被災地のアルコール関連問題・嗜癖行動に関する研究

文献情報

文献番号
201419030A
報告書区分
総括
研究課題名
被災地のアルコール関連問題・嗜癖行動に関する研究
課題番号
H24-精神-一般-015
研究年度
平成26(2014)年度
研究代表者(所属機関)
松下 幸生(独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 樋口 進(独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター )
  • 尾崎米厚(鳥取大学医学部環境予防医学分野)
  • 村上 優(独立行政法人国立病院機構榊原病院)
  • 石川 達(医療法人東北会東北会病院)
  • 杠 岳文(独立行政法人国立病院機構肥前精神医療センター)
  • 長 徹二(三重県立こころの医療センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 【補助金】 障害者対策総合研究
研究開始年度
平成24(2012)年度
研究終了予定年度
平成26(2014)年度
研究費
13,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
飲酒行動、嗜癖行動について実態を把握して震災の及ぼす影響を検討すること、被災地で被災者の健康管理にあたる保健師や支援者および住民を対象にアルコール関連問題の研修を行って、飲酒量低減指導技法の技術移譲およびその効果検証を通して支援を実施することの2つを柱とする。平成26年度の住民調査は一昨年度に岩手・宮城県沿岸部および内陸部で行った調査対象者の追跡調査を実施した。
研究方法
1)住民調査
調査は面接調査と自記式調査で構成されている。
面接調査票では喫煙、飲酒頻度・量等について質問し、さらに、DSM-IVのアルコール依存症・乱用の基準に関する質問項目が含まれている。自記式調査票は以下のテストを用いた。アルコール使用障害(AUDIT)、ニコチン依存(FTND、TDS)、ギャンブル依存(SOGS)、ベンゾジアゼピン依存(BDEPQ)。対象者は、内陸部では一昨年調査の約半数に協力を依頼し、沿岸部では一昨年調査回答者全員に依頼した。
2)被災地における介入研究
肥前精神医療センターは釜石市を中心に飲酒量低減指導に関する研修会を開催し、保健師への指導技法の技術移譲を行った。効果検証として受講者のアルコール問題に対する取り組みの姿勢や知識、技能についてAAPPQを用いて検証した。琉球病院は宮古市を定期的に訪問してAAPPQにて効果を検証した。久里浜医療センターは岩手県大船渡市、陸前高田市で生活支援相談員や保健師等に対する研修及び事例検討などの支援活動を実施した。三重県立こころの医療センターは宮城県石巻市にて援助者やボランティアを対象にアルコール使用障害の基礎知識から関わり方などについての研修を3回実施し、AAPPQおよびN-VASを用いた調査を行った。東北会病院は宮城県内の沿岸部、内陸部で広く支援を行った。支援内容は事例検討、啓発活動、研修等である。
本研究は独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター倫理審査委員会および分担研究者の所属する施設の承認を得て実施した。
結果と考察
住民調査は沿岸部982名、内陸部475名に調査を依頼して、沿岸部577名、内陸部353名から回答を得た。回答率は沿岸部58.8%、内陸部74.3%。初回と再調査結果を比較したところ、AUDITスコアが8点以上の割合は男性で再調査では有意な減少を認め、FTND高得点の割合は男女とも有意に減少した。SOGS高得点の割合は男性で減少傾向が認められた。沿岸部と内陸部を比較すると、AUDITスコアは沿岸部女性では有意に低く、男性では低い傾向が認められた。FTNDスコアは、沿岸部では男女とも高い。IATスコアは男女とも沿岸部で有意に低かった。BDEPQスコアは沿岸部で男女とも有意に高かった。アルコール依存症・乱用の基準に該当する割合は男女とも初回、再調査のいずれも沿岸部と内陸部で有意差はない。
釜石市では事例検討会を含めて5回の保健師向け研修会を開催した。30名の保健師が参加し、アルコール問題への取り組みが改善する変化を認めた。宮古市においても研修前および1・2年後にAAPPQを用いた効果検証を実施して、1年後の比較では、AAPPQの合計点と、「知識とスキル」、「仕事満足と意欲」の2つの因子が、2年後の比較では、さらに「相談と助言」、「役割認識」が、有意に改善しており、スキル移譲の効果を確認した。大船渡市・陸前高田市では平成26年度は10回訪問し、事例検討、研修会を開催した。大船渡市、陸前高田市で延べ35名の相談に応じた。相談内容は21件がアルコール依存症またはその疑い、うつ病が4例などである。石巻市では3回にわたって研修を開催して66名の参加者を得た。AAPPQを用いて効果を検証し有意に改善を認め、N-VASを用いて、アルコール使用障害者との心理的距離を評価し、有意に減少した。東北会病院の支援活動は総支援件数が550件、延べ支援動員数が1,116名、個別訪問相談件数が99件となった。支援の内容は、研修や会議開催、地域のネットワーク作りが最多で、支援者研修、被災者個別相談訪問、事例検討が次ぐ。
結論
1)岩手県・宮城県の住民に再調査を実施し、沿岸部、内陸部でAUDITの結果に有意差は認められず、FTNDは再調査では改善する傾向があり、SOGS高得点は初回調査では沿岸部男性で多かったが、再調査では減少していた。BDEPQは初回調査、再調査とも男女問わず沿岸部で高得点が有意に多かった。
2)アルコール依存症・乱用の基準に該当する者の割合は沿岸部、内陸部で有意差を認めなかった。
3)アルコール関連問題の介入等に関する研修会、講演会等を開催して支援者へ介入スキルを移譲する支援活動を継続した。これらの効果検証のためAAPPQを用いて研修前後で評価して有意な得点の上昇を認め、効果が検証された。

公開日・更新日

公開日
2015-09-17
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2015-09-17
更新日
-

文献情報

文献番号
201419030B
報告書区分
総合
研究課題名
被災地のアルコール関連問題・嗜癖行動に関する研究
課題番号
H24-精神-一般-015
研究年度
平成26(2014)年度
研究代表者(所属機関)
松下 幸生(独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 樋口 進(独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター)
  • 尾崎米厚(鳥取大学医学部環境予防医学分野)
  • 村上 優(国立病院機構榊原病院)
  • 石川 達(医療法人東北会東北会病院)
  • 杠 岳文(国立病院機構肥前精神医療センター)
  • 長 徹二(三重県立こころの医療センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 【補助金】 障害者対策総合研究
研究開始年度
平成24(2012)年度
研究終了予定年度
平成26(2014)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班は2つの目的を有する。1つは、住民調査による震災のアルコール関連問題や嗜癖行動に及ぼす影響の検討である。もう1つは、アルコール関連問題への介入等の支援活動を通して地域の支援者へのスキル移譲とその効果検証である。
研究方法
住民調査は3回実施した。まず、2012年に岩手県、宮城県の沿岸部と内陸部の住民を対象として調査を実施した。また、2013年には全国調査を行った。さらに2014年には2012年の岩手・宮城県調査の対象者に再度協力を依頼して震災後の生活が飲酒や嗜癖関連行動に及ぼす影響について検討した。
1)住民調査
調査は面接調査と自記式調査で構成されている。
面接調査票では喫煙、飲酒頻度・量等について質問し、さらに、DSM-IVのアルコール依存症・乱用の基準に関する質問項目が含まれている。自記式調査票は以下のテストを用いた。アルコール使用障害(AUDIT)、ニコチン依存(FTND、TDS)、ギャンブル依存(SOGS)、ベンゾジアゼピン依存(BDEPQ)。対象者は、内陸部では一昨年調査の約半数に協力を依頼し、沿岸部では一昨年調査回答者全員に依頼した。
2)被災地における介入研究
岩手県釜石市、宮古市、大船渡市、陸前高田市、宮城県石巻市および沿岸部、内陸部を中心に、生活支援相談員や保健師等に対する飲酒量低減指導の研修会、事例検討などの支援活動を実施し、指導技法の技術移譲を行った。効果検証として受講者のアルコール問題に対する取り組みの姿勢や知識、技能についてAAPPQを用いて検証した。
本研究は独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター倫理審査委員会および分担研究者の所属する施設の承認を得て実施した。
結果と考察
男女とも沿岸部では内陸部や全国調査の結果と比べて非飲酒者の割合が高かった。しかし、1日に純アルコールで60g以上を飲酒する多量飲酒者の割合は、沿岸部と全国調査で男女ともほぼ等しく、飲酒しない者と多量に飲酒する者の二極化が生じている可能性がある。
AUDITのカットオフ値を超える者の割合は沿岸部と全国調査でほぼ同等であり、アルコールに関連問題は決して少なくない。DSM-IVによるアルコール依存症や乱用の基準に該当する者の割合は内陸部と沿岸部はほぼ等しく、全国調査結果より低かった。
沿岸部で明らかに高い割合を示したのは、ギャンブル依存(男性のみ)、喫煙率、ニコチン依存、睡眠薬の使用、ベンゾジアゼピン依存であり、睡眠薬やベンゾジアゼピン依存は特に女性で他地域の女性より高率であった。
震災関連の事項との相関では、男性は震災で失業することとAUDITの高得点が相関した。一方、女性は仮設住宅での生活とニコチン依存、睡眠薬の使用、ベンゾジアゼピン依存が相関した。
岩手・宮城県の再調査の結果、沿岸部ではアルコールの問題に大きな変化は認められなかった。また、ニコチン依存、ギャンブル依存とも改善傾向にあった。しかし、ベンゾジアゼピン依存の頻度は再調査でも沿岸部で多く、遷延化している可能性が示唆された。アルコール依存症については、沿岸部では初回調査時の依存症の回復の割合がやや低い傾向が認められたが、発生率は内陸部と同等であった。
以上を総合すると、沿岸部では飲酒行動の二極化が生じている可能性が示唆されるが、他地域と比較して明らかに多量飲酒が増加しているとは言えない。アルコール依存症およびアルコール乱用の有病率も沿岸部では増加していない。被災地沿岸部で有意に多かったのは喫煙、睡眠薬の使用であり、災害発生時にはこれらの問題にも配慮が必要と考えられた。
アルコール関連問題への介入等の支援活動を通したスキル移譲とその効果検証の概要は以下の通りである。
支援内容は主に保健師、支援員を対象としたアルコール問題の早期介入に関する研修、住民を対象としたメンタルヘルスに関する研修、保健師等との事例検討、特定健診でのスクリーニングと介入のためのツール作成、自助グループ支援といった活動が中心であった。保健師や支援者を対象とした研修では、評価尺度を用いて効果を測定した結果、「アルコール問題に関連した知識」、「減酒支援に対する自信」などで向上が認められてアルコール問題対応能力向上に成果があった。また、1年後、2年後で研修の効果を比較すると、獲得したスキルは、時間が経過しても定着していることが示された。
結論
住民調査ではアルコール問題の二極化が示唆され、睡眠薬、ベンゾジアゼピン依存の問題が遷延化していることが示された。本研究班の支援活動を通して支援者のアルコール関連問題への対応力の向上が認められたが、今後も地域で役立てられることを願っている。

公開日・更新日

公開日
2015-09-17
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2015-09-17
更新日
-

行政効果報告

文献番号
201419030C

成果

専門的・学術的観点からの成果
東日本大震災の被災地における嗜癖関連行動について住民調査を横断、縦断的に検討した。海外の論文で示されている災害後の飲酒量増加は、今回の調査では確認されず、災害が飲酒行動に及ぼす影響は人種や文化によって異なる可能性が示唆された。一方、病的ギャンブル、喫煙、睡眠薬の使用は被災地で他の地域より多く、睡眠薬は震災後に使用を開始した者の割合が高かった。再調査では病的ギャンブルの割合は減少していたが、睡眠薬の使用には変化がなく、一部の被災者では問題が継続している可能性が示唆された。
臨床的観点からの成果
災害は被災した人々に多くの精神的ストレスを与え、うつ状態、心的外傷後ストレス障害などさまざまな問題を引き起こすことが知られている。特に災害直後にはストレスのため、不眠を訴えるものが多い。しかし、本研究班の調査結果から安易な睡眠薬の使用がその後の依存等の問題につながる可能性が示唆されるため、災害後のメンタルケアにおいて留意する必要がある。
ガイドライン等の開発
被災地で支援活動に当たっている保健師等の支援者を対象にしたアンケート調査を行っており、避難所での飲酒等に関する意見を調査している。これらの結果を基に住民調査結果も併せてガイドラインを作成する予定である。
その他行政的観点からの成果
本研究班は今まで調査されることの無かった災害後の飲酒、喫煙、ギャンブル、睡眠薬使用といった嗜癖関連行動について横断的、縦断的に大規模な住民調査を実施した。その結果は、従来海外で報告されていたものとは異なり、被災された人々の飲酒行動に災害が強いインパクトを及ぼす可能性は少ないと考えられた。しかし、この結果は慎重に解釈されるべきであり、さらなる検討が必要である。その他、ギャンブルや睡眠薬使用が増加しており、災害後のこころのケアにおける注意点として考慮されるべきである。
その他のインパクト
特にない。

発表件数

原著論文(和文)
4件
原著論文(英文等)
1件
submitted
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
6件
学会発表(国際学会等)
8件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
大鶴卓、村上優
岩手県宮古市における災害支援
病院・地域精神医学 , 55 , 64-69  (2012)
原著論文2
松下幸生、樋口 進
災害とアルコール関連問題
トラウマティック・ストレス , 10 , 71-77  (2013)
原著論文3
長 徹二
今、被災地支援について考える
Frontiers in Alcoholism , 3 , 60-62  (2015)
原著論文4
佐久間寛之, 樋口 進
避難所・仮設住宅における飲酒とうつ病の関係
Depression Frontier , 12 , 78-83  (2014)
原著論文5
長 徹二、田中増郎、久納一輝、小畑精一郎、江上剛史、濵本妙子、福田貴博、原 敬造、松下幸生、森川将行
石巻市におけるアルコール使用障害を抱える人の支援に関する介入研究
アルコール薬物医学会雑誌 , 印刷中  (2017)

公開日・更新日

公開日
2017-05-23
更新日
2020-08-06

収支報告書

文献番号
201419030Z
報告年月日

収入

(1)補助金交付額
13,900,000円
(2)補助金確定額
13,900,000円
差引額 [(1)-(2)]
0円

支出

研究費 (内訳) 直接研究費 物品費 1,433,177円
人件費・謝金 54,600円
旅費 2,817,776円
その他 9,594,515円
間接経費 0円
合計 13,900,068円

備考

備考
自己負担金として拠出した。

公開日・更新日

公開日
2015-09-17
更新日
-