薬剤耐性菌による感染症のサーベイランスシステムの構築に関する研究

文献情報

文献番号
199800487A
報告書区分
総括
研究課題名
薬剤耐性菌による感染症のサーベイランスシステムの構築に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
荒川 宜親(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山口恵三(東邦大学医学部微生物学)
  • 武澤 純(名古屋大学医学部救急医学)
  • 青木 眞(国立国際医療センター国際医療協力局AIDS医療情報室)
  • 山根誠久(琉球大学医学部臨床検査医学)
  • 平潟洋一(長崎大学医学部附属病院第二内科学)
  • 早田繁雄(日本臨床衛生検査技師会)
  • 菅野治重(千葉大学医学部臨床検査医学)
  • 宮崎久義(国立熊本病院)
  • 猪狩 淳(順天堂大学医学部 臨床病理学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
欧米や我が国をはじめとする先進国のみならず、発展途上国でも、近年、各種の抗菌薬に耐性を獲得した薬剤耐性菌が出現し、院内感染症や術後感染症の起因菌として問題となっている。そこで、WHOやCDCは、薬剤耐性菌による感染症を、emerging-
reemerging infectious diseases の一つとして位置付け対策の必要性を訴えている。特に、欧米や我が国のような「医療先進国」では先端医療や高度医療を実施する上で、薬剤耐性菌による感染症は大きな脅威となっており、この問題に対する医療関係者の関心が高まりつつある。しかし、この問題に対し有効な対策を立てるためには、各々の医療施設における薬剤耐性菌による感染症の実体や動向を正確に把握することが不可欠であり、そのための「ナショナルサーベイランスシステム」の構築が、重要となっている。米国ではCDCが中心となり200余施設の医療施設の参加でナショナルサーベイランス(NNIS)を実施している。また、その他の国々でも類似のシステムを構築しつつあり、以下に例を示す。
米国
NNIS (National Nosocomial Infections Surveillance) system
National TB Surveillance system
The Gonococcal Isolate Surveillance Project
Surveillance of nosocomial blood stream infections (BSI)
Pneumococcal Sentinel Surveillance System
カナダ
The Canadian Nosocomial Infection Surveillance Program
オーストリア
MONI (Monitoring of nosocomial infections)
タイ
National surveillance for antimicrobial resistance of S. pneumoniae and H. influenzae
英国
Nosocomial Infection Surveillance Unit (NISU)
National Prevalence Survey
ドイツ
Nosocomial Infections in Germany-Surveillance and Prevention (NIDEP)
わが国では、医療情報システム開発センター(MEDIS)により「抗生物質感受性状況調査」が数年来実施されて来た。また、この問題に関心の高い医師などが所属する医療施設における個別の調査結果なども多数報告されている。しかし、今後、医療の高度化と医療システムの変革の中で、薬剤耐性菌感染症に関し、患者情報も含めて総合的に調査し解析を行う事が可能な全国的な組織を構築する事が求められている。
研究方法
平成9年度の検討結果を踏まえ、平成10年度には「検査部を中心としたサーベイ」、「ICUにおけるサーベイ」、「国立病院のネットワークを利用したサーベイ」の3つのグループによるサーベイランスの「試行」と、(社)日臨技の微生物研究班による「抗菌薬感受性調査」を行った。収集する情報の種類、データ入力の方法、データファイルの形式等の点については、「薬剤耐性菌感染症症例情報ネットワーク構築に関する研究」班(主任研究者 岡部 信彦)と共同で研究を進めた。1998年4月24日、同4月28日、同5月26日、同5月29日、同7月17日、同10月 1日、1999年1月11日、同3月12日に開催された研究班の班会議及び数度にわたる実務者会議の中で患者情報の収集法に関する諸問題や実施方法について検討を行った。
また、分担研究者により各医療施設における個別の「院内サーベイランス」や関東地区の医療施設における「VREの保菌調査」など個別の調査・研究等を行った。
結果と考察
研究と考察=サーベイランスの試行
平成9年度の検討の中で、当初必要と思われた調査項目について再検討を行い、実施可能と考えらた調査項目に関し「試行」を行った。
各施設にどのような形で試行に参加してもらうかを検討した結果、医療施設の状況が多様であることから、「検査部を中心としてサーベイ」「ICUにおけるサーベイ」「国立病院のネットワークを利用したサーベイ」および(社)日臨技の微生物研究班による抗菌薬感受性調査の4つのグループにより各々の状況に合わせた試行を行った。具体的には、
a. 「ICUにおけるサーベイ」グループは、基本的な調査項目に加え、患者の重症や医療費などの情報も収集する事とし、平成10年6月15日から7月14日の30日間のサーベイを試行した。その結果、ICUに収容されている患者で感染症に罹患した患者は,感染症を起こしていない患者と比べ予後が悪く、医療費も余計にかかることが示唆された。(武澤 分担研究報告書参照)
b. 「国立病院のネットワークを利用したサーベイ」は、6月1日より九州地区の7つの国立病院の参加により、MRSA, PRSP, VRE, メタロ-β-ラクタマーゼ産生緑膿菌などによる感染症についてサーベイを試行した。その結果、3ヵ月の試行期間の集計では、MRSAが74件、IPM耐性緑膿菌が17件、両者の混合感染は2件であった。MRSAについては、内科系の患者からの分離が多く(22 %)また、検体では喀痰が49.4 %と約半数を占めた。また、感染症としては肺炎(35 件)、術創感染(10 件)が多かった。(宮崎 分担研究報告書参照)
c. 「検査部を中心としてサーベイ」は、9月の一定期間中に検査部で分離される全ての細菌について、菌情報と患者情報を総合的に収集する事を目指して
試行を行った。その結果、日常的に「サーベイ」を行うには、データの収集と入力作業の省力化が不可欠であり、データの自動取り込みなどを検討する必要がある。また、収集するデータについては、医療期間の状況にあわせて、階層化した「サーベイ」を実施する必要があるという結論に至った。(山口 分担研究報告書参照)
d. (社)日臨技の微生物研究班の抗菌薬感受性調査 全国330の医療施設の協力により平成10年1月~12月までの間に臨床分離された菌の薬剤感受性(耐性)調査を行った。また、全国18施設の参加で約1,500株の臨床分離菌の薬剤感受性試験を行った。(岩田 分担研究報告書参照)
2. その他の個別調査・研究等
その他、サーベイランスを実施する上で重要な、個々の医療施設における院内サーベイランスや新しい試験・検査法等の検討を行った。
a. 微量液体希釈法を原理とする結核菌薬剤感受性試験法の開発を行い、培養期間が7~10日で、複数の異なる施設でも高い互換性と再現性をもって結核菌の薬剤感受性試験を実施することが可能となった。(山根 分担研究報告書参照)
b. 長崎大学附属病院におけるIMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼ遺伝子保有菌の検出状況の調査では、検査した933株のCAZ耐性菌のうち80株(8.6 %)が、IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼ遺伝子を保有しており、緑膿菌が53株と最も多かった。また、一部にはこの菌による院内感染が疑われた。(河野 分担研究報告書参照)
c. 関東地区の46施設におけるVancomycin耐性Enterococcusの保菌者調査の結果、vanA型のE. faecalisが2株とvanB型E. faecalisが1株新たに検出された。(猪狩 分担研究報告書参照)
d. 千葉大学附属病院における抗菌薬耐性菌の動向を調査した結果、全体的には前年と比べ大きな変化は見られなかったが、PRSPが増加傾向にあり、1998年の全肺炎球菌の56%を占めるに至った。(菅野 分担研究報告書参照)
e. 薬剤耐性菌感染症症例情報ネットワークの構築について、看護婦、臨床検査技師等の参加で検討を行った。(青木 分担研究報告書参照)
DRG/PPSと「薬剤耐性菌感染症サーベイランス」
DRG/PPSが導入された場合、院内感染症や術後感染症の治療費用は、「病院持ち」という事態も想定されるため、各医療施設はこれまで以上に、薬剤耐性菌による施設内感染症に対し綿密な対策を講じることが必要となる。したがって、日常的に感染症を有する患者の把握を行ない、適正な抗菌薬療法や院内感染対策が実施されているか否かを、常時把握するための「院内感染症サーベイ」などを一層充実する必要が生じる。そして、その結果を評価する際に、各医療施設の状況が、「平均」的な状況と比べ、どのような位置にあるのか、その指標となる「ナシ ョナルデータ」が必要である。今回、平成12年度の事業化を目指して準備が進められている「薬剤耐性菌感染症サーベイランスシステム」により、このような目的にかなったデータベースが構築される事が期待される。
今後、以下の課題を検討する必要がある。
感染症の診断基準
サーベイに用いる「感染症の診断基準」は、「薬剤耐性菌感染症症例情報ネットワークの構築に関する研究班」(主任研究者 岡部信彦)の分担研究者である一山 智氏(京都大学)と山口惠三氏(東邦大学)に作成を依頼した。 米国のDCDのNNISが作成した「診断基準」は、感染症専門看護婦が中心となりサーベイを行う場合には有用であるが、我が国ではトレーニングを受けた看護婦の数も少なく、それをそのまま活用することはできない。そこで、主治医等が感染症か否かの判断に迷った場合に参考とする目的で、独自の「診断基準」を作成した。この「診断基準」はあくまでも暫定的なものであり、実際に利用する中で、必要に応じて修正をしていく事を考えている。
検査法の精度管理
細菌の分離・同定や感受性試験の精度管理はデーターベースの信頼度に影響する重要な問題である。特に感受性試験法は、医療機関毎に種々の方法が採用されている。したがって、サーベイの中では、当面検査方法毎にデータを蓄積していくことを考えているが、全体的な方向としてはNCCLSの方式に従って、MIC値で結果を集計することを考えており、将
来的にこの方式に一本化することを目指すべきであろう。データ入力の省力化
各医療施設における日常的な院内感染対策などに役立つデータを提供するには、サーベイランスが日常的に実施され、新しいデータが常に更新され提供される必要がある。そのためには、データの収集や入力作業の省力化を推進する必要があり、例えば、医療施設の医療情報管理システムから必要なデータを自動的に取り込み、「サーベイ」用のファイルを作成する仕組を考案する必要がある。具体的には、各検査機器メーカーやコンピュータのシステム開発会社に、「サーベイ」用のファイルのデータ構造を公開し、その形式に合わせてデータを出力する機能
をあらかじめ盛り込むように依頼することも必要である。
データ解析
蓄積されるデータベースの内容の分析は、定型的な解析と専門的な解析が平行して行われる必要がある。定型的な解析の例は、医療施設の規模別に臨床分離菌の分離率を示したり、その薬剤感受性のパターンを示すことなどである。専門的な解析の例としては、メタロ-β-ラクタマーゼ産生緑膿菌などの分離状況の解析等である。定型的な解析は、蓄積されたデータの制度をチェックした後、定期的に自動的に解析することで足りるが、専門的な解析は、調査に参加した専門家をグループ化し、菌種や感染症の種類毎に分担を決め、委員会形式で分析担当者の定期的情報交換の場を持つ必要がある。
患者情報の保護
患者情報の取扱については、サーベイに参加する医療施設の名前や患者の個人名が特定されることのないよう、特別の配慮をする必要がある。例えば中央に集中されたデータベース内には、患者個人を特定できる情報は含まず、必要がある場合には、各医療施設に紹介し、個人のデータと照合することとするなどの配慮が必要であろう。
結論
平成10年度の試行の反省点を踏まえ、また、平成12年度からの「事業化」を念頭に置き、平成11年度は、実際に実行可能な内容に絞り、臨床上特に問題と考えられる主な薬剤耐性菌としてMRSA, PRSP, VRE, (VRSA), メタロ-β-ラクタマーゼ産生緑膿菌、ESBL産生菌などを選び、それらによる感染症例について、患者情報と菌情報を収集しデーターベースを構築することを試みる。
しかし、医療施設から分離される全ての菌種について、その分離率や薬剤耐性の傾向を全体的に把握することも重要であり、検査装置や医療情報管理システムから自動的に必要なデータを取り込み、「サーベイ」用のファイルを作成する方法も引き続き検討する事となった。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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