内分泌かく乱化学物質の生体影響に関する研究-特に低用量効果・複合効果・作用機構について-(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301303A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質の生体影響に関する研究-特に低用量効果・複合効果・作用機構について-(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
井上 達(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 関澤純(徳島大学総合科学部)
  • 松井三郎(京都大学大学院・地球環境学堂)
  • 杉村芳樹(三重大学医学部)
  • 福島昭治(大阪市立大学大学院医学研究科)
  • 加藤善久(静岡県立大学薬学部)
  • 井口泰泉(岡崎国立共同研究機構)
  • 笹野公伸(東北大学大学院医学系研究科)
  • 廣川勝いく(東京医科歯科大学大学院医歯学専攻)
  • 山崎聖美((独)国立健康・栄養研究所)
  • 垣塚彰(京都大学大学院生命科学研究科)
  • 菅野純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 加藤茂明(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 藤本成明(広島大学原爆放射能医学研究所)
  • 五十嵐勝秀(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
40,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、内分泌かく乱化学物質作用の可能性として指摘されてきた種々の事象の内、その主な問題点の中で解明の困難が集中しているいわゆる“高次生命系"での挙動に焦点をあてて、作用機構の解明にあたることである。すなわち①内分泌系・②免疫系・③神経系などの高次生命系ネットワークの個々に対する影響について、在り得る作用機転の可能性を検討することによって問題の本質を明らかにし、施策の科学的基盤整備にあたる。高次生命系における特徴として知られる、発生・生殖面を始めとした時間軸やメモリー機構などへの影響に注意を払って検討をすすめる。
研究方法
第1に[I. プロジェクト課題研究]として、低用量問題を構成する因子毎に国内外のデータおよび鍵となる試験研究項目を収集し検討した。またそれらの結果に直結する、必要な実験課題についても重点的に推進した。平行して第2にこれまで行ってきた高次生命系を中心に、実験的に低用量問題の背景を追求した[II. 基盤研究]。
Ⅰ. プロジェクト課題研究は、関澤が責任者となり、引き続く文献調査と実験的課題を設定した検証を推進した。
(1)文献情報調査(継続):人が曝露される低用量の内分泌かく乱化学物質による免疫系、神経系への影響リスクの可能性について文献調査を行った。(関澤)
(2)情報データベースの作成:神経免疫毒性を中心とした内分泌かく乱物質の低用量影響の評価(関澤)
(3)文献調査研究:食品中や天然に存在するAhRに関する文献を収集し、情報をまとめて考察した。(松井)
(4)低用量作用のメカニズムに直結する基礎的事項に関する実験的検討
重量・形態・組織学的変化の観察による低用量estrogenic chemicalsの前立腺重量、発育などに対する影響の研究(杉村)、低用量暴露による遺伝子発現、たんぱく発現データの解析によるホメオスタシスの検討(福島)、甲状腺ホルモンかく乱物質に対する感受性T4の体内動態の動物種差の解明(加藤)を行った。
II.基盤研究では、低用量問題の背景となりうる機構の解明に向けての研究を進めた。
【生殖・ステロイド代謝部門】
井口泰泉は、マウス生殖腺の分化および精子、卵形成への内分泌かく乱化学物質の影響および低用量影響をエストロゲン応答遺伝子の発現変動で検討するとともに、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体およびアンドロゲン受容体の発現を免疫染色により検索した。笹野公伸は、マイクロアレイ法で検出したエストロゲン誘導遺伝子群の中で増殖抑制に関係する遺伝子を同定し、ヒト大動脈におけるその発現動態を多角的に検索した。
【免疫部門】
廣川勝いくは、低用量内分泌かく乱化学物質のマウス免疫系、すなわち胸腺微小環境内における未熟胸腺リンパ球の増殖・分化、ならびに細胞内情報伝達系への影響を検討し、山崎聖美は、マクロファージ様培養細胞及び腹腔常在性マクロファージを用いて、内分泌かく乱物質のマクロファージ機能、特にNO産生と貪食作用に及ぼす影響の検討を行った。
【神経部門】
垣塚彰は、内在性に誘導される活性物質の検討とそれに応答する核内受容体の検討により内分泌かく乱物質の低用量影響を解析し、菅野純は、マウス神経系初期発生における分化能の検討により、内分泌かく乱化学物質が及ぼす低用量影響を研究した。
【核内レセプター部門】
加藤茂明は、転写共役因子の同定及びダイオキシンレセプターとのクロストークを検討して、内分泌かく乱化学物質が性生殖へ影響を及ぼす作用点の分子レベルでの解明を試み、藤本成明は、新生児期ラットの低用量テストステロン暴露による前立腺エストロジェン受容体(ER)発現への影響の検討を行った。
【マイクロアレイ基盤整備】
五十嵐勝秀は低用量レベル作動性の遺伝子検索に関する横断的試験サービスを行った。
結果と考察
結果=Ⅰ. プロジェクト課題研究
関澤 純: 内分泌かく乱化学物質による免疫系、神経系への影響の報告は、個別物質については最近になり集積しつつあるが、低用量影響を評価する上で十分なデータはまだ無いといえる。影響リスクを検討する上で基本となる試験系とリスク評価法の確立が求められる。
松井三郎:様々な食品中(ジャガイモ、コーヒー、リンゴ、トウモロコシ、唐辛子、ピーマン、キャベツ、ブロッコリー)に強いAhRリガンドとその阻害剤が存在していることや、ジェニステイン、ダイゼインなどのイソフラボン類にもAhRリガンド活性があることが明らかとなった。また、AhRリガンドの多くは様々なキナーゼを阻害する活性があり、両者になんらかの関係があることが示唆された。
杉村芳樹:生直後の雄マウスにDESを投与して、前立腺の腹葉と後側葉を摘出、重量測定後、微小解剖し2次元的な腺管分枝構造に注目し形態測定と組織学的検討を行った。前立腺重量および腺管先端数は10μg、1μg群において減少を認めたが、1ng、1pg群では変化は無かった。また10μg、1μg群の特にDLPにおいて結節状の異常腺管構造を認めた。
福島昭治:発がんの二段階説に基づき、ラット肝をDENで処理した後、α-BHCの低-高用量を投与した。α-BHCの高用量投与では、GST酵素の活性は上昇し、肝前がん病変であるGST-P陽性細胞巣の発生を促進したが、低用量投与では抑制した。また、酸化的ストレスのマーカーの形成レベルはα-BHC高用量では増加し、低用量では減少した。CYP2B1蛋白量は低用量で減少傾向を示した。
加藤善久:げっ歯類にKC500投与により、血中T4のクリアランスおよび肝臓への移行量は、4種の動物で著しく増加したが、胆汁中T4-Gluの排泄量、T4とTTRの結合率などに動物種差があることを示した。
II.基盤研究
【生殖・ステロイド代謝部門】
井口泰泉:エストロジェンおよび同作用を持つ化学物質の、発達中の雌性生殖器官に対する影響を、マイクロアレイ法を用いて解析し、卵巣摘出マウス子宮から低用量および高用量のエストロゲン応答する遺伝子を探索しデータベース化した。
笹野公伸:内分泌かく乱物質を含む種々のエストロゲン様物質のヒト由来のエストロゲン受容体(ER)及び種々のエストロゲン代謝酵素が発現している細胞(培養平滑筋細胞)への影響を、マイクロアレイ法を用いて新たなエストロゲン誘導遺伝子を検出した。細胞が由来するヒト組織でその遺伝子発現を確認しin vivoでのエストロゲン作用との関連性を示した。
【免疫部門】
廣川勝いく: 器官培養システムにおいて、胎児胸腺細胞への分化・増殖が、1nM以下の低用量添加によって抑制された。
山崎聖美:内分泌かく乱化学物質が、マクロファージの機能、特にNO産生を上昇させ、貪食作用に影響を与えることを明らかにした。
【神経部門】
垣塚 彰:フェノバルビタールを投与した肝臓から抽出した脂溶性低分子分画に含まれるmPXRの活性化能を持つ物質をHPLCを用いて分離・同定し、その物質はdi-(2-ethylhexyl) phthalate (DEHP)であることを見出した。
菅野 純:DES胎児期投与により神経幹細胞の自己複製能のみならず、分化能も影響を受ける可能性を示唆する結果が得られた。DNAマイクロアレイ解析により選択した数十種類の遺伝子の発現変化を定量的RT-PCRにより検証することに成功した。
【核内レセプター部門】
加藤茂明:男性ホルモン及び女性ホルモンレセプターに結合する新しい転写共役因子のいくつかを同定し、ダイオキシンレセプターと女性ホルモンレセプターが核内で会合することを見出した。
藤本成明:ラット、マウス前立腺の前立腺では、部位によらずERαとERβがアンドロゲンにより発現調節されていた。マウスのERβ遺伝子上流域をクローニングし解析した結果、基本転写活性およびアンドロゲン応答性活性があることが示された。
【マイクロアレイ基盤整備】
五十嵐勝秀:導入したDNAマイクロアレイ技術を用い、(1)笹野班員とヒト血管平滑筋細胞に対するテストステロン、アロマターゼ阻害作用、(2)井口班員とマウス新生児視床下部に対するDES影響、(3)加藤茂明班員とAndrogen receptor knock-out(ARKO) mice ovaryにおける遺伝子発現変化、の共同研究を行ない、ARKOにより予想以上に広範な遺伝子発現変化が生じることを見出した。
結論
本研究課題では、平成14年度に引き続き、I. 関澤が統括するプロジェクト課題研究、およびII. 井上が統括する基盤研究の2本立てで研究を推進した。
I. プロジェクト課題研究
低用量問題に関連する文献調査では、BPAのみに限っても続々と新しい論文が刊行されており、それらには低用量問題の今後のとるべき研究課題などを示唆するものが少なくなかった。
II. 基盤研究
基盤研究について特筆すべき点は、それぞれの部門における研究の進展が著しいことであり、生殖・ステロイド代謝部門では、エストラダイオールとエストロジェン様作用物質による卵巣摘出マウス子宮において応答遺伝子を探索し、データベース化し、マイクロアレイ解析によってヒト平滑筋細胞でエストロジェン誘導遺伝子を同定しうることが明かになった。免疫部門では、種々のEDCsの胸腺分化、マクロファージ機能に対する影響が、低用量レベルで観察された。神経部門では、DEHPがmPXRの活性化能をもつことが明らかとなり、DESによって胎児神経幹細胞の自己複製のみでなく分化も影響を受ける可能性があることを見出した。核内レセプター部門では、ダイオキシンの内分泌かく乱作用のメカニズムはエストロジェンレセプターへの作用による可能性があることが明らかとなり、マイクロアレイ基盤整備では、井口班員、笹野班員、加藤班員らへの研究の支援を中心に進行した。
以上のように本研究課題により、高次生命系に関連し低用量問題の背景となりうる重要な実験的事実が蓄積されたものと考える。

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