老化および老年病の長期縦断疫学研究

文献情報

文献番号
200000168A
報告書区分
総括
研究課題名
老化および老年病の長期縦断疫学研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
下方 浩史(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 納 光弘(鹿児島大学医学部教授)
  • 岸田典子(広島女子大学生活科学部教授)
  • 葛谷雅文(名古屋大学医学部講師)
  • 鈴木隆雄(東京都老人総合研究所疫学研究 部長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
41,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
当研究班は老化や老年病の成因を疫学的に解明しその予防を進めていくために、医学・心理学・運動生理学・形態学・栄養学などの広い分野にわたっての学際的かつ詳細な老化に関する縦断的調査データの収集および解析を行うことを目的にしている。
研究方法
(1)長寿医療研究センター老化縦断研究(NILS-LSA):基幹施設での地域住民を対象とした老化の学際的縦断調査である。調査対象者は、当センター周辺の愛知県大府市および知多郡東浦町の40歳から79歳までの地域住民からの無作為抽出者である。調査内容資料の郵送後、参加希望者に調査内容に関する説明会を実施し、文章による同意の得られた者を対象者とした。対象は40、50、60、70代男女同数とし2年ごとに調査を行っている。追跡中のドロップアウトは、同じ人数の新たな補充を行い、定常状態として約2,400人のコホートとする。長寿医療研究センターの施設内で、頭部MRI、末梢骨定量的および二重X線吸収装置の4部位のスキャンでの骨量評価、老化・老年病関連DNA検査、包括的心理調査、運動調査、写真記録を併用した栄養調査など2000名をこえる対象者の全員に2年に一度ずつ、毎日6ないし7名を朝9時から夕方5時まで業務として行っている。
(2)高齢者における栄養および食習慣の多施設共同比較研究:広島市近郊在住者で募集した、40歳~79歳の健康な男女のボランティア127名を対象に性・年代の違いが栄養素等の摂取や食生活に及ぼす影響について検討した。栄養調査はNILS-LSAと同じ内容の食事調査票および食物摂取頻度調査票を用い、また写真撮影を併用して行った。同じ時期にNILS-LSAに参加し調査を行った139名の男女と結果の比較を行った。
(3)正常高齢者における神経所見の縦断的研究:地域在宅高齢者の健康維持・増進を目的とし、1991年より鹿児島県郡部在住の60歳以上を対象に神経学的診察、既往歴・生活習慣の問診、栄養指導を行った。対象地区は人口流動の比較的少ない鹿児島県郡部のK町(人口7612人)で、60歳以上の人口2410名(男性1005名、女性1405名)のうち検診参加者1227名を対象者とした。健診会場にて問診、血圧、心電図、血液検査、体脂肪率、栄養指導および神経内科専門医による神経学的診察と簡易痴呆スケール(Mini Mental Scale Examination:MMSE)検査を行った。
(4)日本人血清尿酸値の10年間の推移:対象は1989年から1998年の10年間に名古屋市内の一施設でドッグ検診を受け、既に高尿酸血症と診断され投薬を受けている者を除いた男性50,157名、女性30,349名、計80,507名である(表1)。使用した血清尿酸検査回数は男性150,544回、女性は78,259回でひとり平均測定回数は男性3.0回、女性2.6回である。採血は早朝空腹時に行った。飲酒歴に関しては本人に問診をおこなった。血清尿酸値の推移を検討するとともに、健診受診者の10年間に及ぶ縦断的検討を加え、血清尿酸値の加齢変化を検討した。さらに、飲酒、肥満度(BMI: body mass index)との関係についても検討した。
(5)地域在住高齢者における生活機能自立度低下ならびに総死亡に関連する要因:1992年6月に秋田県N村に在住していた65歳以上の全村民のうち、厚生省寝たきり判定度基準でレベルJ1に相当するだけの移動能力を有する者を対象に、会場招待型の健康診査を実施した。この対象者(852名)のうち、1992年7月の調査においてBADLとIADLの両方が自立していた者を今回のコホート集団とした。この集団での6年間の追跡調査結果から、基本的日常生活動作(BADL)や手段的日常生活動作(IADL)といった生活機能の低下や総死亡に関連する要因を検討した。
(倫理面への配慮)本研究は、長寿医療研究センターでの基幹研究に関しては、国立中部病院における倫理委員会での研究実施の承認を受けた上で実施し、全員からインフォームドコンセントを得ている。人間ドック受診者に関しては、個人名や住所など識別データをファイルにしないなど個人のデータの秘密保護に関して十分に配慮し、研究を実施している。また分担研究でのフィールド調査では個々の研究者がその責任において、それぞれのフィールドで、自由意志での参加、個人の秘密の保護など被験者に対して十分な説明を行い、文書での合意を得た上で、倫理面での配慮を行って調査を実施している。
結果と考察
(1)長寿医療研究センター老化縦断研究(NILS-LSA):平成11年度にはNILS-LSAは第1回の調査を終了し、40歳から79歳までの地域住民2267名でのデータ収集を終えた。平成12年4月より第2回の調査を開始し平成12年12月末現在で708名の調査が終了している。調査で得られた数千項目の各種検査の性別年齢別標準値は老化の基礎データとしてインターネット上に公開した(http://www.nils. go.jp/nils/organ/ep-e/monograph.htm)。疫学研究の英文専門誌Journal of Epidemiology誌にNILS-LSAの特集号を組み方法論および概要を紹介するとともに、第1回調査でのデータによる解析結果をまとめて、医学、心理、栄養、運動、身体組成の各分野で老化とその要因に関連する13本の論文を掲載し日本人における老化像を示した。
(2)高齢者における栄養および食習慣の多施設共同比較研究:食事計量調査及び食物摂取頻度調査によって得られた食品・料理等や栄養素等摂取量には、地域間において違いのあることが観察された。
(3)正常高齢者における神経所見の縦断的研究:検診参加者の9.3%(男性10.3%、女性8.8%)がMMSEスコア20点未満であった。2回以上の検診参加者の中で63.6%が正常レベルを維持、11.1%が軽度痴呆であり、3.3%が経過中正常レベルから痴呆レベルに悪化、初回痴呆レベルであったものがさらに悪化した者は4.1%、全体でレベルの悪化した者は計15.6%であった。MSSEスコア20点未満を示す例の罹患率を調べたところ年間1.01%であり、男女別の罹患率は男性1.22%、女性0.91%であった。MMSE悪化時点で明らかとなった基礎疾患は、高血圧67%、脳卒中22%、糖尿病11%であった。一人あたりの重複基礎疾患数は悪化群で0.8,非悪化群で1.3であった。
(4)日本人血清尿酸値の10年間の推移:男女とも血清尿酸値は肥満度(BMI)と飲酒習慣は強い正の相関があった。横断的検討では男性は加齢とともに血清尿酸値は低下し、女性では増加していた。男性女性ともこの10年で血清尿酸値は増加していた。一方肥満度は男性では増加し、女性では変化を認めなかった。飲酒習慣は男性では減少し、女性では増加していた。縦断的調査では男性女性とも血清尿酸値は加齢とともに増加し、さらに男性では若い世代で尿酸値が高値をとるコホート効果が認められた。
(5)地域在住高齢者における生活機能自立度低下ならびに総死亡に関連する要因:対象者のBADL・IADLに共通して高年齢・低握力が自立度低下に関連し、IADLではさらに心理社会的要因が関連していたことが明らかとなった。一方、総死亡に関連した要因は、身体的・心理的・社会属性的要因が含まれていた。
人間の老化には医学的要因のみならず、身体的、精神的、あるいは社会的要因が深く関わっており、多くの検査調査が必要となり、また多くの分野の専門スタッフが必要で、このため膨大な研究費がかかる。また研究が長期にわたることや、老化、老年病全体に幅広い知識を持つ研究者数がきわめて少ないことも研究がすすまない原因である。急速に高齢化が進むわが国では高齢者の様々な問題を解決するのに数十年も待つことはできない。5年から10年の比較的短期間で成果をあげるためには、多くの参加者で、より多くの項目についての大規模な縦断的研究を日本で行うことが必要である。
老化の縦断疫学研究は、さまざまな側面からの検討が必要であり、多くの研究者が共同して推進して行かねばならない。本年度は、基幹施設での地域住民への包括的で詳細な疫学的調査研究を中心に、全国の研究者とともに様々なコホートでの老化の縦断的研究を進めた。NILS-LSAでは、医学、身体組成、運動、心理、栄養など広範囲な分野での1000項目以上の老化関連要因の調査をおこなっており、平成11年度にはベースラインのデータ収集が終了した。第1回調査の膨大な調査結果の一部をモノグラフという形で発表し、インターネット上に公開した。このように包括的かつ詳細な老化の基礎データの公開は他に例のないものである。引き続いて平成12年度には第2回調査を開始した。NILS-LSAで実施できない詳細な神経学的所見の加齢変動や大規模な集団での検討で初めて証明できる出生コホート効果の検討などについても、班研究の中でそれぞれに成果が得られた。基幹施設での広範で詳細な加齢要因の調査研究に加え、このような全国の研究者とともに共同での老化縦断研究を実施していくことで、日本人における老化に関連する諸問題を明らかにし、その解決、予防を目指す研究が、さらに進んでいくものと期待される。
結論
本研究は老化や老年病の成因を疫学的に解明しその予防を進めていくために、医学・心理学・運動生理学・形態学・栄養学などの広い分野にわたっての学際的かつ詳細な縦断的調査研究を行うことを目的にしている。基幹施設である長寿医療研究センターでの地域住民への詳細な疫学的調査に基づく縦断研究では第1回調査結果の一部をモノグラフという形で発表し、またインターネット上でも公開した。各班員はそれぞれのコホートで縦断的個別研究を行い、日本人における老化縦断研究をすすめた。

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