輸入真菌症等真菌症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究

文献情報

文献番号
200000517A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入真菌症等真菌症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
上原 至雅(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 亀井克彦(千葉大学真菌医学研究センター)
  • 菊池賢(東京女子医科大学医学部中央検査部感染対策科)
  • 槙村浩一(帝京大学医真菌研究センター)
  • 鈴木和男(国立感染症研究所)
  • 新見昌一(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
22,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今日、深在性真菌感染症が感染防御能の低下した患者を中心に多発しており、高度医療に伴う日和見感染症として極めて憂慮すべき状況にある。また国際交流が益々盛んになるにつれて、国内にはない輸入真菌症が発生する可能性は高く、事実致命率の高いコクシジオイデス症などが国内で発生した事例が報告されている。これらの真菌感染症においては一般に培養検査による診断が困難なものが多く、血清学的診断法またはPCR法による遺伝子診断やDNAプローブを用いた分離菌の同定法などの迅速かつ高感度の診断法の開発が進められているが、実用化までにはまだ多くの問題がある。一方、感染における真菌の病原因子や生体との相互作用についても遺伝子レベルでの解析はほとんどなされていない。また深在性真菌症に対する有効な抗真菌剤の種類は少なく、現在頻用されている抗真菌剤は安全性や有効性の点で限界があり、さらに耐性菌の出現によって真菌感染症の治療が一層困難になることが予想される。そこで本研究事業では深在性真菌症ならびに輸入真菌症の診断と治療に関わる諸問題を解決するための臨床および基礎の両面にわたる研究を企画した。深在性真菌症については医療従事者の意識調査ならびに真菌血症に焦点を当てたアンケート調査を行って、深在性真菌症の発生状況を調査することにした。輸入真菌症については海外における流行状況と国内発生状況、さらにわが国と流行地域との国際交流の調査を行った。また新しい遺伝子診断法の開発、真菌感染の成立に関与している生体防御機構の低下の分子機構、真菌の薬剤耐性機構および有効な治療法と新しい抗真菌剤の開発につながる基礎研究を目的とした。
研究方法
1)深在性真菌症に対する意識調査および真菌血症の発生状況と分離真菌の動向を知るために、全国のおおむね500床以上の主要な一般病院(508施設)に対してアンケート調査を行った。253施設334名の医師からの回答を意識調査の資料とし、真菌血症については過去5年間のデータが揃っている133ケ所のデータを解析した。2)輸入真菌症の国内発生数および疾患・地域毎の発生状況と感染経路の調査を行い、さらに海外の流行状況については現地医療機関と協力して情報を収集した。3)分子生物学的手法による輸入真菌症起因菌の迅速同定システムが起因菌の検出や同定に最も信頼性が高く、簡便かつ迅速な方法であるので、今回は輸入真菌症起因菌3種(Coccidioides immitis, Histoplasma capsulatum, Penicillium marneffei)に対する特異的PCR同定検出系を開発した。4)深在性真菌症診断法と適用の評価、ならびに新規遺伝子診断法の開発については、分子生物学的手法を中心とした非培養系による遺伝子診断と菌種同定システムの開発を試みた。5)MPO機能低下ヒトおよびマウスの好中球を用いた真菌感染抵抗性の解析と抗真菌剤評価法の開発を行うために、好中球機能不全症のモデルマウスを作製し、好中球機能の殺真菌への関与を明らかにするとともに、真菌誘発の慢性疾患についても解析した。6)アゾール系抗真菌剤に対する耐性機構の解明と新しい抗真菌剤の探索に関する研究を行った。
結果と考察
1)深在性真菌症に関する医療従事者の意識調査においては、感染症法の四類感染症に規定されたコクシジオイデス症が全数把握の感染症で、その報告義務のことを知っていた回答者は48%であり、過半数の医師がこの事実を知らないという実態が浮かび上がった。また真菌症の診断は主に培養と鏡検に基づいて
行なわれており、一方でその他に7-8種類の診断基準を用いていることが分り、医療現場では真菌症の診断に苦労していることが推測された。さらに医師が最も必要としている情報は診断法と治療法に関するものであった。国内での深在性真菌症の発生状況を知るためのアンケート調査では、真菌血症由来の菌種ではC. albicansが最も多かったが、それ以外の菌種ではC. glabrataやC. kruseiにわずかではあるが増加の傾向が見られた。深在性真菌症の増加が指摘されている中で、今回の調査では真菌血症が減少傾向にあるという矛盾した結果が得られた。これは血液培養自動検出システムの導入やフルコナゾールの血中濃度などが複雑に関与していることが考えられ、今後はさらに深在性真菌症の正確な実態を把握するための調査が必要であることが分かった。
2)輸入真菌症の発生動向に関しては、病理剖検、臨床検体、症例数などの報告が散見されるのみであったが、今回の調査で国内ならびに海外における流行地での最近の発生状況を含む新しい動向がある程度把握された。即ち、国内で診断または治療された輸入真菌症は、コクシジオイデス症27例を含む71例が確認されており、ほとんどが米国など海外渡航先で感染したものであった。パラコクシジオイデス症は、主に日本在住のブラジル人あるいは日系ブラジル人に発生していた。海外の流行状況については、コクシジオイデス症が米国カリフォルニア州およびアリゾナ州で増加していた。死亡率については、ヒストプラズマ症がAIDSなど重篤な基礎疾患を有していたため、最も高かった。コクシジオイデス症は重篤な基礎疾患を伴っていなかったためか比較的低率であった。パラコクシジオイデス症では死亡例は認められなかった。本症の診断法は極めて難しく危険を伴うが、輸入真菌症が発生した場合に、臨床現場において迅速で適切な診断および処置がなされることを期待するのは現状では難しい。輸入真菌症はこれまでは稀な感染症であったために、我が国の医療機関がこの感染症に対して十分な認識を持っているところが多いとは思えない。しかし海外との交流がますます盛んになり、交通手段の発達が地球規模での迅速な移動を可能にしているので、予防、診断、治療など疾患に関する知識や技術面での対応の改善をはかるためのマニュアル作りなど早急な対策が必要である。本研究事業の一つである輸入真菌症起因菌の迅速同定システムの確立のために、千葉大学真菌医学研究センターおよび帝京大学医真菌研究センターにおいて輸入真菌症の保存菌種を特異的,迅速,簡便に同定することが可能となったことは極めて意義深い。
3)真菌細胞壁β-グルカン測定法と真菌遺伝子PCR増幅法について、健常成人血液を用いて陽性の出現頻度をしらべ、深在性真菌症の補助診断法としての適正とその意義を評価した。両検出法は、従来の検査法に比較して極めて高感度かつ特異的であり、検体中に含まれる微量の真菌菌体成分(βグルカン及びDNA)を検出した。また健常人血液検体中にも陽性例が見られたので,従来の検査法では検出できなかった微量の真菌菌体成分が血液などに存在することが強く示唆された。微生物が感染によらずに,無菌的体液・組織中に侵入する現象は, Microbial translocation (MT)またはBacterial translocationとして知られている。深在性真菌症は日和見感染症として免疫不全状態の患者に発症するので、そのような患者にとっては,健常人には問題とならないMTが,致命的な感染に繋がる可能性が極めて高い。今回検討したキットは、そのような患者の感染症診断に有力な検査法になる。さらに、菌種特異性が高いITS1の配列解析によって、主要病原真菌の属から菌種レベルの同定が可能なシステムを開発した。本法によって分離菌株から1日以内で菌種が同定でき、迅速性および簡便性の点で臨床上有用であることが示唆された。
4)これまで、臨床疫学から好中球機能不全症、特に、真菌感染に関連してmyeloperoxidase (MPO)欠損ではカンジダ症に、NADPH oxidase欠損では慢性肉芽腫症としてAspergillus感染による重篤症状を示すことが報告されているが、感染防御機構の詳細は不明である。そこで、好中球機能不全症のモデルマウスを作製し、好中球機能の殺真菌への関与を明らかにするとともに、真菌誘発の慢性疾患についても解析した。作製したMPO欠損マウスは、Candida albicansの殺作用が野生型に比し著しく低下した。また、菌体成分により誘発され冠状動脈炎に伴って血清中の自己抗体MPO-ANCAが上昇した。また、MPO欠損マウスにより、これらの疾患にはMPOおよびMPO-ANCAが関与していることを明らかにした。  
5)薬剤耐性の臨床分離株では多くの場合ポンプ遺伝子(ABC または MFS 輸送体)の発現が亢進しているので、ポンプが耐性化に寄与していると考えられているが、実際に薬剤を細胞外に排出するという直接の実験的証拠に乏しく、未だ不明の点が多い。今回得られた結果から主要な排出ポンプを除去したパン酵母に病原真菌の排出ポンプを発現させることによって、薬剤特異性など個々のポンプの機能が解析できた。従って、この発現系は排出ポンプ機能の詳細をしらべ、阻害剤を検索するための新しい系として有用であることが分かった。抗真菌剤の探索ならびにポンプ阻害剤の探索を試み、実際にいくつかの阻害物質が見つかったので、今後の研究の進展が望まれる。
結論
本研究により、輸入真菌症の実態および深在性真菌症の全国的な発生動向が初めて明らかにされると共に、臨床面で今日まで明確な根拠のないまま行われていた本症の診断・治療に対する標準的な指針を得ることの重要性が明らかとなった。一方、基礎研究としては本研究全体を通して分子遺伝学的診断法の開発および抗真菌性化学療法剤に対する耐性機構の解明および真菌感染と宿主との相互作用に基づく新しい抗真菌剤の開発が期待された。これらの研究によって期待される成果は真菌感染症から国民を守るために多大の貢献をするものと考えられた。

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