トランスジェニックマウスを用いた老化関連代謝疾患の成因解明と、予防法に関する研究

文献情報

文献番号
199800198A
報告書区分
総括
研究課題名
トランスジェニックマウスを用いた老化関連代謝疾患の成因解明と、予防法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
江崎 治(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 門脇孝(東京大学医学部)
  • 山田信博(東京大学医学部)
  • 山本徳男(東北大学遺伝子実験施設)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者になると骨格筋量が減少し、そのかわりに脂肪量が増加してくる。80代になると、30代の時に比べ、筋肉量が30~40%減少する。さらに悪いことに、脂肪の中でもたちの悪い内臓脂肪が増加することが知られていて、高齢者に多い生活習慣病(糖尿病・高脂血症・高血圧症・動脈硬化症等)の主要な発症原因になっている。
本研究では、これらの成因を明らかにするため、糖質/脂質代謝に影響を与える遺伝子を導入したトランスジェニックマウスやノックアウトマウスを作成し、どの組織のどの遺伝子異常が個体レベルで糖脂質代謝にどのような影響を与えているか明らかにする。これらの結果を基に、老化に多く認められる疾患の成因や予防法を明らかにする。今年度は、グルコース応答性インスリン分泌、インスリン抵抗性の新しい治療法、インスリン抵抗性に基づく脂質代謝異常、高脂血症に関して研究を行った。
研究方法
高齢者による耐糖能悪化の成因の1つにインスリン分泌能の低下が知られている。門脇は、膵β細胞におけるグルコースによるインスリン分泌亢進の作用機序を明らかにする目的で、GPシャトルの律速酵素であるミトコンドリア・グリセロール3リン酸脱水素酵素(mGPDH)欠損マウスをジーンターゲッティングの手法を用いて作製した。
筋肉、脂肪組織(WAT、BAT)に特異的に発現している糖輸送体(GLUT4)は、末梢組織での糖代謝の律速段階になっていて、この量の変化は、個体でのインスリン感受性に直接影響を与える。実際、高脂肪食による糖尿病の発症が糖輸送体(GLUT4)の筋肉組織での2倍程度の過剰発現により完全に防止できるため、GLUT4蛋白の発現機序が明らかになり、GLUT4量を増加させることができれば寝たきり老人や、高齢者にとり、非常に有益である。プロモーター部分の長さが異なるGLUT4トランスジェニックマウス(-7395,-3237,-2000,-1000,-700,-442,-423)を作成し、運動や高脂肪食に反応するシスエレメントや組織特異的発現調節エレメントを推定した。又、ゲルシフト、フットプリント法を用いてより細かい分析を行った。
高齢者に於いては、内臓性肥満の発症により、インスリン抵抗性が出現し、アテローム性のプラーク病変を形成することになる。インスリン抵抗性と冠危険因子との関係を明らかにする為に、高インスリン血症ラットモデルとインスリン抵抗性のモデル動物であるIRS-1欠損マウスを用いて解析を行った。
又、山本は、アポEを結合する特異的なレセプターを2つ同定した。1つはVLDLレセプター、もう一つはアポEレセプター2と名付け、これらのノックアウトマウスを作成し、その機序を明らかにした。
結果と考察
mGPDH欠損マウスは、正常耐糖能であり、膵島からのグルコース応答性インスリン分泌にも障害は認めなかった。野生型マウス膵島にアミノオキシ酢酸(AOA)を加え、リンゴ酸ーアスパラギン酸(MA)シャトルのみを阻害した状態でも、グルコース応答性インスリン分泌はほぼ保たれていた。しかし、mGPDH欠損マウス膵島にAOAを添加すると、グルコース応答性インスリン分泌はほぼ完全に廃絶した。これまで側副経路として認識されてきたNADHシャトル機構がグルコース応答性インスリン分泌に必須の役割を果たしていることが明らかとなった。
高齢者に対して、GLUT4を増加させる方法を見出す目的で、運動、T3、高脂肪食に反応するシスエレメントの同定を行った。GLUT4の発現調節領域が狭められ、ゲルシフト、フットプリント法により運動に反応するシスエレメントの分析が進んだ。運動に反応するエレメントが-550と-442の間に存在することがわかり、転写因子を同定するためのシスエレメントをin vivoにおいて同定できることが明らかになった。又、運動によるGLUT4発現増加のシスエレメントと除神経に反応するシスエレメントが異なったことから、運動によるGLUT4発現増加への神経性因子の関与は否定的であると考えられた。さらに、T3によるGLUT4発現増加に関与するエレメントが、-700と-442の間にあることが推定された。
インスリンの血管壁への直接作用に関して、膵移植モデルを用いて高インスリン血症を作製して明らかにした。このモデルでは血管壁のコレステロール含量が有意に増加しており、高インスリン血症は血管壁に作用して、血管壁のコレステロール蓄積を促進させることにより、粥状動脈硬化症の進展に関与していると考えられた。IRS-1欠損マウスでは高インスリン血症および主として筋肉におけるインスリン抵抗性を示し、耐糖能は正常であることが知られている。本マウスにおける血圧、脂質代謝異常について検討したところ、高トリグリセリド血症および低HDL-コレステロール血症をみとめ、その成因としてリポタンパクリパーゼ活性の抑制を認めた。IRS-1欠損マウスでは高血圧を示し、その成因の一つとして内皮依存性血管弛緩反応の低下を認めた。
アポEレセプター2の役割を明らかにするために、ノックアウトマウスを作製した。マウス遺伝子を用いてターゲッテング・ベクターを作製し、ES細胞に導入したのちにアポEレセプター2遺伝子を部分欠損するES細胞を得、これを用いてキメラマウスを作製し、最終的にアポEレセプター2遺伝子を部分欠損するノックアウトマウスを作製し、確立することに成功した。アポEレセプター2の欠損はマウスの発生や成長、行動、外観、繁殖に大きな影響を与えないが、血中脂質の解析の結果、血中中性脂肪が若干増加することが示された。
結論
今年度は、発生工学的手法を用いて、高齢者の代謝異常の解明、治療法の開発に関し、顕著な進歩が認められた。インスリン分泌に関しては、NADHシャトル機構の重要な関与、インスリン抵抗性の予防に関してGLUT4発現調節領域の分析、インスリン抵抗性自体が及ぼす高血圧、脂質代謝への影響、脳に発現するアポEレセプター2のノックアウトマウスの作成など多くの進展があった。    

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