疾患モデル動物を用いた環境発がん初期過程の分子機構および感受性要因の解明とその臨床応用に関する研究

文献情報

文献番号
201313001A
報告書区分
総括
研究課題名
疾患モデル動物を用いた環境発がん初期過程の分子機構および感受性要因の解明とその臨床応用に関する研究
課題番号
H22-3次がん-一般-001
研究年度
平成25(2013)年度
研究代表者(所属機関)
筆宝 義隆(国立がん研究センター(研究所及び東病院臨床開発センター) センター研究所 発がんシステム研究分野)
研究分担者(所属機関)
  • 益谷 美都子(独立行政法人国立がん研究センター センター研究所 ゲノム安定性分野)
  • 竹下 文隆(独立行政法人国立がん研究センター センター研究所 分子細胞治療研究分野)
  • 中島 淳 (横浜市立大学付属病院 消化器内科 )
  • 大島 正伸(金沢大学がん進展制御研究所腫瘍遺伝学研究分野)
  • 青木 正博(愛知県がんセンター(研究所))
  • 庫本 高志(京都大学大学院医学研究科付属動物実験施設)
  • 續  輝久(九州大学大学院医学研究院生体制御学講座基礎放射線医学分野)
  • 山下  克美(金沢大学医薬保健研究域薬学系)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 第3次対がん総合戦略研究
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成25(2013)年度
研究費
34,154,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
発がん過程では正常細胞に遺伝子変異が段階的に蓄積していくが、この過程を修飾するものとして、発がん感受性などの遺伝要因と炎症、肥満、酸化ストレス、化学物質などの環境要因が挙げられる。ヒトでは発がん過程の初期段階における両者の協調作用を個体レベルで研究することは技術的・倫理的に困難なため、動物モデルを用いてその分子機構を詳細に解析し、最終的にヒトがんの診断・予防・治療への応用に資する知見の取得を目指す。また、発がん研究の迅速化・効率化のために新規の解析手法や実験系の開発も同時に進める。
研究方法
遺伝子改変や化学物質により誘導される、主に大腸の動物発がんモデルにおいて、系統間の発がん性の差に基づく発がん罹患性遺伝子の探索や、化学物質、感染、炎症、酸化ストレス、放射線、高脂肪食などの種々の環境因子の負荷による発がんの促進や抑制など、種々の修飾因子を再現・同定し、その協調作用を明らかにする。また、早期病変を簡便に同定するための新規診断法の開発を行い、予防研究への応用にも道を開く。
結果と考察
ラットモデルでは多数の系統間の比較により、大腸発がんと肥満が共通の遺伝的素因を有しており、それがAKTの制御と関連することを明らかにした。大腸がんの前がん状態である異形成をdACFとして簡便に診断する方法を開発し、現在汎用されている通常のACFやその他の病変よりもdysplasiaおよび腫瘍原性のマーカーとして有用であることを示した。食餌由来変異原物質の大腸発がん性を規定する因子は不明だったが、これらの物質の投与により大腸粘膜に早期に誘導されるmiRNAの発現パターンから予測可能であることを明らかにした。ラット大腸上皮初代培養細胞への環境発がん因子PhIPの暴露後、1μMから10μM濃度という比較的高濃度のPhIP処理後には、p53の発現上昇ならびにリン酸化S15が有意に検出された。またChk1の活性化、p21の発現上昇も認められ、DDRが起きていることが推測された。ROCK、MEK、TGFβ、GSK3βに対する4種類の阻害剤(YPAC)により樹立したラット胚性幹(ES)細胞においてp53遺伝子を欠損させたノックアウト(KO)ラットは、精巣がん、骨肉腫、乳がんが自然発生し、こららのがん組織からYPACによって、元の性質を維持したまま株化培養が可能なことが示唆された。KADラットを用いた抗炎症剤候補物質の薬効評価系を確立するためにセレコキシブと緑茶カテキンの一種であるエキガロカテキンガレート(EGCG)の大腸腫瘍の抑制効果が確認できた。マウスモデルとしては細胞レベルでの大腸発がんモデルを確立した。同モデルで作成したがん幹細胞はspheroid形成条件下では薬剤やガンマ線に抵抗性を示すが、PARP阻害剤はDNA 修復とエピジェネティック制御阻害から放射線増感効果を示した。Msh2遺伝子欠損マウスを用いて、臭素酸カリウム(KBrO3)の飲水投与による消化管での酸化ストレス誘発発がん実験を行い、酸化ストレスを付与されたMsh2遺伝子欠損マウスの腸管では、顕著に上皮性腫瘍の発生頻度の上昇が認められた。mTORキナーゼ阻害薬AZD8055の投与により、cis-Apc/Smad4マウスの腸管腺がんの形成は強力に抑制されたが浸潤能自体は抑制されなかった。mTORキナーゼ阻害薬投与によりEGFR/PI3K/Akt経路が活性化されていることが分かった。胃がん発生マウスモデルおよび胃炎発生マウスモデルを用いた網羅的解析により、炎症反応依存的に胃がん細胞で発現変動するmicroRNA(miRNA)を特定した。その中でも最も強く発現誘導するmiR-135bは、ヒト胃がん組織でも発現誘導が認められ、さらに胃がん細胞における発現誘導や発現抑制は、それぞれ増殖、遊走、腫瘍原性の亢進と抑制に作用した事から、miR-135bは胃がん発生を促進するmiRNAと考えられた。AMPK活性化薬であるメトホルミンのマウス大腸発がんに対する抗腫瘍効果・メカニズムを解明し報告してきたが、今年度はヒト大腸腺腫切除後の再発抑制効果を検証する臨床試験を実施した。目標である150例の組み入れを終了しフローアップ中である。多価不飽和脂肪酸であるエイコサペントエン酸(EPA)は、マウス同様ヒトでも1か月間のEPA投与でACF数は有意に低下し、散発性大腸腫瘍の化学予防に十分臨床応用可能と思われた。
結論
動物モデルの利点を最大限に生かして、発がん機構の解析を行った。早期診断、予防・治療への展開という二方向について細胞レベル、個体レベルの両面からの成果が得られた。これらの成果をもとに、診断マーカーの開発と大腸腺腫再発予防試験の臨床試験が現在進行中であり、結果が期待される。

公開日・更新日

公開日
2015-06-02
更新日
-

研究報告書(PDF)

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
2015-01-23
更新日
-

文献情報

文献番号
201313001B
報告書区分
総合
研究課題名
疾患モデル動物を用いた環境発がん初期過程の分子機構および感受性要因の解明とその臨床応用に関する研究
課題番号
H22-3次がん-一般-001
研究年度
平成25(2013)年度
研究代表者(所属機関)
筆宝 義隆(国立がん研究センター(研究所及び東病院臨床開発センター) センター研究所 発がんシステム研究分野)
研究分担者(所属機関)
  • 益谷 美都子 (国立がん研究センター研究所(ゲノム安定性研究分野) )
  • 竹下 文隆 (国立がん研究センター研究所(分子細胞治療研究分野) )
  • 木南 凌 (新潟大学教育研究院 医歯学系)
  • 中島 淳 (横浜市立大学付属病院 消化器内科 )
  • 大島 正伸 (金沢大学がん進展制御研究所 腫瘍遺伝学研究分野 )
  • 青木 正博 (愛知県がんセンター研究所(分子病態学部) )
  • 庫本 高志 (京都大学大学院医学研究科 付属動物実験施設 )
  • 續 輝久 (九州大学大学院医学研究院 生体制御学講座基礎放射線医学分野)
  • 山下 克美 (金沢大学 医薬保健研究域薬学系)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 第3次対がん総合戦略研究
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成25(2013)年度
研究者交替、所属機関変更
(平成23年1月まで) 中釜 斉 国立がん研究センター研究所長 (平成23年1月から) 筆宝義隆国立がん研究センターユニット長

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒト大腸発がんの分子機構、特に初期発生段階における遺伝子変異・発現変化や、発がん過程を修飾する種々の環境・遺伝因子の解明、およびそれらの発がんへ向けた協調作用の分子機構の解明を目的とする。また、診断・予防・治療への展開を視野に入れ、得られた知見の臨床応用を目指す。
研究方法
ヒトでは発がん初期過程の詳細な解析を個体レベルで行うことは困難なため、マウス・ラットの遺伝子改変または化学物質による動物発がんモデルを用いる。主に大腸がんについて種々の環境因子の負荷による発がんの促進や抑制など、種々の修飾因子を再現・同定し、その協調作用を明らかにする。さらに、個体レベル、細胞レベルの両方で新規のモデルを開発し、従来の発がん研究の進展を加速させる。
結果と考察
本研究では動物の発がんモデルを用いて主に大腸発がん過程の包括的な解析を行い、予防・治療への応用に資する研究を展開した。PhIP誘発ラット大腸化学発がんの感受性にCaspase3の発現量が直接影響を与えることを個体レベルで示した。また、肥満と大腸発がんに共通の罹患感受性を規定する遺伝要因が存在しAKTの活性化を制御していることを明らかにした。異形成の簡便なマーカーとしてdysplasia-associated ACFを確立した。大腸粘膜においてPhIPを含む化学物質の投与により急性期に誘導されるmiRNAのプロファイルから化学物質の大腸発がん性が予測可能であることを示した。代表的なDNA障害反応のひとつであるCdc25A分解の可視化系を構築し、PhIPのラット大腸上皮初代培養細胞への曝露により発がん閾値以下の0.1-1MPhIP曝露でもp53-Ser15のリン酸化等が検出されることを示した。極めて困難とされてきたラットES細胞の樹立に成功した。p53遺伝子ノックアウト(KO)ラットの作製にも成功し、KO雌ラットの致死性や発がんスペクトラムにおけるラット特有の表現型を確認した。Apc遺伝子C末端側に変異をもつKADラットが大腸炎やAOM/DSS誘発大腸がん誘発系に高感受性を示す性質を利用して、抗がん剤と抗炎症剤の評価試験系の開発を実施した。また、APCのC末端部位は、血管新生を介する組織修復において重要な働きをしていることを示した。マウス腸管上皮初代培養細胞へのレンチウイルスによる遺伝子導入で、多段階発がん過程を再現することに成功した。さらに、In vitroの大腸発がんモデルとして、遺伝要因のみならず環境要因の腸管発がんへの影響も本実験系で検証可能であることを示した。PARP阻害剤がDNA修復阻害だけでなくゲノムワイドなDNA脱メチル化誘導をはじめとするエピゲノム変化誘導も有することを示した。胃がんモデルであるGanマウスにおいて、炎症反応は腫瘍細胞または腫瘍組織におけるmicroRNAの発現を劇的に変動させることを確認した。発がん抑制に作用するmiR-7と発がん促進に作用するmiR-135bが胃がん細胞の増殖に影響を与えたことから胃がん予防・治療の標的分子としての可能性が示された。腸管に腺腫性ポリープを発症するApcΔ716マウスを用いて、微小腺腫が大きな腺腫に成長するためにはJNKの活性化を介したmTORC1の活性化が必要なこと、JNKはmTORC1の構成要素であるRaptorのセリン863残基を直接リン酸化してmTORC1を活性化すること、cyclin E、osteopontin、proliferinがmTORC1により翻訳レベルでの発現調節を受けること、さらにJNKはc-Junの活性化を介してこれらの発現を転写レベルにおいても制御していることを明らかにした。臭素酸カリウム投与による酸化ストレス誘発消化管発がん実験により、MSH2が酸化ストレスに起因する消化管発がんを効果的に抑制していることを示した。腫瘍の約30%にCtnnb1遺伝子変異が認め、その74%がG→A変異で、代表的な酸化損傷8-オキソグアニン(8-oxoG)に起因するG→T変異は7.4%であった。マウス胸腺リンパ腫と腸管腫瘍を対象に、組織特異的なBcl11b片アレル消失を導入したマウスで解析を行い、増殖調節の異常がBcl11bの担う発がん修飾機構の一つであることを示した。AMPK活性化薬であるメトホルミンによるマウス大腸発がん抑制効果を確認し、ヒト大腸腺腫切除後の再発抑制効果を検証する臨床試験を実施した。150例の組み入れを終了しフォローアップ中である。
結論
動物モデルを用いて主に大腸がんの発がん機構、およびそれを修飾する因子に関する多数の知見を得た。これらを元に、大腸がんの予防、ハイリスクグループの囲い込み、早期診断・治療など多面的なヒト臨床への展開にむけた検討が進行中であり、その実用化が期待される。

公開日・更新日

公開日
2015-06-02
更新日
-

研究報告書(PDF)

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
2015-01-23
更新日
-

行政効果報告

文献番号
201313001C

成果

専門的・学術的観点からの成果
炎症・肥満・酸化ストレス・放射線などの様々な環境因子が大腸細胞の遺伝子変異と協調的に発がんを促進することを動物モデルで示した。特に、ヒトでは技術的・倫理的に困難な発がん初期過程の個体レベルの解析を個体レベルで実行し、その分子機構の一端を明らかにしたことは特筆される。また、遺伝子改変ラットの作成や細胞レベルの発がんモデルの確立など新規の実験系の開発も行い、発がん研究の迅速化および高度化に貢献した。
臨床的観点からの成果
マウスにおけるメトホルミンの大腸発がん抑制効果およびヒトにおけるポリープ再発予防効果が明らかになったことで、現在進行中のヒトでの大腸発がん予防試験の結果も期待される。また、ラットの大腸発がんモデルを用いることで、内視鏡等での観察を行いながら治療効果を確認することが可能になり、新規抗腫瘍薬の開発に有用と考えられる。炎症関連胃がんで発現変化するmiRNAを同定し、今後特異的診断マーカーとしての利用が期待される。
ガイドライン等の開発
ラットモデルでの研究から外挿すると、ヒトにおいても大腸粘膜におけるAKT活性化レベルが高い肥満患者やcaspase3の一部の多型を有する患者は大腸がんのハイリスク群を形成する可能性が高く、重点的に検査することで早期発見率の向上が期待できる。また、従来組織検査が必要だった異形成を粘膜レベルで検出するdACFを確立したことで、今後化学予防研究における有効性評価や内視鏡での初期病変の評価に応用できる可能性が高い。
その他行政的観点からの成果
現在国際的に動物実験に関する規制は強められる方向にある。本研究で開発した「in vitro発がん再構成系」はマウスの正常細胞を用いた細胞レベルの発がんモデルでありながら、個体レベルと同様の結果が得られるという利点がある。そのため、動物実験に関する3Rの原則(reduction, refinement, replacement)の遵守という観点からは高い意義を有すると言える。また、ヌードマウスの皮下への移植も他の方法で代替可能とする道筋もすでについており、さらに動物実験を減少可能である。
その他のインパクト
発がん再構成系の論文(PNAS 2013)は企業向けtranslational 研究の雑誌SciBxに取り上げられ、広範に紹介された。アウトリーチ活動としては、国立がん研究センターで毎年開催される市民公開講座やオープンキャンパスにも参画し研究発表を行った。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
95件
その他論文(和文)
3件
その他論文(英文等)
7件
学会発表(国内学会)
165件
学会発表(国際学会等)
39件
その他成果(特許の出願)
1件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

公開日・更新日

公開日
2015-04-28
更新日
2018-06-25

収支報告書

文献番号
201313001Z