文献情報
文献番号
201624001A
報告書区分
総括
研究課題名
化学物質の経気道暴露による毒性評価の迅速化、定量化、高精度化に関する研究- シックハウス症候群を考慮した不定愁訴の分子実態の把握と情動認知行動影響を包含する新評価体系の確立-
課題番号
H26-化学-一般-001
研究年度
平成28(2016)年度
研究代表者(所属機関)
北嶋 聡(国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 毒性部)
研究分担者(所属機関)
- 慶長直人(公益財団法人 結核予防会 結核研究所 生体防御部 )
- 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所 )
- 種村健太郎(東北大学大学院農学研究科 動物生殖科学分野)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 化学物質リスク研究
研究開始年度
平成26(2014)年度
研究終了予定年度
平成28(2016)年度
研究費
14,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
実験動物による吸入毒性試験において病理組織学的な病変を誘発する暴露濃度は、人のシックハウス症候群(SH)の指針濃度をはるかに超える濃度であることから、そこから得た毒性情報を人へ外挿することの困難さが指摘されてきた。これに対し、先行研究では「厚生労働省シックハウス問題に関する検討会」が掲げる物質をその指針値レベルでマウスに反復吸入暴露(7日間)し、病理組織所見が得られない段階での遺伝子発現変動をPercellomeトキシコゲノミクス法により測定し、肺、肝において化学物質固有及び共通のプロファイルを網羅的に捕えた。加えて、海馬に対し化学構造の異なる3物質が共通して神経活動抑制を示唆する遺伝子発現変化を誘発したことから、これが人のSHにおける「不定愁訴」の原因解明の手がかりとなる可能性が示された。本研究は、反復暴露の結果の検証とその判定根拠の一般化を目指し、1)同一個体の海馬、肺、肝の遺伝子発現変動を解析し海馬神経活動抑制の上流に位置する分子機序と肺・肝の関与の解明、2)情動認知行動解析と海馬における神経科学的物証の収集による中枢に対する有害性の実証データと、遺伝子発現変動データの突合による、遺伝子発現情報からの中枢影響に関する予見性の確認、を目的とする。この際、脳が高感受性期にある子どもの特性に配慮した幼児期暴露-遅発性影響も検討する。
研究方法
検討会が掲げる物質を対象に、1) SHレベルでの、トキシコゲノミクスのための2時間単回(4用量、16群構成、各群3匹)、及び情動認知行動解析の為の22時間/日×7日間反復(2用量、回復群設定あり、6群構成、各群8匹)のマウス吸入暴露の実施、2)経時的に採取した脳・肺・肝サンプルについての網羅的遺伝子発現解析、多臓器連関及びインフォマティクス解析、3) 吸入暴露影響の情動認知行動解析と神経科学的物証の収集、及び4) 人への外挿にかかわる臨床的解析及びヒト気道上皮細胞系による毒性応答メカニズムの研究、以上4部から成る、人への外挿性を考慮した高精度な解析を行う。
結果と考察
平成28年度は、テトラデカン(指針値:0.04 ppm)について、目標通りにSHレベル(0、0.04、0.12及び0.40 ppm)での2時間単回吸入暴露を実施し、経時的に採取した海馬、肺、肝サンプルについて、我々が開発したPercellome手法(遺伝子発現値の絶対化手法)を適用し、網羅的に遺伝子発現変動を解析した結果、これまでに検討した物質とあわせ5物質に共通して海馬において、神経活動の指標となるImmediate early gene (IEG)の発現の抑制(ホルムアルデヒドでは抑制傾向)が、暴露2時間直後の時点で指針値レベルの濃度から先行研究での反復暴露(7日間)での場合と同程度に観測され、海馬神経活動の抑制を示唆する所見が再確認された。この抑制は、その2時間後には回復していた。また、ホルムアルデヒドについては昨年度、キシレンの場合と異なり、幼若期暴露の際に情動認知行動の遅発影響が認められず、この原因として、母動物の被毛に吸着され幼若動物に吸入されなかった可能性が考えられた。そこで離乳後(4週齢)の個別飼いによる7日間反復暴露を実施したが、成熟後の遅発影響は認められず、幼若期影響として検討するには4週齢では遅すぎる事が考えられた。SHレベルでのホルムアルデヒド7日間反復暴露期間中のIL-1βの血液中濃度測定を検討したが、現行法では検出限界以下であった。ヒト気道上皮細胞株を用いるin vitro解析系において、現行のBEAS2B細胞より、炎症応答が正常細胞により近いといわれるHBE1細胞においても、先行研究で見いだした微生物関連物質(polyI:C)とホルムアルデヒドとのIL-8 遺伝子の発現増強作用を確認できた。
結論
化学構造の異なるホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、キシレン、パラジクロロベンゼン及びテトラデカン5物質に共通して、2時間以内にIEGを抑制する因子が海馬に作用し、その神経活動が抑制される事が示唆された。IEGの抑制機序として、肺或いは肝からの二次的シグナルとしてIL-1βが海馬に働く可能性が高いものと考えているが、現行法では検出限界以下であったため、今後、より感度のよい測定法を検討する。加えて、ヒト気道上皮細胞株を用いるin vitro解析系の実用性が示され、肺を仲介した影響を含む人への外挿性の向上を計ることが可能となった。本研究の成果として、新規物質について、それらがSHの原因物質として問題となった際に、少なくとも平成14年度の検討会が掲げる化学物質(ガス体11種)との生体影響の異同は、網羅的な遺伝子発現解析により高精度に判定可能となった。
公開日・更新日
公開日
2017-06-07
更新日
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