多民族文化社会における母子の健康に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200363A
報告書区分
総括
研究課題名
多民族文化社会における母子の健康に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
牛島 廣治(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 牛島廣治(東京大学)
  • 小林登(東京大学・国立小児病院)
  • 中村安秀(大阪大学)
  • 重田政信(小泉重田小児科)
  • 李節子(東京女子医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
7,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本社会の国際化は予想を上回る速度で進み、今では約200万人の在日外国人が暮らしている。また、日本人の国際結婚も急増し、総婚姻件数に占める国際結婚割合は5%、20件に1件となっている。国際化の中で、「親が外国人の子ども」が、1987年から2001年まで、総数約42万人出生しており、さまざまなルーツをもつ子どもたちが共に育っている。
21世紀に入りますます、日本人と様々な国籍、文化、言語、宗教を持つ人々がお互いの出身国の文化やコミュニティを尊重しつつ、社会の中でどのように共生していくかが問われている。日本の「人の国際化」社会が到来し、多民族および多文化共生社会と考えるべき時期が来ている。今後わが国を支える在日外国人の数は増え、彼らの生活の質の向上がわが国の繁栄にもつながると考えられる。母子保健の分野においても多民族文化社会へ対応する新たな母子保健の姿が求められている。
当研究班では、多民族文化社会という枠組みにおける母子保健のあり方を提言するため調査研究を行っている。主たる研究内容は1.国際化に伴う母子保健医療行政の向上に資する調査研究、2.外国人女性および小児に対する母子保健医療ニーズ調査、3.子どもの出生、成育、教育環境に関する調査研究、4.人口動態統計、行政統計資料の分析調査、5.諸外国における多民族社会での母子保健サービスの実態調査、6、メディアを介した母子保健情報の普及であり、明るい社会を目指しての提言を考えている。このことによりA.根拠にもとづいた保健医療政策への提言、B.サービスのデザインとそのモデルの施行、C.人材の養成を役割と考えている。
研究方法
今年度、1.については(1)在日外国人母子保健支援のための全国自治体調査:2002年2月~7月、全国3295の市区町村および都道府県の母子保健担当部署に、郵送式質問紙調査を実施した。2003年3月現在、1942票を回収し、58.9%の回収率となっている。調査内容は、各保健所管内での外国人居住状況、在日外国人母子についての相談内容、在日外国人を対象とした母子保健サービス有無と利用状況、他の公的機関およびNGO・NPOとの連携の有無、サービス提供者の意識に関する項目である。
2.については(1)在日外国人の周産期医療のあり方に関する研究:1990年1月1日から2001年12月31日までの12年間に、国立国際医療センターにおいて妊娠22週以降に分娩した全5473例を対象とした。全ての症例について、国籍(出身地)、年齢、経産回数、分娩時妊娠週数、分娩様式、産科手術の有無およびその適応、新生児の出
生時体重、感染症の有無について調査した。(2)育児不安に対する多文化保育の影響と効果-多文化保育を行っているS保育園での実践からー:多文化保育を行っている保育園において母親と保育士を対象に、質問紙による調査と半構造化面接調査を行い、韓国人と日本人の育児不安と影響する要因について検討した。(3)中国人、欧米人の分娩時陣痛緩和ケアの特徴―日本人との比較における文化的な要因の考察―:外国人登録者数の上位を占める中国人と言葉以外に比較的問題が少ないといわれている欧米人、そして日本人産婦の陣痛に対する考え方や対処方法の仕方を比較し、それぞれの特徴を見出す目的で、日本人褥婦41人、外国人褥婦8人に予備調査として郵送式質問紙調査を行った。(4)在日外国人の母子保健における通訳の役割:愛知県小牧市において、保健医療の提供者と利用者間のコミュニケーションの改善、乳幼児健診の受診率の上昇を検証することを目的とした。(5)在日外国人集住地域における母子保健ニーズ調査:
群馬県東毛地域 人口15万人(登録外国人約5%)の地域の医師 12名に対し、フォーカスグループ法を用いてインタビューをした。
3.については(1)多民族文化社会における外国籍小児の教育行政施策に関する研究:太田市の教育機関における現状の把握と課題を明らかにすること、また具体的な教育行政施策を提案することを目的にしている。本年度は主に基礎調査を実施した。
4.については(1)在日外国人の人口統計・母子保健統計に関する研究―日本における外国人人口と結婚・出生の動向-:国際化の現状、結婚・出生に関する統計を作成し、その変遷と現状を分析した。これらを明らかにすることによって、行政、保健医療福祉施策等の基礎資料と資するものである。
5.(1)オランダの母子保健体制と育児支援-TNO・Well Baby Clinic訪問記-:オランダでの母子保健の現状を視察した。(2)中国雲南省タイ族乳幼児の栄養不良地域介入プロジェクト:雲南省で少数民族乳幼児の栄養不良地区介入プロジェクトを行い、経過を報告する。
6.について(1)健関係者および外国人のための「わが国の母子保健」英訳の作成:諸外国およびわが国に)ITを介した多言語母子保健情報サービスに関する研究―愛知県安城市における外国人向けIT講習会事業について:愛知県安城市教育委員会は社会的弱者に配慮したIT講習会としては全国初の試みとなる外国人向けIT講習会事業を展開し、大きな成果を得ている。ここではそのモデル事業を紹介すると同時に、今後の多民族文化社会における行政とNPOとの連携のあり方を考察する。(2)ホームページによる医療行政者・医療関係者等への多言語による問診票の作成:予防接種に関する医学用語の対訳一覧(12カ国語)および麻疹予防接種票の訳(10カ国語)を作った。(3)わが国の母子保健の英訳:諸外国の母子保いる外国人にわが国の母子保健を紹介し、理解し、利用して頂くために英訳を行った。(4)在日外国人小児の予防接種ガイドの作成: 10カ国での予防接種の内容をわが国の予防接種と比較した。
7.その他:(1)日本における無国籍状態にある子どもの実態と国際人権法―不就学状態となった13ケースの分析:ケースの分析から問題点を提示するとともに考察した。(2)在日外国人の地域母子保健活動に関する研究―外国人母子支援事例の分析:地域社会の中で危機的状況にあった外国人母子の事例から、在日外国人母子へのヘルスケア・サービス、地域母子保健活動のあり方について検討を行った。(3)東京大学における外国人留学生の健康状況: 入学時の健康診断、受診時の健康状態について調べた。(4)母語による両親学級開催について:南米人の母子の健康を目的とし、母語による両親学級をNGOと大学が主催となり開催した。
結果と考察
1.(1)高外国人構成比群・低外国人構成比群との間に有意な差があったのは、日本の医療制度・母子保健サービスについての相談の有無、子どもの心身に関する問題についての相談の有無、NGO・NPOとの連携の有無についての項目であった。外国人居住状況によって、相談内容や母子保健サービスや、サービス提供者の意識に差異があることが明らかになった。自治体の規模・外国人構成比を始めとした、各自治体の特性に適合したモデルを構築して行く必要であることが考えられた。
2.については、(1)外国人分娩は656例で、全分娩5473例の12%を占めた。また外国人分娩の割合は年々増加し、1990年は4.2%であったが、2000年は18.8%を占めた。国籍(出身地)は、東・東南アジア地域が93.4%であった。外国人は帝王切開分娩が有意に多く、さらに外国人の中でも日本語会話ができない者にそのリスクが高いことが明らかとなった。日本語能力が低いことで、妊産婦と医療従事者との意思伝達が阻害されること、自治体・病院からの保健医療福祉に関する情報が不足すること、が問題点として考えられた。専門的医療通訳導入と、外国人に対する周産期保健医療情報の提供の必要性が示唆された。(2)多文化保育を行っているS保育園では、育児不安に影響を及ぼす要因に、人的ネットワーク、日本語に関する辛い経験、子どもと母親のアイデンティティの状態、生活上の不安、があった。多文化保育の中で自分たちの文化や考え方が尊重されているので、これらの違いが、育児不安に影響するほどの問題にはなっていないと推察された。(3)外国人は日本人の場合より、和痛、無痛分娩など医療の介入を好む傾向があった。陣痛緩和ケアの際、看護者に問題となるのは、言語・説明のコミュニケーションがうまくいかないことが一番多かった。(4)通訳を配置することにより、母子保健サービスの提供者である保健医療関係者と、利用者である外国人保護者の間のコミュニケーションは大きく改善された。通訳配置後の乳幼児健診の平均受診率は配置前の2.3倍に上昇し、受診者実数は6.3倍に激増していた。カウンセリング技術を含めた保健医療通訳技術の向上や実践的な研修のあり方が今後の大きな課題であろう。(5)診療現場でのコミニュケーショントラブルがあり医療通訳あるいはそれに代わる対訳を望む、医療費のトラブルが日本人より多く困るとの訴えがあった。
3.については、(1)太田市では小中学校学生の2.1%が外国籍生徒であった。外国人児童生徒を国籍別にみると、ブラジル、ペルーの南米出身者が83.1%を占め、フィリピン、中国と続き、国籍は全部で15カ国と多国籍に在籍していることが分かった。また、無国籍の児童生徒も在籍していた。来年度も調査を続ける予定である。
4.については、(1)1980年代後半以降、外国人登録者、日本人と外国人との結婚、親が外国人の子どもの出生数が急増しており、国籍(出身地)も多様化していた。一方、従来から日本に暮らす、在日韓国・朝鮮人の人口、出生数は急激に減少していた。また、外国人の国籍(出身地)によって、出産年齢に明らかな違いが見られた。
5.(1)オランダでは、ゆとりのある母子保健事業がなされ、移民に関してもより細かい時間を掛けたケアがなされていた。(2)タイ語で作った発達・栄養指導VCDは、パンフレットとともにそのニーズを満たす可能性があった。
6.(1)外国人向けの安城市のIT講習会は、母国あるいは外国人同士の交流あるいは、広く情報を得るのに役立った。また、ITの技術を持つことにより、知的あるいは経済的に有利になった。講習会の成功には行政とNPOとの連携が必要であった。(2)ワクチンの名前の多言語対訳一覧と麻疹の多言語予診票を用いることにより、多くの予診票が可能となった。(3)わが国の母子保健を外国人に紹介する本が今まではなかったため、「わが国の母子保健」の英訳2002年度版が作成できた。統計資料を含んでいる。今後ホームページあるいは印刷物として利用していただく予定である。(4)日本国内で予防接種サービスの現場で活躍している小児科医、保健婦、保健所職員、市町村職員などを主な読者として想定して、海外での予防接種について報告し、わが国で行う時の外国での現状を示した。
7.(1)「無国籍」の15歳未満の児童が増加していた。子どもの保育、教育、就労問
題など実生活のさまざまなところに問題が広がっていた。国際人権法上子どもの人権が極めて憂慮される状態が明らかになった。(2)NGOと行政との連携が外国人保健医療福祉問題の解決に極めて重要であることが明らかとなった。(3)日本人学生の受診は学期中に偏っているのに対し、留学生の場合は、年間をとおしてコンスタントに受診する傾向にあった。留学生に多い疾患は、呼吸器系や皮膚科、消化器系などであった。(4)教育機関、NGO、公共機関が密に連携して、継続的に事業を展開することが重要と考えられる。
結論
結語=多民族文化社会の母子の健康に関して、7つの項目立てで研究を行った。1.わが国での初めての在日外国人母子保健支援のための全国調査を市区町村および都道府県の母子保健担当部署への質問紙調査でおこなった。サービスが不十分と考えているところが多かった。2.周産期および乳幼児期、学童期、大学生などの在日外国人の健康状態、集住地区でのニード調査をおこなった。受診時の医療通訳者および医療情報に対しての外国語訳などの必要性がわかった。医療費の支払いに関しても情報が不足していた。行政とNPOとの連携が大切であった。3.母子保健医療とともに教育が大切であり、母語での教育および無国籍の子どもの教育の充実が望まれる。そのためには行政とNPOの連携も必要である。4.在日外国人の人口統計および母子保健統計から、ニューカマーの人口が増えてきていることがわかり、その対応がより必要なことがわかった。5.今後とも、諸外国での多民族社会への対処の仕方を参考にする。6.IT、冊子によるサポートシステムを開始した。7.その他、在日外国人母子の健康の推進のための情報を提供した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-