東アジア及び太平洋沿岸地域におけるHIV感染症の疫学に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100744A
報告書区分
総括
研究課題名
東アジア及び太平洋沿岸地域におけるHIV感染症の疫学に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
武部 豊(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 有吉紅也(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
HIV流行が急速に進行しているアジアをフィールドとして 次の2つの柱からなる研究を推進する。(Ⅰ)「アジアにおけるHIV/AIDS流行の分子疫学研究」:分子疫学的手法によって、アジアにおけるHIV流行形成のメカニズムとその拡大のダイナミクスの解明を目指す。合わせて、アジア諸地域におけるHIV浸淫の実態の把握し、我が国を含むアジア地域におけるHIV流行の将来動向を探る。(Ⅱ)「HIV感染症の免疫学/分子生物学研究に応用可能なコホ-ト研究」(1) ランパン県病院エイズ専門外来(デイ・ケア・センター)受診患者のレトロスペクティブ調査と(2) 同センター受診者とその配偶者を対象とした免疫学的・遺伝学的因子とエイズ進行との関連を探るためのプロスペクティブコホート研究を開始する。また(3)免疫学的解析のための基盤技術として、 野外株HIVGagタンパク質のCTLエピトープ抗原提示効率を評価する新しい実験系の確立を目指す。
研究方法
(Ⅰ)「アジアにおけるHIV/AIDS流行の分子疫学研究」:アジア各国(タイ、ミャンマー、カンボジア、ベトナム、中国)保健省AIDS予防対策プログラムの協力のもとに感染者血液検体を組織的に収集する。HIV-1ゲノムの様々な領域の塩基配列を決定し、系統樹解析によってサブタイプおよび他の地域に分布するウイルスとの系統関係を決定する。サブタイプ帰属に不一致のある検体については、完全長の塩基配列の解析により、組換え点を検索し、ウイルス構造の詳細を明らかにする。これらの知見に基づき、この地域における流行形成のメカニズムを考察する。
(Ⅱ)「HIV感染症の免疫学/分子生物学研究に応用可能なコホ-ト研究」
(1)ランパン県病院におけるレトロスペクティブ研究
本病院デイ・ケア・センターを1999年10月31日までに受診したHIV感染者を対象に、登録カード、病院カルテから初診時の感染者の人口統計学的データおよび臨床データを調査票に収集し、Kaplan-Meierプロットにより、生存率を解析する。
(2)プロスペクティブコホート研究:2000年8月より患者のリクルートを開始。夫婦間のHIV伝播について研究する機会を得るために、その配偶者も対象にした。インフォームドコンセントを得た後、インタビューによる質問票記入、臨床的診察を行い、検体(血漿、バッフィーコート)を収集保存。また将来細胞性免疫に関する因子を経過観察する目的でCD4値の比較的高い感染者を選抜し、血漿・リンパ細胞を分離・凍結保存する。
(3)野外株HIVGagタンパクのCTLエピトープ抗原提示効率評価系の確立:HXB2をもとに、VSV-G pseudotype用HIVベクターを構築。野外株Gag発現HIVベクターをCTL標的細胞として用い、標準のワクシニアの系やペプチドパルスの系とCTLエピトープ抗原提示効率を比較検討する。
(倫理面への配慮)研究はすべてunlinked anonymous の手法によって行われる。アジア各国エイズ研究機関との共同研究に関しては各国政府所轄機関の指示する倫理規程に従って遂行されている。なお、タイ国におけるコホート研究の目的・概要については1999年11月にタイ国立衛生研究所より申請。1999年12月にタイ政府保健省医学研究倫理委員会にて協議され、2000年1月に承認された。
結果と考察
(Ⅰ)「アジアにおけるHIV/AIDS流行の分子疫学研究」(武部班員)
中国科学院昆明動物学研究所の協力を得て、中国のHIV流行のエピセンターと考えられる雲南省におけるHIV-1流行の分子疫学的解析を行い、次の成果が得られた。
① 中国雲南省の3地域(西部<Dehong>、東南部<honghe>、東部<Wenchan>)の注射薬物乱用者(IDUs)から39のHIV-1株の分離に成功した。
②雲南省東部地域(Wenshan、 Honghe地域)では、サブタイプB/C間の組換え型流行株(CRF08_BC)が81-89%を占める主要な流行株であることを見い出した。
③東部地域では、中国北西部(新彊ウイグル自治区)における流行に関与するCRF07_BCが5%弱のごく少数見い出されるが、それに加えて、CRF07が母体となって形成されたと推定される2次的(あるいは第2世代の)組換えウイルスが2株発見された。
④一方、雲南省西部(Dehong地域)では、他地域では全く検出されないサブタイプB'(タイB型ウイルス、東南アジア地域のIDUに見い出されるサブタイプB variant)が流行ウイルス株の約1/3、残り2/3が、主にサブタイプB'/C間の様々なタイプの新規の組換えウイルス(URFs)であることを見い出した。
これらの知見は、ミャンマー北中部と共に雲南省西部ではHIV-1組換えウイルスが新生するホットスポットが存在することを示すもので、世界的にみても極めてユニークな発見となった。
(Ⅱ)「HIV感染症の免疫学/分子生物学研究に応用可能なコホ-ト研究」
昨年度より、北タイ・ランパン県病院デイ・ケア・センターにおいて、レトロスペクティブおよびプロスペクティブ・コホート研究が開始され、次の進展をみた。
① 平成12年7月6日より、タイ国立衛生研究所 (NIH)とランパン県病院との共同で、ランパン県病院エイズ専門外来(デイケアセンター)受診患者およびその配偶者を対象に、免疫学・遺伝学的研究に応用可能なコホート研究を開始した。その結果、平成13年12月27日までに、計680名(88名の抗HIV抗体陰性配偶者を含む)がコホートに参加、12ヵ月で90%以上の追跡率が維持された。加えて、平成13年7月12日までの1年間に参加したコホート参加者のデータベース構築を行い、断面的解析を可能にした。②同外来受診感染者を対象にしたレトロスペクティブ研究の生存解析をCox Proportional Hazard Modelを用いて完了させ、抗HIV薬1剤および2剤併用療法は無治療群に比べそれぞれ40%、63%死亡率を低下させるという結果が得られ、CRF01_AE(サブタイプE)感染者における抗HIV薬の死亡率における影響を始めて定量的に示した。
③昨年度確立された野外株HIV Gag タンパクのCTLエピトープ抗原提示効率の新しい評価実験系を応用して、A*0201拘束性のp17領域にあるCTLエピトープ領域のアミノ酸変異を調べ、その結果、今回調べた4つのエピトープ変異のうち2つについては、ペプチド認識がされるにもかかわらず、同じ変異エピトープを有するGagタンパクを細胞内発現する標的細胞は全く認識されないという結果が得られた。これは変異株の間でCTLエピトープ細胞表面上抗原提示効率に大きな差があることを意味し、CTLエピトープの意義を評価する際、抗原提示効率を念頭に検討することの重要性が示された。
結論
HIV流行が急速に進行しているアジアをフィールドとして、次の2つの柱からなる研究を推進し、本年度、次に述べる研究成果を得た。
(A)「アジアにおけるHIV/AIDS流行の分子疫学研究」(武部班員)
ミャンマー北中部地域にHIV-1サブタイプB'、 E、Cがco-circulateしており、この地域の世界的にも例を見ない高い感染率を背景として、これらサブタイプ間の複雑な組み換えウイルスが発生していることを明らかにした。
(B)「HIV感染症の免疫学/分子生物学研究に応用可能なコホ-ト研究」(有吉班員)
北タイのランパンでのコホート研究が開始され、免疫不全の進行速度に関与する宿主の免疫学的・遺伝学的要因に関する研究の準備が順調に整備されつつある。また、本研究の免疫学的研究の技術的基盤として、野外株HIV Gagタンパク質のCTLエピトープ抗原提示効率を評価するHIVベクターを用いた新しい実験系が確立した。

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