生活環境中の脂溶性化学物質の感染抵抗性に及ぼす影響

文献情報

文献番号
200200988A
報告書区分
総括
研究課題名
生活環境中の脂溶性化学物質の感染抵抗性に及ぼす影響
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
小西 良子(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 天野富美夫(大阪薬科大学)
  • 阪本晴彦(香川医科大学)
  • 竹森利忠(国立感染症研究所)
  • 清水誠(東京大学大学院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
17,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
最終年度の本研究の目的は、今まで得られている成果に基づいてさらに発展させ、次の3項目とした。(1)体内蓄積が懸念される生活環境中の脂溶性化学物質の妊娠及びほ乳中の低濃度の曝露が、次世代において神経系、免疫系および感染症に対する宿主抵抗性にどのような影響を及ぼすかを動物実験を用いて明らかにする。(2)ヒト母親における脂溶性化学物質の摂取とその母乳に含まれるその物質との相関性の有無を実態調査とアンケ?ト調査で明らかにしリスク評価に活用する。(3)実験動物で観察された免疫担当細胞への影響がヒトで同様の影響を及ぼすかどうかをヒト好中球を用いて明らかにしヒトへの健康被害への予測を行う。(3)ヒト腸管上皮細胞を用い、上皮細胞機能に及ぼす影響および腸管上皮層の透過性とその制御を検討し、脂溶性化学物質の吸収に対する影響に関する知見を得る。体内蓄積性のある脂溶性化学物質のモデルとして本研究では魚介類への体内濃縮が懸念されているトリブチルスズ(TBT)を用いた。
研究方法
(1)母乳移行によるTBTの自然免疫能および免疫能への影響を検討するために、C57BL/6マウスに出産直後から母親に0, 15, 50 ppmのTBTを含有した水を飲水として与え、新生仔は生後21日間母親からの哺乳で飼育し雌雄に分けそれぞれの実験に供した。自然免疫能は、非病原性細菌として大腸菌k-12株の標準品を用い、腹腔感染させたのち経時的に腹腔内および脾臓のクリアランスを指標として検討した。 感染実験は108個の大腸菌k-12株を腹腔に投与し、経時的に腹腔洗浄液、脾臓を採取し生菌数を測定した。血液および腹水は、サイトカイン(TNF-a, IL-6, IL-8 およびG-CSF)の測定に供した。免疫能への影響は、樹状細胞の抗原提示能、ナチュラルキラーT細胞のサイトカイン産生能、CD4陽性T細胞の増殖活性、ハプテンーキャリアー抗原に対する抗体産生応答を比較検討した。 (2)仔マウスの発育および神経系への影響を明らかにするために 妊娠1日目のICRマウスにTBT(0, 15, 50ppm)を含む飲水および125ppmTBTを含む餌を出産後離乳まで与えた。発育への影響は新生児の各臓器を採取し切片を作成し観察した。神経系への影響は、脳を採取し非競合的拮抗剤であるトリチウム標識MK-801をリガンドとする実験系を用いた。(3)ヒトの母乳に含まれるTBTの定量は、倉敷成人病センターの協力を得て、分娩後1週間以内の初乳を集め、GC/MSで定量した。同時に、母親の食生活における魚介類の摂取頻度に関する聞き取り調査を行った。 母乳とTBTの相互作用はトリチウム標識TBTを用いた。マクロファージに対する細胞毒性とそれに対する母乳の保護作用はヒト単球系細胞株、U937を用いて行った。(4)TBTのヒト好中球貪食能はヒト末梢血より血小板及び好中球を分離し、この血小板を刺激し放出物質を作成した。好中球とIgG感作羊赤血球を使用して、TBTによるFc 受容体を介する貪食能への影響、TBTの血小板放出物質による貪食能亢進作用に対する影響を検索した。(5)TBTの腸管上皮機能に及ぼす影響および腸管上皮層の透過性とその制御に関しては、トリチウム標識TBTを用いてヒト腸管上皮細胞Caco-2単層におけるTBTの透過性測定を行った。 トリブチルスズ(TBT)が腸管上皮機能に及ぼす影響は、細胞層の経上皮電気抵抗、P糖タンパク質の排出活性、ノーザン分析によるメッセンジャーRNAの測定等を指標にして検討した。
結果と考察
(1) TBTは母乳媒介で移行することが母親および仔の肝臓中のTBTを測定することにより明らかになった。15ppmおよび50ppmのTBTを投与させた母親の肝臓および50ppmのTB
Tを投与させた母親から授乳された仔の肝臓からはTBTは検出されたが、15ppmTBTを投与させた母親から出生した仔の肝臓からは検出限界以下であった(0.05ppm以下)。15ppmおよび50ppmのTBTを投与させた母親から授乳を受けた仔においては自然免疫能、感染症への宿主抵抗性を低下していたがこれは抗体産生能、好中球の貪食能、サイトカイン産生能の低下に起因していることが明らかになった。このことから仔への曝露が検出限界以下であっても感染抵抗性に影響がでることが示唆された。(2) 妊娠初期から高濃度のTBT曝露(125ppm)を受けると、胎児は出生直後に死亡する可能性が非常に高かった。病理所見では肝臓は表面は凹凸を示し、白色調で柔らかかった。被膜下や小葉内に出血像を認め、肝内の血管の著明な拡張を認めた。組織学的には、拡張した類洞内に髄外造血像が著明で、造血細胞には高率にFas 陽性細胞、 Tunel法によるapoptosis陽性細胞が見られた。このことからTBTは母親には顕著な影響が出ない濃度でも胎盤を通過して胎児の肝臓、造血細胞に大きな影響を与える可能性が考えられた。また、中濃度(50ppm)の曝露では脳のレセプターの形成に影響がでることから空間認識、行動、記憶等への影響が懸念された。ヒトの母乳のTBTは魚介類の摂取頻度の多寡に拘らず検出限界(0.0013ppm)以下であり、現在日本国内で流通している魚介類を毎日摂取したとしても母乳へ移行し、乳児の健康被害を招く可能性は極めて低いと考えられた。また、母乳中にTBTの毒性を低減化する成分が含まれていることを初めて明らかにした。ヒト好中球を用いた実験においても1mg/mlのTBTと共培養すると、好中球のFc 受容体を介する貪食の増加がみられた。(4) ヒト腸管を用いたTBTの吸収においては高濃度のTBT(10 nM) が粘膜側に存在すると容易に基底膜側へ透過することを見出した。 低濃度のTBT(1nM?)は、ヒト腸管上皮細胞Caco-2の酵素活性等には影響を及ぼさなかったが、Caco-2単層のバリアー機能を低下(タイトジャンクション透過性を亢進)させた。しかし同時に、脂溶性異物排出機能を担っているトランスポーターであるP-糖タンパク質の活性が上昇することも認められた。この活性上昇は遺伝子の転写レベルで起こっていることも確認され、TBTのような脂溶性異物の侵入に対してそれを排除する機構が腸管上皮で誘導され得ることが示された。しかしこの透過はある種の食品由来ペプチドの共存によって抑制されることが見出されたことからTBTの腸管透過を食品因子によって制御できる可能性が示唆された。
結論
蓄積性が懸念される脂溶性化学物質のモデルとしてTBTを用い、妊娠初期からの暴露の影響および母乳を介しての暴露の影響をマウスを用いて検討した。それに加えてヒトへの健康被害への可能性も検討した。TBTは経胎盤および経母乳暴露をうけた場合には次世代の発育、神経細胞の機能、免疫機能に影響がみられさらに細菌感染への抵抗力を低下させることが動物実験から明らかになった。しかしヒトの母乳のTBT濃度はほとんど検出限界以下であり、ヒト好中球を用いた実験においても高濃度の場合にのみ影響が観察されたことから現在のTBTの汚染状況では早急に次世代に影響があらわれる可能性は低いことが示唆された。しかし、われわれの環境を取り巻く有害化学物質は数多く存在し、常に複数の有害化学物質に暴露されていることからヒトの健康被害を考える時には個々の化学物質の影響よりも複合汚染の影響に重点をおくべきであろう。

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