霊長類を用いた遺伝子治療法の評価システム開発研究

文献情報

文献番号
199900368A
報告書区分
総括
研究課題名
霊長類を用いた遺伝子治療法の評価システム開発研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 寺尾恵冶(感染研)
  • 早坂郁夫(三和科学)
  • 山海直(感染研)
  • 加藤賢三(感染研)
  • 河村晴次(東京大学)
  • 黒田洋一郎(東京都神経研)
  • 中山裕之(東京大学)
  • 岡田詔子(東邦大学)
  • 佐藤英明(東北大学)
  • 橋本光一郎(明治乳業)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
110,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
新規高度医療技術として、先天性遺伝子疾患、癌あるいはエイズ等の慢性感染症、生活習慣病や老人病に対し、ウイルスベクターを用いた遺伝子治療法の適用が期待され、検討され始めている。今後わが国独自に開発されてくるウイルスベクターがヒトへの導入を考えたデザインであること、また導入される遺伝子がヒト由来の遺伝子であることから、ウイルスベクターによる生体内への遺伝子のデリバリー、安定性、安全性および有効性についてはヒトに最も近縁な類人猿を含む霊長類をもちいた評価系を確立することが急務である。遺伝子治療法の先進国である米国においては、しばしば非臨床試験をとばしてヒトでの臨床応用がなされてきた。そのため遺伝子治療法の有効性に関する疑義が提示されたことがあり、また高用量のウイルスベクター使用による死亡例のような問題が生じている。従って、遺伝子治療の非臨床価試験は、出来る限り類人猿を含む霊長類を用いて行うべきであると思われる。また本研究班の用いる実験動物が齧歯類でなく類人猿を含む霊長類であることは研究の進展に時間を要すること、施設・設備に大きな費用がかかること、独自の技術開発が必要であることなどの欠点を持つ。しかし、そこで得られる成果は何よりも新医療技術としての遺伝子治療法が、社会一般に受け入れられるためのコンセンサスづくりに極めて有用である。本研究班は、これに答えるべくex vivo評価のためのツールの開発(初代培養と凍結保存条件)と評価のマニュアル化、in vivoでの遺伝子デリバリー(骨髄幹細胞への遺伝子導入、内視鏡での標的器官へのアプローチ)系の開発、遺伝子疾患モデルサルの生物資源(bio-resource) の保持と再生に取り組んでいる。
研究方法
研究方法と結果=海外で開発され評価された既存のウイルスベクターあるいはリポゾームのような新しい遺伝子ベクターを用いた遺伝子治療が、既にいくつかの大学病院でヒトに対し開始されつつある。他方、わが国で独自に開発されたウイルスベクターも近い将来ヒトへの応用が考えられている。本研究班は生体内でのウイルスベクターの安全性、安定性、有効性、デリバリーについて類人猿を含む霊長類を用いて、主に宿主の側から評価するための効率的なシステムの確立を目的としている。そのため、霊長類由来初代培養細胞を用いたex vivo評価、カニクイザル、チンパンジーを対象としたin vivo評価システム、遺伝子のデリバリー、及び疾患モデルの開発等について研究を進めた。1) 初代細胞を用いた評価法:カニクイザルクイザルの胎児(80日前後)を用いて、各種臓器由来組織を凍結保存し、初代培養細胞法の確立を試みた。培養を試みた臓器は肝、腎、肺、筋肉、心、胃、皮膚、小腸、膵、膀胱、骨髄、胸腺、脾、脳の14種類である。継代培養でほぼ線維芽細胞の混入なしに評価可能な組織は腎、肺、心、脳であった。このうち肺と腎は長期継代が可能であったが、20代以上では染色体数が異常となり、ex vivo評価には5~15代の細胞が適していると思われた。これら4種の細胞ではいずれもセンダイウイルスベクターでの遺伝子発現は非常に高率であった。また初代神経系細胞培養ではシナプス形成を持つ神経回路が形成されるので、神経機能をマーカーとしたex vivoの安全性評価も可能と思われる。非凍結細胞としては末梢血細胞を標的として遺伝子導入の評価を進めている。 2) カニクイザル骨髄幹細胞への遺伝子デリバリー評価:骨髄自家移植システムを開発し
た。骨髄穿刺法と末梢動員法とで総回収細胞数、CD34陽性細胞数、プロジェニター数を比較し、移植細胞回収の至適条件を検討した。その結果、G-CSFとSCF併用投与またはG-CSF単独投与によるプライミングで効率よくCD34陽性細胞が回収されることが明らかになった。またカニクイザルで実施した骨髄移植後の経過を比較した結果、移植したCD34陽性細胞数が多いほどX線照射後の回復が早く、最低2x106/KgのCD34陽性細胞の移植が必要であった。これらの結果をふまえてG-CSF投与スケジュール、プラズマアフェレーシス法、CD34陽性細胞の回収、遺伝子導入と放射線照射個体への移入、 移植後のICUにおける集中管理、輸血、抗生剤投与、検査間隔等について基本的なマニュアルを作成することが出来た。骨髄幹細胞への遺伝子導入効率と安定性評価法については検討を進めている。3)In vivo評価法の確立:in vivo評価をするための第1段階として、センダイウイルスベクターを用いて、幼若カニクイザルでの水平感染の有無を検索した。その結果付加型センダイウイルスベクターを鼻腔接種した個体では有意な抗体上昇が認められたが、同居非接種個体では抗体は検出されず、霊長類では感染性ウイルスの出現による水平感染の可能性はきわめて低いと思われた。またチンパンジーの場合は動物実験倫理からバイオプシーによる評価が主体になると思われる。そこで内視鏡を用い消化器系の他に呼吸器系(気管支粘膜上皮細胞)の採取、骨髄幹細胞を得るための骨髄穿刺法を確立した。また関節腔へのアプローチ、脳脊髄液採取のための基礎情報としてヘリカルCTによる検索を行い、当該部位の骨構造を明らかにした。4)疾患モデル動物の検索と生物資源の再生:自然発症モデルとしては老齢カニクイザルの老人斑を対象として、ヒトを含む各種動物の老人斑のフラクタル解析を行い、カニクイザル老人斑の特性を調べた。実験モデルとしてはMPTP投与によるパーキンソン病モデルの作出を試みた。0.5mg/KgのMPTPを毎週静脈内投与した結果、投与開始100日目頃から反応の鈍さなどの症状が現れ、120日過ぎからは四肢の麻痺が認められた。この症状はMPTPの投与を中止した後も持続した。一方、行動解析装置により発症したサルの手の動きを解析した結果、行動量(差分解析)と行動の周波数解析により症状の評価が可能であることが明らかになった。家系性網膜黄斑変性症や白内障等の動物モデル家系の遺伝資源確保のため、胚や配偶子の凍結保存、保存精子を用いた体外受精、初期胚培養、胚移植による新生児の作成に成功し、霊長類生物資源の保持、再生が技術的に可能になった。
結果と考察
考察=本研究班では類人猿を含む霊長類に対する遺伝子のデリバリー、細胞障害性、毒性、免疫応答、病理、副作用などの解析結果に基づき、ウイルスベクター等を用いた遺伝子治療法の評価をするための汎用性のあるマニュアルを作成することを目的としている。霊長類を用いて遺伝子治療法の有効性、安定性、安全性評価を行う場合、以下の3点について評価法を確立する必要がある。1)新規開発ウイルスベクターの有効性、安全性、安定性の評価(ex vivo、器官培養及びin vivo)、2)骨髄幹細胞を含む標的組織、標的細胞への有効なドラッグデリバリーシステムの評価、3)霊長類疾患モデルを用いた遺伝子治療の有効性評価法の確立である。本研究では、センダイウイルスをはじめウイルスベクターのex vivoでの有効性を評価するための初代培養細胞系の開発と凍結保存に関してはほぼ実験を終了し、センダイウイルスベクターを中心に有効性の検討を始めた。今後は初代細胞を継代することによる遺伝子発現に及ぼす影響を定性的及び定量的に測定し、再現性をもって利用できる限界を明らかにする必要がある。カニクイザルを用いた骨髄幹細胞を標的としたドラッグデリバリーシステムの評価系の開発については急速な進展を見せた。骨髄移植と骨髄幹細胞への遺伝子導入のハードとソフトのためのマニュアルが出来たので、今後の実験を通してSOPを確立することが必要である。またチンパンジーへの応用、汎用性幹細胞であるサル類及び類人猿のES細胞の作成を試
みる必要があるかもしれない。チンパンジーではバイオプシー技術の展開(消化器系と呼吸器系)、バイオプシー技術を用いた器官培養系、in vivoでの遺伝子治療評価系の技術開発が必要となろう。関節液、脳脊髄液を介した遺伝子治療法は将来、ヒトの慢性疾患の治療法として利用される可能性が強い。カニクイザルでデータ蓄積し、チンパンジーに応用する必要がある。霊長類疾患モデル家系の遺伝資源確保のための研究として、カニクイザルの胚や配偶子の保存方法、体外受精、初期胚培養法を確立し、胚移植による新生児の作成に成功した。霊長類生物資源の保持、再生が可能になったことは、この分野で長い間研究が進められてきた技術の集大成で有り、当研究班のみならず、わが国にとって非常に大きな研究業績である。
結論
本研究班では宿主反応を指標にして類人猿を含む霊長類を用いex vivo, 器官培養、in vivoでの遺伝子治療法の安全性、有効性、安定性およびウイルスベクターのデリバリーに関する評価システムを確立することを目的としている。新規開発ウイルスベクターのex vivoでの有効性を評価するための初代培養細胞系の開発と凍結保存に関しては実験がほぼ終了した。これらの細胞と非凍結末梢血細胞を含めセンダイウイルスベクターを中心に有効性と安全性の検討を始めた。カニクイザルを用いた骨髄幹細胞を標的としたドラッグデリバリーシステムの評価系の開発については急速な進展を見せた。骨髄移植と骨髄幹細胞への遺伝子導入のハードとソフトのためのマニュアルが出来たので、今後の実験を通してSOPを確立することが必要である。チンパンジーではバイオプシー技術の展開(消化器系と呼吸器系)と骨髄細胞採取、関節と脳脊髄へのアプローチ法が開始された。今後in vivoでの遺伝子治療評価系の技術開発が必要となろう。霊長類疾患モデル家系の遺伝資源確保のため、胚や配偶子の保存方法、体外受精の基盤技術開発を進めた。その結果、胚移植による新生児の作成に成功し、霊長類生物資源の保持、再生が可能になった。また霊長類の胚、配偶子を用いる研究の基盤技術開発として、他種動物の生殖生物研究も進めた。

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