要支援・要介護高齢者の在宅生活の限界点と家族の役割(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300038A
報告書区分
総括
研究課題名
要支援・要介護高齢者の在宅生活の限界点と家族の役割(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
須田 木綿子(東洋大学)
研究分担者(所属機関)
  • 園田恭一(東洋大学)
  • 高橋龍太郎(東京都老人総合研究所)
  • 西村昌記(ダイヤ高齢者社会研究財団)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
1,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
虚弱高齢者の在宅生活を終末まで維持するには介護保険サービスのみでは不充分であり、介護保険サービス以外の支援態勢を如何に整えるかは急務の課題である。しかし、インフォーマルケアにおいて多くを期待されて来た家族は、都市化や核家族化の影響で今後の果たし得る役割について予測し得ない要素を増大させている。同時に、伝統的家族の崩壊や介護負担などの否定的側面が強調され、生み出されつつあるはずの新しい介護関係や、一部に根強く存在する伝統的な日本的家族介護の実態が十分に把握されて来なかった。そこで本研究は、日米の研究者間の共同プロジェクトとして、介護保険の要介護認定を受けた在宅高齢者とその家族を対象に縦断研究を行い、高齢者の在宅生活の実態とその限界点、及びそれらの規定要因を明らかにする。
本研究は、独自の項目によって新たな統計的知見を得るのみでなく、統計調査と質的調査を有機的に組み合わせることで、在宅高齢者とその家族の実態を立体的に把握する。さらに、調査方法上の問題から知見に混乱が生じている基本的項目(介護年数や公的サービス利用が介護負担に与える影響等)についても、同一の対象を縦断的に追跡することで検討可能な設計になっており、そのための第一回目の調査として、本研究は重要な位置付けにある。なお、共同研究者の高橋を通じて別途研究費が得られたので秋田県でも同様の調査を行って比較することにより、本研究対象者である都市部の在宅高齢者の特徴はさらに明確化される。
なお、今回の助成対象はその第1回目調査についてで、調査期間は2年であり、本報告書はその2年目に関するものである。
研究方法
統計調査:東京都葛飾区で要介護認定を受けた在宅高齢者からランダムに抽出された750名とその家族を対象に、訪問面接法によるアンケート調査を実施した。助成2年目は、別途研究費を得て実施された秋田県大館市・田代町での結果とあわせて結果を分析し、ミシガン大学における公開シンポジウムにおいて成果を発表した。あわせて、平成16年度に日米で開催される学会での発表に向けて、分析と調整をさらにすすめた。
質的調査:統計調査で了解の得られた要介護高齢者とその家族14組を対象に、平成15年6~7月にかけて自宅を訪問してのインタビュー調査を実施した。同様に秋田県大館市・田代町においても15組の要介護高齢者とその家族に、インタビュー調査を実施した。成果は、統計調査結果と同様に、ミシガン大学における公開シンポジウムにおいて発表された。あわせて、平成16年度に日米で開催される学会での発表に向けて、分析と調整をさらにすすめた。
結果と考察
本研究は縦断研究の第一回目であり、「高齢者の在宅生活の限界点とその規定要因を明らかにする」という主題の解明には、追跡調査の結果を待たなければならない。しかし、そのためのベースラインとなるデータは、助成を得た今回の調査で確実に把握できた。
現段階で得られている主な結果は、下記のとおりである。
‐高齢者の在宅療養の条件は地域によって異なっていた。とりわけ葛飾では高齢者の独居や主介護者との別居が多く、主介護者の続柄では娘やホームヘルパーが多く見られた。いっぽう大館・田代では有配偶子との同居が多く、主介護者では妻と嫁が多くなっていた。
‐高齢者や主介護者の健康状態についても地域差が見られた。一般に葛飾よりも、大館・田代の高齢者の健康状態が良好であり、心身の衰えがどのような生活場面で体験されるかについても、両地域間で異なる結果が得られた。
‐高齢者の認知能力の低下度については両地域に差は見られなかったものの、認知能力低下に関わる要因については差が認められた。
‐本研究では、低栄養リスクを把握するためのスケール開発を試みた。本調査の結果では、低栄養リスクは主介護者の属性や主介護者との同別居等の家族療養における諸条件と関連しており、それらの社会的条件を整備することにより、低栄養リスクの解消と、ひいては身体的健康の低下予防が可能であると推察された。
‐介護保険サービスの利用については、サービス利用の仕方が高齢者の健康状態には必ずしも関連せず、主介護者の続柄や同別居等の社会的要因に多く規定されている様子が観察された。
‐主介護者による介護上の工夫では両地域に差が認められ、何を良い介護とするかの概念が、地域によって異なると推察された。
‐日本の伝統的な介護の特徴として、ニーズが発生する前に支援が提供されることが指摘されている。そして本研究においては、大館・田代においてそのような傾向が多く見られた。
‐本研究では、介護体験の肯定的側面を把握するためのスケールを新に開発し、両地域に共通する因子構造が確認された。そして介護の肯定的体験の多寡は、介護者の続柄と関連することが明らかとなった。
‐在宅ケアの充実・推進を重視する介護保険制定後、むしろ施設への入所希望が増大した背景として、日本人の思考過程に「在宅サービス=在宅ケア=家族介護」というパラダイムが存在することが注目された。そしてこの思考のパターンの解体が、在宅ケア推進要因として重要であると指摘された。
‐主介護者が介護者としての役割を担う動機と、誰を主介護者と選択するかの意思決定の過程は、各地域に共有される介護観や家族の役割に対する考え方、各家族固有の特性によって規定される様子がうかがわれた。
‐介護においては、主介護者のみならず被介護者の側においても、介護されることについての適応が必要であり、さらに両者の適応過程には、公的サービスや地域特性が関連していると推察された。
‐介護保険が地域で開業する医師に与えた影響には肯定的なものと否定的なものの両面が存在した。また、医師は介護保険を通じて、地域においての新しい機会や役割を獲得していた。
‐介護関係は、被介護者と介護者の間の二者関係と、それをとりまく社会関係によって形成されており、二者関係と社会関係の間には相互作用が認められた。
‐介護関係は、被介護者をめぐるそれまでの家族関係やその他の社会関係に規定されている様子がうかがわれた。そして今後の護関係については、「生活時間・空間の不明瞭化」が大きく関与すると予想された。
‐大館・田代においては、嫁が主介護者として重要な役割を果たし、嫁は、実際に介護が発生する数十年前から、将来の主介護者役割に備えている様子が明らかとなった。 
本研究の全体を通じて明らになったこととしては、介護保険制度は国家規模の保険システムとして標準化されているものの、その利用の仕方は地域によって異なることが指摘される。そしてその背景には、各地域の家族やサブカルチャー等の社会的要因が大きく関与していた。また注目すべきこととして、今回の調査対象地域では施設依存率が大きく異なり、とりわけ要介護度4以上の高齢者の入所率は、葛飾43.02%、大館・田代60.3%と、大きな差が認められる。そして本報告書で得られた結果をもとに、さらに進行しつつある詳細な分析では、このような地域の介護資源のあり方が、現在在宅で療養する高齢者と主介護者の関係性に影響を及ぼしていることが明らかとなりつつある。同時に、介護保険制度の導入によって、サービス提供者の役割や機会も変わりつつあり、両者の相互作用によって今後の在宅ケアのあり方がどのように推移するかは、興味深いところである。さらに異文化的な視点からは、日本固有の家族や在宅ケアに対する考え方が、在宅介護をめぐる意思決定に関与している様子がうかがわれ、わが国固有の「介護文化」と介護保険制度のかかわりについて検討をすすめることも、第2回目以降の調査の重要な課題である。
結論
高齢者の在宅療養の過程は、社会的地域的特性やわが国固有の介護に対する考え方と密接に関連しており、さらにそれら諸要因の相互関係は、介護保険制度という新しいシステムの影響を受けながら、介護保険制度の運営の規定要因としても作用している。今後は、これら関連要因の間の複雑な関係性を整理することにより、結果のさらなる統合をはかることが課題である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-