今後の産業保健のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
200301163A
報告書区分
総括
研究課題名
今後の産業保健のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
東 敏昭(産業医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 平田衛(独立行政法人産業医学総合研究所)
  • 浜民夫(長崎大学)
  • 小泉昭夫(京都大学)
  • 山田誠二(松下産業衛生科学センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は働く人々全てが充実した労働生活を送るために、経済・産業活動のグローバル化や変化する労働態様に自律的に対応できる産業保健サービスのあり方を提言することを目的とする。より具体的には、①産業保健サービスの範囲の規定、②今後の産業保健サービスの提供方法(内容、組織、ビジネス性も含めて)さらに③産業保健サービスの状況の各国との整合性の検討を行い、働く人々全てが充実した労働生活を送るために、経済・産業活動のグローバル化や変化する労働態様に自律的に対応できる産業保健サービスのあり方について制度・内容・専門職教育を含め、多面的に提言することを目的としている。
研究方法
技術発展、国際化に伴い、裁量労働制やテレワークなど作業様態・業態・業務内容が変化し、就労スタイルの変化、技能の変容、労働者自身の高齢化、雇用システムの多様化に応じて、労働に起因する健康への影響も多様・複雑化していくことが危惧される。このような背景を踏まえた上で、健康リスクや物理的、化学的リスクに対するマネジメントの動向、個人の健康情報の取り扱いなどを整理し、自律的に対応できる産業保健サービスについての検討を行う。このため、(1)産業保健サービスの範囲の規定し、クライシスマネジメントを含む関連ガイドライン(例)の作成、ガイドライン作成方針、個人の情報管理を検討する「企業のリスクマネジメントを含「産業保健サービスの範囲」に関する研究班」、(2)今後の産業保健サービスの提供方法(提供組織、提供内容、提供時間)、コスト、人材、サービス効果(ビジネス性)からの実効性を検討する「わが国の産業保健サービス機能研究班」、(3)各国の産業保健サービスの状況・日本型との整合性、産業保健の範囲・法規、産業保健サービス組織、専門家育成などを調査する「各国の産業保健サービスの実態・資格・教育の比較研究班」を設け、各課題を検討した。
(1)企業のリスクマネジメントを含む「産業保健サービスの範囲」に関する研究
産業保健活動の範囲について、現状ならびに期待される業務についての文献、ヒアリング、ならびに意見交換情報を元に整理した。また、職域でのクライシス、過労死など典型的作業様態に関わるクライシス、新しい勤務形態である裁量労働制をふくむ様々な労働形態下でのクライシス発生時における個人の健康情報の整理も含めて現行産業保健サービスの問題点を検討した。
(2)わが国の産業保健サービス機能研究班
最も求められるサービス内容、あるべきサービス内容、実施方法および実施者、適正なコストについて産業医・産業保健スタッフ、衛生管理者、事業者への実態アンケート調査、ヒアリング調査を行った。
(3)各国の産業保健サービスの実態・資格・教育の比較
各国の産業保健制度について、文献的な検討とともに、平成14年度に選出した各国の識者および機関を対象に①産業保健サービスの範囲(定義)、②活動の担い手、③人材育成の方法(教育、訓練、資格、認証)、④管理監督の方法、⑤効果の評価、⑥先進各国における教育研修の内容をヒアリング調査した。サービス提供機関および事業場における個人(健康)情報管理のあり方についても文献的検討ならびに研究協力者による議論を通じて合わせ検討した。
結果と考察
技術発展、国際化という社会変化に伴い、少子高齢化に伴う労働者の高齢化、より一層の女性労働力の職場への拡張、海外からの労働力移入、裁量労働制の拡大、小規模分散事業所の増加、SOHO、テレワークなど労働の形態、様態の多様化が一層進み、健康影響の多様性も危惧されている。また、仕事や職場生活に関する強い不安やストレスを感じている労働者の割合や自殺する労働者数が増加し、求められる産業保健サービスもEAP的機能、コンサルタント的機能などこれまでの産業保健の範囲を超える機能が求められる状況にある。つまり言い換えると、より目的に合致した自律的な産業保健サービスが必要と考えられる。
「企業のリスクマネジメントを含む「産業保健の範囲」に関する研究」班が担当する産業保健サービスの範囲では、産業保健スタッフの現行の共通の認識の下にあるサービス内容の他に、環境対策、PLおよびテロ対策などを加えるべきか、加えるとすればどのような内容のものとなるかを検討した。業務内容を予防レベル毎に分類し、産業保健スタッフの関与のあり方を検討した。現行法規に即した分類であったが、今後、望まれる範囲をどのように組み込んでいくかについても検討が必要と考えられた。主に現在の新しい課題であるクライシスマネジメントを環境対策・事故対策を取り上げ、産業保健スタッフが行う実務の範囲ならびに必要な知識、法的根拠、課題について検討した。この産業保健が関与することが考えられるが未整備な部分が多い課題である有害物質管理、環境対策、クライシスマネジメントなどの課題について、業務に必要な関連ガイドラインの作成につながる提言をまとめた。「産業保健サービスの機能(提供方法)に関する研究」班では、コアとなるサービス内容、適切かつ合理的なサービス提供に必要な社会システム、サービスの提供組織のあり方、必要な人材について経済的合理性を含めて検討した。主な対象は、中小零細規模事業場従事者とした。サービス提供組織のあり方では、現在の課題として、事業者、労働者個人ともに複数の関連課題へのワンストップサービス機能をもっていないなどのサービスへのアクセスの困難さ、産業保健サービス関連機関の有用なサービス提供能力の不足、コスト負担が課題となるが、有効と考えられるシステム案の提示が行われ、今後の検討の素案と位置づけた。
同班では、中小企業における産業保健サービスへの認識・要望について、事業者、労働者を対象にアンケート調査を行ったが、サービスの内容についての認識は十分でないことが示唆された。基本的なニーズの抽出としては問題があるが、健康診断とそれに関連した健康相談などの事後措置といった健康管理に関わる事項に関心が高いことが示された。前述の助成制度の活用しやすさ、個々の労働者にとってのサービスへのアクセスのしやすさに加え、現行の方法ではコストの負担についての課題が改めて確認された。コストについては、サービスの提供側(医師)においても報酬として不十分、また訪問の困難さがあるとの意見があり、医師以外の専門職の活用、グループサービスの推進が対策として提案された。
「各国の産業保健サービスの実態・資格・教育の比較」研究班では、今後の産業保健専門職の技能、教育システムの充実に関する検討を行った。各国サービス(産業保健の範囲、サービス内容)の対比では、日本の産業医中心の健康管理型と異なる、欧州の法的根拠に基づく予防志向型、北米の自由競争的なマネジメント型の産業保健との差が検討の焦点となった。各国とも企業規模、業種間格差、就労形態の多様化に伴う有効なサービスの内容、提供方法についての課題が残っているが、現在中小企業の労働衛生に関するパイロット的な実態調査がすすめられており、新しいEAP的機能、コンサルタント的機能など産業保健サービス側も多様性が増えてきている状況にある。職域におけるヘルスプロモーションについても、欧州、北米ともに産業保健サービスの範囲に加える趨勢にあり、今後この活動の評価が重要となる。
ILOの提唱する労働衛生安全マネジメントシステム(OSH/MS)を視野に入れて有効な産業保健サービス提供するに必要な「技能、人材育成方法」と「各国のシステムの有効性、個人情報保護」の状況を調査した。高次専門家教育におけるわが国の制度の未整備、個人情報管理制度の未整備が課題として確認された。各国の産業保健サービスと日本型との整合性については、国情や産業構造を考慮する必要があり、労働安全衛生マネジメントシステムの浸透にあわせた専門家育成が今後の課題と考えられる。
結論
働く人の健康は社会の根幹であるが、産業医選任義務のない小規模事業所の労働者、自営業者に対しては、我が国では産業保健サービスの提供はなされていない。この課題は大きい。一方、大企業といえども、工場の分離、売却をすすめ、また、就労の仕方も多様な業務形態の普及で変化が進む。産業保健関連サービスのあり方も、専門化し、深化し、それゆえ不便度が増加し、これが無駄の原因となってコスト増加を招き統合化した総合サービスの必要性を増すという状況にあって、最も効率的・効果的提供の方法の検討も必要であろう。例えば、現在の大企業、健診機関、医療機関の他、建設業における一級建築士のように独立して産業保健のコアスタッフとしてのサービスを提供し、健診、作業環境測定、医療的フォローアップ、社会保健業務などは他機関と連携して提供する方法などが選択肢になると考える。このモデルの提案を行った。
マネジメントシステムに基づく産業保健サービスの体系への移行は、他の先進国にもみられる産業保健サービスのあり方であるが、一方、高次の専門家の育成があって始めて成り立つものであることから、この育成方法についての提案を示した。また、産業の巨大化、国際化と様々なセクター間の対立などの社会的要因により、企業が対応すべき危機管理が課題となってきている。産業保健分野の課題としてのクライシスマネジメントのあり方についての検討を行い、必要な法的整備、組織、人材育成についての課題と対応について提案した。
また、今後の具体的提案に関連する事項についての国内外の情報を収集し、議論を進めるに当たって必要な事項を広く検討した成果をまとめた。
なお、最終年度の、達成目標は(1)産業保健の範囲の提言、(2)提供方法を提言、(3)各国の比較による整合性の検討であり、成果物としては(1)根拠データ、解析結果、(2)必要なガイドラインの目途、(3)できればストーリーによるサービス提供のあり方を提示することである。

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