されている日本経済新聞社と新聞社日経産業消費研究所が作成した『全国市区の行政比較(行政改革度・行政サービス度)データ集2002年』のなかで取り上げられている市区を基準とし選定した。
(3)結婚・出生に関する国民意識調査
市町村レベルの地方自治体と連携してアンケート調査を行ない、少子化に関する実態・意識に関する基礎資料を収集し、クロス集計分析ならびに汎用多変量解析ソフトを用いて研究を実施した。プロジェクト初年度において東京都品川区、千葉県印旛郡栄町、埼玉県秩父市で調査を実施したのに続き、今年度は岐阜県多治見市、東京都八王子市で調査を行い、標本データを得た。このデータに基づき多重集計と多変量分析を実施した。
結果と考察
各課題毎の研究結果と考察は以下の通りである。
(1)結婚・出生行動の人口学的・社会経済学的研究
結婚と夫婦出生力の低下について、第一に、結婚変動と出生力の人口学的分析の観点から、①初婚過程のコーホート変化、ならびに②離婚が出生率に及ぼす影響について分析を行った。第二に、社会経済学的観点から、夫婦出生行動変化の諸側面として、③妻の就業行動と出産・育児、④同居選択と妻の就業、⑤結婚・出産退職と逸失所得、⑥雇用機会拡大と専業主婦、ならびに⑦教育費負担の及ぼす影響について社会学的、経済学的分析を行った。そして、第三に出生力の政策効果に関する研究として、⑧女性の就業と育児にかかわる機会コストの関係をマクロシミュレーションモデルとして定式化し、合計特殊出生率の将来動向を評価した。
①初婚過程のコーホート変化の研究
平均初婚年齢の上昇を、初婚過程の各要素(出会い年齢、交際期間)のタイミング変化、および各種社会経済要因構造変化の影響を測定して、それぞれの働き方を知ることによって晩婚化のメカニズムを探った。また、それらのコーホート行動変化の期間出生率への影響を計量、分析し、少子化、すなわち年次出生率の低下との関係を明らかした。分析の結果、女性コーホートの晩婚化には、いくつかのフェーズが見られるが、それぞれのフェーズごとに各種要因の晩婚化への効果は、大きく異なっていることがわかった。すなわち、比較的晩婚化の穏やかなフェーズのコーホート(1944~51年生まれ)と、これに続く晩婚化が明瞭となるフェーズのコーホート(1951~58年生まれ)では、この世代に見られる高学歴化が平均初婚年齢の上昇のおよそ半分を説明する。また、これを含む各種社会経済要因の変化をコントロールした上でも、結婚家族に関する意識の変化が初婚年齢上昇の4割程度の効果を及ぼしていた。しかし、それらに続く非婚化を伴うと見られるフェーズのコーホート(1958~1964年)では様相が異なり、各種属性の構成変化の効果が軒並み縮小していた。
②近年の離別(離婚)増加が出生率に及ぼす影響の分析
1970年以降でみた場合、離別は特に20歳代の若年齢で顕著な増加傾向を示す一方、離別再婚率はむしろ低下しており、離別状態に留まる率が大きく上昇している様子が示された。仮に離別が全くなければ離別人口がすべて有配偶人口に加わり、2000年の有配偶出生率でも合計特殊出生率は0.1ほど高かっただろうと分析された。また離別再婚を考慮した離別の影響は合計特殊出生率を0.05ほど低下させたと分析された。
夫婦の出生行動に関する③の「妻の就業行動と出産・育児」については、1980年代以降に結婚した既婚女性の就業行動が、出産・育児行動とどのように関連しているのか、一方、働き方によって子どもの持ち方はどのように違うのかについて、結婚年次別の比較を行い、女性の就業と子育て環境の時代変化を明らかにすることを目的とした。全国標本調査である第12回出生動向調査・夫婦調査結果を用い、妻の結婚・出産前後の働き方の変化、就業経歴の構成変化、夫妻の母親からの育児支援の実態、働き方による出生子ども数、理想・予定子ども数の違いなどを明らかにした。育児休業を取得する妻が増加しているものの、全体としては結婚や出産によって仕事を中断する女性の割合に変化はないことが明らかになった。
④同居選択と妻の就業
同居選択と妻の就業について、夫方・妻方の親を区別した上で、親との同居が妻の就業に及ぼす影響を両者の同時決定関係を考慮しながら把握した。2002年に国立社会保障・人口問題研究所が実施した『第12回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査):夫婦調査』の個票を使用し、就業と同居選択の同時決定関係を考慮した計量モデルで実証分析を行った結果、同居が妻の就業を促進する効果は、従来考えられていたよりも大きいことが明らかになった。また、保育サービスと同居は、代替関係ではなく、補完関係にあることが示唆された。
⑤結婚・出産退職と逸失所得
女性が結婚・出産というライフイベントを経験することによって生じる、様々なライフコース別の逸失所得を推計することで、女性の労働供給行動の変化が少子化に及ぼす影響を分析した。今年度は、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の年齢別賃金データを用いて各歳別の賃金プロファイルを作成し、様々な結婚・出産年齢のシナリオ別に逸失所得を推計した。
各年次のデータを用いて同じ出産年齢を仮定した逸失所得の推計では、戦後の女子賃金の上昇を反映して、近年になるほど逸失所得が増大しているという結果となった。
次に2000年のデータで、様々なパターンで2児を生むシナリオ別に逸失所得を推計した。定年まで正規就業を続けた場合と比べた所得ロス(=逸失所得)は、パート/専業主婦型コースにおいて、20歳代で生むより30歳代で生んだほうが所得ロスは少ない結果となった。育児休業を利用できる場合や、子育て一段落後に正社員へ再就職する場合は、なるべく若いうちに生んだほうが所得ロスが少なかった。また、出産間隔は短いほうがロスが少ない。育児休業の利用や子育て後の再就職が困難な現在、専業主婦やパート再就職のコースを歩む女性にとって、晩婚化・晩産化が経済的に合理的な状況となっていることが推計からも裏付けられた。
期間データを用いて擬似コーホートとして30歳までの累積所得を計算したところ、60年代出生コーホートにおいて累積所得の上昇が起こっており、従って結婚・出産による退職で生じる逸失所得の上昇が起こっていることがわかった。
⑥雇用機会拡大と専業主婦
女性の雇用機会の拡大を背景に、公的年金制度をはじめ、専業主婦と就業女性に対する社会的保護のあり方が議論となっている。専業主婦とは何か、またどう変化しているのかを、明治末期から1960年代生まれの女性まで、夫の職業や本人学歴との関係、また子どもの学歴に与える影響などの側面からたどった。この結果、生涯専業主婦は若いコーホートほど縮小しているが、出産期の無職比率は若いほど上昇していること、生涯専業主婦は、夫が管理職、ホワイトカラー層、高収入であることと関連し続けていること、昭和初期生まれまでは、大卒女性であることが生涯就業継続する雇用機会と結びついていたが、団塊の世代になると大卒女性の方が離職後再就職しなくなったこと、一方で母親が専業主婦であることは、母親学歴の高さに加えて、特に娘の学歴を引き上げる効果があることが示された。育児休業制度は、高学歴高収入カップルを生み出しはじめてはいるが、一部の選択に過ぎない。現在でも親世代が示す片働き生涯専業主婦家庭が一定の暮らしぶりであるために、それが可能な条件は縮小しているのだが、そうした家族像が子世代に強いのだろう。また子どもケアは女性がにない、子どもを持つ女性は低賃金、正社員は時間制約がきついという労働市場の構造が変わらないために、既婚者の変化は小さいが「非婚」が増えていることが明らかになった。
⑦教育費負担
少子化の要因の一つとして指摘される、親の教育費の負担について注目し、既婚女性の持つ教育(学歴)観と教育需要、出生意識との関連を分析した。
この分析では、2002年12月に実施した『少子化に関する区民調査』(品川区)の個票を使用して、親の教育に関する意識を四つの認知パターンに類型化し、それぞれの認識パターンの傾向と教育需要、子どもに対する価値観、出生意識などとの関連を社会学的な視点も含め考察した。結果、教育に関する意識が教育需要に少なからず影響を及ぼしていること、さらに親が持つ教育観の違いにより、教育費の負担感、予定子ども数などの、出生意識にも差があることが明らかとなった。
⑧女性の就業と育児にかかわる機会コストと出生率動向
女性の就業と育児の両立が困難なことから生じる子どもの機会コストを推計し、これをもとに出生・結婚に関する小規模の連立方程式モデルを作成するとともに、少子化対策の効果によってこの機会コストが減少した場合に、どの程度まで出生率の回復が可能であるかについてシミュレーションを行った。シミュレーションでは、1995年以降、機会コストが徐々に低下し、かつ保育所整備が進んだ場合には、2001年の合計特殊出生率は1.58と実績である1.33よりも0.25ポイント上昇したと結論される。また、2010年までの将来の合計特殊出生率の推移について、一定の仮定の下で推計を行うと、ほぼ国立社会保障・人口問題研究所(2002)による中位推計での仮定値と同じ水準である1.30という結果となり、かつ、少子化対策の効果が2004年以降浸透することで、2010年の合計特殊出生率は1.56程度まで回復する可能性があることを示した。加えて、一定の仮定の下では、経済の好転はさらに合計特殊出生率を上昇させる可能性を持つことも示した。
(2)女子労働と出生力の研究
新たに開発した自治体単位のデータベースを作成し、それぞれの自治体が独自に実施している少子化対策が実際の出生率に与えている効果、および問題点を明らかにするのと同時に、実際に子どもを出産し、育児休業を取っている人にインタビュー調査を行うことによって、制度上、運営上の問題点を明らかにすることによって、暫定的な政策提言を行うことを目標に研究を進めた。
1999年に施行された男女共同参画基本法を契機に、各自治体では関連条例を策定する動きが加速しており、2003年段階で約28%の市町村が条例を施行させている。少子化対策も、これと関連して講じる自治体が急速に増えている。そこで、個別支援ごとに、これを実施している自治体と実施していない自治体に分け、女性の労働供給にどのような違いがあるかを見た結果、次のような点が明らかになった。
①保育所整備(施設数、定員数、待機児童数)と女性労働力率の関係
保育所整備と女性労働力率の関係についてみると、保育所1施設あたりの幼児人口や保育所定員に対する幼児人口比率と女性労働力率(年齢計および25-29歳、30-34歳)とは正の相関が見られる。この結果は、保育所整備が遅れている市町村で女性の労働力率が高いことを意味している。ただし、施設数や定員数は都市部で大きな値をとる傾向にあり、それが女性労働力との正の相関に繋がった可能性は十分考えられる。一方、幼児人口に占める待機児童数割合と女性労働力率とは負の相関関係が見られ、待機児童割合の高い市町村で女性労働力率は低くなっている。
②保育所整備と出生(出生者数割合、出生率など)の関係
保育所整備と合計特殊出生力の関係についてみると、保育所1施設あたりの幼児人口や保育所定員に対する幼児人口と出生率とは正の相関がある。幼児人口に占める待機児童数割合と出生率とは負の相関関係が見られ、待機児童割合の高い市町村で出生率は低くなっている。
③出生と女性労働力率の関係
女性労働力率と合計特殊出生率とは正の相関関係があるが、相関係数はそう大きな値ではない。この結果は、少なくとも女性労働力率が高い地域で出生率が低いわけではないことを示唆する。
④保育所整備と地価、住宅着工との関係
保育所整備と地価の伸び(95年から02年にかけて)や住宅着工数の伸び(95年から01年にかけて)とは有意な相関関係はない。
⑤保育所整備と地域の成長力との関係
保育所定員数に対する幼児人口比率と地域の成長力は負の相関関係があり、また幼児人口に占める待機児童割合は正の相関関係がある。これは、保育所整備が遅れている地域で成長力が高い可能性があることを示している。この背景には成長力が高い地域ほど保育所整備が遅れている可能性があり、保育資源に財源が振り向けられていない可能性がある。
⑥京阪神大都市圏にサンプルを限定したときの育児支援策と婚姻率・出生率
習慣等の地域要因をできる限りコントロールしても、各自治体の実施している育児支援策により結婚や出生に違いがあるか、あるいは経済社会要因により差が生じているかを検討するため、大阪市、京都市、神戸市に通勤可能な59の都市を選んで分析を行った。散布図を用いた分析の結果では、婚姻率や出生率と保育所定員比率や保育料との間に明確な直接的関係を見つけることはできず、都道府県単位のデータを用いた場合と、結果は異なっている。
⑦公共施設における託児サービス・子ども部屋増改築支援等と出生率
参議院事務局第二特別調査室が実施した「都道府県及び市町村における少子化対策の実状と少子化対策についての実態調査」を用い調べたところ、公共施設における託児サービス・子ども部屋増改築支援は合計特殊出生率に正の効果をもつ一方、公立保育所への常勤保育士の手厚い配置や延長保育・夜間保育の充実は負の効果をもつ傾向が見られる。
以上の結果、同じ少子化対策といっても、その内容により、効果は異なっている可能性があり、今後、さらに詳細な分析が必要である。この中で、第1次接近という限定的な結論ではあるが、各施策の効果は次のようにまとめることができよう。待機児童数を減らすような保育所整備を行うことは当該地域の女性労働力率と出生率を高めると考えられる。また、女性労働力率が高い地域で出生力は高いという関係が観察され、必ずしも女性労働力率を高めることが出生力を引き下げることにはならない。これらの結果から、保育所整備を行うことで女性労働力を高め、出生力をも高める可能性があると言えよう。保育所整備は地価や住宅着工の伸び、そして成長力を必ずしも高めることには繋がっていない。
今回の分析は人口規模や産業構造などの地域特性を十分にコントロールしておらず、結果の頑健性は十分保証されたものとはなっていない。来年度の分析では、計量経済学手法を用いて、地域特性を十分に配慮し分析を行う予定である。
3)育児休業中と復職後の2時点におけるインタビュー調査の結果
夫婦のどちらかが育児休業から復職して1年未満の7組の夫婦にインタビュー調査を行った結果、次の点が見出された。
すなわち復職にともなって、夫婦それぞれの仕事状況を勘案しつつ、アンバランスにならないように家事・育児の分担の再調整がおこなわれている。家事・育児には、仕事との両立が相対的にやさしいものと難しいものとがあり、仕事との両立がやさしい家事・育児は仕事状況の厳しい者が担当し、仕事との両立が難しい家事・育児は仕事状況が相対的に厳しくない者が担当するよう、夫婦間配分がなされている。また仕事と家庭の両立がどの程度、うまくいっているかを示す指標である役割統合尺度を作成し、これを用いて検討したところ、保育所への満足、現在の職業への満足が、役割統合に影響していることが示された。
両立支援施策へのニーズとしては、(1) (突発的な残業にも対応可能な) 保育所の迎えの時間の柔軟性、(2) 病児保育、(3) 小学校入学後に放課後、子どもを安心して任せることのできる保育所のような場所、があげられた。また、育児休業取得者の代替要員について、(1) 代替要員を確保するのではなく仕事を外部化してしまったため、原職復帰ができない、(2) 代替要員確保のため、育児休業取得期間が希望通りにならない、などの問題点が見出された。
(3)結婚・出生に関する国民意識の調査研究
2003年7月に次世代育成支援対策推進法が成立し、同法において市町村、都道府県、一般事業主及び特定事業主にそれぞれ行動計画の策定義務が課せられることになった。日本の中でも、地域によって少子化の進展度合いには差がみられ、様々な社会経済的特性を抱えていることから、少子化対策において、各地域の実情に即した施策展開が重要であることが再認識されている。本研究は、市町村レベルの地方自治体と連携してアンケート調査を行ない、少子化に関する実態・意識に関する基礎資料を得て、地域レベルでの有効な少子化対策のメニューを検討・提言することを目的としている。
プロジェクト初年度において東京都品川区、千葉県印旛郡栄町、埼玉県秩父市で調査を実施したのに続き、今年度は岐阜県多治見市、東京都八王子市で調査を行った。調査結果の基本分析については、秩父市について終了した。その結果、品川区や栄町と比べて、秩父市では夫婦の子ども数が多く、親との同居や女性の就業パターン、育児支援ニーズなどに違いが見られた。独身者についても、結婚に対する意識や理想と予定のライフコースなどで違いが見られた。それぞれの地域特性がデータに表れており、地域の実情にあった政策メニューを検討することの重要性が再認識された。
1)平成15年度調査の実施
本年度調査を実施した秩父市、多治見市、八王子市の調査概要は以下の通りである。
○秩父市:03年6月~7月実施、
調査客体数夫婦2000、独身3469
回収数(回収率)夫婦864(43.2%)、独身697(20.6%)
○多治見市:03年10月~11月実施、
調査客体数夫婦2000、独身3000、
回収数(回収率)夫婦758(37.9%)、独身687(22.9%)
○八王子市:03年11月~12月実施、
調査客体数夫婦2000、独身3000、
回収数(回収率)夫婦721(36.1%)、独身557(18.6%)
2)調査から得られた主な結果
分析結果については、今年度に集計と基本分析が終了した秩父市の結果について主に報告する。
また、有配偶者は初婚同士の夫婦、独身者は結婚経験のない未婚者に限定して分析した。
①有配偶女性票の結果
妻の就業形態に関わらず,別居している親が保育者となる割合は同居の親よりも高いことから,夫妻の近くに住む,いわゆる近居の親が重要な育児資源となっている。特に,就業する妻においては,妻が無就業の場合に比べて親に頼る割合が高いが,逆に夫の保育参加割合が低い傾向がみられる。また、就業している妻は,無就業の妻に比べて保育所を始めとする保育施設の利用割合や産前産後休暇制度や育児休業制度などを利用する割合が高い。女性の就業継続状態の集計でも、結婚・出産で退職する女性は多いことが示されており、正社員として就業を継続する女性の出産・育児には,親や保育所といった保育資源に加え,育児休業制度等の企業側の取り組みが重要であることがみてとれる。
家庭生活では、結婚生活満足度別に夫の家事・育児参加度をみると、結婚生活の満足度が高い妻は,家事,育児のすべての項目において夫からより高い協力が得られていると回答しており,この傾向は特に育児の項目に見出され,結婚生活に満足している妻は,夫が育児によく関わっていると感じていることがわかった。
子ども数については、予定子ども数1人の場合、「子育ての社会的環境が整っていない」を選ぶ割合が他の子ども数の回答者より多いため、子育て環境に恵まれていない層が予定子ども数を1人に抑えている可能性がある。予定子ども数2人では「教育費」の選択割合が6割にのぼるが、予定子ども数は2人と答える夫婦のうち4割近くは理想子ども数3人と回答しており,理想を実現できない理由として教育費の負担が大きいことが示唆されている。
子どもに対する教育では、高校までの進学期待には男女児で差がみられないが,それ以上の高等教育については,子どもの性別によって親の考え方はまだ差があるといえる。また、家庭教育(習い事)は、小学生・中学生の子どもの過半数が行っており、多くの親にとって重大な家計支出項目となっていることが推測できる。一方、親の持つ学歴観は、一般的に,受験による選抜を経て得られる学歴は本人の努力次第であると言われてきたが,多くの人は本人の努力以外の要素も学歴達成に影響すると見ていた。
育児支援ニーズでは、フルタイムの妻で学童保育のニーズは高く、現在でも同サービスは展開されているが,より一層の充実が求められている。その他の従業上の地位を持つ妻で、それぞれニーズは異なっており、多面的な支援策の展開が必要なことがわかる。
②独身者票の結果
理想と予定のライフコースにおける男女の回答ギャップからわかる通り、女性の仕事と家族形成をめぐり,未婚男女の意識に大きな相違が生じているものと思われる。女性は結婚や出産を経てもフルタイムで就業する意向が強いのに対し,男性は配偶者にパートでの就業や専業主婦となることを望む傾向が強い。また,非婚就業を予定している女性が16.8%も存在しており,結婚や出産を躊躇する未婚女性が少なからず存在することが示された。
暮らしぶりに関する質問については女性のほうが男性よりも楽観的な傾向が強く、全年齢におけるそれぞれの質問の平均もすべて男性を上回っていた。男性のほうが女性よりも経済的な環境の変化に敏感なのか,あるいはより影響を受けやすい労働環境に置かれているのかもしれない。交際状況では、結婚の意志はあるが,結婚相手探しという具体的かつ重要な行動を伴わない未婚者の割合が高いことがわかった。また、女性のほうが男性よりも,結婚に際して高い月収を必要と考える
傾向があり、これも結婚に対する意識ギャップをあらわしていると考えられる。
子どもを持つ意欲に関しては、2人以上の子どもを希望する人は,子ども希望度スコアも高く実際に子どもを持ちたい気持ちが強いが,希望子ども数1人の女性については子ども希望度スコアの平均値が低く、「子どもは欲しい」ものの,「ただし,必ず持ちたいというわけではない」というケースが多く含まれていることを示唆していた。
価値観では、男性は、年齢が上昇すると家庭での性役割分業について保守的な考え方が強くのに対して,女性まったく逆の考え方をもっており、男女で意識のギャップがはっきりと表れた。
3)調査から得られた結論
①夫婦票分析から得られた結論
女性の就業は結婚や出産によって中断される傾向が強く認められ,職業によって異なる職場復帰の容易さや育児支援の利用可能性が,女性の就業継続に重要な影響を与えていることが示唆される。一度退職した女性が再び正規雇用に就くことは難しいことを考慮すると,就業意欲をもつ女性が働き続けることができる職場環境を整備することは少子化対策の重要な課題といえよう。
家庭生活では、夫の家事・育児参加は,妻の結婚に対する幸福感と関連を持っていることが推測され、今後生活の質の向上に向けて,家庭内における性別役割分業の柔軟化をさらに進めていく必要性があるといえる。また、これは未婚男女の結婚意欲や、家族観、結婚観にも影響を与えるだろう。
子どもについては、秩父市民の子ども数は全国平均より多く、予定・理想子ども数の数値も高いため、出生意欲も高いといえる。そうした中で、育児支援策としては、未就学児に対する保育所・幼稚園の整備,小学生に対する学童保育の整備,そして子どもが自由に安全に遊べる遊び場の整備という,3つのニーズが主に挙げられる。これらの一層の充足は,子育て費用の軽減にもつながる。
②独身者票分析から得られた結論
結婚と就業のかかわりでは、フルタイム就業継続を希望するものが多いものの、実際はパート再就職コースになると考えている女性が多く、仕事と家庭の両立策を一層強力に推進することは、結婚した人たちだけでなく未婚者に対しても影響が大きいことが推測できる。
こうしたライフコースの選択には、男女の結婚観・家族観も大きく影響するが、男女間で性別役割分業についての考え方や結婚観について、男女でギャップが存在している。男性は伝統的な妻として母としての役割を担ってくれる女性を求め,年齢が上昇すればするほどその傾向が強くなる。しかしながら女性は伝統的な役割分担ではなく,夫との新しい時代の関係を求めている。結婚については,女性は堅実な関係を望み,男性はそれにはとらわれない考え方をもっている。このような相違が存在し,さらに男女間の乖離がすすめば,晩婚化や非婚化を食い止めることは不可能となろう。
結論
各課題別の結論は次の通りである。
(1)結婚・出生行動の人口学的・社会経済学的研究
結婚と夫婦出生力の低下について、第一に、結婚変動と出生力の人口学的分析の観点から、①初婚過程のコーホート変化、ならびに②離婚が出生率に及ぼす影響について分析から、一見、一様に進んでいると見られるわが国の晩婚化が、女性のコーホートによって分けられるいくつかのフェーズによって、その要因とメカニズムが変化してきており、新たに捉えられた若い世代(1958~1964年)では、それまで見られた晩婚なグループの拡大という形ではなく、全グループの晩婚化が進行するという形に変化しており、少子化の進行における新局面が現れたことが示唆された。また、晩婚化、非婚化などの結婚変容の実相は世代によって異なり、最近の世代についてこれまで関係が深いと考えられていた高学歴化や家族意識の変化などとは独立に結婚の変化が進むという新局面が見いだされたことは、わが国の少子化の今後の見通しに対して重要な示唆を与えるとともに、その対策として子育て支援等個別策だけでなく、男女のパートナーシップなどを含む世代全体のライフコースを考慮した施策が必要なことを示している。また、離別(離婚)が出生率変動に与える影響の大きさは近年の若年齢での急激な離別の増加と再婚率の低下を反映し、2000年は1990年の4倍強となった。この分析結果は将来の出生率変動を予測する際に、離婚の要素が無視し得ない要素となっていることを示している。
第二に、社会経済学的観点から、夫婦出生行動変化の諸側面として、③妻の就業行動と出産・育児の分析からは、妻が出産後も仕事を継続し、次の子どもをもつためには、夫妻の母親、とりわけ妻方の母親の育児支援に多くを頼っている実態が明らかになった。働いている女性の方が理想や予定子ども数が多いという傾向がみられ、そのような希望を実現しにくい状況が除かれれば、一層の追加出生が期待されるかもしれない。1990年代に入るとパートや派遣など非典型労働に従事する女性が増えている。こうした働き方では出生子ども数が少ない傾向がみられた。非典型労働をめぐる仕事と子育ての両立を図っていくことも重要な政策課題となることが示唆された。④の同居選択と妻の就業分析では、同居が妻の就業を促進する効果は、従来考えられていたよりも大きいことが明らかとなり、また、保育サービスと同居は、代替関係ではなく、補完関係にあることが示唆された。政策的観点からは、日本社会の伝統的な家族構造に配慮した政策の効果が期待される。⑤結婚・出産退職と逸失所得の分析からは、1960年代出生コーホートにおいて累積所得の上昇が起こっており、従って結婚・出産による退職で生じる逸失所得の上昇が起こっていることが明らかとなり、この逸失所得の上昇を抑止し、低下させる必要性が実証的に見いだされた。⑥雇用機会拡大と専業主婦の分析からは、片働き生涯専業主婦家庭という家族像が子世代に強く、子どもケアは女性がにない、子どもを持つ女性は低賃金、正社員は時間制約がきついという労働市場の構造が変わらないために、既婚者の変化は小さいが「非婚」が増えているという構造がある。したがって、女性労働市場をより制度的にも社会慣行の上でも男女共同参画型にして行く必要性が明らかになった。また⑦教育費負担の及ぼす影響について社会学的、経済学的分析では、教育観の違いによって、教育需要、負担感、出生意識に差異が見出された今回の結果は、「教育費が負担」の実態が、単に一様なものではなく多重的な構造である可能性を示しており、少子化対策としての教育費負担の軽減、あるいは児童手当などの所得補助を検討する上でも重要な視点を提示できるものである。 第三に出生力の政策効果に関する研究として、⑧女性の就業と育児にかかわる機会コストの関係をマクロシミュレーションモデルとして定式化し、合計特殊出生率の将来動向を評価したが、機会コストが徐々に低下し、かつ保育所整備が進んだ場合には、2001年の合計特殊出生率は1.58と実績である1.33よりも0.25ポイント上昇するという結論が導かれ、出生率の今後における少子化対策の有効性とその効果が確認された。
(2)女子労働と出生力の研究
開発したデータベ-スを使っての研究は第一次接近にとどまっており、来年度も引き続き詳細な分析を行っていく予定であるが、①保育所整備(施設数、定員数、待機児童数)と女性労働力率の関係、②保育所整備と出生(出生者数割合、出生率など)の関係、③出生と女性労働力率の関係、④保育所整備と地価、住宅着工との関係、⑤保育所整備と地域の成長力との関係、ならびに、⑦公共施設における託児サービス・子ども部屋増改築支援等と出生率の結果から得られた結論は、同じ少子化対策といっても、その内容により、効果は異なっている可能性があり、今後、さらに詳細な分析が必要である。この中で、第1次接近という限定的な結論ではあるが、各施策の効果は次のようにまとめることができよう。待機児童数を減らすような保育所整備を行うことは当該地域の女性労働力率と出生率を高めると考えられる。また、女性労働力率が高い地域で出生力は高いという関係が観察され、必ずしも女性労働力率を高めることが出生力を引き下げることにはならない。これらの結果から、保育所整備を行うことで女性労働力を高め、出生力をも高める可能性があると言えよう。保育所整備は地価や住宅着工の伸び、そして成長力を必ずしも高めることには繋がっていない。
今回の分析は人口規模や産業構造などの地域特性を十分にコントロールしておらず、結果の頑健性は十分保証されたものとはなっていない。来年度の分析では、計量経済学手法を用いて、地域特性を十分に配慮し分析を行う予定である。
育児休業中と復職後の2時点におけるインタビュー調査の結果から、両立支援施策へのニーズとしては、(1) (突発的な残業にも対応可能な) 保育所の迎えの時間の柔軟性、(2) 病児保育、(3) 小学校入学後に放課後、子どもを安心して任せることのできる保育所のような場所、があげられた。また、育児休業取得者の代替要員について、(1) 代替要員を確保するのではなく仕事を外部化してしまったため、原職復帰ができない、(2) 代替要員確保のため、育児休業取得期間が希望通りにならない、などの問題点が見出された。
(3)結婚・出生に関する国民意識の調査研究
①夫婦票分析から得られた結論
女性の就業は結婚や出産によって中断される傾向が強く認められ,職業によって異なる職場復帰の容易さや育児支援の利用可能性が,女性の就業継続に重要な影響を与えていることが示唆される。一度退職した女性が再び正規雇用に就くことは難しいことを考慮すると,就業意欲をもつ女性が働き続けることができる職場環境を整備することは少子化対策の重要な課題といえよう。
家庭生活では、夫の家事・育児参加は,妻の結婚に対する幸福感と関連を持っていることが推測され、今後生活の質の向上に向けて,家庭内における性別役割分業の柔軟化をさらに進めていく必要性があるといえる。また、これは未婚男女の結婚意欲や、家族観、結婚観にも影響を与えるだろう。
子どもについては、秩父市民の子ども数は全国平均より多く、予定・理想子ども数の数値も高いため、出生意欲も高いといえる。そうした中で、育児支援策としては、未就学児に対する保育所・幼稚園の整備,小学生に対する学童保育の整備,そして子どもが自由に安全に遊べる遊び場の整備という,3つのニーズが主に挙げられる。これらの一層の充足は,子育て費用の軽減にもつながる。
②独身者票分析から得られた結論
結婚と就業のかかわりでは、フルタイム就業継続を希望するものが多いものの、実際はパート再就職コースになると考えている女性が多く、仕事と家庭の両立策を一層強力に推進することは、結婚した人たちだけでなく未婚者に対しても影響が大きいことが推測できる。
こうしたライフコースの選択には、男女の結婚観・家族観も大きく影響するが、男女間で性別役割分業についての考え方や結婚観について、男女でギャップが存在している。男性は伝統的な妻として母としての役割を担ってくれる女性を求め,年齢が上昇すればするほどその傾向が強くなる。しかしながら女性は伝統的な役割分担ではなく,夫との新しい時代の関係を求めている。結婚については,女性は堅実な関係を望み,男性はそれにはとらわれない考え方をもっている。このような相違が存在し,さらに男女間の乖離がすすめば,晩婚化や非婚化を食い止めることは不可能となろう。

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