医療事故防止のためのヒヤリ・ハット事例の分析等に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301054A
報告書区分
総括
研究課題名
医療事故防止のためのヒヤリ・ハット事例の分析等に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
開原 成允((財)医療情報システム開発センター)
研究分担者(所属機関)
  • 武藤正樹(国立長野病院)
  • 嶋森好子(京都大学医学部附属病院)
  • 谷津裕子(日本赤十字看護大学)
  • 斉藤寿一(社会保険中央総合病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療現場の実状に応じた事故防止対策を検討する場合、多くの医療機関で事故情報を共有することが重要である。しかしながら、患者に重大な障害を与える等、マスコミに報道されるような重大な事故が生じた場合以外は、事故情報は、当該施設内で共有されるのみに止まっている。
一方、重大な事故の後ろには、人的にも物的にも障害を生じることのない、いわゆる“ヒヤリ・ハット事例"が数十倍の単位で生じているといわれている。このため、重大事故が生じる前に、ヒヤリ・ハット事例の収集・分析をとおして背景要因を探り、事故防止対策を講じることが極めて重要である。
このようなことから、厚生労働省では、平成13年10月より「医療安全対策ネットワーク整備事業」を実施し、医療機関からヒヤリ・ハット事例を収集している。
本研究班では、上記整備事業により収集された、ヒヤリ・ハット事例等の分析をとおし、事故防止対策に資することを目的とした。
研究方法
上記整備事業で収集しているヒヤリ・ハット事例にはコード化情報事例(発生場所、発生した要因等をコード化した情報)と記述情報事例(重要な事例として、具体的に事例を詳細に記述した情報)の2つがある。
本研究では、これら2つの事例を対象として、分析を行った。特に記述情報事例については、致死的な事故につながる事例、他医療機関でも活用できる改善策が提示されている事例等を選定し、分析を行った。また、ヒヤリ・ハット事例に多いチューブ類の自己抜去について、その防止対策等について検討した。さらに、医療機器に関するヒヤリ・ハット事例の発生と防止に関わる現況を調査するため、医療機関を対象としたアンケート調査を実施した。
結果と考察
結果と考察は以下のとおりである。
(1)コード化情報事例の分析
国立病院、特定機能病院265施設より収集したコード情報事例約6万件について、単純集計と発生場面と内容、内容と影響等の相互関係を知るためにクロス集計を行った。
その結果、3大ヒヤリ・ハット事例は①処方・与薬、②チューブ・ドレーン、③転倒・転落であり、これに医療機器、輸血等が続くことがわかった。処方・与薬については、内服薬の無投薬、点滴スピードの不適切、内服薬のタイミング間違え等が見受けられた。チューブ・ドレーンにつていは、中心静脈栄養、抹消ライン、栄養チューブ、気管チューブの自己抜去等が多かった。
転倒・転落は起床については、起床時、就寝前のトイレ周りでの転倒が多かった。医療機器については、人工呼吸器、輸液ポンプの設定ミス、組み立て間違い等が多かった。その他、男女の性差が認められ、男性が女性の1.3倍と高かった。
コード化情報事例の分析をとおした、事故対策の検討課題としては、以下の事項が考えられる。
①処方・与薬については、内服薬のドース・ユニット化の必要性
②チューブ・ドレーンの自己抜去については、使用時の適応見直し、挿入時の鎮静法の検討の必要性
③医療機器については、特に新人教育、職場配置換え直後の再教育の必要性
また、性差については、男女間での環境適応性の違い等が要因と考えられる。
(2)記述情報事例の分析
記述情報事例約4,000件の中から、広く医療機関に公表することが重要である事例を下記の基準に基づき選定し、事例内容をより分かりやすい表記に修文した上でタイトルやキーワードを付し、分析した。
①ヒヤリ・ハット事例の具体的内容や発生した要因、改善策がすべて記載されており、事例の理解に必要な情報が含まれていること。
②次のいずれかに該当する事例であること。
・発生頻度は低いが、致死的な事故につながる事例(重大性)
・種々の要因が重なり生じている事例(複雑性)
・他施設でも活用できる有効な改善策が提示されている事例(汎用性)
・専門家からのコメントとして有効な改善策・参考になる情報が提示できる事例(教訓性)
③個人が特定しうるような事例は除く。
全体的に報告数が多かった事例は与薬、チューブ・カテーテル類、転倒・転落に関するものであり、全事例の約7割を占めていた。また、事例発生の防止策や事例の記入方法等について、専門家にコメントを求めた。今回の報告事例の分析では、事例の具体的内容についての記述が不足しているあるいは曖昧な表現になっているため、事例の状況が分からないものや発生要因、改善策の記述が不足しているものが見受けられた。今後は報告者がより報告しやすい形式に報告様式を変更していく必要があると考える。また、現場の分析への取り組みを支援するため、「分析事例集」の作成や分析方法についての提案及びヒヤリ・ハット事例の活用、分析のための教育用ツールの開発が必要であると考える。
(3)急性期患者におけるドレーン・チューブ自己抜去に関する要因分析
ドレーン・チューブ類の事例が多いことから、その防止対策の一環として、特に事故発生頻度が高率に認められる急性期の成人患者におけるドレーン・チューブの自己抜去事故に着目し、専門家からのヒアリング、臨床現場の視察等の調査を実施し、自己抜去に関連する要因を分析した。その要因として、以下の特徴が明らかになった。 
①患者の年齢:50歳代後半以上
②患者の疾患:術後せん妄を来し易い疾患
(脳外科・脳血管疾患、心臓外科疾患、消化器外科疾患、挿管患者)
③患者の特徴:気がかりな言動がある、チューブ類への違和感を表出する、同一体位で身動きが取れない、抑制や吸引をいやがる・暴れる、睡眠パターンの障害がある。
④自己抜去の経験:過去または今回の入院中、1回以上の自己抜去経験がある。
⑤入室の状況:緊急の入院、緊急の手術があった。
⑥入室の期間:長期間入室している。
今回、明らかになったドレーン・チューブ自己抜去の関連要因に基づき、自己抜去予測アセスメントツールを洗練化することが課題であると考える。臨床現場において患者の自己抜去リスクを同定し、そのリスクに応じた事故防止対策(観察、環境整備、指導・援助等)を速やかに実行することは、事故防止に大きく貢献するものと考える。
(4)医療機器についての調査
医療現場における事故と過誤はいろいろな局面で発生する。この中でも医療機器に関するヒヤリ・ハットも少なくない。そこで、医療機器関連の事故・過誤に関する過去のヒヤリ・ハットト事例を参考に医療機器に関する事例の発生要因を検討し、調査項目を選定し、医療機関に対し、アンケート調査を行った。調査票は日本病院会に所属する約2,700の医療機関から無作為に1,000施設を抽出し、これらの施設に調査票を発送した。回収率は32.3%(323施設)であった。
特に医療機器管理室の設置の有無とヒヤリ・ハット事例の年間発生状況の分析から、医療機器管理室が無い施設において事例の把握が行われていないこと、また、発生件数が多い傾向があることが明らになった。
結論
本研究班では、「医療安全対策ネットワーク整備事業」で収集しているヒヤリ・ハット事例を分析し、医療事故防止対策について検討した。また、ヒヤリ・ハット事例に多いドレーン・チューブ類の自己抜去について、その防止対策等について検討した。さらに、医療機器に関するヒヤリ・ハット事例の発生と防止に関わる現況を調査するため、医療機関を対象としたアンケート調査を実施した。

公開日・更新日

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