内分泌かく乱物質に対する感受性の動物種差の解明:チトクロームP450発現を指標として(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100942A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱物質に対する感受性の動物種差の解明:チトクロームP450発現を指標として(総括研究報告書)
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
出川 雅邦(静岡県立大学)
研究分担者(所属機関)
  • 加藤善久(静岡県立大学)
  • 根本清光(静岡県立大学)
  • 梅原 薫(静岡県立大学)
  • 横井 毅(金沢大学)
  • 島田 力(大阪府立公衆衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
22,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
昨年度までの2年間の研究では、PCB類や重金属類(鉛など)を投与したラットとマウスを用い、内分泌かく乱物質の代謝パターンや、ホルモン合成・分解に関わる数種のP450酵素への影響を薬物代謝学的及び分子生物学的に検討し、それぞれ動物種差や臓器差(肝、腎及び睾丸)があることを見出した。また同時に、これまでほとんどの臓器で発現し、かつ発現変動が少ないと考えられていたともなるコレステロール(ステロイドホルモンの前駆体となる)の生合成に関わるCYP51酵素の遺伝子が、PCB類や重金属類(鉛など)投与時、各臓器の重量変化とともに変動することや、少なくとも肝重量の増加(肝細胞の増殖)には神経栄養因子が関わっている可能性があることなどの新知見を得た。
そこで、本年度はこれまでに得られた知見を踏まえ、変動する酵素(シトクロムP450やその他コレステロール/ステロイドホルモン生合成系酵素など)の発現変動と内分泌かく乱との関連やこれら酵素の発現機構の解明を行うとともに、種々組織における神経栄養因子の発現と増殖・分化との関連性を明確にすることなどを主目的とした。また、エストロゲン様作用化合物検索のための新規ルシフェラーゼレポーターアッセイ系の確立を目指した。
研究方法
研究項目別に以下研究方法を記述する。
1)内分泌かく乱物質によるP450分子種発現への影響:動物種差
PCB類や重金属類(鉛やカドミウム)など、既に見出されている内分泌かく乱物質を試料とし、各種実験動物(ラット、マウス、ハムスターなど)に投与した場合の肝および精巣などの各種臓器における異物代謝およびステロイドホルモンの生合成・代謝に関わる各種P450(CYP1A1、1A2、3A、2B、51、11、17、19など)やHMG-CoA reductaseの発現変動を主にRT-PCR法を用いて検討するとともに、血中ホルモン量(T4やテストステロン)をラジオイムノアッセイにて測定し、これら酵素発現の変動と血中ホルモン量との関連性を追究した。また、PCB類や重金属類投与によるラットの肝重量増加(肝細胞増殖)と神経栄養因子やその受容体遺伝子発現との関連性についても検討した。
2)植物成分からの内分泌かく乱物質の検索
エストロゲン応答エレメント(ERE)をルシフェラーゼ遺伝子上流に連結したレポータープラスミドを作製し、これをヒト乳がん由来MCF-7細胞およびT47D細胞に導入することにより、エストロゲン様作用化合物検索用新規ルシフェラーゼレポーターアッセイ系の確立を目指した。
3)P450誘導を指標とするin vitro毒性評価系の確立
種々のヒト臓器由来培養細胞株にニトロ多環式炭化水素類(NPAHs)を曝露させたのち、それぞれの細胞株よりtotal RNAを抽出し、RT-PCR法を用いて、種々のP450分子種の遺伝子の発現量を比較検討した。また、一部細胞株では、ヒストン脱アセチル化剤やDNAメチル化阻害剤を添加し、各P450遺伝子発現における影響を検討した。
4)PCB類のチトクロームP450酵素による代謝とその動物種差
野生型とアリルハイドロカーボン受容体(Ah受容体)ノックアウトマウスにPCB(KC300、KC500など)や多環式芳香族炭化水素類を投与し、肝および肺のCYP1A1、CYP1A2、CYP1B1の誘導性をmRNAレベルおよび酵素活性レベルで調べるとともに、PCB投与マウスの組織中のPCB量をGC-MSで定量し、酵素誘導と代謝との関連性を追究した。また、in vitroでKC300のラットCYP2B1とヒトCYP2B6による代謝についてGC-MSを用いて比較検討した
結果と考察
研究項目別に以下研究結果と考察を記述する。
1)内分泌かく乱物質によるP450分子種発現への影響:動物種差
ラット、マウス、モルモットあるいはハムスターにPCB類(PentaCB、HexaCBあるいはKC500)を投与すると、血清中総サイロキシン(total T4)及びtotal T3濃度の低下、CYP2B、CYP3A、CYP1A、UGT1A1、UGT1A6、UGT2B1の誘導、ならびに各PCBのメチルスルホン体及び水酸化体への代謝能の変動が見られたが、これら変化には動物種差があることが明らかになった。また、各PCBを投与した時の4種の動物における血清中total T4濃度の低下には、メチルスルホン代謝物による血清中total T4濃度の低下作用とは別の因子が関与している可能性が示唆された。また、PCB類投与による肝臓肥大にはコレステロール生合成系酵素遺伝子やある種の神経栄養因子遺伝子の発現上昇が深く関わっていることが示唆された。
2)植物成分からの内分泌かく乱物質の検索
まず、ヒト乳がん由来MCF-7細胞のエストロゲン依存的増殖性を指標として、生薬・薬用植物等約300種の植物メタノールエキスのエストロゲン様作用を検討し、31種のエキスで強い活性を認めた。その中で強い活性を示した生薬トシシエキスより活性成分の単離・構造決定を行い、MCF-7細胞、T-47D細胞に対し、濃度10 uMでエストロゲン様活性を示す化合物としてalkaloid(4)、flavonoid(7)、樹脂配糖体(10)の3種を確認した。新たに確立したエストロゲン様作用化合物検索用新規ルシフェラーゼレポーターアッセイ系を用いこれら3化合物の活性を検討したところ、化合物4、7は陽性を示したが、化合物10は陰性であった。したがって、化合物4、7はEREを介して、一方、化合物10はEREを介さない経路で細胞増殖を促進するものと考えられた。
3)P450誘導を指標とするin vitro毒性評価系の確立
種々の培養細胞株を用いてニトロ多環式芳香族炭化水素類(NPAHs)化合物によるCYP1誘導機構を検討した。その結果、CYP1ファミリーの遺伝子発現が弱い細胞株では、この遺伝子の転写調節近傍部位およびその周辺領域におけるヒストンは脱アセチル化の状態にあり、DNAはメチル化された状態となっているため遺伝子の発現が抑制されている可能性が示唆された。
4)PCB類のチトクロームP450酵素による代謝とその動物種差
PCB類として用いたKC300、KC500および3,4,3',4'-四塩化ビフェニル(TCB)は何れも、野生型マウスではCYP1の誘導を、また、Ah受容体ノックアウトマウスに対してはその誘導を引き起こさないことより、これらPCB類はAh受容体依存的にCYP1を誘導することが確認された。なかでもTCBは最も強い誘導性を示し、従来から指摘されてきたようにコプラナーPCBの生物学的作用の強さを確認した。KC300とKC500の誘導性はそれらの中に含まれるコプラナーPCBの量に依存している可能性が示唆された。なお、組織中のPCBのGC-MSパターンを調べた結果、野生型とAh受容体ノックアウトマウスの組織中のPCB異性体の代謝には大きな差は見られなかった。また、in vitroでKC300のラットCYP2B1とヒトCYP2B6による代謝についてGC-MSを用いて検討した結果、KC300中の異性体の減少割合は、ラットCYP2B1の方がヒトCYP2B6より著しく大きいことが明らかになった。
結論
本研究により、1)PCB類や重金属類(カドミウム)を種々の実験動物に投与した場合、内分泌かく乱物質の代謝パターンや、ホルモン合成・分解に関わる数種のP450酵素の発現パターンにそれぞれ動物種差や臓器・組織差があること、2)PCB(PentaCB、HexaCBやKC500)投与時、血中T4量がラット、マウスともに低下するが、その低下はこれまで考えられてきたUDGT酵素の増加だけでは説明できないこと、3)KC500投与時、マウス選択的に血中テストステロン量が増加すること、4)内分泌かく乱物質投与により重量が増加する臓器では神経栄養因子やその受容体遺伝子の発現が上昇すること、5)PCB類によるCYP1ファミリー酵素の誘導はAh受容体依存的に起こることなどが明らかになった。
以上の結果とこれまでに得られた知見より、1)内分泌かく乱物質に対する感受性の動物種差が、少なくとも一部、内分泌かく乱物質曝露時の異物代謝やコレステロール・ステロイドホルモン生合成/代謝に関わるP450を含む種々酵素の発現変動の差に起因していること、また、2)内分泌かく乱物質による臓器重量の変化には神経栄養因子が関与していることなどが示唆される。したがって、内分泌かく乱化合物に対するヒトや各動物の感受性を予知・予測するためには、今後さらに、上記種々酵素の発現におけるヒトを含めた動物種差の解析の進展が望まれる。また、生活環境中(食品を含む)のエストロゲン様作用化合物の新規高感度簡易検索法が確立され、今後、これら化合物の摂取状況と健康影響などの調査・研究が容易になると期待される。

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