こどものいる世帯に対する所得保障、税制、保育サービス等の効果に関する総合的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100032A
報告書区分
総括
研究課題名
こどものいる世帯に対する所得保障、税制、保育サービス等の効果に関する総合的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
勝又 幸子(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 千年よしみ(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 阿部彩(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 大石亜希子(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
5,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
政府は平成11年度、12年度と2年連続して児童手当を拡充した。児童手当をはじめとする、こどもの いる世帯に対する所得移転および保育サービスなどでは、社会保障分野において高齢者対策と並ぶ重要課題である。これは少子化問題を抱える先進諸国の多くと共通する問題意識であり、NBER、Brookings Institution, UNICEF等各国研究機関においてもこどもの社会保障をテーマとする研究プロジェクトが立ち上がっている。一方、国内では、1994年の「こどもの権利条約」批准以降、「こどもの権利擁護」の立場から国内法の整備や、児童福祉制度の充実の必要性が指摘されている。しかし、経済成長と少子化という状況の変化のなかでも、かならずしも、こどもの福祉は向上したとはいえず、経済的な制約や離婚による家族の崩壊、家庭内暴力などこどもの生存権と基本的人権をもおびやかす問題が続出している。我が国の研究分野においても、人口構造の変化に伴い、高齢者を対象とした政策に対する注目は高いものの、こどものいる世帯の経済的状況、所得再分配など、こどもの厚生 (Welfare)に関する基礎研究は乏しいのが現状である。また、「少子化対策」として掲げられた児童手当にしても、保育サービスとの比較など、その政策的妥当性について十分に議論されていない。こどものいる世帯に対する社会保障を政策立案する際に、これら基礎研究は重要な資料であり、その早急な実施が望まれる。これらを踏まえ、本研究は、こどものいる世帯に対する各社会保障政策を吟味し、国際比較を交えてその実状、効果を分析し、今後の政策立案の基礎資料となることを目的とする。
研究方法
実態の把握をするために、新しい試みの調査(フォーカス・グループ・ディスカッションとインターネット調査)を組織的におこなった。保育の需要に関しては、まず、定性的な調査として、3歳以下のこどもを持つ母親のフォーカス・グループ・ディスカッションを東京、船橋市、川崎市の3地域で合計5回行った。フォーカス・グループ・ディスカッションからこどもの数と質のトレードオフについての考察と、職業・学歴別に見た保育需要に関しての考察を行った。同時に定量的な調査として、保育の需要についての既存データを入手し、それを電子媒体に加工した後に、初期的分析を行った。更に、厚生労働省『平成10年国民生活基礎調査』のデータを使って、保育費用が母親の労働供給・保育需要に与える影響について分析を行った。保育の供給に関しては、全国47都道府県の集計データを用い、保育士労働市場の分析を試みた。また、保育サービスの費用について供給側の保育所運営費と需要側の保育料の両面から概観し、待機児童解消のための政策的な可能性について考察した。さらに、霞ヶ関保育室、全国で初めて民営化された保育園である三鷹市東台保育所の見学を行った。また、保育園の利用についての意識を調査した既存のデータを入手し、その入力をおこなった。このデータは、20~40代の女性で就学前のこどもがいて、メールアドレスをもっているものを対象にしたものである。このデータの詳細な分析は平成14年度におこなう。
結果と考察
フォーカス・グループ・ディスカッションや既存データからの分析では、保育を需要する側の母親達は保育費用だけでなく、保育の質にも強い関心を持つことが明らかになった。保育費用と母親の就業との関連では、保育費用は保育需要に有意にマイナスの影響を及ぼしていたが、母親の労働供給には有意な影響が観察されなかった。保育
士の労働市場は買手独占構造が強く、公私の保育所間で労働条件や賃金に格差が大きいことが保育士の総雇用を抑制し、保育サービスの総供給量を抑制していることが明らかになった。こども関係の国際比較については、日本におけるこどもに対する社会保障給付費(現金給付- 対GDP比・現物給付)は、国際的に低水準にあり、しかもその推移に大きな変化がないことが判明した。また、米国における児童の貧困状況をネイティブ児童と移民児童とで比較した分析では、移民児童の方が貧困状況にある者の割合が高いが、ネイティブ児童より公的扶助に依存している割合が低かった。更に1996年に行われた福祉改革の影響があったことが示唆された。こどものいる世帯への現金給付についての研究では、 児童手当等給付の貧困軽減効果はあまり大きくないが、不平等度の是正には大きく貢献していることがわかった。こどもの扶養控除の貧困軽減効果は若干見られるが、不平等度の改善は期待できない。しかし税全体、社会保障全体でみると、こどものいる世帯に対する税や保険料による負の分配は変わらない。
結論
現在、待機児童ゼロ作戦のもとで保育サービス供給の規制緩和が進んでいるが、就業する母親達は保育の質に強いこだわりをもっており、規制緩和による認可保育所の保育の質が低下に強い懸念を抱いている。これらの母親は、保育の質が高ければ、現在よりも高い保育料を負担してもよいと考えている。認可保育園の保育料は応能負担原則で設定されているが、保育の質という観点を含めて、そうした料金体系を見直す必要があると思われる。同様に、保育サービス市場において、公立の認可保育所が大きな存在を占めることが保育サービス供給にさまざまな影響を及ぼしている。待機児童問題の解消に当たっては、こうした供給構造の改革が必要と思われる。こどものいる世帯への現金給付についての研究では、保育園の措置費、こどもにかかる医療費などの現物支給の再分配効果を分析に加えることとしたい。こどもの医療費などは、多くの自治体において、軽減措置がとられており、これらの効果をはかることは重要な政策課題である。また、保育園の措置費は、1人あたりでみると児童手当を遙かに上回る再分配であり、この政策の再分配への影響を測ることは、保育料の設定などの政策課題を検討する上で、重要な資料となるであろう。次に、近年に行われた児童手当の拡充や年少扶養控除の引き上げと引き下げによる影響をマイクロ・シミュレーションの手法を用いて推計することとしたい。米国における児童の貧困状況をネイティブ児童と移民児童とで比較した分析では、1994年から1999年の間に特に第一世代児童(アメリカ国民以外)の公的扶助受給率は急激に減少しており、1996年に行われた福祉改革が児童のいる移民世帯に与えた影響を示唆している。今後は児童の貧困、児童のいる世帯における貧困、不完全雇用、公的扶助受給の規定要因に関して分析を進める。日本における「こどもとこどものいる世帯に対する給付」は諸外国に比べて低い。また近年の出生率の低下と高齢化率の上昇そしてマイナスの経済成長と、現行の制度の見直しをしない限り将来にわたってその給付が伸びていく可能性は低い。「こどもの福祉」を考えるという前提に立つとき、社会的、公的、資源がどのような対象、どのような必要に優先的に配分されるべきかの再考なしに今後の改革は成り立たない。

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