ダイオキシンなど環境化学物質による次世代影響-特に増加する小児疾患発症メカニズムの解明とリスク評価-

文献情報

文献番号
200301311A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシンなど環境化学物質による次世代影響-特に増加する小児疾患発症メカニズムの解明とリスク評価-
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
岸 玲子(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 佐田 文宏(北海道大学)
  • 水上 尚典(北海道大学)
  • 田島 敏広(北海道大学)
  • 西村 孝司(北海道大学)
  • 藤田 正一(北海道大学)
  • 中澤 裕之(星薬科大学)
  • 仙石 泰仁(札幌医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
20,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシン類の生体内での蓄積性が高いことが知られている。化学物質による胎児曝露も視野に入れた次世代影響の総合的なリスク評価で、特に、近年、増加が指摘されている小児疾患の発症機序の解明に基づいた予防医学的な健康障害のリスク評価を行う。研究対象は、①小児の神経発達障害/行動異常、②甲状腺機能低下症など内泌分代謝疾患、③アレルギー・免疫系の異常とする。 特に環境化学物質の毒性や代謝に関連のある遺伝子の多型を解析し、異物・ステロイド代謝酵素やAhレセプターなどの、個体の感受性を念頭において、環境因子の寄与を明らかにし、予防対策を樹立する。
研究方法
(1)妊婦および小児を対象にした前向きコホート研究 1)札幌市において妊婦と小児を対象に長期的な前向きコホート研究を実施した。2)妊娠26~35週の妊婦を対象とし、児の神経行動発達、免疫、内分泌機能を出生時、生後6ヶ月、その後各年毎に追跡していく。3)ベースライン調査として、母の食事、生活習慣、居住環境等を調査した。4)児の神経発達に関して、新生児期ベイリー乳幼児発達検査-第2版(BSID-Ⅱ)を用い神経機能の発達を検討した。5)甲状腺機能検査としては、FT4、FSHを検査した。6)免疫機能への追跡、影響を調べるために、IgEやサイトカインを測定する。7)妊娠中の母の血液、毛髪および分娩時に臍帯血と胎盤を採取保存し、ダイオキシン、PCBなど内分泌かく乱物質と水銀の測定を行う。同時にBSID-Ⅱを用いた小児神経発達評価の試みとして本調査チームが翻訳したBSID-Ⅱを用い、6~7ヶ月時に児に対し実施した。
(2)先天性甲状腺機能低下症とヨード過剰の実態の検討のため、新生児マススクリーニングにて甲状腺機能低下症が疑われた新生児18例を対象にした。全例血清総ヨード、可能であった3例で尿中ヨードを測定し、新生児ヨード濃度と甲状腺機能低下症との関連について検討した。(3)Th1/Th2バランスを客観的に評価する方法について健常人で検討した。(4)胎便中ダイオキシン類測定による胎内曝露評価および新生児異常との関連解析の検討を行うため、新生児期胎便(n=7)を採取保存した。ガスクロマトグラフィー法により検体中のPCDDs+PCDFs,co-PCBsの濃度測定を実施した。妊娠初期母体血と新生児血液のTSH,FT4は濾紙血を用いて測定した。(5)P450をバイオマーカーとした曝露影響評価を行うため、全血液画分におけるCYP1A依存代謝活性、real time RT-PCR による血液CYP1A1発現測定、薬物代謝酵素の遺伝的多型解析方法の新規開発(マイクロアレイを用いた方法)を行った。(6)有機フッ素化合物(perfluorooctane sulfonate:PFOS)の分析LC/MS法を用いて母体血と臍帯血で行った。
結果と考察
(1)平成16年2月末現在340名の妊婦の研究協力が得られ、妊婦299名、新生児283名で、甲状腺機能マススクリーニング結果の閲覧が可能であった。このうち母体血のダイオキシン類濃度を測定した100組について、甲状腺機能との相関を検討した。 1,2,3,7,8-PeCDD、1,2,3,7,8,9-HxCDDが新生児FT4と正の相関が認められ、22'344'55'-HpCB、Di-ortho PCB、Total PCDFs- TEQ 、Total dioxin TEQが新生児TSHと負の相関を認めた。妊婦TSH,FT4値と母体血中のダイオキシン類濃度の相関はなかった。母体血中におけるダイオキシン濃度及び環境要因と生後6ヶ月での児の神経発達(BSID-Ⅱ)との関連を検討した。母体血中ダイオキシン類濃度と6ヶ月での神経発達と有意な関連は見られなかった。しかし、更に対象数を増やすほか、継続した評価の必要性が示唆された。妊婦の喫煙が胎児発育へ及ぼす影響について、両群をシトクロムP450(CYP)1A1遺伝子MspⅠ多型およびグルタチオン転移酵素(GST)遺伝子多型によって分類し検討すると、CYP1A1遺伝子MspⅠ多型では新生児平均体重が野生型ホモ接合の3140±342gに比べて喫煙群の変異型ヘテロ接合とホモ接合を併せた群では2859±314gと281g(SE,109g)少なくなり、有意な差がみられた(p<0.05)。CYP1A1遺伝子では新生児平均体重において喫煙習慣と遺伝子型による関連性が認められたことから、新生児の体重減少には母親の喫煙習慣と遺伝子型が関与していることが示唆された。 BSID-Ⅱを翻訳し、6ヶ月児に実施した。 BSID-Ⅱの得点は、米国での標準値よりもMENTAL,MOTORともに 平均点で10point低く、男児・女児共にMENTALよりもMOTORの得点が低かった。BRS(行動評価指標)で問題のある児は運動面の検査課題の遂行に影響を及ぼしている可能性が示唆された。 (2)甲状腺機能低下症が疑われた新生児18例中、2例で血清ヨードが高く.ヨード過剰の関与が疑われた。妊娠中のヨード過剰摂取によると思われる新生児甲状腺機能低下症を同定した。最近の報告では、多くの食品にヨードが含まれていることが報告されている。今後さらに母乳のヨードも測定し、ヨード過剰の実態を明らかにする必要がある。(3)ヒト免疫バランスの診断に有用なDNAアレイフィルターが開発された。(4)新生児7人の胎便中のPCDDs+PCDFs,co-PCBsおよび総ダイオキシン類濃度は、 それぞれ範囲1.4-9.8(中央値3.8),0.7-6.2(3.7),2.1-16.0 (7.5)pg-TEQ/g-fatであった。胎便中総ダイオキシン類濃度と新生児FT4値との間に相関を認めた(p<0.05)。例数が少ないが、胎便中総ダイオキシン類濃度と新生児FT4値との間に正の相関が認められたことから、胎内ダイオキシン類曝露は、新生児甲状腺機能亢進と関連する可能性があると考えられる。(5)P450をバイオマーカーとした曝露影響評価では、CYP1ファミリーの血液サンプルについて、全血では活性の測定が難しかった。Real-time RT-PCRによる母体血CYP1A1 mRNA発現レベルの定量では、個体差が大きい上に、CYP1A1mRNA の発現量は非常に低かった。今回のサンプルでは、ダイオキシン類とT
EQ値との相関は得られなかったが、CYP1A1発現量に大きな個体差が見られることから、今後、サンプル数を増やして検討する必要がある。一方、ヒトCYPのSNPsなど遺伝多型解析において、multiplex PCR法を用いたマイクロアレイ解析法は、従来のPCR-RFLP法よりも簡便に多くの変異アレルの遺伝多形検出を行うことができる可能性がある。しかし、マイクロアレイ法による判定では、PCRの正確性やハイブリダイゼーション上の都合から、極端に大きなPCR産物を用いた実験は難しい。今回の遺伝子リストに載せたその他の遺伝子に関しては容易にその変異を検出することができた。(6)妊婦において、PFOSの汚染が確認された。その検出レベルは、米国と比較してやや低い傾向が見られた。それに加え、臍帯血では、母体血と比較して約0.3倍の濃度レベルであった。また、その決定係数は、r2 = 0.88で、動物実験の結果の胎児移行を反映するものとなった。
結論
妊婦を対象として前向きコホート研究を設定し、環境化学物質による次世代影響の総合的評価研究を行った。100例のPCB・ダイオキシン類の測定をおこなったが、十分な統計解析のためにはさらに例数を重ねることが必要であり、本研究の継続は、近年増加する小児疾患の発症機序の解明、ひいては予防対策の樹立に寄与すると考えられる。

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