内分泌かく乱化学物質の胎児,幼児への影響等に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100937A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質の胎児,幼児への影響等に関する研究(総括研究報告書)
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
白井 智之(名古屋市立大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 前川 昭彦((財)佐々木研究所)
  • 福島 昭治(大阪市立大学医学部)
  • 池上 幸江(大妻女子大学家政学部)
  • 堤 雅弘(奈良県立医科大学腫瘍病理)
  • 鈴木 勉(星薬科大学 教授)
  • 舩江 良彦(大阪立大学医学部 教授)
  • 伏木 信次(京都府立医科大学 教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、環境中に存在する内分泌かく乱化学物質が、野生ならびに水生動物などの生態に影響を与えていることが指摘されている。また、ヒトにおいても女性生殖器、男性生殖器、甲状腺、視床下部・下垂体等への影響が懸念されている。しかし、環境中の内分泌かく乱作用が指摘されている化学物質の胎児期、乳児期曝露により、出生児が成長したのちに、学習・精神障害、発がん、生殖機能の異常などが発現する可能性がある。そこで、本研究では内分泌かく乱作用が疑われているビスフェノールA、ノニフェノール、ゲニスタイン等の化学物質の生殖機能、学習・精神障害および発がん性などに及ぼす影響をin vivoの立場から解析することを目的とする。
研究方法
1.【実験1】11週齢より交配を開始し、妊娠を確認した雌F344ラットに妊娠0日から離乳までの間、ビスフェノールAを0, 0.05, 7.5, 30および120 mg/kg/dayの投与量で毎日強制経口投与した。作出されたF1雄動物には5週齢から20週間、DMABを50 mg/kgの投与量で2週間に1回皮下投与した。その後65週齢で屠殺剖検し、DMABによる前立腺発がんに対するビスフェノールAの影響を検索した。【実験2】実験1と同様に、妊娠動物にノニルフェノールを0, 0.1, 10および100 mg/kg/dayの投与量で毎日強制経口投与した。作出されたF1雄動物には5週齢から20週間、PhIPを100 mg/kgの投与量で1週間に1回強制経口投与した。その後65週齢で屠殺剖検し、PhIPによる前立腺発がんに対するノニルフェノールの影響を検索する。(現在、動物実験継続中である)また、PhIPを投与しない群を設け、性成熟齢である13週齢で屠殺剖検し、ノニルフェノールの雄性生殖器系への影響について検索した。【実験3】実験1と同様に、妊娠動物に実験1および2で使用した最低用量であるビスフェノールA 0.05 mg/kg/dayおよびノニルフェノール 0.1 mg/kg/dayをそれぞれ単独あるいは複合で毎日強制経口投与した。作出されたF1雄動物は13週齢で屠殺剖検し、精子検査をはじめ、雄性生殖器系への影響を検索した。動物実験は本大学の動物委員会の承諾を得て、動物愛護にそったプロトコールに従って行った。(白井)2.動物には子宮癌好発系のドンリュウラットを用いた。ノニルフェノール単独投与群では 0、0.1、10および100 mg/kgを、併用投与群では0、ビスフェノールA0.05 mg/kg・ノニルフェノール0.1 mg/kg、ビスフェノールA100 mg/kg・ノニルフェノール100 mg/kgを、さらにビスフェノールA単独投与群としてビスフェノールA100 mg/kgを妊娠および哺育期の全期間にわたり母動物に強制経口投与し、繁殖成績および雌の仔の発育分化を含む雌性生殖器への影響を経時的に観察した。ノニルフェノール単独群については子宮発癌への修飾作用を、併用投与群ではエストロゲンに対する感受性への検索を加えた。また前年度の実験の続きとして、飼育環境中のビスフェノールA濃度をHPLC法にて測定した。全ての実験は実験動物に対するWHO等の指針に基づき実施され、本実験期間中指針を逸脱する事項は認められなかった。(前川)3.妊娠期・授乳期に及ぼす影響については、雌マウスの妊娠0日から出生児の離乳までの間、ノニルフェノールを0、0.05、50および200 mg/kg/dayの用量で連日経口投与した。その後、雄児動物を無処置の状態で13週齢まで飼育した。さらにビスフェノールAとノニルフェノールの低用量、それぞれ0.05 mg/kgの複合を離乳まで
連日強制経口投与し、雄児動物を13週齢まで飼育する。なお、動物飼育ならびに処置に関しては、大阪市立大学医学部飼育規定に従って実施している。また、年1回動物供養祭を挙行している。(福島)4.実験にはラットとマウスを用いて、飼料からの暴露による胎児、乳児への暴露影響を観察した。これまでの研究から純度の高いゲニステインでは、生体影響は弱いが、イソフラボン混合物では強い影響が観察されたところから、ゲニステインとダイゼインの影響の比較を行った。動物実験は総理府告示に従って倫理的配慮のもとに行った。(池上)5. Wistar系雌ラットにノニルフェノール (ノニルフェノール)を基礎飼料に2、200、2000 ppmの濃度で混じ11週齢より投与を開始し、妊娠、出産、授乳期間を通して投与した。仔ラットに6週齢よりN-nitrosobis(2- hydroxypropyl) amine (BHP)を2000 ppmの濃度で飲水に混じ12週間投与し、甲状腺、肺などの癌の発生について検索した。また、仔の成長、性成熟、甲状腺機能についても検索した。動物実験は、奈良医大動物実験施設の規定に準拠し、倫理面に配慮して行った。(堤)6. ビスフェノールA (2 mg/g of food) を、妊娠初期、器官形成期、周産期および授乳期にそれぞれ混餌により処置した。なお、すべての期間を普通飼料にて飼育したマウスを対照群とし、各群ともに離乳後4週間以上普通飼料で飼育してから以下の検討を行なった。1) ビスフェノールA曝露マウスにおけるモルヒネ誘発自発運動促進作用をtilting cage法に従って測定した。2) 曝露マウスにおけるモルヒネおよびメタアンフェタミンの精神依存を条件づけ場所嗜好性試験により評価した。3) 新規環境下における不安状態を脱糞数の数により評価した。4) 曝露マウスにおけるブスピロン誘発抗不安作用を明暗試験に従って測定した。5) 曝露マウスにおけるジアゼパム誘発抗不安作用をVogel型コンフリクト装置を用いて検討した。6) 曝露マウスから得られた側坐核および視床下部領域におけるドーパミンならびにセロトニン受容体作動薬誘発G-タンパク質活性化作用の検討を行なった。(鈴木)7. ラット脳組織から膜画分(P2画分)の調製を行った。受容体結合実験は、膜画分と3H標識ビスフェノールA (3H-ビスフェノールA)を氷中にて90分間反応させた後遠心分離にてB/F分離を行い、膜画分に存在する蛋白質に結合した3H-ビスフェノールAの放射活性を液体シンチレーションカウンターにて測定した。ビスフェノールA受容体の精製は、ラット60匹の脳からP2画分を調製後、非イオン性界面活性剤で可溶化し、更にイオン交換クロマトののち、ビスフェノールAアフィニティーカラムを用いたクロマトグラフィーを行った。動物実験は、大阪市立大学動物実験委員会において審査承認された実験計画に基づき、動物倫理、動物愛護に配慮した実験動物指針に従い実施した。(舩江)8. 妊娠初期から授乳期までddYマウスにビスフェノールAを経口投与し生後6週齢、9週齢で脳を得る系と妊娠10日目から母マウスにビスフェノールA を経口投与し胎齢18日に脳を採取する系を用いた。連続切片に対し、tyrosine hydroxylase(TH)やカルシウム結合蛋白の免疫組織化学を施した。一方TH、カルシウム結合蛋白、GAP43、 dopamine receptor (D1R、 D4R、 D5R) に関するWestern blotを実施した。動物の取扱い・処置は、京都府立医科大学実験動物取扱いガイドラインを遵守し、動物愛護に十分配慮した。(伏木)
結果と考察
1.【実験1】ビスフェノールA 120 mg/kg/day投与群で母動物の妊娠期間中の体重が有意な増加抑制を示したが、授乳期間中では差は認められなかった。また妊娠期間、出生率などに影響を認めなかった。F1雄動物の体重変化、生殖器系器官重量、下垂体、甲状腺重量において有意な差は認めなかった。また前立腺におけるPIN、癌および精嚢における異形過形成の発生率は群間に差を認めなかった。【実験2】ノニルフェノール100 mg/kg/day投与群で妊娠期間中の母動物の体重が有意な増加抑制を示し、妊娠期間も24.0日間と延長傾向を示した。この変化はF344ラットである母動物に対するノニルフェノールの毒性変化と考えられた。出生
児の数や性比には影響を認めなかった。13週齢で屠殺したF1雄動物の体重変化、生殖器系器官重量、精子検査(精子数、精子運動率および異常形態発生率)および精巣の精細管ステージングには有意な差を認めなかった。現在、PhIPを投与した発がん実験は実験第42週(47週齢)を経過中であり、その体重変化には群間に有意な差を認めていない。【実験3】ノニルフェノール0.05 mg/kg/day単独投与群で妊娠期間中の母動物の体重が有意な増加抑制を示したが、人為的影響と推察される3例の出産しなかった動物が含まれており、被験物質の影響ではないと考えた。授乳期間中では有意な差を認めなかった。そのほか、妊娠期間、出生児の数や性比には影響を認めなかった。13週齢で屠殺したF1雄動物の体重変化、生殖器系器官重量、精子検査(精子数、精子運動率および異常形態発生率)および精巣の精細管ステージングにおいて有意な差を認めなかった。また、屠殺時の血清中テストステロン濃度にも群間に差を認めなかった。現在、精巣の精細管ステージングおよび生殖器系器官のH.E.標本による病理組織学的検査実施中である。前年度の報告でビスフェノールAもしくはノニルフェノール単独曝露はF1雄動物の性成熟齢(13週齢)での生殖器系に対して影響を示さないことを述べたが、今回、60週間のDMAB発がんモデルを用いてビスフェノールAは前立腺発がんに対して影響を及ぼさないことが示された。ノニルフェノールの前立腺発がんに及ぼす影響については現在動物実験継続中である。さらに、ビスフェノールAおよびノニルフェノールの低用量複合投与においても13週齢F1雄動物の生殖器系に対する影響はないことが示された。(白井)
2. 併用投与の高用量群で妊娠中の母動物の体重が増加抑制を示したが、繁殖成績にはノニルフェノール単独および併用投与とも対照群と同様の結果を示した。仔については子宮重量、子宮腺の形成、膣開口時期など雌性生殖器の発育分化、性周期、排卵数において、対照群と投与群の間で有意な差異は観察されなかった。両実験とも14年3月現在実験継続中である。飼育環境中では水道の蛇口から直接採取した水道水中からビスフェノールAは検出されなかったが、自動給水装置中の水および固形飼料中からビスフェノールAが検出された。本年度の両実験ではノニルフェノール単独高用量群で投与に関連した母動物の体重増加抑制が観察されたものの、繁殖成績には投与に関連した異常は観察されなかった。仔では体重、雌性生殖器系の発育分化、卵巣機能に投与による影響は検出されなかった。しかし現在実験途中であり、影響の判定は子宮増殖性病変あるいはエストロゲンに対する感受性への検索後に総合的に行う予定である。また、母および仔ラットは飼育環境中に含まれるビスフェノールAに曝露されている可能性が示された(前川)。
3. 200 mg/kg投与群で妊娠期間の延長傾向、出産児数、受胎率及び出生率の低下などが認められた。雄児動物では異常症状は認められなかった。精子検査では200 mg/kg投与群で形態異常としてnon-headな精子が多くみられたが、その他には異常はなかった。現在、ビスフェノールAとノニルフェノールの複合投与による実験を継続中である。
ノニルフェノール 200 mg/kg投与群で認められたnon-headな精子はアーチファクトと考えられ、精子数や運動率には異常が認められなかったことから, ノニルフェノール投与による影響はないと解釈された。(福島)
4. 母親ラットに対する暴露では、ゲニステインに比べてダイゼインの影響が強いことが示された。とくに母親と乳児での体重増加の抑制がみられた。他方、成長期マウスに対するゲニステインとダイゼインの暴露では、両者に差なく体重増加の抑制がみられ、とくに雄が強い影響を受けた。これまで、エストロゲンレセプターへの親和性からゲニステインの内分泌かく乱作用が注目されていたが、ダイゼインにも影響が見られ、ラットではゲニステインより強いことが示された。生体影響には種差や性差も見られ、その機構や代謝物を含めて更なる研究が必要である。(池上)
5.本実験条件下では、ノニルフェノールは母ラットの妊娠期間や出産胎仔数や出生仔の体重などに影響を与えなかった。仔ラットの成長や性成熟に影響はみられなかった。26週齢の仔ラットの甲状腺には組織学的に明らかな変化はみいだされなかった。BHPを投与した仔ラットには雌雄ともに甲状腺癌、肺癌、食道癌、肝腺腫、胸腺リンパ腫の発生がみられたが、ノニルフェノール投与による、これらの腫瘍の発生頻度、動物1匹あたりの発生個数に有意な差異はみとめられなかった。本実験条件下においてノニルフェノールは、ラットの妊娠、出産に影響を与えることはなく、甲状腺機能に対しても毒性はみられないことが示された。また、これらの雌ラットより生まれた仔ラットにおいても、明らかな甲状腺機能異常をきたす作用はないと考えられる。甲状腺を含む肺、肝、食道、胸腺の発癌には、経胎盤的、経乳汁的に投与されたノニルフェノールが有意な発癌修飾作用を示すことはなく、ノニルフェノールの暴露が次世代ラットの甲状腺、肺、食道、肝、胸腺発癌感受性の亢進に関与する可能性は乏しいことが示された。(堤)
6.1) ビスフェノールAの器官形成期および授乳期曝露により、モルヒネ誘発自発運動促進作用は著しく増強された。2) ビスフェノールAの器官形成期および授乳期曝露により、モルヒネならびにメタアンフェタミン誘発報酬効果は著明に増強された。3) ビスフェノールAの器官形成期および授乳期曝露群では、新規環境下における脱糞数の有意な増加が認められた。4) ビスフェノールAの周産期ならびに授乳期曝露群ではブスピロン誘発抗不安作用が有意に減弱した。5) ビスフェノールAの器官形成期および授乳期曝露により、ジアゼパム誘発抗不安作用は有意に減弱された。6) ビスフェノールAの器官形成期曝露マウスから得られた側坐核あるいは視床下部領域の膜標本において、ドーパミンあるいはセロトニン受容体作動薬誘発G-タンパク質活性化作用の有意な増強が認められた。一方、周産期および授乳期曝露群の視床下部領域では、セロトニン受容体作動薬誘発G-タンパク質活性化作用の有意な減弱が認められた。妊娠期、特に器官形成期ならびに授乳期におけるビスフェノールAの慢性曝露が、ドーパミン神経系の機能亢進を誘導し、一般行動異常やモルヒネおよびメタアンフェタミンによる精神依存形成の増強を引き起こしている可能性が示唆された。一方、妊娠期ならびに授乳期におけるビスフェノールAの慢性曝露により不安神経障害が惹起され、その原因の一部には視床下部領域における5-HT1受容体の機能低下が関与している可能性が示唆された。また、不安神経障害を引き起こす不可逆的な神経変性の発現は、周産期ならびに授乳期におけるビスフェノールAの慢性曝露が特に原因となる可能性が示唆された。(鈴木)
7. ビスフェノールARの脳での局在:脳を大脳、中脳、小脳、視床下部、海馬、線条体、橋、視床、延髄の9部位に分割し、各部位P2画分でのビスフェノールA結合能を指標に、ビスフェノールA受容体(BPAR)の局在を調べた。全部位でビスフェノールA結合活性はほぼ同程度であり、BPARは様々な部位に発現していると考えられた。また、このBPARは、ビスフェノールAだけでなく甲状腺ホルモンとの結合活性も有することが確認された。BPARの精製:P2画分を出発試料としBPAR精製を開始した。Sucrose monolaurate は効率よく膜を可溶化し、またビスフェノールAとの結合活性も失わなかった。DE52を用いたイオン交換クロマトグラフィーの後、ビスフェノールAをリガンドとしたアフィニティーカラムを合成し用いた。ビスフェノールAアフィニティーカラムから溶出された蛋白質は、SDS-PAGEで53 KDaと38 KDaの2本のバンドを示し、両バンドを切り出しN-末端アミノ酸配列を決定した。得られた情報をもとに、53 KDaの蛋白質のcDNAをクローニングし大腸菌で発現させたところ、このリコンビナント蛋白質は、ビスフェノールAとの結合活性を有していることが確認された。これまで内分泌かく乱化学物質が作用する受容体としては、核内受容体であるエストロゲン受容体(ER)が報告されており、内分泌かく乱化学物質の生殖器系への影響は、ERへの結合がその作用機序である事が明らかになっている。しかし、内分泌かく乱化学物質は、中枢神経系にも影響を与え行動異常や知能低下をもたらすことが知られており、ER結合とは異なる作用機序であることが考えられている。今回、我々が精製したビスフェノールARは、膜画分に存在し、ビスフェノールAだけでなく甲状腺ホルモンもBPARに結合することから、内分泌かく乱化学物質の中枢神経系への作用は、このBPARを介した甲状腺ホルモン作用のかく乱によって生じている可能性が考えられた。(舩江)
8. 胎齢10日から8日間ビスフェノールAを投与された胎仔脳ではTH陽性黒質神経細胞数が減少傾向を示した。妊娠全期間より授乳期までビスフェノールAを投与した群(3 μg/g ならびに8 μg/g of food)の雌では、生後9週齢でTH陽性黒質神経細胞密度が非投与群雌に比し有意な減少を示した。一方、大脳皮質などでのcalbindinD28k、 calretinin、 parvalbumin 陽性神経細胞数は、ビスフェノールA投与による影響を受けなかった。全脳に対するWestern blotでは、TH、 calbindinD28k、 calretinin、parvalbumin、D1R、D4R、D5R、GAP43いずれにおいてもビスフェノールA投与群と非投与群との間で有意差をみとめなかった。TH陽性黒質神経細胞の減少がビスフェノールA投与中止後6週経過時点で認められたことから、この変化は胎生期に由来することが推定されたが、胎仔脳黒質TH陽性神経細胞数を調べると減少傾向を示した。一方、全脳を対象としたWestern blotでビスフェノールA投与群と非投与対照群間でTH発現量に差を認めなかった。定量的解析により黒質以外の領域ではビスフェノールA投与によるTH陽性神経細胞の減少を認めなかったことを併せ考えると、全脳でのTH発現量に差が見出されなかったのは矛盾しないように思える(伏木)。
結論
1.F344雌ラットに妊娠0日から離乳までの間ビスフェノールAおよびノニルフェノールをそれぞれ単独あるいは複合投与しても、性成熟齢F1雄動物の生殖器系へ影響を示さず、さらに60週間の前立腺発がん性試験においてもビスフェノールAは影響しないことが明らかとなった。(白井)。2.妊娠・授乳期にわたり母ラットへ低用量および高用量のノニルフェノールを単独あるいはノニルフェノールとビスフェノールAを併用して強制経口投与して仔の雌性生殖器系に対する影響を検討した結果、現在実験中であるものの、発育分化を含む雌性生殖器系および卵巣機能へは影響を与えないと考えられた。しかし子宮増殖性病変あるいはエストロゲンに対する感受性への検索後に総合的な結論を出す予定である。また、母および仔ラットは環境中のビスフェノールAに曝露されている可能性が示された。(前川)。3.ノニルフェノールの経胎盤あるいは授乳曝露による新生児マウスに及ぼす影響を検討した。高用量投与群で母動物における妊娠期間の延長傾向、出産児数、受胎率及び出生率の低下傾向がみられたが、雄仔動物の臨床症状及び生殖器系の形態及び精子機能へのノニルフェノールの影響はみられなかった。ビスフェノールAとノニルフェノールの低用量複合による影響については現在、実験を継続中である。(福島)。4.大豆イソフラボンはゲニステインのみならず、ダイゼインにも生体影響がみられた。現在のところ、その機構の詳細は不明であり、今後の検討が必要である。しかし、日常的な大豆・大豆加工品の摂取では、とくに内分泌かく乱作用を懸念することはないが、健康食品などを通して、多量摂取は慎重に行うべきである。(池上)。5.Wistar系雌ラットにノニルフェノールを2 、200、2000ppmの濃度で飼料に混じ11週齢より投与を開始し、妊娠、出産、授乳期間を通して投与した。生まれた仔ラットにBHPを投与し甲状腺、肺、食道、肝、胸腺発癌感受性について検索した。その結果、ノニルフェノールを投与されたラットより生まれた仔ラットにおいて、甲状腺機能、発癌感受性に有意な差はみられず、ノニルフェノールの暴露が次世代ラットの成長や性成熟の障害、甲状機能異常および肺、甲状腺、食道、肝、胸腺の発癌感受性亢進に関与する可能性は乏しいと考えられる。(堤)。6.本年度の研究成果より、妊娠期および授乳期におけるビスフェノールAの慢性曝露は、主に脳の発達過程において重要な期間である器官形成期および神経ネットワークの発達に重要な期間である周産期ならびに授乳期において、ドーパミン神経系ならびにセロトニン神経系に不可逆的な変性をもたらし、異常行動ならびに不安神経障害の惹起、さらには依存性薬物の精神依存性を増強させる可能性が示唆された。(鈴木)。7.内分泌かく乱化学物質の中枢神経系への作用機構を解明するために、中枢神経系への作用が知ら
れているビスフェノールAを用いて、ビスフェノールA膜受容体 (BPAR)の探索・精製を行った。ラット神経細胞膜画分から精製された蛋白質は、SDS-PAGE上53 KDaの蛋白質であった。この蛋白質を大腸菌で発現させ、ビスフェノールAとの結合能を有しているかどうかを調べたところ、結合能を有していることが確認されたので、この膜蛋白質がビスフェノールA受容体であると考えられた。(舩江)。8.妊娠全期間から授乳期に至るまでビスフェノールAを投与された雌では、生後9週齢で黒質TH陽性神経細胞密度が有意に減少した。他方、カルシウム結合蛋白をパラメーターとしてみたGABA作動性神経細胞には有意な影響がみられなかった。つまり本研究によって、ドーパミン系神経細胞に対するビスフェノールAの影響が明確に示された(伏木)。

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