ダイオキシン類の体内動態及び生体障害性の解明に関する研究

文献情報

文献番号
200301291A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシン類の体内動態及び生体障害性の解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
久保田 俊一郎(東京大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 福里利夫(帝京大学)
  • 野水基義(北海道大学)
  • 村田宣夫(帝京大学)
  • 浅岡一雄(京都大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
66,840,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシン類による健康への影響が、親世代から次世代へ及ぶことが懸念されている。平成10年に、ダイオキシン類のTDIが、4pg/kg/dayと設定された。これは、齧歯類の実験結果を参考にして設定されたため、より妥当なTDIの設定およびより有効なダイオキシン対策をたてることを目的として、ヒトに最も近縁の霊長類であるアカゲザルを用いて本研究を遂行してきている。アカゲザルを用いて、母体に2,3, 7,8TCDD(30, 300 ng/kg)を皮下投与し母体および胎児での体内動態、さらに、F1世代の成長、生殖、神経発達、発癌を長期にわたって個体レベルおよび遺伝子・タンパク質レベルで解析している。
研究方法
1. ダイオキシンの調整および投与  TCDDは、Wellington Lab.あるいは関東化学で30及び300 ng/mLに調製済みの2, 3, 7, 8-TCDDを使用した.投与量は、0, 30 ng/ml (0.1 ml/kg), 300ng/ml (1ml/kg)で、サルの背部皮下に投与した。対照群は、トルエン/DMSO (1:2 v/v) 1ml/kgをTCDD投与群と同様の方法で背部皮下に投与した。2. 試験動物 アカゲザル(年齢:5~7歳,体重:4~6 kg)は、China National Scientific Instruments &Materials Import/Export Corporationから購入し、株式会社新日本科学で検疫、予備飼育、交配を行った。5-7歳のメスアカゲザルを成熟オスと3日間同居させて交配を行った。同居期間中の中間日を0日として、妊娠18-19日に、超音波診断により妊娠を確認した。3. 投与方法および期間 0, 30ng/ml (0.1 ml/kg), 300ng/ml (1ml/kg)の各群用の妊娠動物(F1aそれぞれ21,20, 20匹)が得られた。F1bは、それぞれ、(14,15,15匹)が得られた。追加として、300ng群9匹を加えた。妊娠20日にTCDDを投与し,初回投与後30日毎に初回投与量の5%量を追加投与した.投与量及び投与容量は初回は30 ng/kg;0.1 mL/kg,300 ng/kg;1 mL/kg,2回目以降;1.5 ng/kg;0.05 mL/kg,15 ng/kg;0.5 mL/kg,また対照群にはトルエン/DMSO(1:2,v/v)混合液を1 mL/kgの投与容量で背部皮下に投与した.妊娠動物は、自然分娩させて、児(F1)を哺育させた。4.出生児 生後に、外生殖器の観察に加えて、肛門‐生殖器間距離及び陰茎長を測定した。実験結果の確認を、さらに例数を増やして解析するため、F1a離乳後のメスを再交配、妊娠させ、TCDDの投与を行い、 F1bを得て、F1aと同様に解析した。5. 病理組織学的解析 主要臓器を病理組織学的に解析した。死亡例および黄疸児、母サルの各臓器をHE染色し光学顕微鏡で解析した。さらに、肝臓組織は電子顕微鏡的解析を行った。肝臓、胆管では、α平滑筋アクチン抗体で免疫染色をして解析した。6. 血漿中TCDD濃度測定 妊娠80日、140日、分娩後90日、180日、その後、120日毎に、採血し、大腿静脈からヘパリン採血し、血漿に分離後、島津テクノリサーチ分析部にてガスクロマトグラフィー質量分析法にて分析した。7.遺伝子およびタンパク質解析 TCDD投与サルの49日目およびTCDD投与後3年以上の母サルの各臓器を用いて、遺伝子およびタンパク質発現の変化をPCR, マイクロアレイ、ウエスタンブロット法で解析した。
結果と考察
F1a児においてTCDD(30ng /kg, 300ng/kg)投与群は、胎児死亡及び流産、死産および生後死亡が多い(300ng/kg投与群に多い)という結果を得た。F1b児を誕生させ、追試験を行なったがF1aの結果とは異なったが、TCDD投与で多くのタンパク質および遺伝子で発現変化が見られたため、総合的に判断し、F1a児の結果を重視して研究を続けている。児の流死産や生後死亡と母サル血漿中TCDD濃度とは必ずしもパラレルではなかった。TCDDによる
生体への影響は、肝臓では肝障害(循環障害)、肝臓腫瘍、腎臓では、間質性腎炎による腎不全(死因)、乳腺で種々の遺伝子変化(マイクアレイを作成)、神経系組織(脳)での種々のタンパク質の量的変化、など30, 300 ng/kgの両方で変化が見られた。F1サルの1例の肝臓にaltered foci(腫瘍)が見出されたため、TCDDによる発癌性との関連で、ヒト肝臓癌の固定組織標本のAhR(TCDDの受容体)の発現を免疫組織学的に解析した。AhRを発現していると考えられている正常肝臓組織は陽性であるが、肝臓癌32例中27例で陽性で、かつ、非癌部と比して癌部でより強く染色される傾向を示した。TCDDは、AhRを介して情報伝達がなされると考えられており、肝臓癌癌部でのAhRの発現増強は、TCDDによる発癌性を解析する有用なデータと考えられる。
TCDD(30ng/kgおよび300ng/kg)の長期投与(3年以上)の影響を解析するため、F0サルを剖検し、病理組織的解析およびタンパク質レベルでの解析を行った。30ng/kgおよび300ng/kg投与群の両方において、肝臓、胆管に増殖性病変および肝臓に循環障害が見られた。電子顕微鏡による解析では、類洞内皮細胞の変性所見、血管内腔の狭小化、肝細胞で、glycogenの分布とSER(滑面小胞体)の分布・配列に異常、星細胞(伊東細胞)の軽度腫大などの所見が見られた。これらの所見は、300ng/kg投与群および30ng/kg投与群の両方で見られたが、前者で強かった。肝臓および脳のタンパク質レベルでの解析をウエスタンブロット法で行った。30ng/kgおよび300ng/kg投与群の両方で多くのタンパク質が変動していることを見出した。主要な結果を30ng/kgおよび300ng/kg投与群で誘導された倍数(コントロールを1として)として記載する。肝臓で、コントロールに比して発現が誘導されたのは、Caspase-8 2.94倍、5.03倍、p-Akt 1.26倍、2.04倍、Bad 1.41倍、1.22倍、EGFR 8.09倍、3.07倍、脳(扁桃体)では、AhR 6.73倍、8.93倍、Arnt 4.11倍、5.33倍、p-Akt 4.52倍、3.34倍、Bad 4.16倍、4.64倍c-jun 1.72倍、3.78倍、PI3Kp110 3.05倍,1.66倍、脳(中心前回)では、CYP1A1 1.66倍1.38倍、p-Akt 1.10倍、1.93倍、Raf-1 1.69倍、2.20倍、Caspase3 0.70倍、4.05倍。
TCDD(300ng/kg)投与群(F1a)で、生後1日のオス児の肛門-陰茎基部間距離平均値に軽度の短縮が認められたが、F1bでは、みられなかった。
F1で顕著な黄疸および血清肝機能異常を認めた1頭の剖検を行い以下の所見を得た。小葉構造改変を伴う架橋状線維化。線維化は門脈域間および門脈域・中心静脈間に認められる。炎症性リンパ球浸潤。小葉内に巣状壊死あるいは架橋状壊死後の状態。少数の好酸小体(acidophilic body)。小葉内に強いヘモジデリン沈着。肝細胞の異型増殖巣(腫瘍)は明らかでない。肝臓α平滑筋アクチン免疫染色所見では、線維化部位に一致して、αSMA陽性細胞の著しい増加が認められる。リンパ球浸潤の程度が弱く、小巣状壊死が少なく、線維化が強いことから、toxicな変化と考えられ、TCDDによる影響(toxic injury)が考えられた。TCDD曝露により変動がみられた遺伝子群について解析用DNAマイクロアレイを作成し、ヒト正常乳腺と癌部のmRNAを蛍光標識cDNAとして解析したところ一部に共通した陽性ハイブリダイズが認められた。これは、ヒトの疾病要因として懸念されているダイオキシンの曝露影響および発癌の間に、遺伝子発現の攪乱に共通の基盤がある可能性を示唆している。
結論
TCDD投与による児の流死産の結果からは、30ng/kg投与と比して、300ng/kg投与の影響が強かった。しかし、TCDD(30ng/kg、300ng/kg)投与により、2つの投与群ともに、乳腺、肝臓、脳などで、多くの遺伝子およびタンパク質、特にアポトーシスや細胞増殖あるいは癌化に関連した遺伝子およびタンパク質に発現変化を引き起こすことを見い出した。ヒトの疾病要因として懸念されているTCDDの曝露影響および発癌の間に、遺伝子およびタンパク質発現の攪乱に共通の基盤がある可能性を示唆している。肝臓にaltered fociが見られたことから、TCDDによる発癌性との関係で、個体レベルでの発癌を長期に観察して明らかにする必要がある。遺伝子・タンパク質レベルの解析で、TCDD30ng/kgと300ng/kg投与群の両方において変化が見られたことから、低用量(3ng/kg)のTCDDの影響を見る必要があり、実験を開始した。サルの遺伝子解析の結果から、ヒトとサルの遺伝子のホモロジーは、96%で(ヒトとマウスの遺伝子のホモロジーは80%)TCDDの影響をマウスではなく、サルで行っている本研究の大きな意義が裏付けられた。

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