脳梗塞急性期医療の実態に関する研究

文献情報

文献番号
199900855A
報告書区分
総括
研究課題名
脳梗塞急性期医療の実態に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山口 武典(国立循環器病センター)
研究分担者(所属機関)
  • 端和夫(札幌医科大学)
  • 斉藤勇(杏林大学)
  • 大和田隆(北里大学)
  • 村上雅義(国立循環器病センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
55,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳卒中診療の水準向上のためには、従来の死亡者・患者数調査のみでは不十分で、診療体制や治療内容などを含む詳細を把握する必要がある。本研究では、脳卒中の大部分を占める脳梗塞について、その入院患者数および入院状況、診療体制、急性期治療、死亡数、平均在院日数を全国規模および特定地域で調査し、今後の我が国の脳卒中診療体制改善のための基礎データを得ることが目的とする。
研究方法
初年度は、①厚生省健康政策局監修による病院要覧より4953施設を対象として、脳梗塞急性期患者の実態調査をアンケート郵送法にて実施した。②道東医療圏と三鷹市新川地区において医療機関搬入までの時間、脳卒中の病型、重症度、基礎疾患、検査所見、治療内容、リハビリテーション、転帰などを前向きに悉皆調査を開始した。③北里大学における脳梗塞急性期の実態調査と急性期経動脈血栓溶解療法の治療マニュアルの作成を行った。第2年度は、初年度調査結果より脳梗塞急性期患者が年間50例以上入院する施設を全国より156施設選び、1999年5月1日より1年間に入院した急性期脳梗塞患者連続例につき以下の項目を前向きに調査した。①脳梗塞急性期患者の発症・入院状況、②入院時の重症度、③急性期治療内容、④退院時患者状況(在院期間、退院時転帰、退院先)について調査を開始した。また、2年度より全国7施設の発症7時間以内に入院となった脳主幹動脈閉塞・狭窄症の診療実態調査を開始した。第3年度は、第2次調査の対象患者について、一定期間後の社会・家庭復帰状況、介護保険申請の有無、等級、在宅・施設介護状況などに関する予後調査と、道東医療圏と三鷹市新川地区の調査を行い、我が国の脳卒中診療の全貌を明らかにする。
結果と考察
1.脳梗塞急性期治療の実態に関する全国調査
平成12年2月21日現在、12,614例が登録されているが、今回は調査票回収済みの4,005例について解析した。以下にこの結果をまとめる。①患者は男63.3%、女36.7%で、年齢69.8±11.6歳 ②発症時間帯は、安静時34.9%、活動時43.0%、就寝時14.8% ③発症場所は、自宅78.8%、職場4.2%、外出先10.1%、病院内4.5%、その他2.2% ④発症・発見から来院までの時間は、03時間35.3%、36時間12.4%、612時間11.3%、1224時間14.0%、17日間27%⑤来院までの方法は、自力で来院20.7%、介助されて来院37.9%、救急車39.5%、院内発症1.6% ⑥発症時の症候は、運動麻痺69.2%、言語障害45.9%、歩行障害35.9%、意識障害21.1%、感覚障害16.8%、めまい8.7%、嘔気・嘔吐7.1%、視野障害4.6%、頭痛4.1%、痙攣0.5% ⑦脳卒中の既往は、なし68.3%、あり29.6% ⑧脳卒中の家族歴は、なし57.0%、あり43.0% ⑨入院病棟(複数回答可)は、集中治療室18.4%、脳卒中患者主体の一般病棟54.4%、混合病棟26.8% ⑩入院時神経症候は、National Institute of Health Stroke Scale (NIHSS) で、平均が7.3±7.7、中央値が4.0で、6以下が65%、7-14が20%、15-21が8%、22以上が7% ⑪発症12時間以内の急性期の治療は、ウロキナーゼ(UK)使用なし94.2%、あり5.8%(経静注的72.3%、経動脈的27.7%)、rt-PAは、使用なし99.4%、あり0.6%(経静注的4例、経動脈的19例)であった。血栓を溶解する目的で血栓溶解療薬を使用したと考えられる症例は、87例(2.2%)であった。⑫発症7日以内の急性期の治療は、ヘパリン13.7%、アスピリン9.2%、チクロピジン14.2%、ワルファリン5.9%、オザグレルナトリウム52.1%、ウロキナーゼ6.6%、アルガトロバン21.2%、その他・治験薬など8.9% ⑬外科的治療は、なし98.6%、あり1.4%⑭病型分類は、ラクナ梗塞38.9%、アテローム血栓性脳梗塞29.8%、心原性脳塞栓症17.2%、その他の脳梗塞6.3%、TIA7.8% ⑮危険因子は、高血圧60.1%、糖尿病24.3%、心房動脈18.5%、喫煙19.6%、高脂血症17.1% ⑯リハビリテーション開始時期は、入院日3.0%、3日以内29.3%、47日以内18.3%、814日以内7.5%であり、軽症のため行わず31.7%、その他の理由で行わず7.8%であった。⑰退院時転帰は、独歩65.2%、杖歩行9.8%、車椅子12.8%、寝たきり5.9%、死亡6.3%。Modified Rankin Scaleでは、0;全く障害なし22.2%、1;問題となる障害はなし32.4%、2;軽度障害13.0%、3;中等度の障害7.6%、4;比較的高度の障害11.5%、5;高度の障害7.0%、6;死亡6.3% ⑱平均在院日数は、26.4±21.3日で、退院先は自宅68.1%、転院19.5%、リハビリテーション科転科3.0%、施設1.2%、院内転科3.7%、その他0.1%であった。
2. 道東医療圏における悉皆調査
平成10年9月1日より平成11年8月31日までの登録患者数は、747人(男56.6%、女43.4%)で、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血の割合は7対2対1であった。くも膜下出血は女性に多く、脳梗塞は男性に多かった。40歳以下では、脳出血、くも膜下出血の割合が多く、脳梗塞は高齢になるほど多かった。10万人当たりの年間発症は、脳梗塞142.2人、脳出血39.9人、くも膜下出血20.9人であった。救急車による受診は脳出血83.3%、くも膜下出血90.2%と多いが、脳梗塞は36.9%と低かった。退院時のADL自立は、脳梗塞66%、くも膜下出血54%、脳出血41%であった。死亡は、くも膜下出血24%、脳出血13%、脳梗塞6%であった。
3. 北里大学における脳梗塞急性期医療の実態調査
平成11年4月から平成12年2月までの北里大学病院救命救急センターに搬送された脳梗塞患者につき調査した。脳梗塞17例、脳出血68例、くも膜下出血84例であった。発症4時間以内の入院は17例中6例であったが、血栓溶解療法の適応となった症例はなかった。
4.脳主幹動脈閉塞・狭窄例の診療実態調査
対象症例は428例(男286例、女142例、平均69.2才)で、来院までの時間は発症3時間以内49%、6時間以内63%、24時間以内86%であった。CTないし血管撮影所見から推定された閉塞部位は内頸動脈(IC)起始部16%、頭蓋内IC9%、中大脳動脈42%、前大脳動脈1%、椎骨脳底動脈21%、多発性 2%で、想定された閉塞機序は、塞栓性 54%、血栓性 32%、血行力学的虚血6%、不明 8%であった。治療の内訳はUK静注 44%、UK 動注6%、rt-PA静注1%、rt-PA動注4%であった。治療による再開通 9%、自然再開通 27%、再開通なし27%、不明 37%で、再開通率は、rt-PA動注、UK動注、UK静注の順に高かった。外科的治療は33例(8%)であった。発症3ヶ月後の予後は、modified Rankin Scaleで障害なしは23%、軽度障害 32%、重度障害 32%、死亡 11%で、非再開通例で予後不良であった。
以上より、脳梗塞の発症年齢は平均70歳で男性に多く、女性に比べて年齢が低かった。今回のデータを基に我が国の脳梗塞年間発症数を推定すると、17.1万人となる。脳梗塞の多くは自宅で発症するが、現時点ではまだ発症後3時間以内の来院は35%と少ない。血栓溶解薬の使用された患者は2.2%と少なく、本邦における脳梗塞の主な治療法とは言えない。脳梗塞の病型は、ラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症、TIAの順であり以前からの報告と同様であった。入院時の神経症候は、軽症例(NIHSS score 6以下)と考えられる例が約70%で、重症例(NIHSS score15以上)が15%であった。退院時の状況は、独歩が65%、杖歩行が10%、車椅子や寝たきりが約20%で、死亡率は6%であった。退院先は約7割が自宅であり、施設へは1.2%であった。本邦の脳梗塞患者の特徴は、軽症のラクナ梗塞が多いため死亡率は低く、自宅への退院が多いと考えられる。
結論
入院までの時間を短縮するためには、運動麻痺、言語障害、歩行障害、意識障害が、脳卒中の発作時の症状であることを市民に認識させ、発症時にいかに対応するかを啓発することが重要であろう。血栓溶解薬の投与された患者は2.2%と少なく、未だ本邦では脳梗塞の主な治療法となっていない。また、本年度の研究参加施設は、地域の脳卒中診療の中核病院であるにもかかわらず、集中治療室での診療は18%と少なく、脳卒中集中治療室(SCU)を備えた脳卒中センター的中核病院の早急な整備が全国に必要であると考えられる。

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