脳の老化の症状評価における生理学的指標の応用に関する研究

文献情報

文献番号
199800218A
報告書区分
総括
研究課題名
脳の老化の症状評価における生理学的指標の応用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
山口 成良(医療法人財団松原愛育会松原病院)
研究分担者(所属機関)
  • 和田有司(金沢大学医学部)
  • 山内俊雄(埼玉医科大学)
  • 小島卓也(日本大学医学部)
  • 三島和夫(秋田大学医学部)
  • 篠崎和弘(大阪大学医学部)
  • 岩崎真三(金沢医科大学)
  • 柴崎浩(京都大学大学院・医学部)
  • 柿木隆介(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は覚醒時脳波、脳波コヒーレンス、睡眠・覚醒リズム、眼球運動、深部体温、メラトニン分泌リズム、光刺激による光駆動反応、誘発電位、事象関連電位、磁気共鳴機能画像、脳磁図など、生体の活動・反応を電気生理学的、神経生理学的指標にて把握し、老年期の脳の老化と痴呆疾患との鑑別診断、処遇(治療・介護)に対して適切な指針を与える基礎資料を得んことを目指している。
研究方法
本年度は、各分担研究者がその専門とする生理学的方法によって脳の老化の症状評価を試行してみた。すなわち、山口は覚醒時脳波のQuick EEGを用いての周波数解析から、和田は脳波コヒーレンスの検討から、山内はアクチグラフを用いた睡眠・覚醒リズムの検討から、小島は眼球運動による遅延反応課題の研究から、三島は活動休止リズム、深部体温リズム、メラトニン分泌リズムの測定から、篠崎は安静時と光刺激時の脳波の伝播の変化から、岩崎は事象関連電位(P300)から、柴崎は磁気共鳴機能画像を用いた認知機能の加齢評価の基礎実験から、柿木は脳磁図と脳波を用いたヒトにおける「顔認知」の研究から、それぞれ脳の生理的老化の症状評価が可能かどうか検討した。
結果と考察
1)60歳以上の健常者14名と成人Down症候群1名について、Quick EEGを用いて、覚醒安静時ならびに3、6、10、15、20Hzの白色点滅光刺激中の脳波の周波数解析を行った。周波数帯域を6帯域に分け、6帯域マッピング、各周波数帯域含有量表示などを行った。同時に知的機能検査としてHDS-RとMMSを行い、これらの得点と脳波所見との関連を経年的に追跡した。本年度は昨年度と比較して、健康高齢者において、HDS-RとMMSの得点は軽度に上昇し、覚醒安静時ならびに光刺激時の脳波の特徴は同じ傾向を示した。2)健常若年齢群30名と健常高年齢群25名について、頭皮上の16部位より脳波を導出し、左右の電極間でコヒーレンス値を求めた。安静時脳波では高年齢群のδ、θ、およびβ-2帯域で中心部間のコヒーレンスが有意に低値を示した。高年齢群内では、δおよびθ帯域の中心部間のコヒーレンス値と年齢に負の相関関係を認めた。光刺激中脳波では、15Hz光刺激頻度に対応する帯域で、半球間コヒーレンス値が高年齢群において有意に高値を示した。3)高齢(平均年齢85歳)の痴呆患者12名にアクチグラフを装着し、4日ないし5日間連続で活動量を測定した。3日目の午前中に約2時間くらい対人的な働きかけを行った。3日目午前中の活動量は対人的働きかけ前に比べてやや高く、夜間の活動量は働きかけ前夜に比べて減少した。またコーレの睡眠・覚醒の判別式で睡眠と判定された睡眠%は働きかけ後の午前に低下し、夜間の睡眠率は約10%くらい増加した。4)60歳以上の健常者30名(中央値74.5歳)を対象として、眼球運動による遅延反応課題の実験を行った。眼球運動による遅延反応は、75歳以上では75歳未満より有意な低下がみられ、MMSや干渉課題でも同様の結果であった。5)メラトニン分泌リズム振幅、深部体温リズム振幅及び位相前進における危険閾値の妥当性を検証するため、上記指標が老年期での睡眠障害の危険因子となり得るかを前方視的に検討した。本年度に行った縦断研究からも、血中メラトニン分泌リズム振幅の低下及び深部体温リズム位相の前進が、老年期での睡眠効率低下の危険因子である可能性が支持された。6)脳の老化の生理学的指標としてα波の伝播に注目して加齢による変化を検討した。
対象として健常高齢者50名、健常若年者35名につき、安静時と光刺激時各10秒間の脳波を19部位から記録した。高齢群と若年群の比較を安静時で行ったところ70歳代では右半球の後方領域が、80歳代ではさらに右半球の中側頭部でα波の伝播が変化した。安静時と光刺激時の比較を高齢群で行ったところ60歳代のみが、左中側頭部でα波の伝播が有意差を示した。7)健常高齢者28名(平均72.1歳)および老年期痴呆患者6名(平均72.5歳)について、赤と青の4種類のStroop型を含む視覚刺激を用いて、その弁別のさいに出現する事象関連電位(ERP)のP300成分をFz、Cz、Pzの各部位から導出し測定した。その結果、健常高齢者群は老年期痴呆患者群に比してP300潜時は有意に短く、P300振幅は有意に大きかった。また、誤反応率は健常高齢者群の方が有意に低かった。健常高齢者群では高齢群ほどP300潜時は有意に長かった。また、高齢群ほどP300振幅は小さく、Omission errorが多い傾向にあった。8)磁気共鳴機能画像を用いた認知機能の加齢評価のための基礎実験として、運動障害を主徴とする高齢者の代表的疾患であるパーキンソン病で、認知速度の低下を評価するための実験を行った。言語機能を用いたMental Operation-verbal課題では、呈示速度の上昇と共にパーキンソン病患者群で有意に正答率が低下した。一方、視空間認知機能を使ったMental Operation-spatial課題では、呈示速度の効果は両群間で差がなかった。9)顔認知過程を脳磁図と脳波を用いて詳細に検討した。単純な位相逆転を示す二つの成分(1Mと2M)が観察された。全ての条件で1成分が(潜時180-170ms)、「顔」及び「目」に対して特異的に2M成分が認められた(潜時180-220ms)。顔及び目に特異的な成分(2M)について単一双極子モデル計算できた例では紡錘状回に位置推定された。脳波も同様の傾向を示し、右半球で記録される反応が左半球より高振幅であった。
本研究では、生体の種々の生理学的指標を電気生理学的・神経生理学的方法によって導出し、それによって脳の老化の症状評価が可能かどうか試みるものである。山口らのQuick EEGによる覚醒安静時ならびに光刺激時の脳波の周波数解析は、今後経年的にその結果を追跡することによって脳の老化の進行が追えるかどうか興味あるところである。和田らの安静時脳波のみならず、光刺激中脳波コヒーレンスも脳の正常な老化に伴う脳の機能変化を評価するために有用であることが示唆された。山内らの検討で、夜間の活動量に対する昼間の活動量の比は、老化や痴呆に伴う睡眠構造の変化や、睡眠・覚醒リズムを反映する行動生理学的指標になり得る可能性が示唆された。小島らの遅延反応課題は、前頭連合野に比較的限局した部位の機能を反映するとされ、脳の老化を反映する前頭葉の機能低下を示す指標となることが考えられた。三島らは今後、対象者数を増やして、老年期の睡眠障害の発現に関する概日リズム指標からみた危険閾値の設定を試みる必要がある。篠崎らのα波の伝播の加齢による変化の検討では、右半球が加齢の影響を受けやすいことが示された。光刺激で60歳代で左側頭部で伝播が変化し、早期の加齢の影響を捉える指標となりうることが示された。岩崎らの事象関連電位(P300)の検討では、事象関連電位からみた脳の老化への影響は60歳代から始まり、70歳代では明らかになると考えられた。柴崎らの磁気共鳴機能画像を用いた認知機能の加齢評価のための基礎実験では、パーキンソン病患者における認知速度を健常群と比較すると、言語機能を用いた課題では、運動緩慢に起因しない、認知速度の選択的低下がみられた。今後の脳機能画像による検討が期待される。柿木らの脳磁図と脳波を用いた顔認知の研究では、左右半球紡錘状回における顔に特異的に反応する部位の存在を明らかにし、また脳波成分の振幅に左右差があることから、顔認知は、右半球優位であることが示唆された。
結論
(11)脳の生理的老化を生体の生理学的指標を応用して、数値化、視覚化して症状評価をしようとする試みが、昨年度(平成9年度)から着手された。本年度(平成10年度)は、覚醒時脳波の周波数解析、脳波コヒーレンスの検討、日中の対人的な働きかけの睡眠覚醒リズムに及ぼす影響、眼球運動による遅延反応課題の適用、深部体温・メラトニン分泌リズムの検討、α波の脳内伝播の検討、視覚性事象関連電位P300の測定、磁気共鳴機能画像を用いた認知機能の加齢評価のための基礎実験、脳磁図と脳波を用いた顔認知の研究など、直接、脳の活動および生体の反応から脳の老化の症状評価を検討することが行われた。これらの種々の生理学的指標を用いた検討が健常高齢者における歴年齢(加齢)に対する脳の老化の程度(脳年齢)を評価する生理学的指標になり得る可能性を示唆した。

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