HIV感染症の動向と予防介入に関する社会疫学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100742A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV感染症の動向と予防介入に関する社会疫学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
木原 正博(京都大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 橋本修二(東京大学医学部)
  • 市川誠一(神奈川県立衛生短期大学)
  • 和田 清(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 熊本悦明(札幌医科大学医学部)
  • 清水 勝(杏林大学医学部)
  • 木原雅子(広島大学医学部)
  • 池上千寿子(ぷれいす東京)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
87,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の、①HIV感染症流行の現状・将来動向、②個別施策層に対する有効な予防介入についてのエビデンスを示し、有効かつ効率的な行政施策の発展に資する。
研究方法
数理統計学的モデルによるHIV流行の推計・予測、レセプト・カルテを用いた医療費調査、各種集団の血清疫学的モニタリング、準実験的疫学デザインによるコミュニティ規模の参加型予防介入研究、質的方法、量的方法を統合した性行動調査
結果と考察
結果=(1)HIV感染症の発生動向解析に関する研究:①先進国に比べたわが国のHIV/AIDS動向の特徴を明らかにした。②1998年予測とその後の実際の動向を比較し、かつ新しい補足率算出法を開発した。③病期別の平均外来医療費を示した。④わが国の拠点病院における2001年4月現在のHIV/AIDS受療者数(4,100人)を明らかにした。⑤保健所HIV検査受験者の、属性、受検理由を明らかにした。(2)MSMのHIV/STD関連知識・行動・予防介入に関する研究:①エイズ動向調査やHV検査受検者の感染率からMSMの流行動向を示した。②MASH大阪プロジェクトによって、検査行動の変容が生じたこと、セイファーセックスに向けた意識・態度・行動変容が生じつつあることを示し、MASH大阪による予防介入の初期効果を確認した。③東京MASHのプログラム開発を進展させた。④日本人MSMの性行動やHIV関連環境を日米比較し、それぞれの特徴を明らかにした。⑤インターネットによる量的・質的調査により、利用層の性行動や心理・社会的問題を明らかにした。(3)来日外国人のHIV/STD関連知識・行動・予防介入に関する研究:①日本-ブラジル共同プロジェクトを始動し、予防介入用マスメディア資材の開発、学校ベースの予防介入の準備、予防介入人材育成のための研修、感染者支援のためのアンケート調査、コンドームのソーシャルマーケティングのための調査・製品開発を行った。②予防介入企画に必要な滞日タイ人コミュニティー調査を実施した。(4)薬物乱用・依存者のHIV/STI感染率及び行動に関する研究:①研究開始以来初のHIV感染者を確認(ただし性感染)。②回しうちは減少しつつも、依然高く、あぶり使用が高率で定着したことを示した。③風俗、不特定との性交渉が活発であることを示した。(5)STD患者のHIV/STI感染率及び行動に関する研究:①STD患者中のHIV感染率の増加傾向を示した。②梅毒とHIVの高い合併率を示した。(6)献血及び妊婦に関する研究:①献血血液のHIV抗体陽性率が、都内、初回献血者で特に高いことを示した。②各種のデータソースから、わが国の妊婦のHIV感染率を推定した。(7)若者のHIV/STD関連知識・行動・予防介入に関する研究:①地方高校生も都会に劣らず性行動が活発だが、予防意識が低いことを示した。②クラブに集まる若者には、性行動が極めて活発で、クラミジア感染率が高い層のあることを示した。③日本人米国留学生は、性行動が無防備で薬物使用も多いことを示した。④親・子・教師間に性意識に大きなギャップが存在することを示した。⑤小中高の性教育調査から、教育と子供の現実との時期のズレ、コンドーム教育の不足を示し、教育担当者に必要な支援のあり方を示した。⑥一部の高校でソーシャルマーケティングに準ずる予防介入研究を実施し、予防効果に関しわが国初のエビデンスを得た。知識と行動が必ずしも結びつかないこと、学年が若いほど、行動変容が生じやすいことが示唆された。⑦高校の予防介入効果をフォーカスグループインタビ
ューによって評価し、コンドームについて、好まれる種類、使用目的、男女コミュニケーションの重要性等を示唆する結果を得た。⑧性行動質問紙調査に高い信頼性のあることを確認した。(8)セックスワーカーのHIV/STD関連知識・行動および予防介入に関する研究:①15ヘルス店舗(東京)、1医院(大阪)での質問紙調査により、セックスワーカー(SW)の知識・態度・予防行動やその障害を調査した。②STD等に関する定期勉強会を実施し、運営の改善に資する経験を得た。③相談機関向けの対SW相談用パンフレット作成のための基礎調査を実施した。(9)HIV感染者の行動やQOL向上に関する研究:昨年度実施した予備調査(属性、特性、健康状態、社会関係、性行動、抑うつ・不安等)の結果を討論・吟味し、次年度の大規模調査のプロトコールを作成した。(10)予防介入研究研修プロジェクト:海外の専門家(Dr.K-H Choi, カリフォルニア大学サンフランシスコ校エイズ予防研究センター)による予防介入研修プロジェクトを2回、教育講演(Dr.Kippax, オーストラリア国立HIV社会学研究センター)を1回実施し、予防介入研究の技術と理論的向上を図った。
考察=エイズ疫学研究は、前進の研究班(HIV感染症の疫学的研究班)の期間を含め、段階的構想に基づいて推進されている。第一段階は、性行動研究の開拓、第二段階は、それを基礎とした予防介入研究の試行、第三段階は、多様な予防介入モデルの開発とコミュニティレベルでの展開である。集団ごとに進展速度は異なるが、研究はそのグランドデザインに沿って、ほぼ順調に遂行されている。
HIVに関連する性行動研究は、わが国では未踏の分野であったため、実施準備に数年を要し、かつ多大の困難に直面しての実施であったが、幸いその成果が、大きな社会的関心を呼び、それが契機となって、性行動研究への社会的理解が進み、円滑とまではいかないまでも、本年度のように地方高校生を対象とした大規模調査が可能となる状況が生まれるに至った。現在わが国は、若者の性行動実態について、異性間、同性間を問わず、アジア地域でもっとも豊富な情報を集積した国として評価されている。こうした性行動研究の土壌の上に、現在疫学的デザイン(準実験的デザイン)に基づく予防介入研究がいくつかの個別施策層、すなわち、MSM、若者、滞日外国人で展開されつつある。
MSMにおける予防介入研究は、1998年にMASH大阪の結成をもって始まり、研究者、コミュニティー、NGO、行政のパートナーシップを基礎に、現在、文字通りコミュニティレベルの取り組みに発展している。予防介入は、試行錯誤を経つつ、行動理論とマルチレベル(個人、集団、コミュニティ)の介入に整理され、数年を経て、検査行動の誘発に明らかな効果をあげることに成功した。セイファーセックスの普及についても、その効果を示唆するデータが初めて明確に捕らえられるようになり、コミュニティレベルの予防に、わが国で初めて展望を示す取り組みとなった。MASH大阪は、さらにコミュニティーへの浸透を強めており、今後より一層明確な行動変容効果をもたらすことが期待される。若者の予防介入研究は、本年度初めて、比較群を持つ準実験的デザインによる試みが行われた。50分の学年単位の集団教育という制約された条件下で行われたこの研究では、地域固有のデータ(人工妊娠中絶、性感染症)と学校固有のデータ(性行動)により、対象のリスク感受性を高め、中絶・性病と身近な問題に焦点を絞り、単純なメッセージを繰り返すという戦略のもと、講義(地域のリスク、性行動)、ビデオ(中絶、クラミジア)、コンドーム実演という内容で実施された。この研究では、学年ごとの効果に興味深い違いのあることが示唆された。実施2ヶ月後の評価で、知識は全学年で大幅に増加し、コンドーム使用への態度変容は1、2年に、コンドーム使用への行動変容は1年のみに観察された。この研究は、わが国で最初の学校ベースの予防介入であり、①知識が上昇しても行動が変化しない層がある、②学年が低いほど行動変容を導きやすい、ことを示唆した点で重要である。この研究の経験と知見を基に、次年度には、自治体レベルでの予防介入研究を実施する。滞日ブラジル人の予防介入研究(ラテンプロジェクト)は、母国政府の予算措置も得て、移民先NGO、当研究班、母国政府が共同するという世界で初めてのモデルケースである。それまでのNGOと当研究班の取り組みが評価されて実現した。本年度は、NGOメンバーが母国に招請され、予防介入について、トレーニングを受け、マスメディアキャンペーン用の資材の開発、予防介入人材養成、学校ベースの予防介入の準備、コンドームソーシャルマーケティングのための調査と製品開発を実施した。来年度に、ベースライン調査、介入実施、事後評価が行われる。
このように、本年度は、予防介入研究について、技術的な蓄積が進み、本格的な展開を可能とする条件が相当整った。また、MSMと若者では、実際の予防効果に関するエビデンスが初めて提示もされ、わが国の予防介入研究は、新しい段階に入ったと総括できるだろう。
結論
わが国のHIV感染流行は、加速局面にあるが、予防介入研究も蓄積が進んだ。アジア大流行の影響でわが国の流行が本格化する前に、予防介入研究のできる限り急速な深化と拡大が求められる。

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