科学的根拠(evidence)に基づく白内障ガイドライン策定に関する研究

文献情報

文献番号
200100505A
報告書区分
総括
研究課題名
科学的根拠(evidence)に基づく白内障ガイドライン策定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
小原 喜隆(獨協医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 赤木好男(福井医科大学)
  • 茨木信博(日本医科大学北総病院)
  • 小山弘(京都大学医学部)
  • 北原健二(東京慈恵会医科大学)
  • 佐々木洋(金沢医科大学)
  • 増田寛次郎(日本赤十字社医療センター)
  • 松島博之(獨協医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 21世紀型医療開拓推進研究(EBM研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
25,780,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
白内障患者の視力障害を正しく管理するために効率的に対応し、質の良い医療サービスを提供するには科学的根拠に基づいた医療(Evidence - based Medicine)を実践することが重要である。白内障の混濁の形態や程度はさまざまなので標準的診断を確立する必要がある。白内障では視力低下以外にも多彩な自覚症状がある。白内障は、患者数が多いことで視力障害者が多数存在すると社会的問題となる。発生原因が未だ明らかでない現状では予防法の開発と薬物療法や手術療法の適応をしっかり決めることが大切である。患者の希望と医師の経験だけで決める治療法の選択は根拠がないのでevidenceの確立した文献を吟味し、評価して白内障診療のガイドラインとする。
研究方法
診療ガイドラインの手順に基づいてガイドラインを作成した。1)委員会設置と研究課題:委員には白内障に造詣の深い人の中から課題の解析に適した研究者を専門分野のバランスも考慮して依頼した。各委員には得意とする研究課題を担当していただいたが、文献のエビデンスの評価や勧告の強さについては委員全員で判定した。研究課題とその分担者は①白内障の診断ならびに疫学(佐々木洋)、②白内障の危険因子(小原喜隆)、③白内障の手術適応と視機能(北原健二)、④白内障手術と適応(増田寛次郎、松島博之)、⑤糖尿病白内障の性状と手術適応(赤木好男)、⑥白内障の薬物療法(茨木信博)、研究課題を「章」として各章毎に項目をたてて検討した。2)文献検索方法:Cochrane Controlled Trial Registerで白内障文献を年代ごとに調査したところ1987年から発刊が増加していたので、1985年以降2001年2月までの文献を中心に検索することにした。検索はMedline、Cochrane Library、医学中央雑誌によった。検討した文献数は第1回の検索で1571件、第2回に751件、国内文献に関しては4924件が検出された。文献の内容を一つひとつエビデンスの内容を吟味してレベルを判定し、高いレベルのものを採用した。レベルは高い順にレベルIランダム化比較試験のメタ分析、Ⅱ1つ以上のランダム化比較試験、Ⅲ非ランダム化比較試験、Ⅳコホート研究/症例対照研究、Vケースシリーズ/ケースレポート、Ⅵ患者データに基づかない専門委員会や専門家個人の意見に分類した。これらのレベルを参考に採用したエビデンスを各章に沿って内容毎にまとめてサイエンスティックステートメントとして整理した。最終的にはエビデンステーブルとして各章でまとめた。勧告の強さはA)行うよう強く勧められる、B)行うよう勧められる、C)行うか行わないか根拠が明確でない、D)行わないよう勧められるに分けて判定した。白内障の「診断」「危険因子」は内容が勧告する性質ではないことから勧告を行わずにエビデンスの内容に説明を加えた。
結果と考察
Ⅰ白内障の分類と疫学:白内障の診断は皮質型、核型、後嚢下型の3主病型の程度別分数で行うことが明示された。分類法が明らかになったことは臨床的に意義がある。他にLOCSⅡ、Ⅲ、Oxford分類も再現性があって疫学的に用いられている。Scheimpfug画像システムが散乱光測定に最適である。水晶体混濁の有所見率が加齢で増加する。女性の有所見率が高い。白内障の型には皮質型と核型が多く後嚢下型が少ないことが明らかとなった。後嚢下混濁が存在すると他の型の混濁が発症しやすい。混濁型別進行と年齢には明らかな関係はない。手術適応者は女性に有意に多い。混合型混濁は死亡率が他の混濁の1.6倍である。Ⅱ.危険因子:加齢性白内障には加齢を基に多数の因子が絡んで関係しているので危険因子を特定することは難しい。臨床研究においてもサンプルとコントロールの選択が難しく、その上多数を長期間にわたって観察することが現実的に難しいこともあってレベルの高い文献が少ない。危険因子には喫煙、紫外線、抗酸化剤、薬物、アルコール、体格指数、糖尿病、放射線、遺伝などがあげられた。喫煙量は白内障発生のリスクを上げていて、中止するとリスクを下げる。紫外線曝露歴は白内障と相関している。白内障をもたない人は日頃から紫外線の防御に注意した対策をとっている。白内障発生年齢にな
ってから紫外線防御につとめても効果は疑問である。抗酸化剤であるビタミンC、Eそし
てβ-カロチンの白内障抑制効果について限られた研究施設からの報告があるが、今後長期間のデータ集積が必要である。薬物ではステロイド薬が白内障発生と関係することは周知の事である。その使用期間、使用量によって高いリスクとなっている。後嚢下混濁ではじまる。しかし、本剤は原疾患の治療に欠かせないことから使用禁止の勧告はできない。ステロイドの全身投与に際しては水晶体の観察を行う必要がある。抗精神薬の長期使用で皮質型白内障が生じやすいので注意を要する。アルコールは毎日摂取するとリスクとなる成績とリスクとならない報告がある。糖尿病が白内障に強いリスクであることは日常遭遇する事象である。混濁は進行しやすい。遺伝歴は明らかでないが、白内障家族歴がある。Ⅲ.白内障手術適応と視機能:白内障患者は遠方の視力が良好であってもコントラスト感度やグレア難視度の低下がある。また、年齢や性別にさまざまな障害を自覚している。視野は全体的に感度が低下する。Ⅳ.手術:眼局所および全身に障害がなければ95.5%の症例で20/40以上の視力を得る。超音波乳化吸引術は嚢外摘出術に比べて術後にフレア値が低く、最高視力が高い例が多い。眼内レンズ挿入眼は白内障術後に眼鏡装用した症例に比較してQuality of lifeが有意に高い。切開創は小さい方が術後惹起乱視が少ない。したがって、小切開創から挿入可能なfoldableの素材を使った眼内レンズが使用されやすい。しかし、切開創はやや大きいが、歴史的に実績のあるPMMA素材の眼内レンズも使用される。術式の選択にあたっては現状は小切開手術が主流であるが、症例の難度や術者の技量など総合的判断によって嚢外摘出術や嚢内摘出術の選択もあり得る。正しい手術適応と正しい戦略およびインホームドコンセントが重要である。術中・術後合併症には多種があるので、適切な迅速な対応が必要である。後発白内障はその発生機序や根本的な治療法が未解決であって今後の課題である。Ⅴ.糖尿病白内障:混濁は進行性である。手術後に網膜症が進行する。術後炎症は糖尿病網膜症の重症型で強く生じる。また、後発白内障や前嚢収縮も効率に生じる。Ⅵ.薬物療法:認可されている抗白内障薬の効果判定が矯正視力で行われ、混濁判定の写真の再現性、評価方法に客観性が欠けている。一部の症例で定量的報告がなされているが、総体的にランダム比較試験がみられない。しかし、反対に抗白内障薬が全く無効である成績もみられない。したがって、使用に際しては正しいインホームドコンセントが必要である。
結論
白内障の診断は混濁部位別に判定される。加齢に伴って所見が進行することは白内障患者管理に有用な情報である。危険因子としては、喫煙、紫外線、抗酸化剤不足、薬物などが考えられるが、白内障が多重因子で生じるので特定することは難しい。手術は術式が確立したように思われるが、時代とともに変遷がある。正しい適応と症例に適した術式と術者の技量に合った術式、そしてインホームドコンセントが必要である。手術適応は視力だけで判断せずにコントラスト感度やグレア難視度、患者の社会生活などから総合的に判断を要する。糖尿病は特異な症例として対応すべきである。薬物療法は客観的臨床成績のないまま治療を続けているが、今後、大規模な臨床試験を行って有効性を確認する必要がある。白内障の臨床についてevidenceに基づいた多角的分析を行った。加齢性白内障の原因が未だ明らかでなく急激な変化を伴う疾患でないのでガイドラインを作成し難い面があった。本ガイドラインが白内障診療を決して支配するものではない。今後、改訂を重ねて完全なガイドラインを作る必要がある。

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