医療安全に資する標準化に関する研究

文献情報

文献番号
200301057A
報告書区分
総括
研究課題名
医療安全に資する標準化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
横尾 京子(広島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 入江暁子(北里大学病院)
  • 内田美恵子(長野県立こども病院)
  • 宇藤裕子(大阪府立母子保健総合医療センター)
  • 長内佐斗子(日本赤十字医療センター)
  • 中込さと子(広島大学医学部)
  • 村木ゆかり(聖隷浜松病院)
  • 楠田総(東京女子医科大学母子総合医療センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療環境整備は医療の安全と信頼を確保するために不可欠であり、その対策の1つとして看護手順の標準化が必要である。しかし、医療内容の高度化に伴い、看護実践領域として急速に発展してきた新生児集中治療室(NICU)看護においては、感染予防や新生児の身体的特質を考慮するが故に、看護技術や手順が施設間で著しく異なっている。このような状況に対して、日本新生児看護学会は平成13年に「新生児看護技術の標準化に関する検討委員会」を立ち上げ、平成15年4月から質問紙による実態調査に着手した。
本研究では、平成15年度に日本新生児看護学会が収集したNICU看護技術に関する情報を、医療事故予防や安全確保の観点から分析し、標準化のための課題を明らかにすることを目的とした。
研究方法
平成14年4月1日、新生児医療連絡会に所属している全国216のNICUに調査協力の依頼を郵送で行った。139施設(64.4%)より調査協力の承諾が文書で得られ、調査を開始した。回答者は、看護師長が43施設(33.1%)、副看護師長が52施設(40.0%)であった。調査は内容別に7回実施した。内容は、第1回は背景、気管内吸引、口鼻腔吸引、気管内洗浄、気管内チュ-ブ固定法、Nasal-NDPAP固定法(2002/06/01実施、130施設回答);第2回が身体固定法(2002/07/01実施、124施設回答);第3回がデベロップメンタルケア(2002/08/22実施、120施設回答);第4回が与薬法、点滴管理、点滴ライン固定法(2002/10/20実施、110施設回答);第5回が鎮痛法(2003/02/07実施、115施設回答);第6回が安全・事故対策、シリンジポンプ(20030/4/20実施、93施設回答);第7回がインシデント・アクシデント再調査(2004/01/26実施、55施設回答)とした。
結果の分析は記述的に行った。倫理的配慮として、1)事前に研究目的・意義・方法、協力の中断と任意性、公表の仕方、プライバシーの保護等について文書で説明し、文書で承諾を得た、2)データ分析は限られた場所で実施し、資料から対象が特定されないようプライバシーの保護に努めた。回答内容は記述的に分析し、その結果を医療事故予防や安全確保の観点から考察し、安全かつ有効な看護技術の標準化のための実践的課題を明らかにした。この過程は、6名の研究協力者との自由討論(計14回)によって進めた。
結果と考察
NICU看護技術実施の実態を、医療事故予防や安全確保の観点から分析し、以下の点が明らかになった。1)呼吸循環を整える技術:気管内チューブ固定法は、使用する材料や固定具によって、①絆創膏のみ、②バ-やワイヤ-、③糸、④安全ピン・木綿針・臍帯クリップに分類できた。絆創膏のみの場合は、27タイプが確認された。気管内チューブの(自己)抜管はNICUにおいて多発する事故の1つであるが、固定を優先するために皮膚損傷や顎運動の阻害が懸念される方法も多種認められた。有効かつ負担の少ない固定法を検証する必要性がある。Nasal-DPAPの固定法は顔面皮膚の損傷が問題であり、その保護や予防法を検討する必要がある。気管内吸引、気管内洗浄、口鼻腔内吸引については、実施法が施設間において多様であり、試行錯誤的であった。基本事項(吸引すべき状態、吸引圧、チューブ挿入長、チューブの交換頻度、吸引中の清潔操作、推奨しうるチューブの種類)について、医学的観点からも検討し、標準化を進める必要がある。2)与薬の技術:
内服薬について:薬の溶かし方や与え方は施設間で様々であり、新生児の発達レベルや病状、臨床薬剤師の立場からの検討も加えることによって、標準的な方法を見出す必要がある。水薬は30%の施設で希釈していた。希釈の必要がない状態で薬剤部から病棟に届けられることが可能であれば、希釈間違いを防ぐことができると考えられる。授乳にあわせて与薬していた施設が30%あった。可能な範囲で同一時間にすることは、与薬漏れ対策の一つと考えられる。NICUに入院している小児の内服薬投与法については、より身体サイズの小さな小児群として、これまでの習慣的な方法を再検討し、根拠のある適正な方法を明らかにしていく必要がある。皮下注射と輸液の管理について:注射部位をカルテに記載していない施設は45%であった。理由は、曜日ごとに注射部位が決められているので必要ないということであったが、検討の余地がある。滅菌操作が必要とするIVHの準備や薬剤の希釈を薬剤師が実施している施設は31%にとどまった。IVH管理や薬剤希釈などは薬剤師の役割として位置づけることが、不足がちな看護師をより有効に新生児のベッドサイドでの観察者やケア提供者として機能させることができると考える。輸液ラインの交換頻度は毎日から週1回までの幅があり、交換する煩雑さや操作ミスを考慮すると、頻度についても再検討する必要がある。輸液ラインの固定法について:末梢ライン固定法には25タイプの方法があった。有効性、刺入部の観察や皮膚の刺激、手技の単純さ等の観点から評価し、標準化する必要がある。経末梢中心静脈ライン用留置カテ-テルの固定を医師1人で実施している施設が4%、張替を定期的に実施している施設が15%あったことについては、安全性や必要性の観点から検討の余地がある。経末梢中心静脈ライン刺入部の固定法は大きく18タイプに分類、さらに絆創膏の枚数や貼り方別には36タイプに分類できた。有効性、刺入部の観察や皮膚の刺激、手技の単純さ等の観点から評価し、標準化する必要がある。3)安楽確保の技術:デイベロップメンタルケア:防音対策として「同期音を消す」「手入れ窓を静かに閉める」は90%以上の施設で実施されていた。しかし、さらなる日常の行動を見直しすることによってより静かな環境を保持できると考える。照度調整への取り組みも「哺育器内を昼夜とも暗くしている」施設が25%もあった。その施設の物理的条件を検討しながら望ましい環境を保持する努力が、まだ、全体的には必要である。ケアパタ-ンを調整は、55%の施設において実施されていた。NICUにおける個別的な看護を進めるうえでも積極的に取り組む必要があるが、それには、知識の習得や医師や看護スタッフの理解を得るために、教育・学習の機会を設けることが必要である。ストレスから癒したり、宥めたりするために90%以上の施設において、おしゃぶり・ポジショニング・包み込み・タッチのすべて実施されていた。これらの癒しや宥めの効果が検証されれば、身体抑制を控えることが可能と考える。抑制の必要性や適用を考えるうえでも重要な課題である。痛みのケア:非薬理的な鎮痛法はデイベロップメンタルケアの一環として、囲い込み・撫でる・おしゃぶりなどが実施されていた。鎮痛法全般の効果を検証し、効果のある方法を実施することができれば、過度の体動を抑え、結果的に、抜管等の事故対策に繋ぐことが可能と考える。4)身体固定法:身体を固定する状況は、生命維持に直結するチュ-ブ類が挿入されている場合であり、何らかの方法で97%の施設で実施されていた。固定する理由は、「子どもの動きからみた抜管の可能性」「抜けた場合の身体影響への不安」「看護師数が少なく十分に目が届かないことによる抜管への不安」「手技の困難さ」であった。実施前に家族に説明をしている施設は39%であった。固定法の選択は、60%の施設では倫理的配慮や判断を通して実施されていた。固定しない理由は、半数の施設において「挿入法が確実である」であった。固定による問題は20%の施設から報告されていた。これらの結果を通して、特に次のことを実施する必要があると考えられた:①確実な
チュ-ブの固定法を明らかにし、普及させる、②身体固定の効果を実証的に明らかにする、③許される範囲の固定について倫理的側面からも検討し、家族への説明と同意も含めて、合意形成をはかる。
5)安全・事故対策:インシデント・アクシデント報告について:専任のリスクマネジャ-の活用は、30%の施設に留まった。安全な医療環境の維持には、院内には専任のリスクマネジャ-を配置し、活用することが不可欠である。医師のインシデント・アクシデントレポ-トの活用は十分ではなかった。安全対策は、構成メンバ-が目的を共有し、その実現に向かうことが必要であり、医師のより積極的な関与が必要である。発生時の家族への説明は、「内容や程度」が考慮されていた。また、当事者も説明に加わる施設が30%あった。これらの詳細は不明であるので、必要に応じてさらなる調査が必要である。インシデント・アクシデントの報告内容:注射・点滴・輸血が35.1%、経管栄養の管理21.3%、内服薬の与薬13.1%、呼吸器の管理10.8%であった。レベル別では、レベル0(実施前に発見)が31件(11.6%)、レベル1(実施したが患者への影響はなく対処を必要としない)が65.3%であった。レベル3は呼吸器管理において多かった。インシデント・アクシデントには、処置内容が異なっていても共通性があり、チュ-ブの管理をしている場合には「自己抜管」、与薬や授乳においては、「量」「内容」「対象」「漏れ」の間違いが多く報告された。また、哺育器や呼吸器の管理においては、「条件決定ミス」や「操作上の忘れ」が多かった。これらは、医師の指示内容とも関連することが考えられた。したがって、処置別の対策ではなく、NICU全般において、有効な治療法、および、簡素化した合理的な操作手順や手技を確立する必要があると考える。シリンジポンプについて:1種類の機種を使用している施設は15%、選定を看護師が行っている施設は約30%であった。使用者が選定に積極的に関与でき、かつ、同一機種選定が可能な体制が必要である。シリンジポンプと注射器の製造元を一致させていない施設は40%であった。使用規準を遵守し得る対策が必要である。適正な使用については、取り扱いの説明、使用前のバッテリ-チェック、定期点検において課題を持つ施設は多かった。原則的な取り扱いについての再教育、保守点検等のための余裕のある台数の確保が必要である。シリンジポンプに求める機能は、インシデント・アクシデントの内容を反映しており、特に、設定が適正でない場合の感知機能やアラ-ム設定など、改良の余地は大きいものと考える。シリンジポンプの操作に伴うインシデント・アクシデント報告件数は、約半年の間で減る傾向があった。その理由として、平成14年3月に日本医師会医療安全機材開発委員会から、また平成15年1月には日本看護協会から医療事故防止の一環として輸液ポンプやシリンジポンプの運用上の注意事項が出され、周知された結果と考えられる。また、平成15年12月に開催された日本新生児看護学会における本調査結果報告が教育的影響を及ぼしたことも考えられる。6)今後の課題:NICUにおける医療事故防止には、看護技術の標準化および技術の使用を支える管理体制の2つの側面から検討する必要があると考えられた。各施設では、看護技術が試行錯誤的に用いられており、したがって、技術の安全性と有効性、実行可能性を検証し、エビデンスに基づいた安全対策としての看護技術実施基準を作成し、その普及を図る必要がある。管理体制としては、看護技術を円滑に用いることができるよう、低出生体重児用の薬剤や医療材料の製品化や規格化、ME技師や臨床薬剤師、栄養士との積極的な協働、さらには、安全な医療環境が保持できるよう専任のリスクマネ-ジャ-との協働が重要な要素であることが明らかになった。
結論
NICUにおけるインシデント・アクシデントとして1割以上の施設が報告したのは、「注射・点滴・輸血」「経管栄養の管理」「内服薬の与薬」「呼吸器の管理」であった。処置内容が異なっていても共通性があり、チュ-ブの管理をしている場合には「自己抜管」、与薬や授乳においては、「量」「内容」「対象」「漏れ」の間違いが多く報告された。また、哺育器や呼吸器の管理においては、「条件決定ミス」や「操作上の忘れ」が多かった。レベル別では、レベル0(実施前に発見)とレベル1(実施
したが患者への影響はなく対処を必要としない)が80%であったが、抜管に関わるものはレベル3(簡単アクシデント処置や治療を要した)の半数を占めた。看護技術や手順は試行錯誤的であり、また、抜管を防止するために97%の施設で身体の固定が実施されていた。
NICUにおいて安全を確保するには、看護技術の標準化が不可欠である。その実践的課題として、第1に看護技術の安全性と有効性、実行可能性を検証し、エビデンスに基づいた安全対策としての看護技術実施基準を作成し、その普及を図る必要性が明らかになった。第2に、看護技術の円滑な使用を支えるために、低出生体重児基準の薬剤や医療材料の製品化や規格化、ME技師や臨床薬剤師、栄養士との積極的な協働、さらには、安全な医療環境保持のために専任のリスクマネ-ジャ-との協働が重要な要素であることが明らかになった。

公開日・更新日

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