内分泌かく乱化学物質の生体影響に関する研究-特に低用量効果・複合効果・作用機構について-(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200964A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質の生体影響に関する研究-特に低用量効果・複合効果・作用機構について-(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
井上 達(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 関澤 純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 井藤悦朗((社)日本化学物質安全・情報センター)
  • 杉村芳樹(三重大学医学部)
  • 福島昭治(大阪市立大学大学院医学研究科)
  • 加藤善久(静岡県立大学薬学部)
  • 井口泰泉(岡崎国立共同研究機構)
  • 笹野公伸(東北大学大学院医学系研究科)
  • 廣川勝いく(東京医科歯科大学大学院医歯学専攻)
  • 山崎聖美((独)国立健康・栄養研究所)
  • 垣塚 彰(京都大学大学院生命科学研究科)
  • 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 加藤茂明(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 藤本成明(広島大学原爆放射能医学研究所)
  • 五十嵐勝秀(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
40,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
環境中のホルモン様作用を示す化学物質及びそれらの作用の延長線上で引き起こされる、いわゆる内分泌かく乱障害発生の可能性に関する研究の進展は、分子間相互作用の微視的レベルでの低用量効果や反応修飾(バイアスあるいはリプレスなど)の実態を実験的に明らかにして行くに従って、この問題の生物学的蓋然性を却って深める結果となった。他方、多世代試験を始めとする多くの巨視的レベルでの検討結果は、低用量作用が必ずしも認められないことを示しつつある。
本研究は、以上に見るような実験的事実関係の相互の乖離に対して、そうした現象を引き起こす背景と、実態的な障害性の相互関係を探り、この問題の本質的解決を目指すものである。
研究方法
第1に[I. プロジェクト課題研究]として、低用量問題を構成する因子毎に国内外のデータおよび鍵となる試験研究項目を収集し検討した。またそれらの結果に直結する、必要な実験課題についても重点的に推進した。平行して第2にこれまで行ってきた高次生命系を中心に、実験的に低用量問題の背景を追求した[II. 基盤研究]。
・プロジェクト課題研究は、関澤が責任者となり、初年度の調査研究を改組し、実験的課題を設定して検証する方向を強化した。
・文献情報調査(継続):影響の種類、標的臓器と影響の可逆性・暴露時期と用量・動物種・物質の生体内代謝に関する文献的調査活動を行なった。(関澤、井藤)
・情報データベースの作成(新規)神経免疫毒性を中心とした内分泌かく乱物質の低用量影響の評価(関澤)
・低用量作用のメカニズムに直結する基礎的事項に関する実験的検討(新規)
低用量estrogenic chemicalsによる前立腺重量、発育などに対する影響の研究(杉村)、低用量暴露による遺伝子発現、たんぱく発現データの解析によるホメオスタシスの検討(福島)、甲状腺ホルモンかく乱物質に対する感受性の動物種差の解明(加藤)を行った。
II.基盤研究では、低用量問題の背景となりうる機構の解明に向けての研究を進めた。
【生殖・ステロイド代謝部門】
井口泰泉は、マウス生殖腺の分化および精子、卵形成への内分泌かく乱化学物質の影響および低用量影響を研究し、笹野公伸は、低用量影響を含む内分泌かく乱物質暴露とヒト性ステロイド代謝との関連性の解明を行った。
【免疫部門】
廣川勝いくは、低用量内分泌かく乱化学物質の免疫系に及ぼす影響を研究し、山崎聖美は、内分泌かく乱物質の遅延型過敏症反応における影響検討を行った。
【神経部門】
垣塚 彰は、核内受容体・コファクター複合体の新規作用機構及び複合体形成における内分泌かく乱物質の低用量影響を解析し、菅野 純は、神経系初期発生におけるエストロジェンレセプターの機能および内分泌かく乱化学物質の低用量影響を研究した。
【核内レセプター部門】
加藤茂明は、核内性ステロイドホルモンレセプターによる転写制御への影響を検討し、藤本成明は、新生児期ラットの低用量テストステロン暴露による前立腺エストロジェン受容体(ER)発現への影響検討を行った。
【マイクロアレイ基盤整備】
五十嵐勝秀は低用量レベル作動性の遺伝子検索に関する横断的試験サービスを行った。
結果と考察
プロジェクト課題研究
関澤 純: 免疫系、性分化を中心に内分泌かく乱化学物質の低用量影響の生物学的蓋然性および有害リスクの可能性について検討した。免疫影響については、妊娠ラットにダイオキシンを投与した試験でT細胞への障害として従来よりも低用量での影響の報告が見いだされたが、性分化についてはメカニズムの解明が進んでいるが定量的な問題として低用量影響を確定できる報告は見いだされなかった。微量にせよ多種の外因性エストロジェン物質が同時に摂取されている状況をベースに、複合曝露による相加的な影響の可能性を指摘する論文があったが、実際の曝露レベルを検討したところ、リスクといえるレベルに達していないと考えられた。
井藤悦朗:これまでに100報余りのBPAに関する論文を収集した。本年度はヒト体液中BPA濃度に関する報告、ヒト成人体内動態に関する報告が発表された。これらの報告とともに、実験的研究報告と併せて若干の考察を加えた。
杉村芳樹:生直後の雄マウスにDES 0.5μgを投与して、60日後に前立腺の腹葉と後側葉を微小解剖して形態測定と組織学的検討を行った。DES投与群では前立腺腺管分枝形態発生は著しく抑制され、一部では異常な結節状の変化を認めた。
福島昭治:発がんの二段階説に基づき、ラット肝をDENで処理した後、α-BHCの低~高用量を投与した。開始後13週目における前がん病変である肝GST-P陽性細胞巣の発生は高用量群では有意に増加したが、低用量群では逆に抑制傾向を示した。
加藤善久:数種のPCBを投与した後、血中甲状腺ホルモン濃度の低下、肝UGT1の誘導及びPCBの代謝に動物種差があることを示した。
II.基盤研究
【生殖・ステロイド代謝部門】
井口泰泉:エストロジェンおよび同作用を持つ化学物質の、卵巣摘出成熟マウス子宮に対する影響を、マイクロアレイ法を用いて解析し、数十種類のエストロジェン応答遺伝子を同定した。
笹野公伸: steroid and xenobiotic receptor (SXR)は成人及び胎児の肝、腎、肺、小腸、大腸に発現が認められた。Cytochrome P450 3A(C3A)、C3A5、MDR1は他の組織にも広く分布していたが、SXRが発現している組織において有意に高い発現を示した。
【免疫部門】
廣川勝いく: DES、17β-Estradiol、Bisphenol A、p-n-Octylphenol、BBPの低用量を in vitro の系に添加し、胸腺細胞の分化・増殖を抑制することを示した。
山崎聖美:内分泌かく乱物質が10-7M付近の濃度でリンパ球のマイトジェン刺激によるIL-2、IL-10、IFN-γといったサイトカイン産生を増強することを明らかにした。
【神経部門】
垣塚 彰: PGC-1とよく似た分子(ERRL1と命名)がERR(estrogen receptor-related receptor)を特異的に活性化する蛋白性のリガンドとして働くことを見いだした。
菅野 純:エストロジェンレセプターα、βともに神経幹細胞に発現していることを、神経前駆細胞マーカーの一つNestin陽性細胞と2重染色されることにより示した。
【核内レセプター部門】
加藤茂明:核内レセプター転写共役因子の複合体の精製法を確立し、新たな染色体構造調節因子複合体の同定に成功した。
藤本成明:ラット、マウス前立腺のERβがテストステロン(T)およびエストロジェンにより発現調節を受けていることを明らかにした。
【マイクロアレイ基盤整備】
五十嵐勝秀:導入したDNAマイクロアレイ技術を用い、笹野班員とヒト平滑筋細胞に対するエストロジェン作用、井口班員とマウス新生児視床下部に対するDES影響、藤本班員とラット下垂体細胞株に対するエストロジェン作用、の共同研究を行った。
結論
本研究課題では、平成14年度に引き続き、I. プロジェクト課題研究、およびII. 基盤研究の2本立てで研究を推進した。
I. のプロジェクト研究では、引き続く文献情報調査とともに、必要な緊急の実験的検討を立ち上げ、これらを関澤が統括した。
II. の基盤研究では、従前通り、生殖・ステロイド代謝、免疫、神経、核内レセプター、などについて、引き続く基盤研究を、低用量問題に焦点を当てつつ推進し、井上がこれを統括した。また、それぞれの研究に対して、マイクロアレイ基盤整備の立場から、必要な研究課題をサポートした。
I. プロジェクト課題研究
低用量問題に関連する文献調査では、DPAのみをとっても、一昨年以来100報余の論文が刊行されており、それらは低用量問題の今後のとるべき研究課題などを示唆しており、次年度最終計画にあっては、これに焦点を当てた方策を、基礎研究の面からも、リスクコミュニケーションの立場からも明確化して、しかるべき解答を得る努力をする必要性が明らかになりつつある。
II. 基盤研究
基盤研究の中で、特筆すべき点は、それぞれの部門における研究の進展が著しいことであり、生殖・ステロイド代謝部門では、エストラダイオールとエストロジェン様作用物質に対する応答遺伝子群の不連続性や、SXR遺伝子群の発現レベルでの年齢的不連続性が明らかになった。免疫部門では、種々のEDCsの胸腺分化、サイトカイン応答性に対する影響が、低用量レベルで観察された。神経部門では、エストロジェンレセプター関連受容体が、オーファン受容体から見い出され、バイオマーカーとしての役割が期待されつつあるほか、神経幹細胞の分化におけるエストロジェンレセプターαおよびβの役割などを見い出した。核内レセプター部門では、転写共役因子の同定法が進み、新たな関連因子の同定が進んだ。マイクロアレイ基盤整備では、井口班員、藤本班員、および笹野班員らへの研究の支援を中心に進行した。
これらの成果に沿って、平成15年度は、早い時期に中間目標を設定して、第2期研究成果のゴールを目指して、研究をスタートさせることが肝要と考える。

公開日・更新日

公開日
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