植込み型突然死防止装置の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300764A
報告書区分
総括
研究課題名
植込み型突然死防止装置の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
杉町 勝(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 稲垣正司(国立循環器病センター研究所)
  • 高木洋(国立循環器病センター研究所)
  • 川田徹(国立循環器病センター研究所)
  • 神谷厚範(国立循環器病センター研究所)
  • 上村和紀(国立循環器病センター研究所)
  • 鎌倉史郎(国立循環器病センター)
  • 砂川賢二(九州大学)
  • 佐藤隆幸(高知大学)
  • 久田俊明(東京大学)
  • 児玉逸雄(名古屋大学)
  • 吉澤誠(東北大学)
  • 麻野井英次(富山医科薬科大学)
  • 片山國正(テルモ株式会社)
  • 高山修一(オリンパス株式会社)
  • 吉住修三(松下電器産業株式会社ヘルスケア社)
  • 小川眞(株式会社日立超LSIシステムズ)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 身体機能解析・補助・代替機器開発研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成19(2007)年度
研究費
185,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
植込み型除細動器(ICD)は心室細動などの致死性不整脈に対して高い有効性を持つが、ICD治療を行った場合にも心不全患者の5年生存率は70%に満たない。本研究では、心臓突然死を防止する新しい植込み型治療機器を国内で開発、製品化することを目的として、以下の目標を達成する。
Ⅰ.国産植込み型治療機器の開発基盤の確立:ICD製造に関連した既存技術に関して先行する欧米企業に追いつき、国内で植込み型治療機器を開発、製品化できる開発基盤を整える。
Ⅱ.新しい機能の開発:外国企業が席巻している治療機器分野に参入していくために、既存の治療機器にない新しい機能を開発する。本研究では、(1)心室細動発生時の失神が避けられず自動車の運転ができない、(2)イベントや心機能などの患者の病態を遠隔モニタする機能がない、(3)致死性不整脈の予防ができない、という従来のICDの限界を克服する機能を開発する。
(1)ICD機能の高性能化:不整脈検出に要する時間を短縮し、低エネルギー通電による除細動が可能となれば、患者が失神を起こす前に治療が終わり、通電による心筋傷害も低減される。不整脈検出アルゴリズムの高速化を行うとともに、コンピュータシミュレーションによって最適な電極配置と通電法を設計して除細動エネルギーの低減をはかる。直流除細動とは異なる機序による超低エネルギー除細動法を開発する。
(2)病態モニター機能の開発:きめ細かい患者管理を行うために、心不全や不整脈の病態を連続的に遠隔モニタする機能を開発する。
(3)神経刺激および心室ペーシングによるの致死性不整脈の予防的治療法の開発:重篤な心疾患における病態の進行や致死性不整脈発生に循環器系の神経性調節の破綻が深く関わっている。自律神経刺激や心室ペーシングを用いて心不全の進展を抑制し、より疾患の原因近くで致死性不整脈の発生を予防する新しい治療法を開発する。
研究方法
Ⅰ.既存ICDの仕様・機能・性能の調査、技術文献調査、回路構成の検討、小型化技術・省電力化技術の研究、日米の特許調査を行った。技術動向は文献、特許、インターネット等により調査をした。調査結果を基に、試作機の仕様について検討した。
Ⅱ.(1)①高速の不整脈検出アルゴリズムとして、左心室容積波形のヒルベルト変換を利用することによってその瞬時振幅を求める方法(瞬時振幅法)と、心電図から左心室容積までを時系列モデルで記述してその定常ゲインを求める方法(定常ゲイン同定法)について検討した。②最適な電極配置や通電方法の設計が可能なシミュレータを開発するため、これまでの左心室シミュレータにおける細胞の電気モデルおよび興奮収縮連関モデルを高度化し、その妥当性を検証した。また、電気現象と機械現象を離散化解析するためのメッシュの粗さに関する検討を行った。③超低エネルギー除細動法の開発にはリエントリ性不整脈の複雑な興奮伝播・消退過程を解析することが不可欠である。このために、時間・空間分解能に優れた光学的活動電位マッピングシステムを新たに開発した。また、心外膜下心筋二次元標本において心室頻拍中の心表面興奮伝播過程と活動電位波形を解析した。④シミュレーションによって、スパイラルリエントリを外部からの超低エネルギー通電によってコントロールして心室細動を停止させる方法の検討を行った。心筋シートモデルにスパイラルリエントリを誘発し、媒質両端の電極から脱分極閾値以下の反復低エネルギー通電を行い、その応答を検討した。
(2)①遠隔モニタ機能の開発のために、患者体内のICDと病院内管理装置間で心電図信号などのデータ通信を行えるICD通信システムの文献的検討を行った。②植込み装置による心室容積モニタを可能にするため、心内電極のみでコンダクタンス信号の較正(血液抵抗率・パラレルコンダクタンス)を行うシステムを開発し、従来の較正法と比較検討した。また、交流の分離のための効率的なデジタル処理アルゴリズムを開発した。
(3)①交感神経刺激が心室の電気生理学的特性に及ぼす影響の経時的変化を検討した。②迷走神経刺激による抗不整脈作用の機序を明らかにするために、急性心筋梗塞後のリン酸化コネキシン43発現量に及ぼす迷走神経刺激の影響を検討した。③大動脈減圧神経刺激による交感神経活動抑制、迷走神経活動促進が、心筋梗塞急性期の生存率に及ぼす影響をラット心筋梗塞モデルで検討した。④呼吸を利用した経自律神経治療法を開発するために、呼吸による交感神経活動の制御様式をモデル化し、呼吸による交感神経抑制法を推定した。
結果と考察
Ⅰ.既存のICDに関する技術調査の結果、既存のICDの機能を含め、目標仕様の実現は可能と考えられた。また、電源などを標準部材構成で達成することによる大幅なコストダウンの可能性が得られた。今後、調査検討結果に基づき、心電図波形を用いた信号処理シミュレーション、最適回路構成の検討、実験ボードの作成とソフトウェアでの機能確認・変更、新しいアルゴリズムの実装検証等行うと共にLSI化の検討を進める。
Ⅱ.(1)①瞬時振幅法に比し、定常ゲイン同定法は計算量が少なく、左心室容積波形のアーチファクトにも比較的強かった。心室細動を判定する適切な閾値設定のためには、今後、症例を蓄積する必要がある。②シミュレーションによって、左心室に発生したスパイラルリエントリにより心臓のポンプ機能が失われることが再現できた。今後、胸郭モデルを追加することにより、ICD設計へ貢献できると考えられた。0.75および2.1[mm]間隔のメッシュで構造解析を行った場合、応力の時刻歴は大局的には一致し、誤差は最大10%程度であった。③2波長同時記録によって、拍動下の心臓においても心筋活動電位マッピングが可能なシステムを実現した。記録信号は微小電極法による膜電位記録と良好に一致した。ウサギ心室のマッピング解析から、機能的リエントリが、興奮前面のジオメトリー(湾曲効果)、興奮前面と再分極終末部との相互作用、心筋構築の異方性により規定されていることが明らかとなった。④反復低エネルギー通電に対して、スパイラルリエントリの核が媒質境界に向かって徐々に移動して停止する場合、持続する場合、分裂する場合が観察された。心電図トリガによって停止の刺激条件が広がり、刺激閾値以下の通電によって除細動できる可能性が示唆された。
(2)①ICDと送受信器間経皮的通信は、送受信器出力の搬送波で経皮的に電力を供給しながら通信を行えるRFID方式とし、心電図モニタに必要な通信速度40kbps以上が適用できるRFID国際基準ISO14443に準拠した通信方式とした。これに送受信器と管理装置間は携帯電話データ通信網を介し、通信セキュリティ機能を持つICD通信システムを設計した。②今回開発した方法によるコンダクタンス信号の較正は従来法と良く一致した。本較正法を使用して算出された心室容積値に基づく心拍出量は、超音波血流計による計測値と良好に一致した。
(3)①交感神経刺激により活動電位持続時間は一過性に延長した後、徐々に短縮し定常に達した。局所除神経後の心臓においては、交感神経刺激により心室細動の誘発閾値も二峰性に変化した。心不全患者等に対して自律神経刺激を行う場合には、その経時的影響も注意する必要があると考えられた。②迷走神経刺激によって心筋梗塞後のリン酸化コネキシン43発現量の減少が抑制された。アセチルコリンは生存シグナル情報伝達系を活性化し、心筋梗塞に代表される低酸素によるミトコンドリア機能低下を一部減少させた。迷走神経刺激が新たな標的分子を介する心不全における総合的治療戦略となりうる可能性を示した。③大動脈減圧神経刺激は心筋梗塞発生60分後の生存率を5.9%から60.0%に改善した。動脈圧反射を介した自律神経活動の調節は、急性心筋梗塞の予後改善に有効であることが示唆された。④呼吸による交感神経活動の制御様式は3次の多項式でモデル化できた。肺を長時間伸展させる深い呼吸により交感神経活動が効果的に抑制できることがわかった。
結論
Ⅰ.既存のICDの機能を凌駕し、小型で長寿命な機器を開発する事は十分に可能であることが分った。今後、試作機の設計、製作の中で目標仕様の達成度と限界並びに個々の仕様項目間でのトレードオフを見極め最適化してゆく。
Ⅱ.(1)高速不整脈検出アルゴリズムやICD設計用プロトタイプシミュレータを完成させるとともに、超低エネルギー除細動法の開発に向けて新たな光学的活動電位マッピングシステムの開発や除細動法の理論的検討を行い、ICD機能の高機能化の目処を立てることが出来た。
(2)患者がどこにいても患者心電図遠隔検診とICD管理ができるICD通信システム構築の可能性が得られた。また、完全植込み装置によって心機能を連続計測する基盤技術を開発した。
(3)神経刺激によるの致死性不整脈の予防的治療法の開発に向けて、自律神経刺激による心臓への電気生理学的影響や抗不整脈作用・細胞保護作用を明らかにした。また、大動脈減圧神経刺激や呼吸パターンを利用して自律神経系に介入することによって交感神経活動抑制と迷走神経活動促進を行い、致死性不整脈や心不全を治療できる可能性を示した。

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