医療現場における意図伝達エラー:認知科学的コミュニケーション分析に基づくエラー予防に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301034A
報告書区分
総括
研究課題名
医療現場における意図伝達エラー:認知科学的コミュニケーション分析に基づくエラー予防に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
原田 悦子(法政大学)
研究分担者(所属機関)
  • 徃住彰文(東京工業大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年,医療事故が社会一般の注目を集め,様々な視点から原因・要因が分析され,対策が検討されてきている.本研究はその中でも,いわゆる「情報伝達のエラーに起因する医療事故」について,どのように事故状況を捉え,分析をしていくか,そこからどのようにして有効な対策を講じていくかを考えるため,特に認知科学的なコミュニケーション研究の視点から,全体的な枠組を作り,問題点の分析を行うことを目的とした.
研究方法
(1)原田ら(2004)の医療現場の特性分析,および近年の認知科学的コミュニケーションの知見から,医療現場でのコミュニケーションをとらえるモデルを検討した.(2)次に,そのモデル化を検討しつつ,実際に日常業務場面,すなわち事故やインシデントが発生していない状況を分析し,「うまくコミュニケーションがなされている状況」すなわちリスクが必要十分な形で共有されているコミュニケーションの様態をあきらかにするため,看護のタイムスタディ研究(看護業務量調査)時に対象看護師の行う発話,それに対する周囲の発話を記録するというデータ収集を行った.すなわち大学病院の看護師21名を対象とし,35件のべ約100時間の音声データファイルが獲得し,その言語プロトコル書起しデータを作成した. (3)また,人のコミュニケーションがリスクの存在ならびにそのリスクの様態によってどのように変化するのかを明らかにするために,心理学実験として,リスク共有場面における対象指示課題実験を行った.二人が電話を介した対話により6枚の幾何学的な図形の並べ方を行う対象指示課題を行う場面において,(a)二人とも同じ最小限の6枚カードのみを持っている「リスクなし条件」,(b)6枚の正解カードに加え類似のダミーカード(6枚)を両者が共に持っている「リスク共有条件」,(c)並べ替えの指示を出す側は「相手が余分な6枚のカードを持っていることは知っているが,どのようなカードを持っているかは知らない」リスク存在のみ条件,(d)双方が12枚ずつカードを持っているが並べる対象となる6枚以外は異なるカードを有している「リスク内容ずれ条件」で,課題達成状況ならびに対話を分析・比較した.(4)このモデル化をシミュレーションモデル化し,またデータコーパスを分析していく分析枠組として,コミュニケーションの認知過程モデルの作製を行った.
結果と考察
(1)医療現場でのコミュニケーションをとらえるモデルとして,単にモノとしての情報が人Aから人Bに伝わるShannon- Weaber型コミュニケーションモデルではなく,ある業務にかかわる人全員がそこにあるリスクを共有しあうという「リスク共有コミュニケーション risk sharing communication」モデルとしてとらえなおすことが必要であることを見出した.(2)現在は35件のべ約100時間の音声データファイルから,その言語プロトコル書起しデータを作成したところであり,今後,看護の現場でのリスク共有コミュニケーション研究のための発話コーパスとして分析を行う基盤が形成された.(3)リスク共有場面における対象指示課題実験において,課題達成状況ならびに対話を分析・比較したところ,[1]課題成績ならびに達成に関する主観評価はリスクの存在により低下し,最も課題成績が悪いのは「リスク存在のみ条件」であった.両者が知っているリスクの内容について全く同一の知識が共有されていなくても一定の対話の達成はなされるが,「リスクがあるらしい」ことだけを知っていても対話は改善されないことが示された,主観評価では指示する側よりも行為をする側にその影響が強く現れた,[2]発話の分析結果から,リスクの存在により発話数が増大すること,しかしリスクのあり方によって発話
内容には変化が見られ,リスクのある3条件において,第1試行での「全体的メタファ」の低下,第6試行での「名詞」発生頻度が低いこと,特に「リスク内容のみ条件」では,比喩以外の要素,すなわち図形的描写,比較,既出などの特殊な対話形態をとることが示された.これらの結果から,対話の質にリスクの存在が大きな影響を与えること,特にその存在のみを知ることにより対話は大きく阻害されることが示された.特に医療現場での異業種間での対話,あるいは職務経験の異なる人同士の対話において,こういった対話が起こり得ることが示唆された.(4)コミュニケーションの認知過程モデルとして,コミュニケーションに関わる人Aが対話を理解するための認知過程モデルを明示化し,うまくいったコミュニケーションと失敗したコミュニケーションのそれぞれが,どのような認知的過程で明らかになるかをコンピュータシミュレーションの設計に着手した.こういったシミュレータにより,ある情報伝達エラーがなぜ発生したのか,どのような手立てを取ればそのエラーが防げるのかを,各人への「認知的処理過程への提言」として示すことが可能になる.すなわち,それを用いて,事故やインシデントのより詳しい分析が可能になると共に,よりよいリスク共有コミュニケーションのありかたを学ぶ学習ツールとしても利用できるものとして期待される.
結論
(1)医療現場でのコミュニケーション全体に関する枠組として,「リスク共有コミュニケーション」が見出された.今後,データコーパス分析,事故・インシデント分析,事故予防のための安全教育のための枠組として展開していく.(2)リスク共有コミュニケーション研究のための発話データコーパスが作製された.今後,看護現場でのコミュニケーションの実態を明らかにしていくと共に,それをリスク共有枠組で検討することから理論とモデル化のための資源としていく.また,十分な個人情報保護や倫理的問題の事前予防のためのデータ変換を十分に行った上で,他の研究者に対しても発話コーパスとして公開していく可能性も検討する.(3)リスク共有場面における対象指示コミュニケーション実験により,リスクの存在により発話構造やコミュニケーションとしての達成度が変化することが示された.今回得られた結果を元に,看護現場での異業種間コミュニケーション及びキャリアの異なる対話者同士の対話について検討し,特に投薬の「縦の糸分析」において,どのような示唆が得られる結果であるかを再度検討していく.また同じ研究枠組で,途中で対話相手が変更される場合や,試行途中での業務のスイッチングの効果,など,コミュニケーションに影響を及ぼすと考えられる様々な特性について,同じ実験パラダイムでのさらなる検討を行っていく.(4)対話の認知過程モデルについては,基本モデルの選定・設計の基礎までが行われた.発話コーパスの詳細分析と併せながら,医療現場でのコミュニケーションモデルとして完成を目指す.また,シミュレーションモデルとして完成した後には,医療安全教育のツールとして「どのような場合に情報伝達エラーが発生し得るのか」を体験的に学ぶコンピュータ支援教育システムへの展開を検討している.

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