胎生期の水銀およびカドミウム曝露による神経行動毒性の高感受性群におけるリスク評価に関する研究

文献情報

文献番号
200301299A
報告書区分
総括
研究課題名
胎生期の水銀およびカドミウム曝露による神経行動毒性の高感受性群におけるリスク評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
渡辺 知保(東京大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 吉田稔(聖マリアンナ医科大学)
  • 佐藤雅彦(岐阜薬科大学)
  • 島田章則(鳥取大農学部)
  • 吉田克巳(東北大学大学院医学系研究科)
  • 今井秀樹(独立法人国立環境研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
22,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、マウス胎生期におけるメチル水銀およびカドミウムへの曝露が生後の中枢神経機能に及ぼす影響を、特に感受性が高いと考えられる幼若期および老齢期に焦点をあて、高感度かつ多角的な行動機能試験を用いて検討し、現実のヒトにおける健康リスクの評価に資することを目的としている。遺伝的な管理が進んでいるマウスを用い、両金属について、金属への胎生期微量長期曝露を行ない、出生後(老齢期を含めて)に神経・行動毒性とそのメカニズムについて評価するとともに、遺伝的、生理的、環境的な感受性要因による毒性の修飾について検討する。本研究の結果は、日本人の食生活の安全性を考えるうえで重要なこれら2つの重金属への微量曝露の健康リスク評価について、その精度を高めると同時に、高感受性集団を同定することにより対策におけるプライオリティの決定にも貢献することを目指す。
研究方法
本年度は以下の研究を行った。なお、実験動物には原則としてC57BL/6J系マウス、およびこの系統を野生型とするメタロチオネインI/II欠損(MTKO)マウスを用い、遺伝的感受性要因の検討を行った。また、周生期曝露とは在胎(GD)0日~出生後(PND)10日までとし、カドミウムは飲水、メチル水銀は餌、Hg0は呼吸を通じ、いずれも母体経由の曝露とした(PND10日までとしたのは、これを過ぎると仔自身の摂水・摂食による曝露の可能性が出てくるため。ただしHg0のみは技術的制約から在胎期のみの曝露)。
1.低濃度カドミウムへの周生期曝露の行動影響:前年度、陽性対照として周生期DES(ジエチルスチルベストロール:合成エストロゲン)を用いて有用性を示した行動試験(オープンフィールドOPF、受動回避PA、空間学習=放射状迷路RM)を用いて、10ppm カドミウムへ周生期曝露した動物の成熟後、神経系への影響を検討した。
2.周生期低濃度水銀曝露の行動影響:5ppmメチル水銀へ周生期曝露した動物の成熟後、OPF、PA、空間学習=モリス水迷路MMを用いて、行動機能を検討した。また、メチル水銀毒性の感受性要因として設定した0.5mg/m3の水銀蒸気への周生期(この場合は在胎期のみ)曝露による行動影響を同様に検討した。
3.周生期低濃度カドミウム曝露によるカドミウムの体内動態並びに脳における遺伝子発現への影響(マイクロアレイを用いた検討):10ppmカドミウムの周生期曝露において胎仔移行など基礎情報を集めるとともに、新生仔脳を用いてマウスのほぼ全遺伝子数に匹敵する3万フラグメントを載せたマイクロアレイによる遺伝子発現への影響を検討した。
4.周生期重金属曝露マウス脳の分子病理学的変化に関する研究:50ppmカドミウムあるいは5ppmメチル水銀の周生期曝露による母体ならびに胎仔・新生仔組織について病理学的検索を行った。一般的な神経組織の病理染色以外に、カドミウムの可視化を試みた。
5.周生期重金属曝露に対する生理的感受性要因(甲状腺ホルモン系):10ppmカドミウムあるいは5ppmメチル水銀の周生期曝露を行った直後の新生仔組織をサンプリングし、甲状腺ホルモンの循環中レベルの定量とともに、ヨードチロニン脱ヨード酵素(組織中ホルモンレベルの制御に重要;1、2、3型がある)の活性を検討した。また、神経芽細胞腫由来の細胞を用い、メチル水銀が脱ヨード酵素(2型)の活性に及ぼす影響をin vitro で検討した。
6.周生期重金属曝露に対する生理的感受性要因(視床下部-下垂体-副腎系):低グルココルチコイド状態が重金属の発達毒性を修飾することを検証するため、副腎摘出したメスを妊娠させ、5ppmメチル水銀への周生期曝露を行ない、その脳への影響をアポトーシスなどを指標として検討する。
結果と考察
1.周生期低濃度カドミウム曝露の行動影響: 8~9週齢にかけての検討で、OPFでは影響を認めなかったが、PAはメスのみでカドミウム曝露により学習成績が低下、MTKOでこの影響がより顕著な傾向を認めた。26週齢でメスを対象に実施したRMでは、課題の難易度を上げるphaseで、MTKOのカドミウム曝露群の学習能が他の群に比較して劣ることが示されたことから、この群には軽度の空間学習障害があるものと考えられた。また、行動影響のみの結果で見る限りは昨年度のDESとは影響のパターンが異なっており、行動影響のメカニズムが最近指摘されたエストロゲン様作用によらない可能性が示された。
2. 周生期低濃度水銀曝露の行動影響:メチル水銀曝露によって、探索行動、情動性(OPF)、学習機能(MM)に影響が検出されたが、必ずしもMTKOの方が高感受性を示すわけではなく、MTと感受性との関連は明確ではなかった。Hg0曝露の影響は、OPF活動量の低下、学習機能(PAおよびRM)の低下が、MTKOにおいてのみ認められ、MTはHg0の発達毒性において明らかに感受性要因となっていることが示唆された。
3. 周生期低濃度でのカドミウムの体内動態並びにマイクロアレイによる遺伝子発現への影響:MTは胎仔へのカドミウム移行を修飾した。すなわち、MTKOの仔は野生型に比べ、肝カドミウムが高値、腎で低値となり、前年度の50ppm曝露の結果と基本的に一致した。この条件で、新生仔脳のCd濃度は0.1ppbのオーダーであった。マイクロアレイでの検討により、新生仔脳においてセロトニン受容体(5bサブタイプ)の高発現が示された。セロトニン系に着目して神経行動毒性との関連を検証する方向性が示唆された。ただし、アレイの解析条件などに検討の余地はかなりあると思われる。
4. 周生期重金属曝露マウス脳の分子病理学的変化に関する研究:50ppmカドミウム曝露では、胎仔の発育不良が見られ、また新生仔では肝に空胞変性を認めたが、脳の組織学的異常は検出されなかった。5ppmのメチル水銀曝露で新生仔の脳(視床下部)の細胞数などに影響を認めなかった。いずれの曝露条件も行動試験などではポジティブな結果が得られていることから、さらに機能的な異常を検出できるようなアプローチが必要と思われた。
5. 感受性要因としての甲状腺ホルモン:周生期カドミウム曝露により、新生仔期には血清中T4の低下を認め、これはMTKOで顕著であった。新生仔脳における脱ヨード酵素活性にも影響が見られたが、これはT4の変化に対する代償性の変化と想像された。メチル水銀曝露では、血清T4には影響を認めず、一方で脳の複数の脱ヨード酵素活性には、T4→T3転換を有利にする方向での変動が認められた。これは以前に我々が高用量で短期的な投与を行い胎仔脳で検討を行った結果と基本的には一致しており、メチル水銀が脳の甲状腺ホルモンレベルの制御に影響を与えている可能性が示唆された。細胞を用いた系では、2型の脱ヨード酵素がメチル水銀に極めて敏感に抑制されることがわかった。in vivoで得られた結果とは正反対であって、後者が脳における直接作用以外に由来する可能性が指摘された。
6. 感受性要因としてのHPA-axis 副腎摘出個体で妊娠を維持、出産させることに成功し、低グルココルチコイド状態が重金属毒性をどのように修飾するか実験的な検証が可能となった。副腎摘出マウスをメチル水銀に曝露し、新生仔脳のアポトーシス解析が進行中である。
結論
周生期のメチル水銀のみならずカドミウムが発達毒性を有することが強く示唆された。特に、甲状腺ホルモン系、あるいはセロトニン伝達系などは毒性に寄与している可能性がある。ただし、低い用量にもかかわらず体重の抑制がおこっている点、発達神経毒性の特異性にはさらなる検討が必要である。MTはカドミウムとHg0の発達毒性に対しては明らかに保護的作用を持つ、すなわち感受性要因を構成することが示された一方で、メチル水銀毒性についても感受性要因となることを支持するデータは今のところ得られていない。

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