家族形成の構造変化と社会保障の家計行動への影響に関する研究

文献情報

文献番号
199900017A
報告書区分
総括
研究課題名
家族形成の構造変化と社会保障の家計行動への影響に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
岩本 康志(京都大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山内太(京都大学)
  • 大日康史(大阪大学)
  • 滋野由紀子(大阪市立大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
この研究は、社会保障の家計行動に与える影響を、(1)社会保障と家族保障の代替の発生、(2)家族の形成に関する構造変化、(3)社会・制度的要因と経済的要因の区別、という3つの視点を重視した上で、個別家計のデータを用いた実証研究によって解明していこうとするものである。
新世紀にふさわしい社会保障制度を構築するための構造改革を進めるためには、医療、介護、年金の各システムが、プラス、マイナスの両面でどのように経済活動に影響をおよぼしているかを分析し、その意義と問題点を明らかにする作業が必要である。このような作業のひとつに、社会保障が家計行動(貯蓄・就労・消費)に与える影響の評価がある。このような知識は、個別家計のデータにもとづいた緻密な実証分析による知見の知見の積み重ねによって得られるものである。
社会保障(医療・介護・年金)制度が家計行動に与える影響については、すでに多数の研究がおこなわれている。しかしながら、既存の研究で十分に考慮にいれられていない問題として、家族の形成に関する構造変化がある。現代の日本社会においては、晩婚化・非婚化、少子化、親子同居関係の変化など、家族の形成にかかわる基本的要因が、大きく変化してきている。単純に考えると、世帯人員の減少は、家族による健康・介護リスクへの対応力を低下させるので、社会保障によるリスク負担機能の重要性が高まっていく。しかし、社会保障の存在そのものが、家族保障の機能の重要性を低下させ、家族の形成そのものに影響を与えている可能性も否定できない。したがって、社会保障の機能を評価する際には、社会保障と家族保障の代替関係を念頭に置いて、分析をおこなうことが必要となる。
この研究では、そのために、世帯を固定された主体としてとらえるのではなく、世帯員の相互作用により構成される動態的な主体としてとらえることにより、社会保障制度が世帯構成の変化、家族保障の変化を通して与える影響を分析することを特徴とする。このような接近方法は、このために、家庭内の所得分配・時間配分に関する明示的モデルを構築して、モデルから得られる理論的制約をデータを用いて検証するという方法をとる。
このような接近方法をとることにより、家庭内の所得分配・時間配分に関して経済的要因に規定される部分を特定することが可能となる。現実のデータからこれに当てはまらない動きが観察された場合には、それは経済的要因ではない、社会・制度的要因によるものと考えられる。このような区分を設けて両者の効果を計測することは、政策的にも重要な意味をもつ。
研究方法
上の研究目的を達成するために、3人の分担研究者とともに、以下のような研究を遂行した。
「要介護者の発生にともなう家族の就業形態の変化」
「介護者選択の経済的要因と制度的要因」
「育児支援策の結婚・出産行動に与える影響」
「親の時間配分行動と子供の健康資本」
「公的年金と家計の経済厚生」
「Grossmanモデル及びPhilipson-Becker's predictionのNon Parametric推定」
「高齢者医療における需要の価格弾力性の測定」
「検査供給関数の推定」
「薬剤供給関数の推定」
「規制と集中度が病院の医療サービス供給に及ぼす影響についての実証分析」
以上の研究では、『国民生活基礎調査』、『結婚と出生・育児に関する基礎調査』、『社会医療診療行為別調査』、『病院報告』、『医療施設調査』、『患者調査』、の個票を使用している。
結果と考察
個別研究の概要をまとめておく。
「要介護者の発生にともなう家族の就業形態の変化」では『国民生活基礎調査』の調査票の設計上の特徴を利用して、個人の就業変化の動向を識別する手法を開発し、要介護者の発生による家族の就業状態の変化という政策的に重要な課題の分析に適用した。推定の結果、女性が介護者となることは就業へ負の影響をもつが、介護者とならない世帯員と男性の介護者には統計的に有意な影響は観察されなかった。係数の有意性を比較すると、従来おこなわれていたような就業状態と要介護者の発生の時間的変化を無視した分析枠組みよりも、本研究で得られた係数の有意性は低く、介護者となることにより就業が阻害されているという従来の理解は誇張された部分があることが示唆される。
「介護者選択の経済的要因と制度的要因」では、同居世帯員の誰が介護者となるかについて、性別要因(女性だから)と経済的要因(機会費用が低いから)の与える影響を考察した。その結果、性別要因が介護者選択に大きな影響をもち、所得要因の影響は弱いことが判明した。
「育児支援策の結婚・出産行動に与える影響」では、男女ともに結婚を促進させるためには、育児休業中の賃金保障や育児休業期間の延長、出産後の待遇保障というような職場における施策が効果をもつことが示された。また、結婚後の出産促進のためには、育児休業期間中の賃金に対する保障、育児休業期間の延長、出産一時金、保育料の減額等の施策が統計的に有意な影響をもつことが明らかになった。
「親の時間配分と子供の健康資本に関する研究」では、親の時間配分行動が子供の健康状態へ与える影響を分析した。両親世帯では、夫婦間の分業が生じるため、父親・母親それぞれの市場労働供給が子供の健康状態へ与える別の効果を有意に識別できないが、一人親世帯での親の市場労働供給は有意に子供の健康度を減少させることが判明した。また、子供の健康賦存がもたらす親の市場労働供給への影響を調べた結果、子供の健康賦存が低いときには、母親の労働供給が減少し、育児労働を増加させることがわかった。
「公的年金と家計の経済厚生」では、公的年金が高齢者世帯の厚生に与える影響を分析する。高齢者の生活が大きく年金に依存することは知られているが、私的な貯蓄と公的年金の最適な構成を現役時代より意識して行動しているとすれば、公的年金が高齢者の生活水準を改善しているとはいえず、中立的である可能性も考えられる。そこで年金額を調整できると考えられる世帯に対象をしぼり、年金受給の影響を分析したところ、公的年金の受給が高齢者世帯の消費を増加させることが示された。
「Grossmanモデル及びPhilipson-Becker's predictionのNon Parametric推定」では、高齢者の金融資産と健康資本の分布が加齢とともにどのように変化するかを分析している。加齢にともない健康状態と金融資産が低下するというGrossmanモデルの含意と、公的年金受給額が高いほど健康状態が良いというPhilipson-Beckerモデルの含意がわが国において成立するかどうかを検証し、両モデルの含意が棄却されないことが確認された。
「高齢者医療における需要の価格弾力性の測定」では、老人保健制度の自己負担額の変化をもとに、高齢者の医療需要の価格弾力性を推定し、外来で0.016、入院で0.051となり、かなり非弾力的であるという結果が得られた。
「検査供給関数の推定」と「薬剤供給関数の推定」は、医療サービス供給の価格弾力性を推定した研究である。検査については、ほとんどの項目について弾性値は有意に正であること(検査価格が上昇すると検査回数が上昇する)が確認された。一方、薬剤では、ほとんどの薬剤で弾性値は負であり、薬価低下で薬剤費が増加する弾性値が-1以下になる薬剤も多数存在することがわかった。とくにそれは外来で顕著であった。検査・薬剤の投入が価格に反応していることは、医療サービス供給が完全に医学的な要件から決定されているのではなく、経済的インセンティブに反応することを示している。
「規制と集中度が医療サービス供給に及ぼす影響についての実証分析」では、病院の生産関数を推定し、病床数規制や病院の集中度が病院の効率性に与える影響を分析した。民間病院の入院患者については、集中度が高く独占度が高いほど、規制が存在するほど効率的という結果を得た。一方、非民間病院では、民間病院とは行動原理が異なるせいか、入院患者についての明確な関係は確認できなかった。
結論
社会保障と家族保障は密接な相互依存関係にある。世帯人員の減少は、家族による健康・介護リスクへの対応力を低下させ、社会保障によるリスク負担機能の重要性を高める。しかし、社会保障の存在そのものが、家族保障の機能の重要性を低下させ、家族の形成そのものに影響を与える。社会保障の機能を評価する際には、世帯を固定した主体としてとらえるのではなく、家族間の相互作用を考慮にいれ、社会保障と家族保障の相互関係を念頭に置いて、分析をおこなうことが必要となる。このためには、家庭内の所得分配・時間配分に関する明示的モデルを構築して、モデルから得られる理論的制約を検証するという手続きがとられるべきである。
こうした問題意識をもった既存の研究の数はかならずしも多くはない。この研究課題は、これまで蓄積の浅かった課題について、あらたな分析をおこなったものである。

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