高機能広汎性発達障害の社会的不適応とその対応に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100330A
報告書区分
総括
研究課題名
高機能広汎性発達障害の社会的不適応とその対応に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
石井 哲夫(白梅学園短期大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山崎晃資(東海大学医学部精神科学部門)
  • 太田昌孝(東京学芸大学教育学部特殊教育研究施設)
  • 須田初枝((福)けやきの郷)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高機能広汎性発達障害(HPDD)およびアスペルガー症候群(AS)は、特有な情報処理機構の障害と神経心理学的特徴のためにさまざまな社会的不適応を起こしやすく、不適切な処遇・治療を受けることが多い。知的障害を伴わないHPDDおよびASの福祉施策はこれまで全くといっていいほどなされておらず、家族が抱える問題は極めて深刻な状況にある。このため、HPDDおよびASの人々の特有な社会的不適応行動を理解し、その対策を樹立することが急務となっている。そこで、福祉政策上、不利益を蒙っているHPDDおよびASの人々について、①社会的不適応行動の成立機序と神経心理学的特徴を明らかにし、②福祉的援助を受ける際の判定基準を整備し、③家族が抱える諸問題についての調査研究を行った。
研究方法
【分担研究1:高機能広汎性発達障害の行動理解と援助に関する研究(分担研究者:石井哲夫)】「アスペ・エルデの会」の会員30人と、「社会福祉法人嬉泉」で長年にわたりかかわりを持ち続けている3人を対象に、生活状況と就労状況について調査し、就労をめぐる社会的トラブルの内容について検討した。【分担研究2:高機能広汎性発達障害およびアスペルガー症候群の神経心理学的特徴に関する研究(分担研究者:山崎晃資)】①“ADHD Rating Scale-IV"の日本語版(以下、ADHD RS-Ⅳ-J)を作成し、小学校33校、中学校23校の協力を得て、わが国の子どもの多動、注意散漫、衝動性に関する行動の標準値を調べた。その結果を基に、AD/HDと、HPDDおよびASの比較検討を行った。②HPDD群・AD/HD群・対照群の3群で、CARS-TV総得点、田中ビネー知能検査の1~6歳の54項目の合格率、クラスタ合格率および乖離を比較した。③HPDDの青年59名について、DSM-IVによる精神病様症状の有無を検討した。④HPDDとASの自己意識(自己理解)の特徴を抽出するために構造的面接を行った。⑤「一番病」のメカニズムに関する仮説を立て、その仮説に基づいた療育プログラムを臨床の場に導入するための準備を行った。【分担研究3:高機能広汎性発達障害の社会的不適応の評価に関する研究(分担研究者:太田昌孝)】①自閉症判定基準α3.2版の概括的評価の段階別目安の明確化を図った。②評定者間の評価の一致度と評価者としての必要条件を検討した。③HPDDについて、判定基準α3.2版における得点化の意義と福祉的処遇上の妥当性を検討した。【分担研究4:高機能広汎性発達障害の家族課題に関する研究(分担研究者:須田初枝)】HPDDおよびASの人たち101例を対象に、年齢構成、男女比、学齢、療育手帳の有無、障害者年金、てんかん発作と服薬、および発達の状態などについてのアンケート調査を行った。【倫理面への配慮】研究方法を吟味する段階で倫理的検討を要すると考えられた場合には、各施設における倫理審査委員会の審査を受けた。可能な限り本人および保護者から同意を得ることにし、発表に際しては個人が特定できないように配慮した。
結果と考察
【分担研究1:高機能広汎性発達障害の行動理解と援助に関する研究】①調査対象30人のうち19人についての就労状況や就労が困難な要因を検討し、類型化した。「受動型」は他者からの助言や指導に従順で適応していた。「積極奇異型」は就労が困難で、被害的・迫害的な体験となりやすく、学校での「いじめられ」体験が顕著で友人がいなかった例が多い。②入所施設とのかかわりが長かった3人で、離職した者は「外向型」で、現実場面においても「自己主張的対応」が顕著にみられ、一方、就労を継続できているものは、「内向型]、「発散型」であり、人や物
に依存的対応が行われていた。自分に対して理解的・好意的な態度を示す人との関係を通して、人や社会に対して関わりをもち、社会的態度を自分に取り入れていこうとする自発的姿勢がみられた。【分担研究2:高機能広汎性発達障害およびアスペルガー症候群の神経心理学的特徴に関する研究】①ADHD RS-Ⅳ-Jを用いて、小中学校に在籍する児童の保護者による5,579例の評価と、学級担任による3,082例の評価を検討した。男児が女児より得点が高く、男女とも年齢と共に得点が下がる傾向があった。AD/HD131例につての評価は、不注意が多動/衝動性より高く、多動/衝動性が不注意よりばらつきが大きかった。ADHD RS-Ⅳ-Jによるマス・スクリーニングを試みると、保護者の評価で14~16ポイント以上、教師の評価で11~21ポイント以上の場合には、専門医に相談することを含めた慎重な対応が必要と考えられた。低機能広汎性発達障害(LPDD)群とAD/HD群を比較すると、AD/HD群は不注意(p<0.001)と合計値(p<0.01)がLPDD群に比して有意に高かったが、多動/衝動性では有意差が認められなかった。HPDD群とAD/HD群の比較では、不注意、多動/衝動性、合計値共にAD/HD群が有意に高かった(p<0.001)。②HPDD群は、AD/HD群と対照群よりCARS-TV総得点が有意に高く、知能検査の「理解」で有意に合格率が低く、「数概念」や「数唱」では有意差はなかった。③精神病様状態は被害妄想あるいは被害念慮が中心であり、幻聴様体験は「いじめられた体験」のフラッシュバックと、社会的不適応はタイムスリップ現象と関連していた。④ASでは、否定的自己が多くみられ、自己理解の構造は、HPDDに対する面接で重要と考えられた。⑤子どもが勝つことに目的意識をもつ状態をベースラインとし、勝敗への固執が順次展開する仮説を立てた。子ども自身の内発的動機づけに留意することが大切であると考えられた。【分担研究3:高機能広汎性発達障害の社会的不適応の評価に関する研究】①症状重症度と生活制限の程度の2つの概括的評価項目について、段階別目安を明確にするように説明を付け加えた。②生活制限の程度と知能の構造的障害の程度は高い一致率がみられたが、症状重症度は一致率が低かった。③HPDD群では、症状重症度、生活制限、知能の構造的障害について、概括的評価および総合判定と相関がなかった。【分担研究4:高機能広汎性発達障害の家族課題に関する研究】自閉症児・者に特有な対人関係の難しさは、相手の言葉の中にある心の動きの読み取りの困難さによると考えられ、HPDDの人々の家族の苦悩は深刻であることが明らかにされた。
結論
高機能広汎性発達障害(HPDD)とアスペルガー症候群(AS)の社会的不適応とその対応についての研究を行った。①社会的不適応行動の成立機序として発達過程における対人関係のあり方が重要であり、社会的常識を習得する機会のあったものが就労可能であった。行動評価および神経心理学的所見では、HPDD群で明らかな特徴があり、注意欠陥/多動性障害との連続性はさらに検討を要する。②福祉的援助を受ける際の判定基準は、福祉施策にかかわる専門家にとって有用であり、一致率も高いことが認められた。③HPDDおよびASの人々の社会的不適応の基盤には「心の理論」の障害があり、家族が抱える問題は想像以上に深刻であることが明らかにされた。福祉的支援体制の確立が急務であることが示された。

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