“性感染症としてのHIV感染"予防のための市民啓発を、各種情報メディアを通して具体的に実施実行する研究計画(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100743A
報告書区分
総括
研究課題名
“性感染症としてのHIV感染"予防のための市民啓発を、各種情報メディアを通して具体的に実施実行する研究計画(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
熊本 悦明(財団法人性の健康医学財団)
研究分担者(所属機関)
  • 島崎継雄(日本性科学情報センター)
  • 行天良雄(国際医療福祉大学)
  • 小谷直道(読売新聞社東京本社)
  • 大熊由紀子(大阪大学大学院)
  • 南谷幹夫(東京都立駒込病院)
  • 川名尚(帝京大学医学部附属溝口病院)
  • 木原正博(京都大学大学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
STDとしてのHIV感染を、これ以上拡大させないことが、今やわが国のHIV感染に関する公衆衛生学上の最重要課題といってよい。
ところが、最近の一般市民、ことに感染の危険性の最も高い若者たちは、STD/HIVへの警戒心や危機感があまりなく、感染予防のコンドーム使用率もかなり低く、STDの流行がかなり著しくなっている。
このような情況になっている社会的背景としては、3つの理由が考えられている。第一は、現在流行しているHIV感染も含めたSTD全体がかなり無症候化しているため、感染自覚があまり出てこないで、お互いにうつし、うつされていること、第二は、しかもそのHIV/STDの感染のもつ医学的な深刻さがあまり情報メディアを通じて若者たちの間に流れておらず、感染の恐ろしさを知らないため、感染症への警戒心のないままコンドームの不使用の性交渉が一般化している、そして第三として、若者たちの間に急速に広がりつつある性の解放・自由化により、若者間の性関係がかなり交錯・多様化して、それが追い風となって感染の輪をより急速に広げている。
そこで、そのような社会的情況を創出している原因分析が強く望まれる所であるが、我々はその原因として情報メディアの影響がかなり強いことを考慮し、若者のSTD/HIV感染への危機感を有効に高めていくべき、より良き情報の内容を検討し、STD/HIV感染啓蒙を実のあるものにするには如何にすべきかを検討していくことを目的としている。
国際的にも、国際的に活躍している“Family Health International"も1980年代はSTD controlとHIV予防は別々にスタートしたが、1990年代に入り、その活動が連携を取るようになり、2000年代の現在は“STD/HIV予防政策は完全にオーバーラップ"しなければならない。しかも、その際のコンドーム・プロモーションに“メディア"との共同作業が必要であると強調するようになっている。
そのような意味で、わが国でのHIV予防キャンペーンも、STD予防-コンドーム啓蒙-市民啓発/情報メディアの関連したキーワードの下に展開されねばならないと確信している。
研究方法
1)〔“STD/HIV感染に対する警戒心が一般市民の間に現在どれほどあるのか"の検討〕
公開講座や啓蒙講義などの折、一般市民の聴衆や学生に対しSTD/HIVに関するアンケート調査を行い、STD/HIVに関する認識度や危機感を分析する。
2)〔“STD/HIV感染流行の追い風となっている若者の性生活動態"とその多様化によるクラミジア感染率との関連性の検討〕
主として高校・大学での調査を中心に、若者の性生活の活発度や多様化・交錯性の調査分析を行う。同時に、自発的に提出された尿を用いて大学生の性行動活性度と具体的な別々のクラミジア感染度を比較検討する。
3)〔“STD/HIV感染に関する知識がどのくらい具体的な性感染症予防行動に結びついているか"の検討〕
STD/HIVに関する認識不足が感染予防行為を不十分にすることは予想されるところではあるが、さらに問題なのは、知識としては一応かなり持ちながらも、現実には実際の性交渉の場面で予防行動に結びつかない可能性が高い。その点を検討するため、医学知識のある看護学生の協力を得て、自己採取腟スミアで現実にクラミジア感染ありやなしやと、感染危機意識との関連性を検討した。
4)〔“若者たちの性関連情報入手における情報メディアの役割"の検討〕
若者たちが実際にどのような方法で性関連の情報を入手しているか、また、どのような情報を求めているか、STD/HIVに関する認識形成について、情報メディアがどのような位置を占めているかを検討する。さらには、その情報を送る側の編集者側がどの程度STD/HIV感染流行に対し問題意識を持ち、また自らの社会的役割を認識しているかなどについての調査検討を行う。
現在情報メディアから流されているSTD/HIV感染に関する情報内容について分析を行う。さらに、読者である学生や情報作製者側の男性用及び女性用雑誌編集者に直接インタビューを行い、調査する。
5)〔“わが国の性感染症/HIV流行のここ10年の推移と情報メディアの流している情報の内容との関連性"の分析〕
男性向けジャーナル(週刊アサヒ芸能、週刊現代、週刊ポスト、Hot-Dog Press)、女性向けジャーナル(女性自身、女性セブン、an/an、婦人公論)を選び、STD/HIV感染関連記事(薬害エイズ問題の記事は除外)を対象に、情報内容と性感染症流行の動向との関連性について分析検討した。
その検討年次は、わが国のSTD(ことにクラミジア及び淋菌感染症)の罹患率の動向との関連性を検討するため、STD流行の上昇傾向のあった1988年、減少傾向の始まった1991年、減少傾向の底をついた1995年、上昇傾向の目立ち始めた1999年につき分析を行なった。
6)〔“情報メディアを通じて正確な警告的STD/HIV感染情報を届けると、どの程度読者からの具体的な反応が出、かつ実際の検査治療へ結びつけられるか"〕の検討
主婦の友社発刊若い女性向の“Ray"誌上にクラミジア感染に関する啓発記事を掲載し、それへの読者の反応と、実際に検査のための医学機関受診率などを調査した。
結果と考察
1)STD/HIV感染の知識とそれへの警戒心・危機感
現在、性教育の現場へ情報メディアから流されているSTD/HIV感染に関する情報は、かなり不完全であり、それへの正しい知識や警戒心を創り上げる役割に欠けていることが目立つ。
学校教育ではHIVは未だに性感染症問題としてでなく、人権問題として取り上げられている傾向が強い。そのため、一応学生生徒は知識としてHIVを知っているものの、性感染症としての認識は低く、まして従来の性感染症との関連性に関する知識は極めて低く、予防意識が生まれていない。
一般市民においてもその傾向があり、医学関係者以外では、今でもHIV感染が性感染症であるという認識の徹底がかなり不十分である。他のSTDとエイズ/HIV感染とが容易に結びつくこと、そしてその従来からのSTD/クラミジアなどが大流行していて、それは今や性生活の環境汚染的状況にあるまでなっているという認識が極めて不徹底である。
しかも最近、エイズの薬害エイズとの関係の話題性が低くなりつつあるのを反映し、学校教育からエイズ問題の取り上げ方が少なくなっている。福岡県性教育協会に依頼した調査では、小中学生などの低学年では半分近くも“エイズ"を知らないという成績も出ており、全体として“性感染としてのエイズ/HIV感染"の正しい認識の国民全体への認識徹底が強く求められるところと考える。
2)若者における性行動の活発化傾向
中学・高校・大学生を中心とした若者、ことに10歳代の性行動については、各方面で検討され、報告されているが、比較的平均化された経験率で論ぜられている傾向が強い。
しかし実際は同じ学年の高校生の性経験率をとってみても、学校の性格や進学校的性格など、進学との関連性により、生徒の“性の開放感"の広がりにかなり大きな差があり、それを反映して性経験率にもバラツキが多く、学校間に大差があることが我々の調査で示されている。例えば高1年女子で11~42%、高3女子で45~72%と、かなりな幅広いバラツキがある。そのため実際の性教育の場において、そのバラツキを十分考慮して性教育内容を考え、指導していくことが望まれる所である。
その点の整理がされていないことが明らかであり、今後の教育界における中学・高校の性教育現場での“ピル・コンドーム"教育の指導方針議論の鍵がそこにあるといえよう。
大学生(1984名調査)での調査で性経験率は男性71%、女性74%であったが、そのうち、クラミジア感染率(パートナー1人)群が男性2.5%、女性3.2%であるのに対し、(パートナー5人以上)群:男性11%、女性12%と、その性生活内容によりSTD感染率も大きな差があることが明示されている。
若い人々へのSTD関連情報の伝達が、彼らの生活の実態に結びついて、具体的な予防行動・コンドーム使用行動に実際に結びつくには、どのような情報内容が求められるのかを今後検討しなければならないと考える。コンドームをセックスの初めからきちんと使用している群ではクラミジア感染率は0であるという成績を重視しなければならない。
3)STD/HIV感染に関する知識がどの程度具体的な各個人のSTD予防行動に結びつくかの検討
一応のSTD/HIV感染の知識が一般常識より高いと考えられる看護学生での我々の調査で、“クラミジアに無症候感染をしている症例群"と“感染していない症例群"とで、“自らの性生活がクラミジア感染の可能性が高いこととする割合"を比較すると、感染群で14.3%、非感染群で26.5%となっており、感染群の方がむしろ自らの性生活での無症候感染の可能性は低いと信じている。しかも“決まったパートナーである"、“クラミジア感染を持っていると思われる相手を持っていない"、“いつもコンドームをつけている"などというアンケート調査回答をしている。看護学生として一般女子学生よりは一応のSTD感染への常識的認識をより多く持っているはずなのに、その知識がこのように正しいコンドーム使用による性感染症予防行動に結びつかないことが、感染の有無という具体的な医学的検査データから明らかに示されている。
このことは、性交渉の実際的な場面における人間性の弱さだけでなく、STD/HIV感染の本当の深刻さを植えつける程の詳しい情報をやはり得ていなかったことにもかなり原因があると考えられる。知識の甘さが根底にあるといえよう。
4)若者たちの現在得ているSTD/HIV関連情報は、どのようなもので、どのように入手しているか。
我々の調査では、知人・友人、またはセックス・パートナーからの“個人的情報"が知識入手の重要な部分を占めている。しかし、別のSTD/HIV感染情報として、学校における性教育や医学関係図書や、若者の愛読する週刊ジャーナルや、テレビなどから得たものもかなりあることが明らかである。ことに若者向けの情報ジャーナルはよく読まれており、それがかなりSTD/HIV感染に関する知識源や、また予防行動源になっており、それのもつ影響力が如何に強いかが示唆されている。
しかし、そのメディアからの情報は、男性誌と女性誌ではかなりな差がある。男性誌は“性をエロスという視点"で捉え、STD予防などよりは、むしろSTD/HIV感染への危機感は性欲減退につながると、性感染症/エイズ情報は敬遠されている傾向にある。それでも、女性誌の方は一応セックスを楽しむには正しい知識が必要などという立場で書かれていることが少なくない。しかし、いずれにせよ、日本の一般雑誌の編集責任者が殆ど男性であるためか、性に関する情報が興味本位の男性視点からの内容になってしまっていることが多い。医学的な正確な、ことに感染予防に結びつく危機意識につながるような情報が少ないことが問題であるといえる。
5)男性向及び女性向ジャーナルにおけるSTD/HIV感染に関する情報の年次変遷と、STD流行の流れの検討
各種ジャーナルのSTD/HIV関連記事について分析したところ、STD/HIV感染情報を因子分析すると、a)性的興味の追求、b)STDの知識伝達、c)興味本位の性行動への警告・抑制情報、d)STD感染のパートナーへの責任追及、の4因子に分けられる。
男性向けジャーナルは、a)性的追求パターンがかなり優位であり、予防行動に結びつく情報よりアジテート的な性情報が先行することが問題点と言えよう。
男性は、情報ジャーナルの抑制的性情報にはあまり影響を受けずに、性的追求パターンのアジテーションに乗って自由に活発に性行動を行い、この結果としてSTD流行が上昇の方向に動いてしまっているように見える。男性に対する性感染予防のための情報は、如何なる情報が必要かを公衆衛生学的分析する必要があり、今後の大きな課題といえよう。
女性向けジャーナルではSTDの知識関連や抑制的な情報がかなり優位であるにもかかわらず無症候感染率が高いことは、女性の性に対する対応が男性への受身的ニュアンスが強いこととの関連性があると考えられる。
ただ、STD流行年次的推移とのSTD情報との関連性で、男性向けジャーナルはあまり関連性が示唆されていないが、女性ジャーナルは、薬害エイズ熱が冷め、STD/HIV感染の警戒心が緩みSTD流行上昇が再燃する直前の1995年に、性行動抑制及びSTD感染知識関連の情報記事がかなり少なくなっていた。その抑制的情報の緩みが、性に受身的な立場にあるとはいえ、予防行動が減り、その後のSTD流行上昇に結びついたものと推定される。
6)情報メディアを通じての正確なSTD/HIV情報への反応調査
主婦の友社発刊の若い女性向ジャーナル“Ray"にクラミジア感染問題の見開き啓発記事を出し、その記事に読者がどのように反応するかを調査した。
発行部数が多い割に、読者からの、心配して、より詳しい情報が欲しいというアプローチは僅か1,217件しかなかった。深刻に受け止めさせることが難しいことがわかる。しかも、アプローチして来た若い女性群の中でアンケート調査に答えた読者は81名のみであった。情報メディアを通じても、一般社会人への医学的な、具体的なアプローチが難しいことがわかる。
ただ、医師受診調査解答者の41.3%が心配になり医師を受診しているとしており、このような情報メディアによる啓発手段が、僅かずつでも地についたSTD予防治療に結びついていく可能性があることが示されている。
一般若者市民への情報ジャーナルからの啓蒙アプローチを、今後もさらに同様な試行錯誤しながら、啓発手段を考えつつ、実施していきたいと考えている。
結論
STD感染は今や“まさに性生活上の生活環境汚染的様相"で広がりを見せ、その流行の波に乗ってHIV感染もひそかに一般市民層の中に浸透しつつある。この情況に対し、専門家の間ではかなり危機感が高まっている。
ところが、我々の調査では、一般市民はSTD/HIV感染にはかなり関心が低く、性の解放を無防備の性交渉のうちにエンジョイしているといってよい。それは、市民、ことに若い人たちに影響力の強い情報メディアが、未だそのSTD/HIV流行の危機に目覚めておらず、むしろ甘く性を楽しむことを強く勧めるが如き情報を多く流している。この社会的なSTD/HIV感染に対する楽観状況を情報メディアを協調させながら如何に改善していくかが、今後の大きな問題点といえる。しかし、国際的にもSTD/HIV感染予防啓発には情報メディアの協力の必要性が強調されており、わが国での情報メディアへの医学側からのアプローチは必須である。
やはり情報メディアを通じての社会啓蒙に努めねばならないし、それとともに、正しい、かつ警戒心を作り出すべき情報を流す情報メディア記者や編集者の意識改革を如何にすべきかも大きな研究対象と考える。情報メディアとのアライアンス、その点のわが国のおくれを痛感する所である。
いずれにしても、正しく、しっかりとコンドームを使用する、積極的な性感染症予防意識、すなわち具体的な行動に結びつく意識を社会的に作り出していかねばならない。
大学生の調査で、クラミジア感染率がコンドームを使用していない群が男女とも14~15%だが、コンドームを使用したが、初めから使用しなかった群でも4~5%に迫り、クラミジア感染例が少なくない所が、性交渉の初めから正しくコンドームを使用していたグループは、クラミジア感染率0という事実を踏まえて、啓蒙を徹底させていく必要があることを痛感している。
具体的な性感染予防としてのコンドーム使用に関する問題点は、性感染症に対する一応の問題意識を持っていても、それが具体的な自己防御行動に実際に結びつかない、個人主義的な自己尊厳意識の欠如が最終的なコンドーム使用実行の鍵的問題点となっている。予防意識をさらに自分を守る強い意志にまで固定させるには、如何にすべきか問われてくる。この点の学校での性教育、社会に対する情報メディアの活動が、これからのSTD/HIV感染予防の最も重要な課題といえる。

公開日・更新日

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