機能性TR流体を用いた動脈塞栓による癌治療

文献情報

文献番号
201438034A
報告書区分
総括
研究課題名
機能性TR流体を用いた動脈塞栓による癌治療
課題番号
-
研究年度
平成26(2014)年度
研究代表者(所属機関)
八尾 滋(福岡大学 工学部)
研究分担者(所属機関)
  • 中野 涼子(福岡大学 工学部)
  • 新田 哲久(滋賀医科大学 放射線科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 【委託費】 革新的がん医療実用化研究
研究開始年度
平成26(2014)年度
研究終了予定年度
平成26(2014)年度
研究費
5,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
昨今肝臓癌治療において、腫瘍に繋がる動脈を血管塞栓材で塞ぐ動脈塞栓術が、低侵襲性治療として注目を集めている。しかし現在使用されているゼラチンスポンジはX線透視下で確認できず、不十分な塞栓になることが多く、カテーテルで押出すには固いなど、塞栓材料の選定が課題とされていた。一方八尾らは2011年に、ポリエチレン(PE)微粒子分散系に新たに合成した側鎖結晶性ブロック共重合体(SCCBC)を添加することにより、低温で低粘度流体、高温で固化する熱レオロジー流体(TR流体)が出来ることを世界で初めて見出した。さらに八尾らは、(1)TR流体を体内でも無害な組成に変更、(2)固化温度を体温付近にする、(3) X線で確認できるようにする、などの改良を施した。この機能性TR流体を用い、新田がウサギの腎動脈に対して適用を試みた結果、X線透視下で位置を確認しながら目的部位に押し出すことができ、さらに体温で固化することで腎動脈を安全に塞栓できることを確認できた。
 本研究はこれらの成果を踏まえた、肝臓癌の動脈塞栓術に最適な機能性TR流体の研究開発に関わるものである。また血液塞栓術は、肝臓癌だけでなく子宮筋腫や動脈瘤への適用も考えることが出来るため、展開も考慮した基礎研究を行うものである。
 機能性TR流体は、現在世界中でも本研究グループしか取り扱っておらず、差別化できた高度医療の開発が可能である。
研究方法
本研究で研究対象とする機能性TR流体の物性はSCCBCの組成や構造にまたPE微粒子の粒子径および分布に依存する。これらの前提条件を踏まえ、今年度は以下のように研究を執り行う。
福岡大学
 平成26年度に自作したミセル結晶散乱装置を用いたSCCBCの濃度依存性、またPE粒子の形状あるいは素性のTR効果への影響に関する評価を継続して実施する。また他の造影剤への展開を効率的に行うため、SCCBCと溶媒との定量的な相互作用力の評価を実施する。一方血管塞栓材の開発検討に関しては、滋賀医科大学からデータを踏まえ、ニーズに合致したTR流体の設計・調整を行う。
滋賀医科大学
 滋賀医科大学では26年度の実験を基に、塞栓に最適な作動温度や粘度など、目標物性を確定し、その結果を福岡大学にフィードバックする。試験では、日本白色ウサギの肝臓にVX2腫瘍を移植する2週間飼育し肝臓癌モデルとして使用する。注入はX線透視下にて行い、肝動脈の塞栓程度をX線撮影し記録する。採血と肝臓摘出による病理評価とシスプラチンの濃度測定を行う。さらに機能性TR流体を用いて抗癌剤の徐放実験、特に経時的な安全性を中心に検討を行う。また、それぞれ、血液生化学検査(血算、肝機能、腎機能、凝固系、シスプラチン濃度測定など)を追加する。X線写真の病理標本では、塞栓が継続しているかどうかの確認を行う。
なお、両者ともにこれら研究成果は積極的に対外発表を行う。
結果と考察
福岡大学での研究において、SCCBCの濃度がTR流体の粘度や転移温度に大きく影響を与えることが見出された。またPE粒子の滅菌処理の影響についても検討を行ったが、実質的には影響がないと判断できることが明らかとなった。さらにこの滅菌粒子を用い、滋賀医科大学において滅菌環境内で機能性TR流体試作し、滋賀医科大学にサンプル提供を行った。
滋賀医科大学においいては福岡大学から提供されたTR流体を用い、うさぎを使って腎動脈を塞栓し、経過観察を行った。またこの際、TR流体がX線で確認できるために、動脈塞栓が安全に行えることも確認している。塞栓効果は、まず血管造影で、その後組織を取り出して行い、比較的中枢の動脈が塞栓されていることを確認した。一方でうさぎの皮下にTR流体を注入して安全性の確認を実施した。3ヶ月の経過で特に異常は認められていない。
結論
従来の血液塞栓術は非常に高い技術が要求され、治療が一般に普及するには大きな障壁があった。一方、本研究で取り扱う機能性TR流体は、X線透視下でその位置を十分に把握することが出来、かつカテーテル内では水のような低粘度液体でありながら、患部でがん細胞自体の発熱あるいは外部からの赤外線照射などにより固化する液体であり、治療が容易となりしかも失敗の確立が格段に低くなる。
本研究の成果により、カテーテルを用いた低侵襲性で患者の心身の負担が少なく治療法が確立するだけでなく、副作用の大きい制癌剤あるいは抗癌剤を、患部だけに長時間留めておくことが出来るため、必要以上に薬剤の血中濃度を上げる必要のない、新たなドラッグデリバリーシステムを確立することが出来る。これは平成25年8月に出された「今後のがん研究のあり方に関する有識者会議」の報告にも記載されている「患者に優しい新規医療技術開発に関する研究」に合致する取り組みであると言える。

公開日・更新日

公開日
2015-09-14
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2015-09-14
更新日
-

行政効果報告

文献番号
201438034C

成果

専門的・学術的観点からの成果
当該研究で動脈塞栓材料として適用を試みている機能性TR流体は、注入前には液状・低粘度流体であり、体内において固化する、まったく新規な素材である。またX線透視下で抽出可能である特性も併せ持っている。このような特徴は本目的以外にも多くの医療分野に適用できる可能性がある非常に応用範囲の広い機能性材料であり、インパクトは大きい。
臨床的観点からの成果
現状の塞栓物質は、用途が限定されている金属コイル以外は、造影剤を混ぜた場合でも塞栓物質そのものがX線透視下で描出することができない。一方機能性TR流体は塞栓物質そのものがX線透視下で描出されるため、目的の血管のみを塞栓することができ、安全に使用出来る。
ガイドライン等の開発
今後、さらに腫瘍への血管の塞栓や薬剤の徐放など検討し、データの集積の上、臨床で使用できるよう倫理委員会の申請、臨床データの集積、多施設共同研究など沢山の段階を経て、一般臨床で使用されるようになって、多の塞栓物質との使い分けなどのガイドラインが必要であるが、現段階でガイドラインを提唱するものでは無い。
その他行政的観点からの成果
最近球状塞栓物質が認可されたが、当該TR流体はこれよりも安価でありかつ安全性の高いものと考えることができる。また肝臓がん治療用の動脈塞栓材料だけでなく、子宮筋腫や動脈瘤など、幅広い適用が見込まれる。積極的な適用研究の実施が望ましい。
その他のインパクト
2015年2月の国際会議SPARCA 2015において当該成果を発表した八尾がOutstanding Achievement and Contribution to SPARCA 2015 Invited Presentationを受賞。また2015年3月の化学工学会年次大会において、当該成果を発表した修士1回生の平川君が化学工学会第80回本部大会学生証を受賞。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
1件
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
16件
学会発表(国際学会等)
5件
その他成果(特許の出願)
1件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
1件
専門誌掲載

特許

特許の名称
血管塞栓剤
詳細情報
分類:
特許番号: 6226126
発明者名: 新田 哲久、八尾 滋、中村 尚武
権利者名: 国立大学法人滋賀医科大学、学校法人福岡大学、学校法人立命館
出願年月日: 20131009

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

公開日・更新日

公開日
2015-09-14
更新日
2018-06-25

収支報告書

文献番号
201438034Z
報告年月日

収入

(1)補助金交付額
7,280,000円
(2)補助金確定額
7,280,000円
差引額 [(1)-(2)]
0円

支出

研究費 (内訳) 直接研究費 物品費 4,756,645円
人件費・謝金 0円
旅費 747,300円
その他 96,055円
間接経費 1,680,000円
合計 7,280,000円

備考

備考
-

公開日・更新日

公開日
2016-08-04
更新日
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