真の難治性てんかんに対する非切除的治療法の開発研究

文献情報

文献番号
201224110A
報告書区分
総括
研究課題名
真の難治性てんかんに対する非切除的治療法の開発研究
課題番号
H23-神経・筋-一般-003
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
川合 謙介(東京大学 大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 長谷川 功(新潟大学 大学院医歯学総合研究科)
  • 鎌田 恭輔(旭川医科大学 大学院医学系研究科)
  • 藤井 正美(山口大学 大学院医学系研究科)
  • 高橋 宏知(東京大学 先端科学技術研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 障害者対策総合研究
研究開始年度
平成23(2011)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究費
13,540,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は根本的な治療法の存在しない難治性てんかんに対して、従来とは異なる視点によるてんかん焦点局在診断法や発作検知・予知法を確立し、電気刺激や脳局所冷却など非切除的治療法を開発することを目指す。
 頭蓋内脳波解析システムの開発では、前年度にダイナミクスの画像化を確立し、今年度はその汎用性を高め、てんかんネットワークの局在診断や発作検知・予知への応用へと進める。前年度は、皮質脳波・単一ニューロン活動同時記録電極を開発し、これらの技術が生理的および病的ネットワークの検出や発作予知に有用である可能性が得られたため、さらに方法論を確立しその効果を検証する。非切除的治療法の開発としては、そのモデルである迷走神経刺激療法の電気生理学的特性について、前年度は誘発電位測定系を確立することによりその一端を明らかにしたが、今年度は、てんかん発作の本態とも言える大脳皮質の異常同期性を抑制する電気刺激の特性について研究する。また、脳局所冷却によるてんかん放電抑制効果および脳保護効果についての開発研究を継続する。得られた知見を統合し、発作検知・予知システムと電気刺激・局所脳冷却による非切除的治療システムの確立を目指す。
研究方法
(1)時間周波数解析による高周波振動の出現部位をオンラインでリアルタイムに捉えるシステムを開発する。
(2)皮質脳波・単一ニューロン活動同時記録電極の改良、留置方法や記録方法の技術的改良を進め、記録効率を向上させる。
(3)ラットに迷走神経刺激装置を植込み、聴覚皮質における多点LFPの計測を行い、易けいれん性の指標として多点LFPの位相同期度phase locking value (PLV)を算出する。健常状態とカイニン酸誘発発作状態とにおいて、さまざまなVNS刺激による位相同期度の変化を明らかにする。
(4)ネコやサルなど中・大型実験動物において水還流型の冷却装置を用いた発作抑制効果の検討を行った。また、ヒトにおいてペルチエ素子を用いた局所脳冷却システムの効果を基礎的に検証する。
結果と考察
発作時の脳皮質電位(ECoG)上で80Hzを中心とした高周波律動(high Gamma activity: HGA)を発作間欠期の平均値と比較して、有意なHGAが認められる電極を表示するシステムを開発した。このリアルタイム活動マップと発作時ビデオを同期させることで、HGAと発作の症状、病態、さらには発作起始部の同定ができた。また、このシステムの検証として、記憶課題を含めた高次脳機能関連HGAダイナミクスと同様の課題によるfMRIの比較検討を行い、妥当性が検証できた。また、側頭葉内側手術後の記憶障害出現と記憶課題による海馬傍回HGAの関係の検討からもこの方法の妥当性が検証できた。
 皮質脳波・単一ニューロン活動同時記録電極については、微小電極のインピーダンスの調整、基準電極の留置部位変更、深部電極が長期留置中に脳内に沈下しないような改良などを行い、微小電極の約30%において単一ニューロン発射が最長1ヶ月間にわたって記録できることを明らかにした。発作時には臨床発作に先行するニューロン発射頻度の増加が捉えられた。
電気刺激による発作抑制に関する研究では、VNSの大脳皮質同期性について検討したが、まず健常なラットでは、VNSの直後で近い電極間のPLVが上昇した。カイニン酸を投与すると、ラット聴覚皮質におけるPLVは、漸増傾向を示したが、VNSにより遠隔の電極間で減少する傾向が認められた。
 脳局所冷却による発作抑制に関する研究では、ネコ、サルともに、覚醒下で脳表を15℃に冷却することで、てんかん性放電を抑制できた。ネコでは運動野の15℃への冷却を行っても、運動機能の低下は認められなかった。ヒトでは難治性てんかんに対する切除手術中に、切除予定部位を麻酔下に脳表を30分間15℃に冷却すると、てんかん性放電の抑制効果および脳血流低下が認められた。冷却脳組織における微小透析法では冷却時にglycerol、lactate、glutamateの有意な減少が認められたが、lactate/pyruvate比に明らかな変化をきたさなかった。
結論
本研究により、頭蓋内脳波データのダイナミクスを画像化し、発作の起始・伝搬や脳機能ネットワークのダイナミクスを解明した。また、皮質脳波と単一ニューロン活動同時記録、脳溝内への皮質脳波電極留置の技術を動物実験で開発し、臨床的にも安定した記録を行うシステムを開発し、有用性を検証した。非切除的治療法として、迷走神経刺激療法が大脳皮質の異常同期性を抑制することを明らかにした。さらに、脳表の15℃の冷却により正常脳機能の温存とてんかん発作抑制効果が期待できることを明らかにした。

公開日・更新日

公開日
2015-06-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201224110B
報告書区分
総合
研究課題名
真の難治性てんかんに対する非切除的治療法の開発研究
課題番号
H23-神経・筋-一般-003
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
川合 謙介(東京大学 大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 長谷川 功(新潟大学 大学院医歯学総合研究科)
  • 鎌田 恭輔(旭川医科大学 大学院医学系研究科)
  • 藤井 正美(山口大学 大学院医学系研究科)
  • 高橋 宏知(東京大学 先端科学技術研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 障害者対策総合研究
研究開始年度
平成23(2011)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 本研究では、根本的な治療法の存在しない難治性てんかんに対して、最先端の工学的手法を応用した脳活動解析を行い、従来とは異なる視点によるてんかん焦点局在診断法や発作検知・予知法を確立し、電気刺激や脳局所冷却など非切除的治療法開発の可能性を高め、本邦独自の診断治療機器開発を目指す。
研究方法
 てんかん原性と機能性の両視点から電極でカバーされた複数の脳内部位の周波数相関、位相相関を解析し、診断・治療システムの実用化のために、リアルタイムモニタリングシステムの開発を進めた。診断精度向上の可能性を求めて、大脳皮質脳波と複数の単一ニューロン発射を同時記録する電極やその留置・記録方法を開発した。電極開発ではサルでの検証を平行して行った。得られた脳活動データは、主成分分析、グラフ理論、雪崩現象などを用いて、非発作期・発作直前期・発作期を弁別し、発作予知・発作検知が可能かどうかを検証した。
 迷走神経刺激療法(VNS)をモデルとして、電気刺激による発作抑制機序を研究した。迷走神経の上行性伝達を証明するべく臨床誘発電位の測定システムを確立した。また、ラットVNSモデルで大脳皮質同期性を健常状態とカイニン酸誘発発作状態とで比較解析した。ペルチエ素子または冷却水潅流システムの脳局所冷却効果を複数の動物モデルで、脳波周波数特性、指摘温度、正常脳機能温存性などを評価指標として検証した。さらに、ヒトにおいてペルチエ素子を用いた局所脳冷却システムの効果を基礎的に検証した。
 本研究は、各々の施設における倫理委員会の承認を得た上で、臨床研究または動物実験に関する倫理指針を遵守し、患者の同意を得て行われた。本研究に付随して発生する個人データは、申請者および共同研究者により情報保護区域において厳密に管理された。
結果と考察
 言語・記憶課題負荷時の高周波律動ダイナミクスを画像化し、fMRIとの整合性、課題による活動部位伝搬形式、切除手術後の症状との関連などにおいて、その妥当性を示した。また、高周波律動のリアルタイムモニタリングシステムを開発した。発作起始部位や非発作期異常波分布の視認に基づく現行の焦点局在診断・治療範囲決定法に替わる、新たな解析法を提案することができ、難治性てんかんの診療成績向上の妨げのうち診断面についてその改善の端緒を開いた。
 動物実験と平行して臨床で使用できる皮質脳波・単一ニューロン活動同時記録電極を開発し、安定した記録が行えるような手技を確立し、てんかんの診断・治療法の開発に新たな可能性を開いた。
 頭蓋内脳波活動にネットワーク理論や雪崩現象を応用した研究では、明確な発作予知特徴量の検出は困難であったが、発作起始には脳内ネットワーク状態や雪崩現象が関与している可能性が示唆された。この研究は、発作予知・発作検知モジュールの開発の第一歩と言える。
 電気刺激療法については、発作対応型の電気刺激装置の開発に向け、VNSにおける電気生理学的な背景機構の一端を明らかにできた。これまで機序不明であった本治療について、迷走神経の上行性神経伝導による大脳皮質活動における異常同期性を抑制していることを証明した意義は大きい。特に、恒常性維持的な大脳皮質同期性への影響は、きわめて魅力的な側面であり、今後の難治性てんかん治療のヒントとなるものである。
 局所脳冷却については、ペルチエ素子を用いた局所脳冷却システムについての動物実験を重ね、ヒトにおける局所脳冷却の効果を基礎的に検証できたことは、新たな低侵襲治療機器開発の観点から大きな意義を有する。
結論
 根本的な治療法の存在しない難治性てんかんに対して、従来とは異なる視点によるてんかん焦点局在診断法や発作検知・予知法を確立し、電気刺激や脳局所冷却など非切除的治療法を開発することを目的として研究を行った。
 本研究により、頭蓋内脳波データのダイナミクスを画像化し、発作の起始・伝搬や脳機能ネットワークのダイナミクスを解明した。また、皮質脳波と単一ニューロン活動同時記録、脳溝内への皮質脳波電極留置の技術を動物実験で開発し、臨床的にも安定した記録を行うシステムを開発し、有用性を検証した。頭蓋内脳活動のさまざまな解析法による発作予知・発作検知法の検証を行った。非切除的治療法として、迷走神経刺激療法の電気生理学的特性を明らかにし、大脳皮質の異常同期性を抑制することを明らかにした。また、脳表の15℃の冷却により正常脳機能の温存とてんかん発作抑制効果が期待できることを明らかにした。

公開日・更新日

公開日
2015-06-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
2014-03-30
更新日
-

行政効果報告

文献番号
201224110C

成果

専門的・学術的観点からの成果
 頭蓋内脳波活動について、高周波律動の解析法や表示法の確立と検証、さらにリアルタイムモニタリングシステムを開発した。また、大脳皮質脳波・単一ニューロン同時記録用電極を開発し、安定記録を可能とする手技を確立した。頭蓋内脳波活動の解析では、明確な発作予知特徴量の検出は困難だったが、発作起始には脳内ネットワーク状態や雪崩現象が関与する可能性が示唆された。迷走神経刺激療法における上行性神経伝導を介した大脳皮質活異常同期性抑制効果を明らかにし、局所脳冷却が機能温存的にてんかん活動を抑制することを示した。
臨床的観点からの成果
頭蓋内電極によるてんかん焦点局在診断や発作予知・発作検知における新しい診断システムの実用化のための基礎となる成果が得られた。また、迷走神経刺激療法や脳局所冷却における大脳皮質同期性への恒常性維持的な影響は、今後の難治性てんかん治療のヒントとなるものとなった。以上の開発と知見は、統合的発作抑制システムの基本要素となるものである。本研究の対象領域では、欧米と比較してわが国の研究開発が大きく遅れており、本研究は本邦独自の診断治療機器開発の大きな端緒となったと言える。
ガイドライン等の開発
川合謙介, 日本てんかん学会ガイドライン作成委員会. てんかんに対する迷走神経刺激療法の実施ガイドライン. てんかん研究 30(1): 68-72, 2012.
その他行政的観点からの成果
欧米ではてんかん研究は神経科学と密接に関連しており、特にてんかん外科治療で頭蓋内に留置される電極から得られる脳活動の解析が盛んである。さらに脳深部や大脳てんかん焦点に電気刺激を加えててんかんを治療しようという非切除的な植込型電気刺激治療機器が開発され、既に臨床治験が終了しつつある。この領域での本邦の遅れは看過できないものであり、最終的には治療機器を輸入に頼らざるを得ないことによる医療費の国外流出の原因となっている。本研究はこのような傾向に歯止めをかけるものである。
その他のインパクト
本研究の発展により、最終的には埋め込み型のneuromodulation therapyとして、てんかん以外の脳神経疾患の治療や、障害者支援機器としてのブレイン・マシン・インターフェースの開発にも発展する可能性が示された。

発表件数

原著論文(和文)
10件
原著論文(英文等)
32件
その他論文(和文)
31件
その他論文(英文等)
5件
学会発表(国内学会)
90件
学会発表(国際学会等)
16件
その他成果(特許の出願)
2件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

特許の名称
電極付きフェンスポスト
詳細情報
分類:
特許番号: 2012-107219
発明者名: 鎌田 恭輔
権利者名: 旭川医科大学
出願年月日: 20120509
特許の名称
大脳局所冷却プローブ及び脳機能マッピング装置
詳細情報
分類:
特許番号: 2010-071321
発明者名: 鈴木倫保、藤井正美、斉藤俊、梶原浩司、 吉川功一、野村貞宏
国内外の別: 国際

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Matsuo T, Kawai K, Uno T, et al.
Simultaneous Recording of Single-neuron Activities and Broad-area Intracranial Electroencephalography: Electrode Design and Implantation Procedure.
Neurosurgery , inpress  (2013)
10.1227/01.neu.0000430327.48387.e1
原著論文2
Usami K, Kawai K, Sonoo M, et al.
Scalp-recorded evoked potentials as a marker for afferent nerve impulse in clinical vagus nerve stimulation
Brain Stimul , inpress  (2012)
10.1016/j.brs.2012.09.007
原著論文3
Kunii N, Kamada K, Ota T, et al.
Characteristic profiles of high gamma activity and blood oxygenation level-dependent responses in various language areas
NeuroImage , 65 , 242-249  (2013)
10.1016/j.neuroimage.2012.09.059
原著論文4
Takahashi H, Takahashi S, Kanzaki R, et al.
State-dependent precursors of seizures in correlation-based functional networks of electrocorticograms of patients with temporal lobe epilepsy
Neurol Sci , 33 (6) , 1355-1364  (2012)
10.1007/s10072-012-0949-5

公開日・更新日

公開日
2015-05-29
更新日
2017-06-06

収支報告書

文献番号
201224110Z