労働者の自殺リスク評価と対応に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301149A
報告書区分
総括
研究課題名
労働者の自殺リスク評価と対応に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
川上 憲人(岡山大学大学院医歯学総合研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 廣 尚典((医)こうかん会鶴見保健センター)
  • 高橋祥友(防衛医科大学校防衛医学研究センター)
  • 永田頌史(産業医科大学産業生態科学研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
7,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本における自殺者総数は、平成10年より急増して5年連続して30,000人を超えた。有職者の自殺も同様の傾向をたどり、年間8,000人前後で推移している。自殺予防対策は、現在、国民の保健、福祉の場でも緊急の課題である。自殺予防対策は、地域や家庭と十分に連携して実施されるべきものであるが、現在特に40-59歳の男性での自殺率の増加が顕著であることから、労働の場である事業場において自殺予防の対策が推進されることが効果的であると考えられる。本研究の目的は、労働者の自殺リスクの評価とこれへの対処のための方法論を整理・開発し、わが国の労働者の自殺防止を推進するための方法論として、(1) 事業者向けの自殺予防対策マニュアル、(2) 産業保健スタッフ向けの自殺予防マニュアル、(3) 労働者向けの自殺予防マニュアルとその教育・研修プログラムを開発することである。
研究方法
1.事業場における自殺防止対策の推進方法に関する検討:事業場の心の健康づくり研修会の参加者(49事業場)に事業場の心の健康づくり実施状況チェックリストへの記入および評価を依頼した。2)事業場の自殺予防対策・心の健康づくり計画推進のための参加型ワークショップ研修プログラムを実施し、自ら心の健康づくり計画を作成できる能力が身に付けられることを目的とした。参加人数は38名。4つのグループに分かれたワークショップ①では、「心の健康づくりの方針表明-長期目標とスローガンを作る」 (20分)、ワークショップ②では、「心の健康づくりの組織・体制づくり」として相談体制または復職支援体制をデザインした(40分)。ワークショップ③では、「心の健康づくりの年次計画と評価手順」について討議を行った(30分)。グループ討議後に全体会議においてグループごとに成果を発表し、討議を行った。参加型ワークショップ研修の直後に、参加者に対してワークショップについての評価をしてもらった。また、5ヶ月後に参加者に対して追跡調査を実施し、事業場の心の健康づくりの実施状況についてその時点および来年度の予定を記入してもらった(回収数は26事業場)。3)労働者の自殺事例45例を事業場外資源との連携ステージ別に分類し、自殺の発生を分類した。またある県の精神科等医療機関(107機関)に対して調査票を郵送し、職場のメンタルヘルスに関する態度に関して情報を収集し、事業場がより円滑に精神科等医療機関と連携できるように心の健康の専門家マップを作成した。最終的に81医療機関(76%)から回答を得た。2.産業保健スタッフによる労働者の自殺リスクの評価法と対処法の検討:1)構造化面接法BSIDの有用性に関する検討―(1)産業医および保健師が健康診断の問診時にBSIDを実施し、63例に対して専門医が別途行ったM.I.N.I.の大うつ病エピソードと比較することでBSIDの陽性的中率を算出した。(2)従業員82名に対して健康診断の問診時に保健師がBSIDを実施し、同時にうつ病の自記式質問票CES-Dを施行して両者の結果を比較した。2)産業保健スタッフ向け自殺防止対策マニュアルおよび教育研修プログラム案の作成-専門家10名による意見交換を経て、産業保健スタッフを対象とした自殺防止対策のための教育。研修プログラムを作成した(ビデオを含む)。また研修で使用するマニュアルについても、草案を作成した。3.自殺発生後の対応(ポストベンション)の方法論の検討:自殺が生じた際の対応に関して内外の論文や分担研究者(高橋)の経験をもとにまとめた。4.労働者向け自殺予防教育プログラム・マニュアルの開発:1)改良を加えた平成15年度版管理監督者用
うつ病・自殺予防マニュアル、一般職用マニュアル、家族用マニュアルを作成した。複数の会社の管理監督者77名、一般職63名、産業保健スタッフや有職者の家族34名及び6事業場の産業医、産業看護職、衛生管理者等の産業保健スタッフ34名を対象として、これらのマニュアルの有用性に関する調査を行った。2)グループⅠ(60名)は2.5時間の全プログラムを実施。グループⅡ(94名)は1.5時間のメンタルヘルス教育の中に自殺対策に関係したスライドを加えた。グループⅢは2時間の教育の中で、このスライドを入れた群(自殺予防教育群87名)と入れていない群(対照群126名)。プログラム実施前と1~3ヶ月後の調査で教育効果を比較した。5.EAPによるメンタルヘルス対策の効果評価に関する研究:EAP導入前後における自殺率の変化を検討するために、同意が得られた企業7社のうちEAP導入前後の自殺者数が記録として管理されている3社を対象として1991年から2003年までの粗自殺率を調査した。また比較のために警察庁の発表資料や、総務省統計局・独立行政法人 労働政策研究・研修機構のデ-タから、参考値として、雇用者全体の累積粗自殺率を利用した。EAPと精神疾患による休業の関係に関する検討を行うため、上記のうちNS社を対象として、EAP導入前後での全精神疾患にいる休業日数の指標を比較した。
結果と考察
1.事業場における自殺防止対策の推進方法に関する検討:産業保健スタッフの意見から事業場の心の健康づくりの推進状況チェックリストの評価基準の設定は妥当であり、心の健康づくり計画実施状況を判断する上で役立つツールであることが確認できた。事業場の自殺予防対策・心の健康づくり計画推進のための参加型ワークショップについては時間配分についての不満は感じられたものの、全体的に参加者の満足度は高かった。参加型ワークショップの有効性についての5ヵ月後の追跡調では、事業場の自殺予防対策・心の健康づくり計画が推進されており、このワークショップの有効性を確認した。労働者の自殺事例を事業場外資源との連携ステージ別に分類し5つの類型に分類し、それぞれについて自殺防止対策を検討した。また、事業場が精神科医療機関と円滑に連携できるようにするために、A県をモデルとして精神科等医療機関に対する意見調査を実施し、事業場との連携の取り方のパターンを明らかにし、事業場のメンタルヘルス心の健康専門家マップ(案)を作成した。こうした研究から事業場における自殺予防マニュアルの作成準備が整った。2.産業保健スタッフ向けマニュアルの開発:簡便なうつ病の構造化面接法の有用性を、M.I.N.I.を至適基準として再評価し、良好な結果が得られた。比較的時間がとりにくい健診の場などでも導入が可能であると考えられる。産業保健スタッフ向け教育・研修プログラムは実施可能性を重視し1時間枠を原則とした。3.自殺発生後(ポストベンション)の方法:ディブリーフィングに関してはその効果と限界を十分に認識した上で実施する必要がある。その点を認識しながら、ポストベンションの一環としてディブリーフィングを行うならば、十分な効果が期待できると結論した。4.労働者向け自殺予防教育プログラム・マニュアルの開発:平成15年度に改訂したマニュアルに対する管理監督者、一般職、家族からの評価は昨年度版より高くなっていた。職場におけるうつ病・自殺予防教育プログラム実施前と1~3ヶ月後の比較では、全プログラムを実施した群と他のメンタルヘルス教育の中にプログラムの一部を追加した群では、全般的に実施後において自殺対策に関してより好ましい理解を示していた。自殺予防教育プログラムの効果が示されたと考えられた。5. EAPを導入した企業では累積粗自殺率がその前の5年間に比較して低下した。NS社ではEAP導入後、精神疾患による疾病休業日数は減少した。NS社における費用便益分析では、EAP導入により約645万円の便益が得られたと推定された。
結論
平成15年度には、平成14年度研究の成果として作成されたツールやマニュアルをさらに発展させ、これに対応した教育研修プログラムを開発し、またその効果を評価した。1) 事業場の自殺予防対策
の実施状況チェックリストを49事業場で試用し、有用性を確認した。また事業場の自殺予防対策を推進するため参加型ワークショップ研修をモデル的に実施し、心の健康づくり計画の推進にこの研修方法が有効であることを追跡調査により確認した。また新しく検討課題とした事業場外資源の活用方法について、事業場外資源との連携不足のための自殺リスクの類型化、事業場外資源の活用のための効果的なマップづくりの検討を進めた。2) 産業保健スタッフ向けのうつ病評価面接法の有用性を対象を拡大して確認した。この面接法を使った面接の進め方、自殺に関する事項の聴き取り方、自殺念慮を有する者への対応について研修用ビデオを製作した。これらをもとに産業保健スタッフ向けの自殺防止対策マニュアルの試行版を作成した。また事業場における自殺発生後の対応(ポストベンション)の効果と副作用について文献レビューを行い、適切なポストベンションのあり方を検討した。3) 職場におけるうつ病・自殺予防マニュアル(管理職用、一般職用、家族用)の改訂版を作成し、多数の事業場の産業保健スタッフ、管理職、一般従業員、家族に対して評価と意見を求め、昨年度のものよりより高い評価を得た。労働者向け自殺予防教育プログラムを開発し、教育前と2-3ヵ月後に知識・態度を比較し、その効果を確認した。4) EAPを導入した企業では累積粗自殺率がその前の5年間に比較して低下し、EAPの自殺予防効果の一部が検証された。うち一社では、EAP導入後、精神疾患による疾病休業日数も減少した。

公開日・更新日

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