看護・医療における事故防止のための看護基礎教育に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000039A
報告書区分
総括
研究課題名
看護・医療における事故防止のための看護基礎教育に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
丸山 美知子(厚生労働省看護研修研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 和賀徳子
  • 坪倉繁美(厚生労働省看護研修研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
看護・医療事故防止にむけて、看護教員に必要な知識・技術を明らかにするとともに、看護基礎教育の事故予防に関するカリキュラムを検討することを目的とする。
研究方法
本研究に関わる研究者全員により、1989年以降の看護基礎教育で使用されているテキストおよび看護事故に関する文献の分析検討を行うとともに、本研究で使用する用語の規定を行った。その後、研究目的に従って2つの分担研究を行った。
1)看護・医療事故防止にむけて、看護教員に必要な知識・技術を明らかにする。
(1)看護教員が医療・看護の事故について教育が可能になるための知識・技術を明らかにするため、国内・外の文献を通して、事故(事例)の種類に応じた分析方法やヒューマンエラーに関する社会・心理的な知識などの内容を検討した。
(2)文献および判例から収集した190件の看護事故事例を「4M-4E」「SHELモデル」による分析を実施した。
(3)上記の分析結果の確証のために、4ヶ所の病院の看護婦18名を対象に経験年数別に事故防止に重要な「確かさの根拠」について聞きとり調査を行った。
(4)看護・医療事故の構造と看護・医療事故の分析方法および事故防止の技術、安全を守る技術を抽出し看護・医療事故を一専門領域とする看護教員を育成するための内容を明確にした。
2)看護基礎教育の看護・医療事故予防に関するカリキュラムを検討する。
(1)看護・医療事故予防のための安全な看護実践力に関する概念枠組みを検討した。
(2)上記の結果を踏まえて、看護基礎教育の実態を把握するために、全国の看護大学・短大・養成所941校(平成12年度において最終学年を教育している)を対象に郵送法による自記式質問紙調査を行った。調査内容は、①看護・医療事故の予防・安全文化の醸成とカリキュラムの考え方 ②看護・医療事故予防に関する能力の教育および看護の倫理教育に関する教員の認識と教育の実態 ③看護・医療事故のなかで多い与薬、転倒・転落のエラー要因の教育の実態 ④看護・医療事故予防に関する教育内容の基礎教育、卒後教育の必要性の認識 ⑤臨地実習における看護技術の体験状況などとした。
(3)看護・医療事故に関して、先駆的な授業の取り組みをしている看護大学3名、看護短大4名、看護婦養成所3年課程2名、看護婦養成所2年課程2名で、合計11名の授業実施者に面接し、詳細な内容を聞きとり調査をし、質的に分析した。
(4)上記(1)から(3)の結果を踏まえて、カリキュラム試案を作成した。
結果と考察
1)看護教員が看護・医療事故について教育が可能になるための内容として、看護・医療事故の概念、事故を起こす人間の行動に関する知識、看護・医療事故の種類や分析方法に関する知識技術、看護・医療事故を予防するための知識技術を検討し、これらの内容として次のような結果を得た。
(1)看護・医療事故の概念規定が不明確であることおよび航空界、産業界における事故の分析方法として開発されている「4M-4E」「SHElモデル」は事故の全体を把握する方法として、看護・医療事故を分析する方法としても適切であることが確認できた。しかし、看護の直接的な行為による事故を分析する為には、看護・医療に特有の分析方法が必要であることが明確になり、これを本研究で明らかにすることができた。また、産業界では事故防止は「規準化」「マニュアル化」を指向し、それが可能であるのに対して、看護・医療においては、「個別対応」「状況対応」がその特徴であること、事故の発生とその防止のみを問題にした場合、患者不在の事故対策を招き易いことが明らかになった。
(2)看護・医療事故の構造として「確かさの根拠が不明確である」こと、この下位内容には「観察の誤り、観察をしない」「予測の誤り、予測をしない」「判断の誤り、判断をしない」「行為の誤り、行為をしない」がある。これは、自らの考えに基づいて行動していないこと及びメタ認知の機能が低いことを示している。どうすれば確かな根拠が得られるかについての考え方や知識を教育する必要がある。
さらに、「専門分化していない看護業務」「システムディフェンスの未熟さ」「安全づくりに対する低い共同意識」が取り出され、看護の自律性と密接に関連していることが分かった。
(3)看護・医療事故の分析方法に関して、本研究で抽出できた看護・医療事故の構造はそのまま事故の分析方法として可能であるが、さらに、臨床の場で検証される必要がある。
(4)看護・医療事故を予防するための知識技術-事故防止の技術と安全を守る技術の相違-看護・医療事故の構造から、「確実な観察技術」「確実な判断技術」「確実な予測の技術」「確実な行為(技術)」と、これらの知識技術をメタ認知することが事故防止の知識技術である。一方、「患者の思いに近づく」「患者の了解」を大切にする知識技術は「安全を守る技術」として前者とは明確に異なる技術として抽出された。両者の差違を明確に教授する必要がある。
2)看護基礎教育の看護・医療事故予防に関わるカリキュラムの検討にあたって、全国の看護学校養成所の教育実態を調査した結果、看護・医療事故に関する教育内容についての話し合いは、約7割の看護学校養成所で実施されているが事故予防を教育目標にあげているのは約2割と少ない。しかし、今後、事故予防を目標にすべきと8割が考えていることから安全文化は醸成されつつあると考える。個人の安全意識や意欲の向上は「風土」や「制度」などの安全文化の醸成が鍵といわれていることから、学校養成所での組織的取り組みが重要と考える。  卒業時において到達が困難と認識され、看護基礎教育では重視して教育されていない看護・医療事故予防に関する能力は「批判的に思考する能力」「発言・主張する能力」「優先度を決定する能力」であり、看護の倫理に関する能力は「情報提供ができる能力」「人権を護り代弁する能力」「有益性、危険性を説明する能力」であった。また、看護技術教育については、最も事故が多い「与薬」や「転倒・転落」についてはエラー要因の教育を約9割の学校養成所で実施されていた。その教育方法は講義が中心であることから、事故の認知活動をモニタリングし、その行動をコントロールできるような訓練、メタ認知能力を強化する疑似体験等の演習が重要である。
さらに、看護・医療事故予防について系統的に教育されていない実態が明らかになったことから、看護・医療事故予防に関わるカリキュラム試案を作成した。
「水平軸」に健康の維持と増進、安全のためのシステム、看護過程、看護独自の機能と相互依存的機能、看護の責任と責務、看護の倫理、ヒューマンエラー、「垂直軸」にオートノミー、意志決定、安全、技術とし、学習の進度や内容の順序性の方向を示す自由度のあるカリキュラム試案とした。これらを従来の科目の中に分散させたり、「看護安全学」などの科目を立てることもできるように組みたてた。
結論
1)看護・医療事故を一専門領域とする看護教員には次のような知識技術が必要である。
(1)事故と看護・医療における患者の身体の侵襲を識別するための両者の概念規定 
(2)確かな看護実践に必要なメタ認知能力を持った学生を育成するための教育方法
(3)看護・医療事故の構造を明確に捉え、それを教授することおよび臨床現場で発生する事故 を適切に分析できること、さらにより適切な分析方法の追求
(4)事故防止の技術と安全を守る技術の差違を明確に捉え、教授することおよび両者の技術 の追求と確立
(5)看護・医療事故と看護の自律性の関連性を明確に捉え、看護の自律性について実践レベル での教育
(6)事故防止の観点から、看護・医療のシステム全体を捉え、システムを分析する知識
(7)看護・医療における安全文化の追求とその教育
2)全国の看護学校養成所における看護・医療事故予防に関する教育において、卒業時において到達が困難と認識され、看護基礎教育では重視して教育されていない看護・医療事故予防に関する能力は、「批判的に思考する能力」「発言・主張する能力」「優先度を決定する能力」であり、看護の倫理に関する能力は「情報提供ができる能力」「人権を護り代弁する能力」「有益性、危険性を説明する能力」であった。また、その教育方法は講義が中心であることから、事故の認知活動をモニタリングし、その行動をコントロールできるような訓練、メタ認知能力を強化する疑似体験等の演習が必要である。
3)看護・医療事故予防・安全文化は醸成しつつあるが、系統的に教育されていない実態から看護・医療事故予防に関わるカリキュラム試案を作成した。
4)今後の研究課題として、看護・医療事故予防を意識した安全文化の醸成と系統だったカリキュラムの精選が必要である。さらに、看護教員が看護・医療事故を一専門領域とするためには、「教育方法」と「研究方法および研究を推進していく能力」を育成する必要がある。特に「事故の体験からの学習」を明確に捉え、その教育方法の開発の必要性が強く示唆された。

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