介護関連分野における雇用・能力開発指針の策定に係わる研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100017A
報告書区分
総括
研究課題名
介護関連分野における雇用・能力開発指針の策定に係わる研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
小笠原 浩一(埼玉大学経済学部)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤博樹(東京大学社会科学研究所)
  • 林大樹(一橋大学大学院社会学研究科)
  • 大木栄一(日本労働研究機構研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
3,680,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
この研究は、介護関連職種の職務分析・職務評価を実施し、これまでやや曖昧な形になっていた介護職務の中身を、「職務」構造および職務遂行の難易度の段階区分を通じて整理するとともに、職務の難易度と職務遂行能力の段階との関連を明らかにする。そして、これに基づいて望ましい能力・キャリア開発システムや人事・賃金処遇制度のあり方を検討し、これを行政指針の形で推進することの可能性につき調査・検討し、もって実務課題に応えることを目的としている。
研究方法
第1に、課業難易度を把握するために、厚生省令におけるホームヘルプ・サービス等の区分に従って19の課業を括り出し、それぞれについて、課業の基本的な目標を確認した上で、目的達成を困難にすると思われるバリアーの度合い、すなわち、利用者本人の身体的・精神的・財産的状態や家族・居住環境等の困難度を3段階に区分した。そして、3段階に区分された状態・状況に照らして課業遂行にあたって求められる要素作業を整理統合し、かかる要素作業の難易度によって課業そのものの難易度を3段階に区分する方法を採用した。第2に、課業遂行能力を測定する方法は、上記のとおり3段階区分された課業の難易度レベルを、非調査者(ホームヘルパーおよび特別養護老人ホーム直接処遇職員)本人がどの程度できると自己認識しているかを問う形をとった。程度は「ほぼできる」「確実にできる」「十分にできる(新人指導もできる)」の3階梯とした。
第3に、能力開発型雇用・人事システムの模索するために、大量観察によって能力準拠ないし能力開発を指針とした雇用・処遇が実施されているか、されていないとすればどのような問題点があるか、を分析する方法と、もう1つは、事例観察を通じて、現行の教育訓練や処遇決定の仕組みにどのような課題が存在するかを析出する方法をとった。なお、調査は次の通り実施している。(1)約1,000名のホームヘルパーを雇用する株式会社K社の常勤および非常勤ホームヘルパーを対象とした大量観察調査。(2)在宅介護事業を手がける株式会社N社のO支店および上記K社の担当役職者を対象としてホームヘルパーの能力開発と処遇に係わる事例調査。(3)全国12の特別養護老人ホームに雇用される直接処遇職員を対象とした大量観察調査。(4)首都圏にある特別養護老人ホームK苑を対象とした、1週間の研修参与観察。
結果と考察
第1に、介護保険制度の報酬算定対象となるサービス行為には、課業という単位で分析すると、その難易度は単一・均等ではなく、明確な難易度の差異が存在している。たとえば、同じく「入浴介助」といっても、利用者本人の状態や利用者を取り巻く物理的・心理的環境によって、必要とされる要素作業が大きく異なり、これによって難易度が発生する。従来の研究では、課業を身体介護とか家事援助とかに大括りして考えていたために、この課業難易度の存在が軽視されてきた。制度においても、処遇困難性の度合いは大括りされた介護に要する時間に置き換えられ要介護度に反映される仕組みとなっているが、このやり方では、要介護度が低いケースが課業難易度からすればサービス提供の困難性のレベルが高いという逆転現象が生じる可能性が残ってしまっている。
第2に、介護サービスを提供するホームヘルパーや施設職員の側にも、課業遂行能力に大きな差が確認される。現行介護保険制度は、誰が行っても均質なサービスが提供されるという理念のもとに設計されているが、実態はこれとは異なり、担当する職員によるバラツキが大きい。
第3に、上記の2点から、ケース処遇の難易度に相応しい能力を保有する職員が担当するという仕事と能力とのマッチングの考え方が、制度においても、また実務においても求められることになる。能力と仕事とのミスマッチは、仕事にムリやムダを生じさせるばかりか、職員の系統的な育成や仕事へのモティベーションの確保にとってもマイナスの要因となる。事業所全体としても人材資源活用にムラが生ずることとなる。最も重要なことは、利用者にとってサービスの質の安定性確保が難しくなることで、権利性、契約性などを内容とする利用者本位という介護保険の基本原則を空洞化させることになる。
第4に、能力と処遇がハッキリと乖離していることが確認される。すなわち、賃金は保有能力の高さとは無関係に決められている。能力に見合った報酬が得られなければ、職員の能力向上への意欲はそがれることになるし、一生懸命やっている職員が正当に評価されないことになる。
第5に、能力形成のための教育訓練に改善の余地が大きい。入職から12ヶ月ないし18ヶ月の間に上位層と下位層に大きな能力伸長における差異が生じてしまい、その後の能力格差を深刻にしていっている様子が確認された。初期段階における体系的な能力開発は仕事への動機付けや職業生活の安定性確立にとって決定的に重要であるが、この点に改善の課題が存在している。
第6に、ホームヘルパーの能力は家事、介護双方一体で伸びることが確認された。現行介護保険制度では、報酬算定との関連でサービス行為は3区分されているが、能力形成の実態からすれば、家事か介護か一方の能力のみが雁行型に伸びるということはない。大量観察調査の際の自由記述回答においても、現行3区分は却って仕事の与え方や仕事の弾力的な遂行に支障があるという意見が多く見られることから、能力開発という観点からも複合一本への統合が必要になっている。
結論
第1に、介護保険制度のもとで報酬支払いの対象となる介護課業には、1つ1つの課業に難易度が存在する。また、課業を遂行する能力についても、「易しい段階」の仕事を「ほぼできるレベル」から「難しい段階」の仕事を「十分にできるレベル」まで、階梯が存在する。第2に、課業遂行能力の伸長は、基本的には、経験時間の長さに連動している。経験を積めば、能力は高くなるが、教育・訓練のあり方によって、能力の伸長度合いが大きく左右されることも確認される。第3に、課業遂行能力は、入職から18ヶ月までの初期段階に急速に伸びることが確認される。その後、48ヶ月あたりまで漸進的に伸びていく。この期間に体系的な教育・訓練が実施される必要がある。第4に、処遇に関しては、能力水準を基準とした賃金、能力開発を基本に据えた処遇制度の整備が必要である。第5に、仕事の配置や仕事組織の編成においては、能力配置の効率化・適正化および組織的人材育成という視点にたった意識的・計画的な取り組みが求められる。第6に、事業経営においては、処遇、配置、育成を一本の制度のもとに行い得るようにするために、職務遂行能力を基本に置く職能資格制度の導入が不可欠である。第7に、介護保険制度改正にあたり、次の点が考慮されるべきである。(1)ホームヘルパーのサービス行為区分は、能力開発の観点から、現行3区分を改め複合一本にまとめるべきである。(2)介護報酬算定基準に職務遂行能力による報酬段階という考え方を取り入れる必要がある。(3)資格取得後の能力向上を支援するような制度的配慮が必要である。(4)登録型ホームヘルパーの場合に、拘束時間に対して賃金支払いが行われるよう、制度整備が求められる。(5)人材育成を考慮した要員配置を事業者が行い得るよう、介護報酬算定基準が工夫されるべきである。

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