上肢における筋骨格系障害の診断と防止に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301164A
報告書区分
総括
研究課題名
上肢における筋骨格系障害の診断と防止に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
平田 衛(独立行政法人産業医学総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 垰田和史(滋賀医科大学)
  • 井奈波良一(岐阜大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
4,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
頸肩腕障害など、上肢における筋骨格系障害の診断と防止に役立ち得る客観的な指標を確立することを目的にして、頸肩腕障害患者、症状所見はあるが患者には至らない亜臨床者、健常者について、(1)病態別の筋組織内における血液の動態のパターンを明らかにする、(2)神経生理学的指標の測定、などをおこなった。(3) 寒冷曝露が上肢筋骨格系障害に影響を与えることを明らかにする目的で、夏と冬の屋内電気工事従事者における頸肩腕障害に関する自覚症状と職階による差異などを調べた。
研究方法
1.上肢挙上動作時の僧帽筋におけるヘモグロビン動態の検討:文書による検査の説明をおこなった後に同意書に署名した84名(女性60名、男性24名、昨年度自覚症状調査を行った生協職員を含む)を対象とした。被験者の頸肩腕部の自覚症状を聴取し、頸肩腕障害の検診方法による検査ならびに経験ある医師が同部位の触診をおこなった後に、被験者は安楽な姿勢で肘置き付きの椅子に5分以上着座した後に立位で1分間の両上肢を水平側方挙上を、10分間の休憩を挟んで2回おこない、右側僧帽筋の表面筋電位ならびに筋内ヘモグロビン動態を測定した。測定位置は第7頸椎棘突起と肩胛の中点から内側2cmとした。筋組織内ヘモグロビンはレーザー組織血液酸素モニター(Omega Monitor BOM-L1TR)を用い、皮膚表面から1.5cmの筋組織内の酸素化ヘモグロビン(O-Hb)、脱酸素化ヘモグロビン(dO-Hb)量を測定した。O-HbとdO-Hbについては、座位安静時の基準量と上肢挙上時の動作時量との差である変動量を用いて解析を行った。被験者の管理区分・自覚症状・触診所見・各種検査別にO-HbとdO-Hbの基準量と変動量を検討した。
2.神経生理学的指標の測定:1.の検査に協力を得た被験者など、頸肩腕障害患者27名、亜臨床者14名、健常者22名を対象とした。指および手首の感覚神経伝導速度SCVと誘発脳波の一種である事象関連電位P300(聴覚、視覚刺激)をおこなった。
3.屋内電気工事従事者の冬期と夏期における頸肩腕の自覚症状調査:電気工事従事者120名を対象に、平成15年2月(冬期)と同年8月(夏期)に無記名自記式のアンケート調査を行い、冬期には74名(回収率61.6%)、夏期には83名(回収率69.2%)から回答を得た。
結果と考察
1.上肢挙上動作時の僧帽筋におけるヘモグロビン動態の検討: 頸肩腕部の自覚症状、頸肩腕障害の検査、同部位の触診ならびに表面筋電図、筋内ヘモグロビン量のデータが揃った被験者60名について解析が可能であった。圧痛と筋硬結とを有する被験者のdO-Hbの基準量・変動量ともに正常者に比べて有意に低下し、硬結を有する者はO-Hb基準量とdO-Hb量の変動量が正常者に比べて有意に低下していた。dO-Hbは管理区分、筋触診所見、自覚症状と有意な相関を示した。上肢挙上動作時の僧帽筋におけるヘモグロビン動態の結果から、dO-HbおよびO-Hbは上肢筋骨格系障害における客観的な指標として有用であることがわかった。管理区分とdO-Hb が有意な相関を示したことは、dO-Hbは頸肩腕障害の病態と関連して変動することを示唆しており、検診の判断情報となり得ると考えられた。逆に言えば、管理区分、筋触診所見、自覚症状はdO-Hbに裏付けられて有効であることが示唆された。dO-Hbの変動量が筋硬結と圧痛を有する者で減少していたことは、筋血流と筋痛との関連性を示すものと考えられた。
2.神経生理学的指標の測定:各項目に人数の違いがあったが、示指の橈骨神経浅枝の感覚神経伝導速度のみ3群間で有意であり、健常者と患者との間に有意差が認められた。患者の聴覚P300の潜時と振幅は健常者に比べて有意に遅延・低下し、自覚症状のスコアと有意な相関を示した。SCVの低下が示指の橈骨神経浅枝に限定されたことは、頸肩腕障害患者の末梢神経症状は末梢神経以外の部位または関連痛などによる可能性が示唆された。ちょうかくP300潜時・振幅の患者における有意な延長・低下は、患者における高次脳機能の低下が示唆された。また、P300潜時と自覚症状スコアとの有意な相関から、自覚症状の有用性が裏付けられた。
3.屋内電気工事従事者の冬期と夏期における頸肩腕の自覚症状調査:対象者の最近1ヶ月の部位別症状について、「肩の痛み」の有訴率は、両側ともに課長未満で冬期が夏期より有意に高く (P<0.05)、「腕の痛み」の有訴率は、右側では課長未満で、左側では対象者全体および課長未満でそれぞれ冬期が夏期より有意に高かった(P<0.05)。「腕のしびれ」有訴率は、右側のみ課長未満で冬期が夏期より有意に高かった(P<0.05)。「手指の痛み」の有訴率は、両側ともに対象者全体で冬期が夏期より有意に高かった(P<0.05)。「手指のしびれ」有訴率は、左側のみ課長未満で冬期が夏期より有意に高かった(P<0.05)。「手指の冷え」の有訴率は、両側ともに対象者全体および課長未満で冬期が夏期より有意に高かった(P<0.01)。「手指の動きが悪い」の有訴率は、両側ともに対象者全体および課長未満で冬期が夏期より有意に高かった(P<0.05)。電気工事従事者における「肩の痛み」の有訴率は過去に報告されたコンピュータ関連産業の男性VDT作業者より高率であり、腕および手の「痛み」の有訴率は男性手話通訳者、上記男性VDT作業者高率であったことから、調査対象者に頸肩腕障害が多発している可能性が示唆された。電気工事従事者における解析対象者が冬期と夏期ですべて同一でないため断定はできないが、自覚症状調査の結果から寒冷の筋骨格系の自覚症状への影響は、年齢が低く、職歴や喫煙歴が短い者に顕著に現れると考えられた。換言すれば、年齢が低く、職歴や喫煙歴が短い者ではこれらの自覚症状は固定されたものでなく、暖めれば消失する可能性がある。
結論
頸肩腕障害患者および健常者を対象に、レーザー組織血液酸素モニター装置を用いて上肢水平側方挙上時の僧帽筋内のヘモグロビン動態を測定し、自覚症状、筋触診所見、握力等機能検査所見、管理区分との関連性を検討した。上肢挙上時の脱酸素化ヘモグロビンの変動量は、管理区分、筋触診所見、頸部、肩部の痛みの自覚症状と有意な関連を持っており、症状の悪化に伴って減少した。これらの反応は、頸肩腕障害の発生機序に関する知見と矛盾しなかった。レーザー組織血液酸素モニター装置を用いた筋内ヘモグロビン測定は、自覚症状や筋触診など客観化が困難とされてきた頸肩腕障害の診断に客観的な診断根拠を提供する可能性がある。今後の課題としては、正常者の測定事例を増やして正常値を定めること、同一患者内での症状経過と筋内ヘモグロビン動向との関連性を検討し、治療効果の判定への利用可能性を追求すべきである。
頸肩腕障害患者における神経症状に関する2年間にわたる本研究により、手指の末梢神経系における変化が乏しく、手話などによる過度の手指の使用によると推測される患者群の示指のSCVの有意な低下が認められた。認知・記憶などの高次脳機能の指標である聴覚P300の患者群における潜時の有意な遅延ならびに有意な振幅の低下をとらえ、また自覚症状スコアとの有意な相関をみとめ、高次脳機能への影響が明らかになった。しかし、健常対照者の末梢神経機能に問題があり、患者が手話通訳者に偏っているなどの調査対象に課題があり、さらに検討を進める必要がある。
男性屋内電気工事従事者の頸肩腕および手の「こり、だるさ」および「痛み」の有訴率がかなり高かったことから男性屋内電気工事従事者に頸肩腕障害が多発していることが推定された。男性屋内電気工事従事者の頸肩腕をはじめとした筋骨格系の自覚症状の有訴率は、概して冬期が夏期より有意に高率であり、「腕や肩の症状のために作業を続けるのがつらい」および「背筋を伸ばしたりそらすと腰が痛い」の有訴率は、冬期が夏期より有意に高く、これらは課長未満で顕著であった。これらの結果から寒冷の筋骨格系の自覚症状への影響は、年齢が低く、職歴や喫煙歴が短い者に顕著に現れると考えられる。換言すれば、年齢が低く、職歴や喫煙歴が短い者ではこれらの自覚症状は固定されたものでなく、温めれば消失する可能性があるといえる。

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