輸入真菌症等真菌症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究

文献情報

文献番号
200200620A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入真菌症等真菌症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
上原 至雅(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 亀井克彦(千葉大学真菌医学研究センター)
  • 菊池賢(東京女子医科大学医学部感染症科)
  • 槙村浩一(帝京大学医真菌研究センター)
  • 鈴木和男(国立感染症研究所)
  • 新見昌一(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究事業では深在性真菌症ならびに輸入真菌症の診断と治療に関わる諸問題を解決するための臨床および基礎の両面にわたる研究を企画した。深在性真菌症についてはクリプトコックス症の発生動向に関するアンケート調査の他に、日和見真菌および新興真菌による真菌症の分子疫学的調査と予防・治療法の開発に関する研究を目的とした。輸入真菌症についてはわが国における発生の実態調査、潜在的ヒストプラズマ症患者に関する基礎的研究、輸入真菌症および日和見真菌症の迅速診断法の開発を目的とした。さらに基礎研究においては、好中球機能不全と真菌症および真菌成分誘発の慢性疾患発症に関する研究、ならびに抗真菌剤耐性機構の解明と排出ポンプ阻害剤の探索を目的とした。
研究方法
クリプトコックス症の発生動向に関するアンケート調査は、昨年と同一の医療施設(全国500床以上の主要な一般病院508施設)に依頼して行った。
わが国における輸入真菌症の実態については、学会や論文などで報告された症例、千葉大学で行った血清検査、培養・同定検査、コンサルテーションなどの症例、および聞き取り調査によって得た情報を総合して調査した。
深在性真菌症の起因菌の薬剤耐性実態調査については、関東を中心とした17医療機関で1年間、prospective studyを行い、真菌血症と診断された患者から得られた203株について抗真菌剤の感受性試験を行った。
輸入真菌症および日和見真菌症の迅速診断法の開発については、18S rDNAを鋳型とした広範囲深在性真菌症遺伝子診断法適用例の解析、動物園飼育下の動物における人畜共通輸入真菌症の研究、およびインターネットを用いた病原真菌及び真菌症に関する情報公開に関する研究を行った。
真菌感染抵抗性の解析と治療の評価系の開発に関する研究については、慢性疾患発症における好中球機能の関与を調べた。特に今回はCandida成分から冠状動脈炎誘発分子を特定するとともに、好中球機能解析および免疫機構を解析した。
抗真菌剤耐性機構の解明と排出ポンプ阻害剤の探索については、16員環マクロライド構造を有するミルベマイシンが駆虫薬として用いられている他に、薬剤排出ポンプ阻害剤としての可能性を持つことが示唆されているため、数種のミルベマイシンについてその排出ポンプ阻害作用をしらべた。
結果と考察
1.深在性真菌症の発生動向に関するアンケート調査
平成14年度はクリプトコックス症についてのアンケート調査を行い、全国の概ね 500 床以上の 508 医療施設の医師にアンケートを依頼し、204施設(40%)から得られた回答を解析し、次の結果を得た。原因菌は C. neoformans が80%以上を占め、non-neoformans spp が11%であった。病型は髄膜炎、肺クリプトコックス症、全身性クリプトコックス症の順であった。ステロイド投与、血液疾患、悪性腫瘍などのリスクファクターが背景にあった。過去6年間の年次推移は漸増傾向を示した。
2.輸入真菌症診断ハンドブック
平成13年10月に米国カリフォルニアにおいて日本人観光客がコクシジオイデス症集団感染の危険にさらされている。この事例の如く国際交流が盛んになるにつれ、わが国においても重篤な輸入真菌症発生の脅威は益々高まり、10年あまり前からコクシジオイデス症を中心とした輸入真菌症の症例数が急速な増加を続けているにもかかわらず、医療現場では、死亡率が高い、病原性が強いなどということを聞いていても、実際にそれらしい患者に遭遇した場合、どのように対応したらよいかを理解している医療従事者はまだ少ない。
そこで研究班は、医療現場において輸入真菌症をどう扱ったらよいかを簡略に説明した輸入真菌症診断ハンドブックを作成し、アンケート調査を依頼した全国の508医療施設に配付するとともに各種学会を通して医療従事者に無料で配付し、輸入真菌症に関する情報の提供と啓発を行った。
3.分担研究の結果と考察
我が国における輸入真菌症の実態については、コクシジオイデス症、ヒストプラズマ症の持続的かつ急速な増加が示された。さらにズボアジ型ヒストプラズマ症、マルネッフェイ型ペニシリウム症の上陸が確認された。また、輸入真菌症に対する医療では、血清診断の普及の遅れなど医療機関の認識の低さが明かとなった。またヒストプラズマ症が本邦において渡航歴のないヒト及びイヌ等に発生していることを確認し、輸入真菌症である人畜共通真菌症:Filobasidiella neoformans var. bacillispora (Cryptococcus neoformans var. gattii) 感染症の動物における国内発生を初めて報告した。
深在性真菌症の起因菌の薬剤耐性実態調査については、関東を中心とした17医療機関で1年間、prospective studyを行い、真菌血症由来203株について抗真菌薬の感受性を調査した。菌種はCandidaがほとんどを占め、non-albicansが過半数を占めていた。感受性試験では5-fluorocytosineの耐性はCandida属で6株(3.1%)に、fluconazole耐性はC. glabrata 2株(9.5%)、C. krusei 2株(100%)にみられたが、国外の報告に比して、それ程耐性率は高くなかった。これまでにほとんど報告のない、C. curvatusが感染症は死亡例もあることから、今後、注意が必要な新興真菌症の一つと考えられた。臨床現場への深在性真菌症の適切な診断・治療の啓蒙・指導のために、本研究は大きな意義を持つものと思われ、更に研究の継続が必要である。
Candida成分から冠状動脈炎誘発分子を特定するとともに、好中球機能解析および免疫機構を解析した。その結果、Candida成分の腹腔内投与により、血中MPO-ANCAの上昇と冠状動脈炎が誘導された。in vitroでの脾細胞培養系において、Candida成分低濃度ではサイトカイン産生促進作用を、高濃度では細胞障害作用とサイトカイン産生抑制作用を示したが極端に低下していた。また、新たに、システムとして開発したin vivo イメージングにおいては、Candida成分に、anti-mouse MPOおよびfMet-Leu-Pheも加えることによって腎血管傷害が誘導され、血流速度の低下、血流停止、血液の逆流が観察され、腎表面血流の停止や血管内皮への白血球の接着が観察された。一方、内皮細胞傷害に関与するMAPKのカスケードを検討した結果、血管内皮細胞のアポトーシスに関わるシグナル伝達の変化は、Caspase8と連動するp38MAPKが関与していた。
ポンプ阻害剤の探索については、ミルベマイシン単独では菌の増殖を阻止しなかったが、フルコナゾールとミルベマイシンを併用することによってC. albicans の薬剤排出ポンプであるCDR1またはCDR2を発現した耐性株は感受性化し、低濃度のフルコナゾールによって耐性株の発育が強く阻止されるようになった。しかし、BENR発現株には無効であった。さらにミルベマイシンは、薬剤排出ポンプCdr1pおよびCdr2pのATPase活性を阻害したが、細胞膜[H+]ATPase (Pma1p)の活性は阻害しなかった。以上の結果から、ある種のミルベマイシンは特異的にABC輸送体を阻害してアゾール剤の効果を高める物質として有望であることが明らかになった。
結論
本研究により、深在性真菌症ならびに輸入真菌症の全国的な発生動向が初めて明らかにされると共に、本疾患に関わる困難さがより鮮明になった。従って、深在性真菌症については、その診断・治療に対する標準的な指針を作り、新しい診断・治療の確立と深在性真菌症に関する情報の提供が重要である。またわが国の輸入真菌症の報告例は、総数でも80例あまりに過ぎず、一見すると決して頻度の高い疾患ではない。しかし、これらの報告例の大部分は、この10年間に集中しており、実際の症例はおそるべき速度で増加している。もはや輸入真菌症はきわめて珍しい疾患とはいえなくなってきた。対応を誤ると治療に失敗するのみでなく医療従事者への感染事故の危険も生じることから、医療、保健衛生関係者の十分な知識と理解が望まれる。一方、基礎研究としては本研究全体を通して分子遺伝学的診断法の開発および抗真菌性化学療法剤に対する耐性機構の解明および真菌感染と宿主との相互作用に基づく新しい抗真菌剤の開発が期待された。これらの研究によって期待される成果は真菌感染症から国民を守るために多大の貢献をするものと考えられた。

公開日・更新日

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