老化の多施設共同縦断疫学調査に関する研究

文献情報

文献番号
199800228A
報告書区分
総括
研究課題名
老化の多施設共同縦断疫学調査に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
下方 浩史(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 葛谷文男(名古屋大学名誉教授、社団法人オリエンタル労働衛生協会理事長)
  • 納光弘(鹿児島大学医学部教授)
  • 金森雅夫(浜松医科大学助教授)
  • 葛谷雅文(名古屋大学医学部講師)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化が急速に進む日本の社会において、高齢者の健康を増進させ、疾病を予防し、老化の進行を少しでも遅らせて、医療費を低減させることは急務である。厚生行政に関連する基本的研究を目指す長期縦断疫学調査は時代の要請と考えられる。
老化や老年病は、生活習慣や文化的背景など、さまざまな要因によって影響を受け、その成因を疫学的に解明するためには、多くの専門家や研究施設の協力が不可欠である。当研究班は、多施設共同での総合的な老化の長期縦断疫学調査を実際に行い、そのあり方を検討することを研究の目的としている。
研究方法
(1)国立長寿医療研究センター老化縦断研究(NILS-LSA):基幹施設での地域住民を対象とした老化の学際的縦断調査である。対象は長寿医療研究センターのある愛知県大府市(人口7万人)および知多郡東浦町(人口4万人)から、住民台帳より、40歳から79歳まで10歳ごとの年齢、および性別で層化して、各群が同じ人数になるように無作為抽出された者である。一日6人ずつが長寿医療研究センターで調査・検査を受けている。調査項目は医学、身体組成、心理、運動、栄養など非常に多くのものを含んでいる。
(2)全国比較調査:全国の電話番号簿をもとにして世帯数の分布が日本全国と一致するように都道府県別に層化し、3000世帯を無作為抽出し、平成10年10月に郵送で質問票を送付した。このうち577世帯が転居等による住所不明等で届かなかった。回答が得られたのは2423世帯中の1154世帯、2118名(男性1057名、女性1061名)であり、回収率は47.6%であった。こうして得られた全国無作為抽出集団で、調査データの地域差を検討した。
(3)代表性調査:NILS-LSAの調査参加者のデータが全国の代表性を持つものかを検討するために、全国無作為抽出集団とデータを比較した。調査項目はNILS-LSAの調査項目のうち、郵送での調査が可能な背景因子関連項目、心理関連項目の一部とした。
(4)神経学縦断調査:加齢による神経系への影響を明らかにするために、1991年度より実施している鹿児島県大島郡K町の在宅高齢者(60歳以上)健診の受診者を対象に、神経所見に関する縦断的、横断的検討を行った。1991年から98年までに、延べ2455名が高齢者健診を受診した。このうち94年、95年に受診した593名の神経症状と年齢との関連および4年間隔で2回健診を受けた108名の神経学所見の変化を検討した。
(5)眼圧加齢変化調査:名古屋市内で人間ドックを受診した20歳から79歳までの男女72,081人を対象に1989年から1997年までの9年間にわたる眼圧測定値の縦断的変動について検討した。対象者のうち55.5%が複数年にわたって受診歴があった。9年間の延べ190,639回の眼圧測定について年齢との関係につき一般線形モデルを用いて解析した。また、対象者を出生年代別に1920年代から1960年代の5つのコホ-トに分け、年齢、血圧、肥満度を補正した眼圧値を推定し多重比較法により解析した。
結果と考察
(1)国立長寿医療研究センター老化縦断研究(NILS-LSA):平成9年10月にボランティアを対象にテストランを行い、実施上の問題点の解決を図った後、平成9年11月より無作為抽出集団を対象に実際の調査を開始した。平成10年4月より、一日6名の検査を実施しており、平成11年2月までに合計1043名の検査を終了した。各調査・検査の結果は膨大なものとなったので、平成10年9月までのデータをモノグラフの形でまとめた。
(2)全国比較調査:3世代世帯以上の大家族の割合は東北地方では多かったが、北海道や関東地方では少なく、有意な地域差が認められた。健康診断の受診は東北地方で高く、北海道および関東地方で低かった。しかし、健康だと感じている者の割合には地域差は認められなかった。調査した21の疾患の既往歴で、有意な地域差が認められたのは高血圧症、肝臓病のみであった。過去2年間の入院の頻度は北の地方で高かった。生活習慣・嗜好:喫煙者の割合、飲酒者の割合に有意な地域差は認められなかった。就業の有無にも差はなかった。また、身体運動、適正体重の維持、朝食を食べる者の割合、間食の有無にも地域差はなかった。しかし、学歴には大きな地域差があった。うつスコア、うつ傾向のある者の割合には有意な地域差は認められなかった。
(3)代表性調査:全国調査、NILS-LSAのいずれの集団も夫婦だけの核家族が多いが、二世代世帯、三世代世帯など、家族数の多い家庭がNILS-LSAで多くなったいる。全般的な自覚的健康状態には差はなかったが、健康診断の受診率はNILS-LSAで高かった。調査した21疾患の既往歴のうち、高脂血症、喘息・慢性気管支炎、癌、前立腺肥大がNILS-LSAで少なく、腎臓病、骨折が多かったが、その差はわずかであった。過去2年間の入院には有意な差はなかった。そのほか喫煙率、学歴、肥満度、うつスコアにも差はなかったが、睡眠時間はで全国調査の方がわずかに長かった。NILS-LSAの調査対象者と全国調査の結果を比較し、両者の間に、全体として健康度やうつ指標、生活習慣などに大きな差異は認められなかった。
(4)神経学縦断調査:対象者593名中、臨床的に疾病のない“健康高齢者"355名における神経所見では、腹壁反射消失(39%)、しゃがみ立ち困難(12%)、片足立ち困難(11%)が比較的高率に見られた。年齢と関連がみられた所見は、下肢筋力低下、上肢強調運動障害、上肢不随意運動、歩行起立障害、振動覚低下であった。男女間でも加齢による神経所見に差を認めた。4年間に悪化がみられた主な神経所見は、Mini Mental Scale Examination(MMSE)、握力、視力、頸部運動制限などであった。MMSEは、4年間で108名中55名が低下を示したが、MMSE悪化群におけるMMSEの低下率と初回健診時の年齢は相関していなかった。一方、MMSEの変化量と尿失禁、下肢感覚障害、つま先立ち障害に相関を認めた。今回の検討にて、高次機能と下肢機能が加齢により影響を受け易く、これら機能の悪化が相互に関連していることが示唆された。
(5)眼圧加齢変化調査:横断的解析によれば、眼圧はこれまでに報告のあったように、男女とも年齢とともに低下することが示された。血圧および肥満度で補正した場合、男性では40歳代と50歳代で、女性では50歳代と60歳代での有意に眼圧低下が認められた。出生年代コホ-ト別の解析によると、男女とも各コホ-トの中で眼圧低下は認められず、逆に眼圧上昇を示すコホ-トが多くみられた。各コホ-ト間では出生年代が古いほど眼圧は低い傾向を認めた。各コホ-トにおける年齢、血圧、肥満度を補正した眼圧推定値は、出生年代が古いほど眼圧は有意に低い値を示した。
基幹施設での広範で詳細な加齢要因の調査研究に加え、このような多施設共同での老化縦断研究を実施していくことで、日本人における老化に関連するの諸問題を明らかにし、その解決、予防を目指す研究が、さらに進んでいくものと期待される。
結論
老化を観察し、老年病の成因を明らかにするためには、多施設共同での老化の長期縦断研究が不可欠である。しかし老化を目標にした詳細な施設での調査を中心とする長期縦断研究は膨大な費用と時間を要するため、日本ではほとんど行われていなかった。本年度は、基幹施設である長寿医療研究センターでの地域住民への詳細な疫学的調査に基づく縦断研究では、その調査結果の一部をモノグラフという形で発表した。また全国無作為抽出集団への質問票調査、特定の施設での専門的な個別研究を行い、多施設共同での老化縦断研究をすすめた。

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