高次脳機能障害におけるD-セリンシステムの病態解明と治療法開発への応用

文献情報

文献番号
200632018A
報告書区分
総括
研究課題名
高次脳機能障害におけるD-セリンシステムの病態解明と治療法開発への応用
課題番号
H16-こころ-一般-021
研究年度
平成18(2006)年度
研究代表者(所属機関)
西川 徹(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 福井 清(徳島大学分子酵素学研究センター)
  • 川井 充(独立行政法人国立病院機構東埼玉病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 こころの健康科学研究
研究開始年度
平成16(2004)年度
研究終了予定年度
平成18(2006)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高次脳機能障害の分子病態を明らかにし新しい治療法の手がかりを得るため、高次脳機能に深く関わるNMDA型グルタミン酸受容体の活性化に必須で、精神神経症状を改善する作用をもつ脳の内在性物質D-セリンについて、代謝・機能と高次脳機能障害における病態の分子機構を解明する。また、D-セリンシグナルを調節する既存薬物による難治性神経症状に対する臨床治療試験を行う。
研究方法
基礎的研究として、ラットまたはマウスを用い、RT-PCR、DNAアレイ、神経系・グリア系細胞の培養、蛍光検出器付き高速液体クロマトグラフィーによるアミノ酸定量、組織化学、脳内微少透析等の方法により、脳内D-セリンの代謝・機能とその病態の分子機構を検討した。臨床的研究では、二重盲検クロスオーバー試験によりDCSの脊髄小脳変性症患者に対する治療効果を検討した。動物実験及び臨床試験は、倫理委員会の承認を得た上、実施ガイドラインを遵守して進めた。
結果と考察
Asc-1アミノ酸輸送体の阻害によって細胞外D-セリンが増加すること、D-セリン分解能をもつD-アミノ酸酸化酵素(DAO)活性が抗精神病薬のクロルプロマジンによって抑制されることが明らかになり、DAOの結晶化に成功したことから、D-セリンシグナル調節法開発の標的分子についてさらなる手がかりがもたらされた。DCSの脊髄小脳変性症に対する二重盲検試験では、目標の20例のエントリーが完了し、運動失調スコアの経時的に有意な改善効果を認めたが、偽薬との間に有意差がないため、今後、症例数を増やし、病型別の効果を検討する必要がある。
結論
脳内D-セリンの細胞外濃度の調節にグリア細胞や神経細胞の活動性の他にAsc-1アミノ酸輸送体も関与すること、DAO活性の調節がD-セリンの病態の改善に有効なこと、DAOの結晶化よる活性調節部位の解明等の新しい知見が加わり、D-セリンの代謝・機能の分子細胞機構に関する研究がさらに進捗した。これらの所見は、計画通り終了したDCSの臨床試験の結果と合わせ、D-セリンシグナル調節作用をもつ難治性神経症状の治療薬開発の今後の方針を検討するのにきわめて有用と考えられる。

公開日・更新日

公開日
2007-04-11
更新日
-

文献情報

文献番号
200632018B
報告書区分
総合
研究課題名
高次脳機能障害におけるD-セリンシステムの病態解明と治療法開発への応用
課題番号
H16-こころ-一般-021
研究年度
平成18(2006)年度
研究代表者(所属機関)
西川 徹(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 福井 清(徳島大学分子酵素学研究センター)
  • 川井 充(独立行政法人国立病院機構東埼玉病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 こころの健康科学研究
研究開始年度
平成16(2004)年度
研究終了予定年度
平成18(2006)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、脳のD-セリンがNMDA型グルタミン酸受容体の内在性コアゴニストとして、高次脳機能の発現・制御に重要な役割を果たすことに注目し、脳血管障害、神経変性疾患、その他の神経疾患による高次脳機能障害のD-セリンシグナル調節による新規治療法開発を目指す。このため、D-セリンの代謝・機能とその病態の解明に関する基礎的研究と、D-セリン様作用をもつD-サイクロセリン(DCS)の臨床研究を行う。
研究方法
基礎研究として、Xenopus oocyte、ラットまたはマウスを用い、RT-PCR、DNAアレイ、遺伝子強制発現系、神経系・グリア系細胞の培養、蛍光検出器付き高速液体クロマトグラフィーによるアミノ酸定量、組織化学、脳内微少透析、神経毒・グリア毒による局所脳障害等の方法を使って、脳内D-セリンの代謝・機能とその病態の分子機構を検討した。臨床的研究では、二重盲検クロスオーバー試験・一年間の長期投与試験によりDCSの脊髄小脳変性症患者に対する治療効果を検討した。動物実験及び臨床試験は、倫理委員会の承認を得た上、実施ガイドラインを遵守して行った。
結果と考察
D-セリンの代謝・機能に主任研究者らが検出したdsr-2 およびdsm-1が関与することや、脳の細胞外D-セリン濃度を上昇させる物質を見出し、ヒトD-アミノ酸酸化酵素(DAO)を結晶化したこと等から、D-セリンシグナル調節薬開発の標的と候補物質の有用な手がかりを得た。また、高次脳機能障害の基盤となる、大脳皮質局所または培養系細胞の障害のモデルにおいてD-セリン濃度の異常やDAOが関与すること初めて示した。脊髄小脳変性症を対象としたDCSの二重盲検投与試験では、副作用なく運動失調スコアが有意に低下したが、偽薬との間に有意差はなく、今後対象症例数の増加と病型別効果判定が必要と考えられた。
結論
脳内D-セリンの代謝および機能について、基礎的研究から、新規分子dsr-2 、dsm-1や DAOの関与、グリアおよび神経の役割、影響する物質、高次脳機能障害を引き起こす大脳新皮質における病態等に関する新知見が蓄積し、臨床試験でも、さらに多数の患者を対象とした研究が必要なものの、D-セリン様作用をもつDCSの抗小脳失調効果が見られたことから、D-セリンシグナル調整による難治性神経症状治療法開発にとって重要な情報が得られた。

公開日・更新日

公開日
2007-04-11
更新日
-

行政効果報告

文献番号
200632018C

成果

専門的・学術的観点からの成果
高次脳機能の発現・調節に関与する脳内D-セリンの代謝・機能の分子細胞機構について、新たな知見をもたらした。すなわち、前頭葉では細胞外液中D-セリン濃度の調節において、グリアとニューロンの役割が大きく異なること、虚血性脳障害のモデルと考えられる神経毒による病変ではD-セリンの異常が生ずること、主任研究者らがクローニングしたdsm-1、dsr-2等のD-セリン関連遺伝子の構造・発現分布・機能の特徴等が明らかになった。
臨床的観点からの成果
十分な効果をもつ治療法が未確立の小脳失調に対し、D-セリンシグナル増強による治療法開発のため、D-セリン様作用をもつD-サイクロセリン(DCS)を用いた動物実験や一重盲検試験に続き、脊髄小脳変性症を対象とした二重盲検試験と一年間の長期投与試験を行った。双方とも副作用は出現せず、二重盲検試験では運動失調スコアが有意に低下したが、偽薬との間に有意差はなく、今後対象症例数の増加と病型別効果判定を計画している。一方、動物実験でDCSによる脳内D-セリン濃度の増加が見出され、用量設定に応用する予定である。
ガイドライン等の開発
なし
その他行政的観点からの成果
基礎研究と臨床研究を結びつけることにより、安全性が十分確認されている既存薬を神経疾患の難治性症状に応用する可能性を支持する結果を得た点は、研究成果を一日も早く患者の利益に還元する方策のひとつを示した点で、行政的な意義があると考えられる。また、高校生・大学生を主対象とした公開セミナーを行い、本研究に関する知識の一般への普及を図った。
その他のインパクト
28回日本生物学的精神医学会・36回日本神経精神薬理学会・49回日本神経化学大会三学会合同年会優秀演題賞受賞: 藤平隆久他. Effects of D-cycloserine on the extracellular contents of D-serine in the rat frontal cortex. 名古屋, 9.14, 2006. D-アミノ酸酸化酵素の研究成果が掲載誌の表紙に採用: Kawazoe T et al. Protein Sci. 15:2708-2717, 2006

発表件数

原著論文(和文)
12件
原著論文(英文等)
27件
その他論文(和文)
25件
その他論文(英文等)
3件
学会発表(国内学会)
133件
学会発表(国際学会等)
32件
その他成果(特許の出願)
0件
「出願」「取得」計1件
その他成果(特許の取得)
0件
「新規アポトーシス誘導タンパク質及びそれをコードする遺伝子」福井 清、坂井隆志(特願2001-326784)
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
1件
「高校生・大学生のための脳神経科学入門」(パシフィコ横浜)July 25, 2005

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Kaneko Y, Kashiwa A, Ito T et al.
Selective serotonin reuptake inhibitors, fluoxetine and paroxetine, attenuate the expression of the established behavioral sensitization induced by methamphetamine
Neuropsychopharmacology , 32 (3) , 658-664  (2007)
原著論文2
Kanematsu S, Ishii S, Umino A et al.
Evidence for involvement of glial cell activity in the control of extracellular D-serine contents in the rat brain
J Neural Transm , 113 (11) , 1717-1721  (2006)
原著論文3
Kawazoe T, Tsuge H, Pilone MS et al.
Crystal structure of human D-amino acid oxidase:context-dependent variability of the backbone conformation of the VAAGL hydrophobic stretch located at the si-face of the flavin ring
Protein Sci , 15 (12) , 2708-2717  (2006)
原著論文4
Molla G, Sacchi S, Bernasconi M et al.
Characterization of human D-amino acid oxidase
FEBS Lett , 580 (9) , 2358-2364  (2006)
原著論文5
Shimazu D, Yamamoto N, Umino A et al.
Inhibition of d-serine accumulation in the Xenopus oocyte by expression of the rat ortholog of human 3'-phosphoadenosine 5'-phosphosulfate transporter gene isolated from the neocortex as d-serine modulator-1
J Neurochem , 96 (1) , 30-42  (2005)
原著論文6
Taniguchi G, Yamamoto N, Tsuchida H et al.
Cloning of a d-serine-regulated transcript dsr-2from rat cerebral neocortex
J Neurochem , 95 (6) , 1541-1549  (2005)
原著論文7
Nishikawa T
Metabolism and functional roles of endogenous D-Serine in mammalian brains
Biol Pharm Bull , 28 (9) , 1561-1565  (2005)
原著論文8
Park H, Shishido Y, Ichise-Shishido S et al.
Potential role for astroglial D-amino acid oxidase in extracellular D-serine metabolism and cytotoxicity
J Biochem , 139 (2) , 295-304  (2006)
原著論文9
Fukui K, Park H, Kawazoe T et al.
Functional roles and pathophysiology of brain D-amino acid oxidase
Flavins and Flavoproteins , 2005 , 853-860  (2005)
原著論文10
Fukui K, Park H, Kawazoe T et al.
Astroglial D-amino acid oxidase is the key enzyme to metabolize extracellular D-serine, a neuromodulator of N-methyl-D-aspartate receptor
Amino Acids , 29 , 61-62  (2005)
原著論文11
Kawazoe T, Iwana S, Ono K et al.
Purification and crystal structure of human D-amino acid oxidase
Flavins and Flavoproteins , 2005 , 33-36  (2005)
原著論文12
Molla G, Pilone MS, Sacchi S et al.
Molecular basis of schizophrenia: characterization of human D-amino acid oxidase
Flavins and Flavoproteins , 2005 , 861-866  (2005)
原著論文13
Satoh J, Nakanishi M, Koike F et al.
Microarray analysis identifies an aberrant expression of apoptosis and DNA damage-regulatory genes in multiple sclerosis
Neurobiol Dis , 18 (3) , 537-550  (2005)
原著論文14
Sakurai S, Ishii S, Umino A et al.
Effects of psychotomimetic and antipsychotic agents on neocortical and striatal concentrations of various amino acids in the rat
J Neurochem , 90 (6) , 1378-1388  (2004)
原著論文15
Sakai T, Liu L, Teng X et al.
Nucling recruits Apaf-1/pro-caspase-9 complex for the induction of stress-induced apoptosis
J Biol Chem , 279 (39) , 41131-41140  (2004)
原著論文16
Liu L, Sakai T, Sano N et al.
Nucling mediates apoptosis by inhibiting expression of galectin-3 through interference with nuclear factor kappaB signalling
Biochem J , 380 (1) , 31-41  (2004)
原著論文17
Oishi K, Ogawa M, Oya Y et al.
Whole-brain voxel-based correlation analysis beteen regional cerebral blood flow and intelligence quotient score in Parkinson’s disease
Eur Neurol , 52 (3) , 151-155  (2004)
原著論文18
Ohashi Y, Hasegawa Y, Murayama K et al.
A new diagnostic test for VLCAD deficiency using immunohistochemistry
Neurolog , 62 (12) , 2209-2213  (2004)

公開日・更新日

公開日
2015-05-29
更新日
-