家族構造や就労形態等の変化に対応した社会保障のあり方に関する総合的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300055A
報告書区分
総括
研究課題名
家族構造や就労形態等の変化に対応した社会保障のあり方に関する総合的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
寺崎 康博(東京理科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 府川哲夫(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 白波瀬佐和子(筑波大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
4,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、家族構造や就労形態等の変化が社会保障を通じて所得分配に及ぼしている影響を把握し、社会経済的格差が生じる要因を分析することを通じて、効果的な社会保障のあり方を展望することにある。具体的には、(1)家族構造・就労形態等の変化が所得分配に及ぼす影響、(2)生涯を通じた社会保障の所得分配に及ぼす影響、(3)人々の不平等感と(1)、(2)から把握される不平等度との関係――の3つのテーマについて分析する。
研究方法
いずれの課題についても研究会を組織し、1年目(平成14年度)は先行研究のサーベイを行うとともに、分析に用いる統計調査データの整備および目的外使用申請作業を行い、後半から分析作業に着手した。2年目にあたる本事業年度(平成15年度)は、(1)研究協力者を米国に派遣し、文献サーベイや専門家などへのインタビューを通じて米国の福祉改革の成果と問題点を調査し、(2)厚生労働省『国民生活基礎調査』、『所得再分配調査』ほかのマイクロデータを使用して1年目のアプローチをさらに発展させた実証分析を行ったほか、(3)機会の平等について理論的検討を行うとともに、社会階層や階層意識について国際比較を行った。
結果と考察
(1)家族構造・就労形態等の変化が所得分配に及ぼす影響:第1に、新卒者の就職者比率の低下がパラサイト・シングルの増加や将来の人口構成や家族構成に与える影響について、ミクロシミュレーションモデルの手法を用いて推計を行い、「新卒者の就職者比率の低下と将来の高齢者の家族形態の変化」(稲垣論文)にとりまとめた。分析からは、中長期的にはパラサイト・シングルが増加し、超長期的には、独居老人の比率が急増することが明らかになった。第2に、研究協力者を米国に派遣し、文献サーベイや専門家などへのインタビューを通じて米国の福祉改革の成果と問題点を調査した。調査結果は「アメリカの福祉改革の評価:TANF退出者調査のサーベイから」(阿部論文)に取りまとめた。「福祉から就労へ」というアメリカの福祉改革の日本への適用可能性については、就労率が既に高水準に達し、保護率も低い日本の母子世帯の実態を考慮する必要がある。第3に、『国民生活基礎調査』、『所得再分配調査』の個票を使用し、母子世帯や共働き世帯など特定の世帯の経済状況や就業状況、社会保障制度との関連について分析し、結果を「母子世帯の母親の就労と所得」(阿部論文)、「妻の就業と世帯所得」(大石論文)にとりまとめた。母子世帯については、日本に特徴的な「親と同居する片親世帯」の実情を把握することが必要である。また、妻の就業や稼働所得が世帯の所得分配に与える影響が近年、変化しつつある。(2)生涯を通じた社会保障の所得分配に及ぼす影響:世帯構造や高齢者の子どもとの同別居状況による所得分布の違いについて『所得再分配調査』に基づき実情把握を行い、1990年代における所得格差の変化やその背景を分析し、公的年金(厚生年金)の同一世代内における再分配効果を生涯所得ベースで分析するとともに、日本および欧米のマイクロ・シミュレーションの研究状況についてサーベイを行った。結果は以下の4論文である。「1990年代後半における所得分配と負担」(府川論文)、「1990年代における所得格差と再分配政策」(小塩論文)、「Social Security and Intergenerational Redistribution of Lifetime Income in Japan」(小塩論文)、「研究展望:マイクロシミュレーション」(田近・古谷論文)。所得分配状況を把握する上では、世帯規模や親子の同別居状況に留意する必要がある。1990年代における格差拡大のかなりの部分は高齢化によって説明される
が、とりわけ若年層においては年齢内で格差がかなり拡大していることは注目される。また、マイクロ・シミュレーションは政策分析の有効なツールのひとつであるが、日本ではまだ使用されていないような手法も欧米には存在するので、今後、さらなる研究の発展が期待される。(3)所得分配と人々の不平等感との関係に関する社会学的分析:第1に、機会の平等について理論的検討を行い、研究成果を「機会の平等に関する考察2 --柔らかなpositivismからの接近-」(佐藤論文)にとりまとめた。「弱い結果の不平等論」は、自らが意図しない、本人に何ら原因がない不平等を論じるにあたっての有効な理論枠組みを提供できる。第2に、社会階層や階層意識、教育について国際比較を行い、結果を「高校生の国家・社会意識と学習時間の階層差――日本とシンガポールの比較研究」(苅谷論文)、「社会階層と階層帰属意識の国際比較」(石田論文)、「地域格差、職業格差-収入における人的資本効果の測定」(西村論文)にとりまとめた。階層帰属意識の国際比較では、日米独ともに、所得や職業上の地位、学歴が階層意識や不平等感と結びついていた。また、日本とシンガポールの比較研究では、学習時間に階層差が見られるなど、現在のゆとり教育がかえって階層差を拡大させている可能性が示唆された。第3に、親と同居する成人未婚子や若年無業者の実態把握を行い、結果を「就業意欲も就学意欲も失った若者たち-若年無業者に関する研究ノート-」(玄田論文)「所得格差からみた成人未婚のいる世帯」(白波瀬論文)にとりまとめた。時系列的なデータからみると、成人未婚子のいる世帯は豊かな層にのみ傾倒しているわけではない。また、就業もせず、進学も希望しない25歳未満の若者たちに「自信」を持たせるような対策が必要である。第4に、マイクロデータを利用して、世帯の資産や所得について分析した。研究成果は「豊かさの中の分裂」(松浦論文)、「限界税率の変更が課税所得に与える効果:課税所得の弾力性の推計」(宮里論文)、「ジェンダーと社会保障―高齢単身女性の社会経済的地位からみた一考察―」(白波瀬論文)にとりまとめた。日本の家計のうち、5分の1~7分の1は、金融資産が非常に脆弱なため、なにかあれば直ちに生活困窮に直面するリスクがあること、限界税率の変更が課税前所得に与える影響は、自営業者や雇用者、公務員といった職業間で異なる可能性があること、国際的にみて日本の高齢単身女性の経済状況は概して恵まれていないことが明らかになった。
結論
所得分配状況を把握する上では、世帯規模や親子の同別居状況に留意する必要がある。ミクロシミュレーションモデルの結果では、今後、新卒者の就職者比率が低下すると、パラサイト・シングルの増加、婚姻率の低下、出生率の低下、将来の超高齢社会、独居老人の大量発生、という現象が連続して発生することが予測される。新卒者の就職者比率の低下傾向が今後もしばらく継続すると、独居老人の比率の極端に高い超高齢社会が将来訪れることになるものと推測される。こうした世態構造の変化は所得分配にも大きな影響をもたらすとみられる。1990年代における格差拡大のかなりの部分は高齢化によって説明可能であるが、その一方で、若年層においては年齢内で格差がかなり拡大していることは注目される。若者の就職環境を改善し、高校や大学卒業後、定職につくことができるような政策を実施することが望まれる。母子世帯については、日本に特徴的な「親と同居する片親世帯」の実情を把握することが必要である。また、「福祉から就労へ」というアメリカの福祉改革の日本への適用可能性については、就労率が既に高水準に達し、保護率も低い日本の母子世帯の実態を考慮する必要があろう。マイクロ・シミュレーションは政策分析の有効なツールのひとつであるが、日本ではまだ使用されていないような手法も欧米には存在するので、今後、さらなる研究の発展が期待される。階層帰属意識の国際比較からは、日米独ともに、所得や職業上の地位、学歴が階層意識や不平等感と結びついていた。その一方で、日本とシンガポールの比較研究で
は、学習時間に階層差が見られるなど、現在のゆとり教育がかえって階層差を拡大させている可能性が示唆された。

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