生活環境中の脂溶性化学物質の感染抵抗性に及ぼす影響

文献情報

文献番号
200000761A
報告書区分
総括
研究課題名
生活環境中の脂溶性化学物質の感染抵抗性に及ぼす影響
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
小西 良子(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 天野富美夫(国立感染症研究所 細胞化学部)
  • 杉浦義紹(東京理科大学薬学部)
  • 鈴木嘉彦(麻布大学 獣医学部)
  • 山田章雄(国立感染症研究所 つくば霊長類センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は次の2つである。(1)体内蓄積が懸念される生活環境中の脂溶性化学物質の長期間低濃度の曝露が、免疫系および感染症に対する宿主抵抗性にどのような影響を及ぼすかを動物実験およびヒト由来培養細胞を用いて明らかにする。(2)感染機序の異なる数種の感染症に対する宿主抵抗性低下と定量的な相関関係のある免疫関連パラメーターを解析決定し、未知の化学物質の安全性評価方法の確立を行う。体内蓄積性のある脂溶性化学物質の一つであるトリブチルスズは、水生動物への強い致死毒性から船底貝類付着防止剤として使用されてきており、魚介類への体内濃縮が懸念されている。伝統的に魚介類の摂取量が多い我が国において、この化学物質が引き起こす健康被害を予測することは極めて重要と考えられる。本年度では、脂溶性有害化学物質のモデルとしてトリブチルスズを用い経胎盤および経母乳暴露の免疫影響と細菌感染、真菌感染への抵抗性に及ぼす影響を中心に検討した。ウィルス感染への抵抗性への影響を検討するため、サル個体を用いた実験系およびヒト培養細胞を用いてた実験系を確立した。また、ビスフェノール、フタル酸エステルの個体レベルでの感染抵抗性もマウスを用いて検討した。ダイオキシンの影響はヒト腸管培養細胞への影響を検討した。
研究方法
(1)胎盤および母乳移行によるTBTの影響を検討するために次の実験を行なった。 妊娠1日目のSDラットにTBT(0, 15, 50ppm)を含む飲水を出産後離乳まで与え、産まれた仔の脾臓および胸腺を経時的にリンパ球表面マーカーを用いたフローサイトメトリーにより解析した。TBT投与の母親ラットから移行する乳中TBT含量はFPD-ガスクロマトグラフィーを用いて定量した。さらに次世代のラットの免疫影響を病理学的に調べるために、生後、一週毎に2匹ずつ6週まで屠殺し、胸腺および脾臓を摘出した。これらの臓器は緩衝ホルマリンにて固定しパラフィン切片を作成した。TUNEL 法によりアポトーシス細胞を染色し光学的顕微鏡により観察した。免疫染色はStrAviGen法により免疫染色を行った。(2)母乳移行のTBTの影響を検討するために次の実験を行なった。妊娠ICRマウスに、出産直後から母親にTBTを0, 15, 50 ppmを含有した水を飲水として与え、うまれた仔は生後21日間母親からの哺乳で飼育し、雌雄それぞれの免疫影響とリステリア感染抵抗性を検討した。リンパ球表面マーカーを用いたフローサイトメトリーにより行った。リステリア感染抵抗性は哺乳期間終了時に2x 10 4のリステリア菌(Y1, 臨床分離株)を用いて腹腔に感染させた。感染4日後、脾臓の生菌数を測定した。(3)真菌感染実験系の確立のため、マウスの系統差による感受性、投与菌数および観察日数などをBalb/ cマウスとICRマウスを用いて検討した。真菌菌種はCandida albicans IFO1594を用いた。(4)日和見感染のモデルとなる感染実験系の確立を目的に、非病原性細菌として大腸菌k-12株の標準品を用い、感染抵抗性の指標を検討した。 大腸菌感染実験にはBalb/c SPFマウス5週令を用いた。感染実験は2.0 X108-3.0X108/マウス の濃度に生理食塩水を用いて調整し腹腔に投与し、経時的に腹水、脾臓を採取し生菌数を測定した。血液および腹水は、サイトカインの測定に供した。次に上記で確立した系を用いてのフタル酸エステル, ビスフェノールの宿主抵抗性の検討は、Balb/c SPFマウス4週令を用いた。これらの物質は少量のエタノ-ルで溶解した後、コ-ン油で希釈しマウスの背部に投与した。投与期間は連続5日間とし
、最終投与から2-3日後、大腸菌K-12を感染させ腹水、血液, 脾臓を採取し、腹水中の細胞数および生菌数の測定、脾臓中の生菌数の測定、サイトカインの測定および血清脂質の分析を行った。(5)ヒトと同じ霊長類に属するサルを用いて、脂溶性有害化学物質が潜伏感染しているウイルスにどのような影響を及ぼすのかを明らかにする目的で、サルレトロウイルス(SRV, SIV)やサルヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス(EBウイルス、CMV)などのウイルス感染の測定法を確立した。(6)ヒトでのHIVウイルス感染への抵抗性への影響を調べる指標を検討するため、ヒトマクロファージを用いHIV潜伏感染のウイルス再活性化を検出する実験系を確立する目的で、ヒト単球系細胞株U-937細胞およびその細胞由来のHIV-1潜伏感染細胞株、U1を用い、致死毒性およびアポトーシスの指標を検討した。(7)生体での最初の暴露部位である腸管への脂溶性有害化学物質の影響を明らかにすることを目的に、腸管細胞としてヒト腸管由来のCaco-2を用い、この細胞に発現している P-糖タンパク質(P-gp)の活性を指標に実験系の確立を検討した。
結果と考察
(1)母親に15ppmおよび50 ppmのTBTを投与した群からT細胞、CD8陽性細胞、NK細胞の減少が見られた。 病理学的所見から 出生直後の乳児では胸腺のアポト-シスが抑制されていたことからTBTは経胎盤的に胎児に影響を与え胸腺のアポト-シスを抑制する可能性があることが示唆された。(2)母親への暴露量および雌雄での感受性の差異があるが、極めて低濃度で、哺乳された子供への免疫影響やリステリア症に対する抵抗性の低下が認められた。(3)Candida albicans IFO1594を用いた真菌感染動物実験系にはICRマウスが適しており、3週令マウスおよび5週令マウスにおいて感染抵抗性を検討するためにはそれぞれ1.0-5.0X105/マウス、1.0 X106/マウスの菌数が適当であることを見いだした。TBTに暴露された母親に哺乳された乳児の真菌感染症に対する抵抗性は現在検討中である。(4)盲腸炎モデルとしてよく用いられる非病原性大腸菌を腹腔感染させる系により非病原性細菌に対する宿主抵抗性を検討することが可能であることがわかった。腹腔からの菌の排除、脾臓からの菌の排除、腹腔に遊走する免疫細胞の数、血清中のサイトカイン産生を指標にすることにより、この系を用いた感染系で非病原性細菌に対する宿主抵抗性を調べることができることがわかった。さらにこの系を用いて、フタル酸エステルおよびビスフェノールの宿主抵抗性を検討した結果、腹腔内に投与された大腸菌に対して細胞を局所に遊走させるサイトカインの産生を亢進する作用があった。(5)つくば霊長類センターで飼育しているサルのそれぞれのウイルスの潜伏感染率を測定した結果、サルレトロウイルス(SRV,SIV)は87%、サルサイトメガロウイルスは84%、サルヘルペスウイルスは76%であった。これらのウイルスの再活性化の指標であるPCR法は現在開発中である。(6)ヒトマクロファージU-937細胞に対するTBTの細胞毒性には1-3nMで認められる長時間を必要とする細胞増殖抑制と1uMで明らかに認められるアポトーシスを介した短時間で起こる細胞傷害性に分れることが示された。(7)ダイオキシン(TCDD)はP-gpの活性を高めることが観察された。TCDDの侵入が腸管細胞におけるP-gpの発現をup-regulateし、その排出を促進する方向に作用したものと推定される。
結論
蓄積性が懸念される脂溶性化学物質のモデルとしてトリブチルスズを用い、妊娠初期からの暴露の影響および母乳を介しての暴露の影響をラットおよびマウスを用いて検討した。妊娠初期から暴露した場合、経胎盤的に胎児に影響を与え胸腺のアポト-シスを抑制する可能性があることが示唆された。経胎盤および経母乳暴露をうけた場合には脾臓のT細胞およびNK細胞の減少が認められた。経母乳暴露においても子供の免疫機能に影響がみられ細菌感染への抵抗力を低下させる危険性があることを見いだした。一方ビスフェノールやフタル酸エステルを用いて、本年度に確立した日和見感染に対する抵抗性を調べる系で検討した結果、免疫反応を亢進する作用があることが示唆さ
れた。つぎにヒトと同じ霊長類に属するサルを用いて、脂溶性有害化学物質が潜伏感染ウイルスにどのような影響を及ぼすかを調べるために、サルを用いたウイルスでの感染動物実験系の基礎実験を行った。本年度に確立したウイルス感染の測定法を用いて、現在実験施設に飼育されているサルのウイルスの抗体保有率の調査を行なった。これらのウイルスの再活性化の指標であるPCR法は現在開発中である。ヒトに対する影響を予測する実験系としてヒト由来腸管細胞とマクロファージを用いる方法を確立し、トリブチルスズ、ダイオキシンなどの影響を検討した。ダイオキシン(TCDD)は腸管の薬物排泄に関与するトランスポーターP-gpの活性を高めることが観察された。マクロファージを用いてトリブチルスズの細胞毒性を検討した結果、長期間低濃度で起こる毒性と短期間高濃度でおこる毒性が存在し、それぞれは作用機序の異なる毒性がことが示唆された。これらの結果を踏まえて、今後はそれぞれの感染症に対する抵抗性へ影響を及ぼす作用量をより詳細に検討し、ヒトへの健康被害を予測できるデータの蓄積を行なう。

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