職業運転手における腰痛予防に関する調査研究

文献情報

文献番号
200201430A
報告書区分
総括
研究課題名
職業運転手における腰痛予防に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
白井 康正(日本医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大成清一郎(大成整形外科医院)
  • 伊藤博元(日本医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国における業務上の腰痛の発生は、年間5000件近くにまで達しており、我が国の業務上疾病のうち6割近くを占めるという状況にある。特に車両運転業務の現場においては発生頻度が高く、労働意欲の低下など深刻な問題となっている。腰痛という愁訴に対して質の高い効果的な医療を行うためには現場の状況を調査し、結果を分析した上で科学的根拠に基づいた医療の実践が大切である。この職業における腰痛の原因は長時間の拘束された運転姿勢、車両の振動や路面からの衝撃、運転に伴う精神的ストレスなどがあるが、実際に腰痛の発現機序に関与する危険因子を同定するにはいたっていない。また、タクシーの業務は一般に普及している自家用乗用車の運転の延長線上にあると考えればこの職業の腰痛の調査を行うことは乗用車の運転が腰痛という形で国民の健康を損なう危険性についても解答を与える可能性がある。このためタクシー運転手にアンケート調査を行い作業の実態を踏まえた腰痛の実態を検討することを目的とする。
研究方法
対象は法人所属および個人営業のタクシー運転手とする。方法は各タクシー会社および個人タクシー組合に協力を求め、に「腰痛に関するアンケート」用紙を送付し職員の回答を依頼した。また、各施設の代表者には施設のプロフィールを問う質問用紙の回答を求め、施設の概要を把握した。質問ごとに単純集計を行い、さらに腰痛のあるものとないものとの間に回答の傾向に差があるかを解析することとした。質問の解析では職業に関連する腰痛に着目するため腰痛を来す疾患の既往歴を有するものは検討から除外した。回答の解析には統計用ソフトウェア SPSS version10.0J(SPSS社)を使用した。
アンケートの実施に当たってはプライバシーの保護に十分な配慮を行った。現場における実態調査においてはインフォームドコンセントを得た。
結果と考察
結果=
有効な回答の総数は1334通で回収率は71%であった。
集計結果
(1)経験年数や取得資格など
年齢別回答者数を図1に示す。平均年齢は52歳(標準偏差9.35)であった。今の職業に就いてからの年数は平均14年だった。現在の職場での勤務年数は11年だった。
(2)勤務時間や休憩時間など
1ヶ月の勤務日数を聞いた質問では19日だった。
一日の平均勤務時間を聞いた質問は12時間だった。
一ヶ月あたりの深夜勤務の回数を聞いた質問では平均11回だった。
(3)走行距離などについて
一日あたりの走行距離は平均198Km、一月あたりでは3401Kmだった。クラッチの有無ではマニュアル車が42%、オートマチックが53%だった。
実車時間の割合は平均39%というものが多かった。また、待ち時間の間で停車している時間は平均3時間であった。
運転席が狭いと感じているものが22%あり、その理由では足が伸ばせないとしたものが11%と多かった。
通常の運転席で運転に支障があると答えたものが30%あり、何らかの調節をしているものが24%あった。 
運転席で振動を強く感じるものが25%あり、腰痛以外に何らかの病気があると答えたものが33%みられた。
疲れやすいかという質問では疲れやすいとしたものが26%あり、気分が晴れないというものが21%だった。
(4)職場の環境
客との間の人間関係にストレスを感じるものが38%だった。
仕事に対して責任と重圧を感じるものは50%だった。
仕事にやりがいを感じるものが60%だった
(5)日常生活
一日の睡眠時間は平均7時間であった。 60%に喫煙習慣があり、一日平均28本喫煙していた。
週に1回以上定期的にスポーツをしているかの質問では19%のものが定期的に運動しているとこたえた。
腰痛に関連する既往歴を聞いた質問ではリウマチ、脊椎カリエス、脊椎骨折、尿管結石、腎臓疾患、産婦人科疾患、癌などの悪性疾患を有すると回答したもの、およびその他の項目で腰痛性疾患の既往があると回答したものはあわせて16%だった。
就職する前に腰痛があったかの質問では24%で腰痛があったと答えた。
現在の職場に勤務後腰痛のため仕事を休んだことがあるかの質問では16%があると回答した。
調査直前の一週間で腰痛があったものは20%だった。
運転が腰痛の原因になるかを聞いた質問では79%が原因になると答えた。
最近一週間以内での腰痛の程度をvisual analogue scaleを用いて聞いた質問では平均4点であった
(9)最近一週間での日常生活での障害
日常生活動作の障害を24項目にについて聞いた質問では平均4項目で障害があると答えた。
腰痛要因の解析
(1)経験年数など
就職後の年数や法人所属か個人営業かなどでは1週間以内に腰痛のあった群となかった群で有意な差は認められなかった。
(2)仕事の状況など
腰痛のあった群となかった群とで有意な差があった項目は運転を担当する車の車重(Mann-Whitney検定、p=0.049)、運転席が狭いと感じるか(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比1.93)、車の振動を強く感じるか(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比1.90)などであった。1ヶ月あたりの勤務日数や夜勤の回数、走行距離、運転姿勢などの項目では有意な差は認められなかった。
(3)健康状態との関連について
腰痛以外の病気のあるもの(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比2.60)、疲れやすい(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比2.771)など腰痛以外の面での健康状態が腰痛の発症に有意に関連していた。
(4)職場の環境
客との間の人間関係にストレスを感じるもの(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比1.76)、仕事上の責任に重圧を感じるもの(χ二乗検定、p<0.001,オッズ比2.771)、仕事にやりがいを感じないもの(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比1.73)、仕事の時間が長すぎるとするもの(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比1.73)などの項目で有意差がみられた。仕事中の休憩場所の有無や職場での人間関係によるストレスの項目は腰痛と有意な関連はなかった。
(5)日常生活
睡眠時間(Mann-Whitney検定、p=0.046)、よく眠れない(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比2.205)、家でゆっくり休めない(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比2,217)、喫煙する(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比1.78)、定期的な運動をしていない(χ二乗検定、p=0.019、オッズ比1.667)の項目で腰痛のある群とない群との間で有意な差が認められた。
(7)腰痛に関する質問
就職する前に腰痛があったもの(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比5.348)、今の職場に勤務する前に腰痛のあったもの(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比5.262)、今の職場に着いてから腰痛のあったもの(χ二乗検定、p<0.001、オッズ比26.469)、腰痛予防のための予防体操を行っていないもの(χ二乗検定、p<0.001)で有意に腰痛の頻度が高かった。
考察=
今回の調査でタクシー運転手の腰痛の発生には、車の重量や運転席の広さ、振動などの乗用車に固有の問題点、腰痛以外の合併疾患の存在、仕事上のストレスなど心理的側面の関与、喫煙や定期的な運動など生活習慣上の問題点、就職前に存在した腰痛の既往などの要素があることがわかった。これらに対して自動車の構造の改善、日常的な健康管理体制の確保、入職前の健康診断と生活習慣の改善を促す啓蒙活動などの対策が必要になると考えた。
結論
タクシー運転手1334名に対し、腰痛に関するアンケート調査を実施した。調査時の腰痛の有訴率は20%だった。腰痛の発生に関与する因子としては車の重量や運転席の広さ、振動などの乗用車に固有の問題点、腰痛以外の合併疾患の存在、仕事上のストレスなど心理的側面の関与、喫煙や定期的な運動など生活習慣上の問題点、就職前に存在した腰痛の既往などの要素があることがわかった。

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