要介護高齢者・介護者からみた介護保険制度の評価(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300064A
報告書区分
総括
研究課題名
要介護高齢者・介護者からみた介護保険制度の評価(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
杉澤 秀博(桜美林大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 中谷陽明(日本女子大学)
  • 田中千枝子(東海大学)
  • 杉原陽子(東京都老人総合研究所)
  • 石川久展(ルーテル学院大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
4,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は以下の3点である。(1)介護保険制度の導入前後に実施した繰り返しの横断調査に基づき、要介護高齢者と介護者の保健福祉ニーズの充足度が介護保険前後でどのように変化しているかを把握する。(2)制度・政策のプロセス評価の枠組みを活用して、保険料の支払い、ニーズ発生からサービスの評価にいたる各段階で「サービス選択の多様化」「ニーズへの対応」「利用者保護」「経済的平等」がどの程度確保されているかを把握する。(3)介護保険導入前後にそれぞれ実施したパネル調査のデータを基に、疑似実験的な方法によって在宅サービスの効果を評価し、在宅サービスが介護者や要介護高齢者に与える効果が介護保険前後でどのように異なるかを把握する。今年度は(1)と(3)の課題に取り組んだ。
研究方法
(1)繰り返しの横断調査に基づく介護保険の前後比較:東京都下の一市部における65歳以上の住民に対して、介護保険導入前の1996年2月、1998年7月、導入後の2002年2月に要介護高齢者をスクリーニングするための調査を郵送(一部訪問)にて実施した(1996年は21,567人の悉皆調査、1998年は無作為に抽出した7,800人、2002年は無作為に抽出した10,000人を対象)。日常生活動作と痴呆症状を基に要介護高齢者を選び出し、その主介護者に対して訪問面接調査を実施した。各調査の完了数は1996年941、1998年404、2002年595であった。
(2)パネル調査に基づく在宅サービスの効果評価:介護保険導入前の1996年に実施した介護者調査の完了者941人、および導入後の2002年に実施した介護者調査の完了者595人に対して、それぞれ1年後の1997年と2003年に追跡調査を実施した。高齢者が在宅療養を継続していた場合は「在宅用調査票」を、追跡期間中に高齢者が入院、入所、死亡していた場合は「入院・入所・死亡者用調査票」を使用して訪問面接調査を行なった。完了数は1997年859、2003年526であった。
結果と考察
(1)繰り返しの横断調査に基づく介護保険の前後比較:①在宅要介護高齢者とその家族のサービスニーズの充足度を介護保険前後で比較した結果、全体的にみれば在宅サービスの利用率は増加しており、介護保険制度の実施により要介護高齢者のニーズ充足度が向上したといってよいかもしれない。しかし、PMF類型を使用して要介護高齢者を8つの類型に分け、それぞれの類型におけるニーズ充足度を検証してみると、必ずしもすべての類型において一律にニーズが充足されているわけではないことが明らかになった。一部ではあるが、むしろニーズの充足度が低下した類型もみられた。介護保険制度が今後一層成熟していくことによってニーズの充足度は順調に向上していくのか、それとも今後もこのような傾向が続くのかを見極めるためにも、より詳細な分析を続ける必要がある。
②介護保険制度の導入に伴い在宅サービスの利用量は増大しているが、在宅介護の基盤は依然として家族主体という世帯が8割以上を占め、サービス主体とまではなっていなかった。特に、身体的な障害は軽いが問題行動が目立つ、いわゆる「動ける痴呆性高齢者」の世帯では、介護保険制度が導入された後も在宅介護の主体を家族が担っているケースが9割以上であり、介護の社会化が最も遅れていることがわかった。
③介護保険導入前と比べて介護者の身体的・精神的負担や社会生活上の制約、施設志向は軽減しておらず、かえって高まる傾向すら見られた。サービスの利用が増えたといっても以前が少な過ぎただけで、介護者の負担を軽減するには不十分である可能性が考えられる。④介護者の相談ニーズは介護保険導入後の方が高まっていたが、それに応えてくれる人は私的にも社会的にも減少していることが明らかになった。介護保険導入後の方が介護者の精神的なストレスが強くなっている理由として、このような情緒的支援態勢の脆弱化が関連している可能性が示唆された。
(2)パネル調査に基づくサービスの効果評価:①在宅サービスの利用が介護者のストレスに与える縦断的な効果を検討した結果、介護保険導入前だけでなく導入後においても、在宅サービスの利用によって介護者のストレスが軽減するという効果を検出することはできなかった。サービスの供給量が増えたとはいえ在宅サービスの給付量には制限があるため、介護者のストレスを軽減するには量的に不十分であった可能性が考えられる。量的な問題だけでなく、サービスの質的な充実や介護者に対する相談、情緒的な支援態勢の整備も介護者のストレスを軽減するには不可欠であろう。
②在宅サービスの利用が在宅療養の継続に貢献しているか否かを検討した結果、介護保険導入前は通所サービスや入浴サービスの利用が多いと施設入所や長期入院のリスクが有意に軽減していたが、介護保険導入後では、このような効果が見られなくなっていた。全体としては、サービス利用の入所抑制効果は介護保険導入後の方が弱くなっている可能性が示唆された。しかし、介護保険導入後のデータでは、高齢者の障害の度合いによってサービスの効果の現われ方が異なり、日常生活動作の障害がかなり重度の高齢者の場合は、ホームヘルパー、入浴サービス、訪問看護を多く利用している人ほど入所のリスクが抑制されることが示された。他方、痴呆の重度化に伴う入所リスクの高まりを抑制するような効果は、いずれの在宅サービスについても検出することができなかった。身体的な障害と比べると、痴呆介護に対する対応が遅れている可能性が考えられる。
結論
(1)要介護高齢者や介護者の保健福祉ニーズの充足度を介護保険制度の導入前後で比較した結果、介護保険制度が当初掲げていた「在宅重視」や「介護の社会化」といった理念は、まだ十分には達成されていない可能性が示唆された。(2)介護保険制度の導入に伴い在宅サービスの利用量は増大しているが、在宅サービスの利用が介護者のストレスや高齢者の入所を抑制する効果については、介護保険導入後の方が全体として弱くなっており、特に痴呆性高齢者に対する対応が遅れている可能性が示唆された。

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