社会保障政策が育児コストを通じて出生行動と消費・貯蓄行動に及ぼす影響に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000021A
報告書区分
総括
研究課題名
社会保障政策が育児コストを通じて出生行動と消費・貯蓄行動に及ぼす影響に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
高山 憲之(一橋大学経済研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 金子能宏(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
2,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
少子化に対応する社会保障政策のあり方を探るために、本研究では、社会保障政策が育児コストを通じて個人の出生行動と消費・貯蓄行動に及ぼす影響を実証分析する。また、消費・貯蓄行動の変化は、国民経済における資本ストックの水準にも影響を及ぼすので、マクロ経済学的な影響にも配慮した理論考察を加える。これによって、子育て支援策及びこれに関連する児童手当、育児休業期間中の年金保険料負担等の諸施策がもたらす個人の出生行動への影響と消費・貯蓄行動を通じたわが国経済への効果を明らかにして、出生行動や消費・貯蓄行動ひいては国民経済に好ましい影響をもたらすを社会保障政策のより多くの選択肢を示すことができるようになることが期待される。
研究方法
育児コストには、結婚・出産・育児に伴なう実際の費用と子育てをするために労働市場から退出する際に生じる機会費用とがあることに留意しながら、育児コストの諸要因を理論的に考察するとともに、実証分析を行う。理論的考察では、出生行動がモデルの中に組み込まれている内生的経済成長モデルを応用し、実証分析では、複数時点のクロスセクション・データを集めたパネル・データに基づく分析を試みるが、2年計画の1年目である本年度は、クロスセクション・データに基づく実証分析を行う。また、育児コストは、労働市場の実態や家族のあり方にも依存するので、カナダ日本社会保障政策研究円卓会議の機会を活用してカナダとの比較研究を含めることにより、女性の職場進出、就業形態の多様化、及び少子高齢化社会における家族のあり方について、多面的な研究を実施する。
結果と考察
育児コストには、出産後の子育てにかかる直接的な費用と、労働市場の退出や出生行動に係わる機会費用としてのコストがある。まず、後者について、本研究では、わが国の世帯構造の実態に留意しながら結婚の費用とこれが晩婚化に影響し、ひいては出生行動に影響することについて、「国民生活基礎調査」や「出生動向調査」などを利用しながら分析を行った。これにより、次のことが明らかになった。
(1) 日本の場合、結婚していない女性が出産する割合は非常に低いので、女性の結婚の選択が出生率に大きな影響を与えていると考えられる。結婚行動に関する経済学的分析としてはBeckerの分析があるが、欧米流の個人の選択行動のモデルであり、日本的特殊事情は考慮されていない。分析の結果、日本の場合、女性が親と同居をやめることの費用(父親の所得が代理変数)が結婚確率と関係のあることが明らかになった。(2) 出生率に関する回帰分析の結果、男性賃金と出生率は正の関係、女性賃金や住居費とは負の関係が認められた(地域ダミー変数等を用いない場合)。ところが、児童手当や初婚年齢に関しては、(予想に反して)負の関係が認められた。この結果(2)は、女性の賃金が機会費用となり出生率が低下することを示しているので、育児休業期間中の賃金保障をより高めることは、休業期間の賃金喪失を減少させるので、出生率を上昇させる効果を持つことが期待される。また、(1)のように結婚の費用として親の所得と夫となる男性の所得格差を勘案すると、児童手当は夫となる男性の所得を高めて女性の結婚費用を低下させるので結婚率を高め、ひいては出生力にも影響を及ぼすと考えられる。
次に、子育て支援策が育児コストを低下させることが、出生行動と人口成長率、及び消費・貯蓄行動と資本蓄積に及ぼす影響を通じて、わが国の国民経済に及ぼす効果を分析するために、本研究では、内生的経済成長モデルに基づく分析を行った。子育て支援策の育児コスト軽減効果には二つの側面がある。ひとつは、それがなかった場合に必要となる家計負担を軽減する意味で子育てにかかる直接的費用を軽減する効果であり、もう一つは、両親(とくに労働市場の現状を踏まえれば母親)にとって、保育所に子供を預けにいく時間や保育に従事する人と連絡を取り合う時間を投入して育児時間を確保するという意味で、子育てに使う時間の効率性を高める効果である。従来、新古典派的経済成長モデルでは、人口増加率が低く1人当たり資本ストックの水準が高いほど経済成長率が高くなる結果が導かれてきた。この枠組みでは、育児コストを低くし育児の効率性を高め出生率に影響を及ぼす子育て支援策は、経済成長と両立しないことになる。しかし、子育て支援策が子育ての効率性や経済の生産性に及ぼす影響を含めた内生的経済成長モデルを構成して分析を行った結果、子育て支援策が人口増加率を極端に引き上げない限り、子育て支援策によって人口増加と経済成長率の上昇とが両立する場合のあることが導かれた。
さらに、労働市場の実態と家族のあり方について、日本とカナダとの間で比較研究を行った。その結果、パート・タイム労働や派遣労働など就業時間や就業日数を調整できる雇用形態を女性が好む傾向や、これが女性の労働力率を高めていることは両国に共通して見いだされた。しかし、年齢別に見た女性の労働力率は、日本では20歳代後半から30歳代前半まで低下するM字型であるのに対して、カナダではこのような年齢層での労働力率の顕著な低下は見られない。その背景には、カナダでは夫の子育てへの参加の程度が高く、女性の就業を助けていることと、これが夫の就業時間の低下・所得の低下とも関連するため、共稼ぎの必要性が高くなっていることがある。カナダでは、こうした女性のニーズに対応してさらに子育て支援策を進めることが政策課題になっている。これに対して、わが国においては、男女雇用均等法が施行された後も、職場や家族の中でジェンダーの認識が固定的であり、多様な就業形態を活用して育児と就業を両立させようとする女性の就業継続に困難を感じさせる現状があり、これが結婚、出産、育児を遅らせる一因となっている。日本とカナダの比較研究により、こうした固定観念や男女間格差のある雇用慣行を見直すことも含めた、多角的な子育て支援策が今後も進められていく必要があることが理解された。
結論
出産後の子育てにかかる直接的費用と機会費用としての側面を持つ育児コストの実態と、その影響は複雑である。本研究では、2年計画の1年目の研究成果として、結婚の費用がもたらす出生行動への影響、子育て支援策の展開が国民経済に及ぼす影響、労働市場や家族のあり方と出生行動や育児と就業の両立可能性に関する国際比較研究を行った。結婚の費用に関する分析から、児童手当の給付が結婚の費用に影響を及ぼして出生行動を促す可能性があることが明らかになり、内生的経済成長モデルを用いた分析から、子育て支援策が出生行動を促すことと、消費・貯蓄行動を通じた資本蓄積や経済成長率の上昇とを両立させうる可能性があることが導かれた。本研究は、このように少子化に対応する社会保障政策として子育て支援策が持つ意味を、家族との関係というミクロ的視点、国民経済との関係というマクロ的視点、そして国際比較の視点という多角的な視野を持って検討することを試みた。これは、少子社会に対応する社会保障政策への国民的コンセンサスをあらゆる立場の人々から得るための基礎的作業として重要であると考えられる。

公開日・更新日

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