検疫所における総合医学研究

文献情報

文献番号
199800096A
報告書区分
総括
研究課題名
検疫所における総合医学研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
小竹 久平(関西空港検疫所)
研究分担者(所属機関)
  • 小竹久平(関西空港検疫所)
  • 内田幸憲(神戸検疫所)
  • 岩崎恵美子(仙台検疫所)
  • 横田勉(関西空港検疫所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
国の内外で新興・再興感染症が問題となる中、昨年(平成10年)感染症新法
が成立し、検疫法も改正された。これにより、検疫対象疾病にウイルス性出血熱が加
えられ、検疫所は国内防疫機関との連携、出入国者への感染症情報の提供を求められ
ることとなった。また、WHOは国際保健規則を改正し、従来各国に求めていた感染症情
報を病名による報告から症候群による報告へと変更しようとしている。本研究はこの
様な検疫を取り巻く新しい状況の中で、検疫所におけるベクターサーベイランス・コ
ントロールの在り方、情報の収集・提供の在り方、ウイルス性出血熱危機管理の在り
方、検疫感染症拡大に伴う空港のブース検疫の在り方について調査・検討を目的とし
て、また、国際保健規則改正案の我が国への適用の可能性を探ることを目的に行った。
研究方法
1)ベクターサーベイランス・コントロールの在り方 港湾政令区域と対象地
域で捕獲したネズミのHFRSウイルス抗体価測定、ネズミを扱う検疫所職員の調査票に
よる健康調査及び血清のHFRSウイルス抗体価測定、更に大阪、神戸、関西空港の各検
疫所で主に中国で積載されたコンテナ内に存在する昆虫類を採取し、実体顕微鏡によ
る検査。2)情報の収集・提供の在り方 入国管理局の資料、成田空港検疫所等の資料
を用いての海外渡航者の実態把握、海外渡航者の便を従来のアルカリペプトン培地に
加え、SS寒天培地、BTB寒天培地、カンピロバクター寒天培地等を用いての菌の分離・
同定、有熱者に対してPCR法検査またはIgM抗体検査、黄熱病予防接種者へのアンケー
ト調査及び宮城県の感染症情報システムを使用しての情報の提供とアンケート調査に
よる浸透度の確認。3)ウイルス性出血熱の危機管理及び検疫感染症拡大に伴う空港ブ
ース検疫の在り方 エボラ出血熱に関するWHOのガイドラインを基にした空港・海港の
検疫の在り方や問題点の検討、検疫ブースを有症者用と無症者用とに分け無症者の質
問票は回収ボックスに投入、有症者は検疫官に申告、その是非を検討。4)国際保健規
則改正案の適用の可能性の検討 昨年度の「国際保健規則改正案の我が国への適用に
関する研究」(厚生科学研究特別研究)のデータを基に集計、解析、症候群アプロー
チによるサーベイランスのパイロット実地調査を13府県で行い、その有用性を検討。
結果と考察
1)ベクターサーベイランス・コントロールの在り方 ネズミのHFRS抗体価
測定では、13検疫所の港湾政令区域のうち11ヶ所から採取されたネズミで抗体が陽性
であった。市街地では名古屋、神戸で陽性ネズミが見つかった。過去のデータと比較
すると依然として港湾政令区域のHFRSウイルスの浸潤は続き、市街地への浸潤が進ん
でいる可能性が示された。検疫所職員の健康調査では血清提供者58名全員HFRSウイル
ス抗体は陰性であり、腎症候出血熱ウイルス感染は疑われなかった。この事実と上記
HFRSウイルス抗体陽性ネズミの存在を考え合わせると検疫所職員によるネズミの取り
扱いが適切に行なわれていることやネズミの保有するウイルスの感染力はそれ程強く
ないことを示している。輸入コンテナ調査では検疫・準検疫感染症にかかわるベクタ
ーは発見されなかった。しかし、コンテナ貨物積載地域に拘わらず約20%のコンテナに
衛生害虫を含む昆虫等が混入しており、今後の問題点となる。2)情報の収集・提供の
在り方 海外渡航者数1998年1680万人で20歳代の若者が多く、その渡航先はアジアが
最も多い。滞在日数は5日内が殆どである。このことはコレラ、赤痢を除き代表的な感
染症の潜伏期間内に帰国してしまうことを意味している。海外渡航者に対してのアル
カリペプトン培地以外の培地を使用しての検便検査ではカンピロバクターの感染が比
較的多く見られ、これから注目して行かなくてはならない。デング熱検査では、31名
の有熱者からPCR法3名、IgM抗体陽性5名の計8名の陽性者を見つけた。この検査は比較
的簡便で短時間に結果も得られるので、検疫所でマラリアやウイルス性出血熱との鑑
別を行い迅速な治療に結びつけるのに有効と思われる。黄熱病予防接種者へのアンケ
ート調査ではアンケート総数1607名で渡航先の殆どはアフリカで、年齢は20歳代が約
1/3を占めていた。予防接種に関する情報の入手先は旅行会社からであった。しかし、
黄熱病以外の新興・再興感染症が多発している地域に渡航するにも関わらず7割の人
が黄熱病以外の予防接種を受けていなかった。感染症の予防に関する情報の提供が早
急に必要と思われた。県の感染症情報システムを利用して情報提供の試みでは、県内
の体制も充分とは言えないこともあり、末端の医療関係者まで情報が伝わらなかった
ことがアンケート調査でわかった。しかし、宮城県のように検疫所が県の感染症対策
委員会のメンバーとなっているところでは今後情報の伝達は容易と思われる。3)ウイ
ルス性出血熱の危機管理の在り方と検疫感染症拡大に伴う空港ブース検疫の在り方 
ウイルス性出血熱の検疫については疑い患者が流行地から搭乗しているとの情報が事
前に機長からもたらされる可能性が高い。その際、その機に搭乗する乗客をWHOのガ
イドラインに従い患者(臨床例)、疑い例、直接的接触者、その他に分類し、患者及
び疑い例については特定感染症指定医療機関または第一種感染症指定医療機関に搬送
する。患者の搬送にあたっては防護衣を着用すべきであるが、アイソレーターは必要
としない。直接的接触者については上記医療機関に停留すべきか自宅での監視で十分
であるかは議論の別れるところである。また、検疫所における検査についても無用の
入院停留を避けるためにすべきであると二次感染を防ぐ観点からやるべきないと議論
のあるところである。また、成田空港や関西空港以外の地方空港に疑い患者が来航す
る場合には両空港のどちらかに回航すべきかについても権限の上で問題がある。また、
中国はクリミア・コンゴ出血熱の発生地であるが、中国が流行地となった場合、中国
からの船舶の臨船検疫の問題点がある。以上のような点を含め検疫所における対策の
ガイドラインの策定が今後必要となる。検疫感染症拡大に伴ってのブース検疫の在り
方については、有症者にもかかわらず検疫官に申告せず、回収ボックスに入れて検疫
を通過したものは全体で42.9%、関西空港では26.1%、成田空港では51.6%と差があっ
た。これはアナウンスの徹底等検疫所の努力で改善できると思われる。下痢、発熱、
嘔吐、発熱、黄疸、異常な出血は平均より高い申告率であった。このことは二次感染
の起こる可能性のある検疫感染症に関係した症状については無申告者の割合が少ない
ことを意味している。国別では香港、シンガポールなど比較的衛生状態の良い国から
の入国者は無申告者の者が多く、そうでない国々からは無申告が比較的少なかった。
これらから、この方法での検疫のやり方はそれなりの評価ができると思われる。4)国
際保健規則改正案の我が国への適用に関する研究では症状の頻度については全入国者
に対して下痢が1.6%、咽頭痛0.9%、腹痛0.8%、頭痛0.7%、発熱0.5%、嘔吐0.3%と推定
された。これをコレラの汚染地域・非汚染地域別で見ると、下痢以外はコレラ非汚染
地域からの入国者が高かった。また、推定感染国はアジアが最も多い。海外渡航者へ
の教育等へのこれらのデータの活用が期待されるとともに更に詳細な解析が可能であ
る。症候群アプローチによるサーベイランスのパイロット調査では調査期間(平成10
年11月15日から12月31日)にWHO定義による症候群4種(定義Ⅰ)、理学的所見を加味
した若干軽症の症候群3種(定義Ⅱ)、より軽症であるが入院例を基本とする3種(定
義Ⅲ)の合計10種類の定義に合致する症病のサーベイランスをおこなったところ205
例の報告があった。定義Ⅰによる報告は5例で、内訳は急性神経症候群として気管支
肺炎1例、脳梗塞1例、ムンプス髄膜炎1例、ライ症候群1例、急性呼吸器症候群として
成人呼吸窮迫症候群1例であった。症候群定義だけでは重症感があればかなり雑多な
疾患が報告されることを示している。より軽症の定義(Ⅱ、Ⅲ)では急性消化器症候
群としてロタウイルス胃腸炎、急性神経症候群として熱性痙攣、急性呼吸器症候群と
して肺炎が多かったが、地域差が多く症候群定義解釈に差があると思われた。日本に
おいては診断名による早期診断がなされることを考慮して診断名との併用により症候
群サーベイランスは公衆衛生上重要な疾患や感染症の把握に有用と思われる。
結論
検疫を取り巻く新しい状況の中で検疫所におけるベクターサーベイランス・コ
ントロールの在り方、情報の収集・提供の在り方、ウイルス性出血熱管理の在り方、
検疫感染症拡大に伴う空港ブース検疫の在り方、及び国際保健規則改正案の我が国
への適用の可能性について研究を行い有用な知見を得た。

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