内分泌かく乱物質の生殖機能と次世代への影響、特に生殖泌尿器系・先天異常の成因に関する疫学的研究

文献情報

文献番号
200000744A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱物質の生殖機能と次世代への影響、特に生殖泌尿器系・先天異常の成因に関する疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
岸 玲子(北海道大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 小柳 知彦
  • 藤本征一郎(北海道大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌かく乱物質の多くは、催奇形性と神経発達の異常等の次世代影響が大きいのが特徴である。今回の研究では、尿道下裂、停留精巣等の先天異常の疫学研究をpopulation-basedで行い、発生率そのものが近年、真に増加しているかどうかを検討する。ついで、症例対照研究で、症例の親が、患児の出生前、特に生殖器が分化形成する時期に、内分泌かく乱物質(有機塩素系殺虫剤、PCB、あるいは、医薬品や植物性エストロゲン等)への曝露の有無、曝露量、種類等を調査する。同時に母体血、臍帯血を保存し、内分泌かく乱の疑いのある環境化学物質の濃度の測定を行う。これらの環境要因の検討と同時に、内分泌かく乱物質の代謝に関係の深い異物代謝・ステロイド代謝酵素等の遺伝子多型について検討する。このような遺伝子多型による個体の感受性の検討は予防上も重要である。以上の研究は、WHO等で研究の必要性が指摘されながら、科学的な根拠がこれまで乏しかった生殖機能や次世代影響について、日本の疫学データの蓄積をもって応えるもので確実な成果が期待される。
尿道下裂の成因に関しては不明な点が多くさまざまな説が提唱されているが、近年では胎児期の内分泌環境の異常がクローズアップされており、内分泌かく乱物質との関連からも深い関心が持たれている。そのためテストステロン生合成に関与するステロイド代謝酵素の異常を検索する必要があり、ステロイド代謝経路において重要な中間代謝産物について測定系を確立し、検証することは、尿道下裂の成因を明らかにするのに有効と考えられる。
難治性不育症(習慣流産)は、近年、免疫学的異常や凝固能異常がその発症機構に関与していることを示唆する研究報告が散見できるが、根本的な原因解明は未だなされていない。子宮内膜症は生殖年齢層の女性の妊孕能を障害し、不妊症や少子化にも関与する。有病率も高く、本疾患の成因を解明することは社会的に見ても意義は大きいといえる。難治性不妊症に関して、現在わが国では出生数の低下が進行中であり、出産人口の一層の減少を来し、老齢化社会におこる諸問題をさらに深刻化させるとことが危惧される。生殖年齢にある女性の約1割を占めるといわれる不妊症の予防は、出生数の増加の他、医療経済的にも莫大なメリットがあり、本疾患の解明・予防は社会的に極めて重要と推察される。先天異常に関しては、多遺伝子要因ならびに多くの環境要因が複雑に交絡して発症するものと考えられているが、その発症機構における内分泌かく乱物質の関与に関する研究実績は未だ十分とは言い難い。これら疾病に対して内分泌かく乱物質の関与の有無を調べることは斬新な手法であり、有用な解析結果が得られる可能性が極めて高いと考えられる。
研究方法
①北海道における尿道下裂患児の出生状況を、1985年~1998年にわたって道内の主要病院で調査し、北海道における有病率を推定した。②北海道大学附属病院泌尿器科外来にて経過観察中の尿道下裂の症例136名に生活習慣や環境曝露に関する調査票を郵送し、98名から回収した(回収率72%)。③尿道下裂6症例とその両親(5家族)について、テストステロン生合成系における異常の有無を調べるため、6中間代謝産物を測定し、前駆物質と生成物質との比を指標として、テストステロン生合成において重要な3つの酵素(3βヒドロキシステロイド脱水酵素、17α水酸化酵素、17-, 20-リアーゼ)の活性を推定した。④北海道大学附属病院産婦人科を受診した子宮内膜症・不妊・不育症の患者血液およびDNAを用いて、GSTM1、 NQO1、 CYP1A1、 CYP17の遺伝子多型をPCR-RFLP法を用いて解析を行った。高齢妊娠の適応で妊娠16週時に出生前羊水染色体検査を受け、胎児染色体核型が正常であった女性のうち、各年20人(平均年齢36歳)合計200人を無作為に選択し、出生前診断時の母体血清および羊水(200組)中のビスフェノールA(BPA)を測定した。また、同一期間において胎児染色体核型が異常であった女性71人の母体血と羊水中のBPAを測定した。⑤スチレンを皮下投与または吸入曝露したラットの血漿中のPRL、LH、GH、TSHをELISA法により測定した。また、3週齢、18週齢および妊娠ラットのスチレン代謝酵素活性を測定した。
本研究は倫理面および動物愛護上の十分な配慮のうえ行い、遺伝子解析研究を含む疫学研究は、原則として倫理委員会の審査・承認を経て実施し、実験動物の扱いに関しては、大学の指針に従った。
結果と考察
①北海道における尿道下裂有病率は男児出生1万人あたり7.6人と推定され、増加・減少の傾向は認められなかった。また尿道下裂の重症度別の割合にも年次変動を認めなかった。北海道においては尿道下裂に影響する外的要因の関与を受けにくい環境にあると推定され、この結果を尿道下裂が増加しているとされる他地域と詳細に比較することで、尿道下裂発症に影響する環境因子を明らかにしていくとともに、尿道下裂の成因に関する生物学的な機序そのものを解明していく必要がある。また今後調査していくにあたり、こうした先天疾患に対する登録制度の整備が強く望まれる。②質問紙調査を実施した対象者の約半数が重症型の尿道下裂であった。合併奇形としては、停留精巣(18.4%)が最も多かった。一回以上の流産を経験した母親は15.2%であった。妊娠判明後、母親の飲酒、喫煙の割合は、ともに著明な低下が認められた。職業性曝露としては、父親では有機溶剤11例、石油製品10例、殺虫剤・除草剤など5例、母親では医療・介護職の消毒薬・アルコール・エックス線など5例であった。2500g未満の低出生体重児が39%を占め、高値を示していた。③6症例の尿道下裂の程度は遠位型が2例、近位型が4例であった。遠位型の症例ではとくに合併症や妊娠中の異常を認めなかったのに対し、近位型では停留精巣の合併を1例に認めたほか、兄弟における発生例を含んでおり、この兄弟例ではいずれも妊娠中に切迫早産の既往があった。遠位型1例と近位型3例(うち2例は兄弟)において3βヒドロキシステロイド脱水酵素(3βHSD)と17-, 20-リアーゼ活性の単独または両方の低下を認めた。遠位型症例の父親には3βHSDおよび17-, 20-リアーゼ活性の低下が、また近位型兄弟例の母親に17α水酸化酵素と17-, 18-リアーゼ活性の低下が認められた。まだ少ない症例の検討ではあるが、尿道下裂症例にステロイド代謝異常が高頻度で認められ、また代謝異常が家族性にみられることが示唆された。④不育症および不妊症の症例対照研究により、GSTM1遺伝子完全欠損型は、不育症・不妊症ともに危険因子となることが示唆された。また、高齢妊娠の女性の10年間にわたり妊娠16週時のBPA濃度を解析した結果、母体血では減少傾向が認められた。羊水のBPA濃度は、母体血中濃度に比較して低レベルであった。したがって、母体血から羊水へのBPAの移行ないし蓄積は軽微であると考えられた。⑤スチレン曝露in vivo実験により、ラットのプロラクチンなどが変化し、内分泌かく乱作用のマーカーとして神経内分泌系の測定が有効であることが示唆された。また、スチレンモノマー代謝酵素活性は、成熟ラットでは雌雄による性差がみられ、CYP2C11/6は成熟雄で活性が高かった。一方、妊娠中はスチレンモノマーの薬物動態が非妊娠時とは異なり、酵素活性が減少していた。
結論
①北海道における尿道下裂有病率は男児出生1万人あたり7.6人と推定された。②質問紙調査を実施した対象者の約半数が重症型の尿道下裂であり、合併奇形としては、停留精巣(18.4%)が最も多かった。職業性曝露としては、父親では有機溶剤、石油製品が多く、母親では医療・介護職の消毒薬・アルコール・エックス線などであった。2500g未満の低出生体重児が39%を占め、高値を示していた。③尿道下裂6症例のうち、遠位型1例と近位型3例(うち2例は兄弟)において3βヒドロキシステロイド脱水酵素(3βHSD)と17-, 20-リアーゼ活性の単独または両方の低下を認めた。遠位型症例の父親には3βHSDおよび17-, 20-リアーゼ活性の低下が、また近位型兄弟例の母親に17α水酸化酵素と17-, 18-リアーゼ活性の低下が認められた。④GSTM1遺伝子完全欠損型は、不育症・不妊症ともに危険因子となることが示唆された。10年間にわたり妊娠16週時のBPA濃度を解析した結果、母体血では減少傾向が認められ、母体血から羊水へのBPAの移行ないし蓄積は軽微であると考えられた。⑤スチレン曝露in
vivo実験により、ラットのプロラクチンなどが変化し、内分泌かく乱作用のマーカーとして神経内分泌系の測定が有効であることが示唆された。スチレン代謝酵素では、CYP2C11/6が成熟雄で活性が高かった。

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