文献情報
文献番号
202123001A
報告書区分
総括
研究課題名
労働安全衛生法の改正に向けた法学的視点からの調査研究
課題番号
19JA1001
研究年度
令和3(2021)年度
研究代表者(所属機関)
三柴 丈典(近畿大学 法学部法律学科)
研究分担者(所属機関)
- 井村 真己(沖縄国際大学 法学部)
- 石崎 由希子(横浜国立大学大学院国際社会科学研究院)
- 森 晃爾(産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学研究室)
- 梅崎 重夫(独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 安全研究領域)
- 大幢 勝利(独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所 研究推進・国際センター)
- 豊澤 康男(独立行政法人産業安全研究所 建設安全研究グループ)
- 吉川 直孝(独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所 建設安全研究グループ)
- 平岡 伸隆(独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所 建設安全研究グループ)
- 南 健悟(日本大学法学部)
- 佐々木 達也(名古屋学院大学 法学部)
- 阿部 理香(九州国際大学 法学部)
- 阿部 未央(東北学院大学 法学部)
- 長谷川 聡(専修大学 法学部)
- 高木 元也(独立行政法人労働安全衛生総合研究所 産業安全研究所人間工学・リスク管理研究グループ)
- 北岡 大介(東洋大学法学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
令和1(2019)年度
研究終了予定年度
令和3(2021)年度
研究費
3,250,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
本研究事業は、法学的観点から安衛法改正の提言を行うことを最終目的としているが、今後も永続的にそうした提言が可能な知的、人的なインフラ整備を一義的課題としている。すなわち、労災が発生する現場と有効な法的対策の模索の過程が事務系の読み手にも鮮明に伝わり、法解釈学、規制科学的な学問的水準も高い体系書を発刊することと、安全衛生法に関する学会を設立することの2つの作業を通じて、「労働安全衛生法をめぐる学問的な脈絡を創ること」を目的とした。
研究方法
最終年度は、計7回の研究会を通じて、初年度・次年度と同様の作業(研究班員の知識経験の共有、法学・行政学者による逐条解説の作成等)と共に、前年度の行政官ら向け調査で示された法改正提案の検討が行われた。また、藤森氏の統括により、現・元監督官が「語り部」となって、法学者に法の現場運用について伝達し、分担報告書の「適用の実際」にその内容を反映させた。また、法学者のWGを設置し、安衛法の民事的な救済について検討した。
結果と考察
日本の安衛法は、道交法などと同様に、人の生命・身体・財産を主な保護法益としてきた。しかし、どちらも、3E(規制、技術、教育)等による安全行動の秩序(無形財)の形成を図ることで、社会・経済条件等の変化の中で、大きな災害防止効果を挙げてきた。安衛法の場合、以前は、技術者が解明した労災の再発防止策をそのまま義務規定としていたが、十分な災防効果を挙げられなかったことから、経営工学等を活用した、より本質的な対策が盛り込まれて、災防効果が現れた。典型例は、発注者や元請事業者等に作業場の安全を統括管理させる規制や、経営利益の帰属主体である事業者に最終責任を負わせると共に、安全管理者や衛生管理者、作業主任者などの専門知識を持つ担当者を活用するよう義務づけた規定である。
その後、安全に比べて、リスク要因や有効な対策が不明確だったり、個別性が求められる衛生問題や健康問題に焦点が当たると、作業環境測定法、長時間労働面接制度、ストレスチェック制度のように、専門家の活用を重視する法制度の整備が進んだ。近年は、がん患者の治療と就労の両立支援、副業・兼業・フリーランスの健康促進策のように、安衛法に基づき、労働者のみならず、その関係者のQOLやQOWLの実現を図る政策が進められるようになっている。これは、技術的法制度が社会的法制度に変質してきたということである。
こうした法制度の展開を通じて、技術的な再発防止策をルール化した安全衛生基準の整備や、安全衛生技術の開発は進んだが、リスク創出者等の管理責任負担原則や、経営者・組織の意識や知識の向上、未解明のリスク対応などの積み残し課題も多い。そうした課題の集積とも言えるのが、化学物質対策である。
こうした日本の法制度とそれを支える文化は、日本より死亡災害等で高水準の安全衛生を達成しているイギリスなどとは異なるが、民事法上の安全・健康配慮義務が発展し、使用者らに安全衛生上のリスク管理を幅広く求めるようになっている。少子高齢化も背景に、特に健康配慮義務の展開が著しい。
もっとも、災防効果との関係では、①達すべき目的、②構築すべき体制、③方法論の明示、の重要性は変わっていない。特に、不確実性(原因と対策が不明確なこと)が強い、ないし個々人の自己決定(自分に関わることは自ら決めること)との調整が求められる健康対策では、③(及び②)をガイドライン等のソフト・ローにして、事業場の実情に応じた方法論を許容する方策が求められる。
その後、安全に比べて、リスク要因や有効な対策が不明確だったり、個別性が求められる衛生問題や健康問題に焦点が当たると、作業環境測定法、長時間労働面接制度、ストレスチェック制度のように、専門家の活用を重視する法制度の整備が進んだ。近年は、がん患者の治療と就労の両立支援、副業・兼業・フリーランスの健康促進策のように、安衛法に基づき、労働者のみならず、その関係者のQOLやQOWLの実現を図る政策が進められるようになっている。これは、技術的法制度が社会的法制度に変質してきたということである。
こうした法制度の展開を通じて、技術的な再発防止策をルール化した安全衛生基準の整備や、安全衛生技術の開発は進んだが、リスク創出者等の管理責任負担原則や、経営者・組織の意識や知識の向上、未解明のリスク対応などの積み残し課題も多い。そうした課題の集積とも言えるのが、化学物質対策である。
こうした日本の法制度とそれを支える文化は、日本より死亡災害等で高水準の安全衛生を達成しているイギリスなどとは異なるが、民事法上の安全・健康配慮義務が発展し、使用者らに安全衛生上のリスク管理を幅広く求めるようになっている。少子高齢化も背景に、特に健康配慮義務の展開が著しい。
もっとも、災防効果との関係では、①達すべき目的、②構築すべき体制、③方法論の明示、の重要性は変わっていない。特に、不確実性(原因と対策が不明確なこと)が強い、ないし個々人の自己決定(自分に関わることは自ら決めること)との調整が求められる健康対策では、③(及び②)をガイドライン等のソフト・ローにして、事業場の実情に応じた方法論を許容する方策が求められる。
結論
本研究プロジェクトの最終目的は法改正提案だが、この研究期間内は、その前提条件整備に注力した。すなわち、今後も永続的にそうした提言が可能な知的、人的なインフラ整備を一義的課題として、体系書のコンテンツづくりと、そのための多職種間の知的、人的交流に注力した。そうした学際的取り組みは質的に極めて困難で、量的にも、約30に及ぶ分担報告書を代表者一人が精査して要約しつつ修正を促すという膨大な作業を要する(制作予定の体系書は1500頁あまりに達すると予想される)。法改正提案は、上述のような、日本での社会調査の結果、UKでの社会調査の結果の他は、各分担報告書、第20回、第21回会議で行われた現・元行政官対象のアンケート調査結果の検討の記録に散在させたにとどまっている。より具体的かつ体系的な提案は、別のプロジェクトに引き継ぎたい。
なお、研究プロジェクトの目的の1つとした安全衛生法に関する学会の設立は、2020年11月の日本産業保健法学会(JAOHL)の設立をもって果たされた。産業保健の法律論に関心を持つ方々の集うプラットフォームを形成し、安全衛生全般の法学研究と法教育を積極的に行っている。
なお、研究プロジェクトの目的の1つとした安全衛生法に関する学会の設立は、2020年11月の日本産業保健法学会(JAOHL)の設立をもって果たされた。産業保健の法律論に関心を持つ方々の集うプラットフォームを形成し、安全衛生全般の法学研究と法教育を積極的に行っている。
公開日・更新日
公開日
2022-06-09
更新日
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